
5
私が閉口しているのをみかねたか、ワン教授が身を折って、ハリネズミの耳元
に何かささやいた。
ハラショーは、ふんふんとうなずいたあと、すっくと立った。松の枝を大きく
左右にふりながら、小次郎と武太郎に、かわるがわるぺこりとお辞儀する。
「それでは、そろそろ公判をはじめていただきたいと思います。東西の両裁判長
さま」
地面にどっかり座りこんでいる小次郎と武太郎は、それぞれ自分が口にしてい
たものを、腿の上に置いてうなずいた。さしもの猿たちも、たちまちしんとな
り、きょろきょろしながら松の根元に赤い尻を下ろした。
小次郎は口に手をあてて笑いながら、うれしそうに私を見つめた。
「いよいよ、はじまりですね。おめでたいことです。さあ、塩もなめなめしたこ
とですし、みなさん満足、ぞくぞくたいへん、靴屋の山賊しておりますよ。ここ
からが、われわれ熊族の腕の見せどころ」
そう言って彼は、紫色の服の袖をまくりあげて見せた。
「ですから、特別に腕を見せてさしあげます。ほらごらんなさい。この通り、わ
たしの手は真黒けです。爪もにょっきり鋭いですし、おまけに、胸にはステキな
月の輪があったりするんです。われながら、とってもいかしますよ。うふ、うふ
う」
武太郎が、小次郎に向き直り、鼻をならして片腕をさしあげた。
「てやんでえ。おいらの腕の方を見ろってんだ。こっちの腕がぶっといぞ。ほれ
見ろ、茶色の毛だっていい色つや。天下御免のヒグマの毛皮。こんなにいいもん
が、ほかにあってたまるか。やい、小次郎、おめえの月の輪なんざあ、ちっとも
大したことはねえ。この毛のなめらかな感触は、おめえ、夢ごこちだあな」
武太郎はそう告げるなり、毛深い手の甲を顎や頬にあてて、すりすりと頬ずり
した。その顔に、本当に幸せそうな、うっとりした表情が浮かぶ。
「ああ、いい気持ちだぜ」
ナルシストの気でもあるのか、今度は足の裏の肉球を、手の爪の先でひっかき
ながら、うひゃうひゃと笑いだした。
「それに、おめえ。あっはっはっ。うっひっひっ。この肉球が、くすぐってえ
のなんのって。ひゃっひゃっ。自分でさわって遊べるんだぜ。ひいひい」
涙を流さんばかりに、肉球をくすぐって喜ぶ変なヒグマだった。鋭い爪の先
で、黒い肉球のもりあがりを、かりかりと軽くひっかいては身をよじらせる。た
まらない感触らしい。くすぐったさに身もだえている。
おかしなヒグマの行動を、私は息をのんで見つめるばかりだ。ハリネズミが、
松の枝を軍配のように水平にかかげ、そのまま枝先を小次郎に向けた。
「さても、東の裁判長。よろしく、おさばきを−っ」
くるりと反対側にまわり、涙をうかべてくすぐったがっている武太郎に向け
た。
「かたや、西の裁判長。よろしく、おさばきを−っ」
どってり座っている小次郎は、口に手をあてたまま、くすくす笑ってうなずく
ばかり。武太郎は横に寝ころがり、両手で足の裏の肉球をくすぐって、身も世も
なく笑いころげている。
小次郎は顔をあげると、私に向かっておもしろそうに告げた。
「では、裁判しましょ。被告は、ほんとに被告ですか?」
妙な質疑が開始され、私はとまどいながらうなずいた。
「あ、ああ。でも、これはきみたちが決めたことじゃないか。自分では身におぼ
えがないよ」
そのとき、ヒグマの武太郎が褐色の身を、ごろりと横たえたままうなり声をあ
げた。
「とり調べが先だあな。さあ、サンザン猿の警部さんたちよ、はやく捜査するん
だぜ。自白が第一、やっていいのはお百度まいり、逮捕が最初で証拠はあとよ」
猿たちは、再びキャッキャッと、うるさく私のまわりをとびまわりはじめた。
最初に、見る猿のミルベエが、私のズボンの裾をひっぱり、さかんに尋ねた。
「見せて、ねえ見せて。あなたが被告だっていう証拠を見せてよ。無罪の証拠
か、有罪の証拠か、なんでもいいから証拠を見せてよ。見せてくれなきゃ、泣い
ちゃうぞ。ほんとに泣くぞ」
私は、ズボンがぬげそうなほど強くひっぱるミルベエに、しかめっつらで応じ
た。
「そんなこと言ったって、身におぼえがないよ。ただ、カミュが……」
目にうそ泣きの涙をたたえたミルベエが、そのときぱっと手をはなした。隣の
キクエモンにとびつくと、その尻尾をぎゅっとつかんだ。
「シッポタッチ!」
いきなり尻尾を握られたキクエモンは、ギャッと目を丸くしてとびあがった。
真赤な尻をみせて、いきなり私の胸にしがみつく。しきりに首をかしげ、片手で
覆った耳を向けて、たて続けに尋ねる。
「ねえ、ねえ。あんたの身に、何が起こったの。聞かせてよ。聞かせてよ。聞か
せてよ。聞かせてもらえるなら、キクエモンのとっておきの柿を、三つあげるか
らさ。ねえ、聞かせてよ。あんた、どうして被告になっちゃったの。聞かせて
よ。ぜひぜひぜひ。柿の数がたりないんなら、来年の秋にはもう一個ふやしてあ
げるからさあ。柿がだめだったら、栗でもアケビでもサツマイモもやるからさ。
サツマイモは海の水で洗って食べると、とってもうまいんだよ」
あまりのうるささに、私はすっかり閉口し、しぶしぶ口を開いた。
「わかった、わかった。ついうっかり、カミュ参事官を、ニワトリのくせにっ
て、なじったんだ。市の巨頭のみなさんがいる前でね……」
なおも言葉を続けようとすると、キクエモンが歯をむきだして、にかりと笑
い、もういっぴきの猿イウノスケにとびついた。灰色の毛におおわれた猿が、私
の胸から言う猿にとびかかったのだ。キクエモンは、イウノスケに真正面から抱
きつき、顔をみあわせるや、相手のふたつの耳をむずとつかみ、いきなり両側に
ひっぱった。
「ミミヒッパリ!」
たちまち、イウノスケはキンキンする大声で悲鳴をあげた。目を見開き、ひっ
ぱられた耳を両手でもみながら叫ぶ。赤い舌がふるえて、けたたましいサイレン
に似た声が、恐ろしい早口でまくしたてた。
「緊急報道。緊急報道。臨時ニュースを申し上げます。本日ただいま、動物掟守
りま省の動物警察サンザン捜査課のミルベエ警部とキクエモン警部は、悪い人間
をとっつかまえました。そいつは、売れない作家を自称しており、サル昨日、か
のカミュ参事官への差別と侮辱と不敬な基本的トリ権侵害事件を起こした犯人で
す。ミルさんとキクさんは、柿の実もとらずに我慢して、徹底的に取り調べまし
た。容疑者は、その犯行の事実関係について、がんこに否認を続けてましたが、
ついに捜査当局の取り調べに屈しました。それできょう未明、これまでの供述を
ひるがえしたんです。犯行を全面的に自供して、問題解決、長引かなくてよかっ
たね。ですけれども、捜査当局は、ほかにも余罪があるものと見て追及していま
すよ。とっても、えらいでしょう」
イウノスケは、そこでいったん口を閉ざし、周囲の反応をうかがった。たくさ
んの傍聴動物たちは、騒ぎもせずにじっと黙って聞きいっている。
猿はうれしそうに頭をかくと、得意げに笑い、横目で左右をたしかめ、再びキ
イキイと声をはりあげた。
「じつは当初、動物警察本部は、びびってました。このべあべあ日暮ら市はじま
って以来の難事件に、早期解決はのぞめず迷宮入りするのではないかと、くよく
よしてたんです。軟弱ですね、臆病ですね、弱虫ですね。でも、キマグレコ大明
神さまの御慈悲により、予想よりもずっと早く事件の全貌を解明することができ
たので、はあ、ひと安心。そのもようをすべての市民のみなさまに、これより緊
急特別報道することにいたします」
イウノスケは興が乗ったか、そこで短いしっぽをひこひこさせて胸をはった。
「なお、この報道は、サンザン捜査課のイウノスケ警部が、だれよりもいちはや
くお送りいたします。こちらはサル・オー・エイチ・ケイ・エフエム。放送周波
数、"サルものは追わず、芽が出たサイクル"でお送りしております」
耳が痛くなるような金切り声で、イウノスケはまくしたて、ベらべらと真赤な
顔で続けた。
「ただいま、犯人の売れない作家容疑者は、被告席について検察の尋問を受けよ
うとしております。さあ、どのようにビビッドな犯行の様子が再現されるか、こ
れはとっても楽しみです。その前に、ちょっと被害者の方に、犯人を前にした現
在の心境などを語って頂きましょう。インタビュアーはキクエモン警部です」
イウノスケの解説とともに、キクエモンが赤松にかけのぼり、枝から枝へとと
びうつった。聞きたがりのニホンザルは、榧(かや)の巨木の根元にいるカミュ
の隣めがけて、素晴らしい勢いで飛び下りた。
キクエモンは、とさかをふってきょとんとしているカミュ参事官を、両手で抱
きかかえると、するすると榧の木に登った。
みっしりと葉をしげらせた太い枝の上に立ったキクエモンは、不思議そうに首
をふる力ミュを、すぐ隣に座らせた。好奇心にきらきらと目を輝かせている。
サルは耳のうしろにてのひらを当て、さっそく尾羽も立派な雄鶏に尋ねる。あ
たりの全員に聞こえるような大声だった。
「カミュ参事官。犯人を前にして、いまどんな気持ち?」
カミュはぷんと胸をはり、ぷるるんとトサカと頬肉をふるわせた。大いばりで
羽をばたばた広げてはばたいてみせる。
「たいへんにケッコウ!」
私はひどく快活なカミュの声に、むかっと腹が立った。しかし、判決に悪影響
があるかもしれないので、じっとがまんすることにした。
雄鶏は、勢いあまって、かなり高い枝の上から空中に踊りだした。自力で飛び
下りてしまったのだ。白い羽が樹上から枯葉のようにひらひらと乱舞するなか、
カミュは自分の翼をさかんにはばたかせ、みるまに椎(しい)の木の根元の席に
もどった。
カミュが飛び下りるのを見送って、キクエモンも枝から枝へととび移る。両手
両足を使って赤松の巨木の根元まで戻ると、私の両隣にいるイウノスケとミルベ
エのもとに駆けてくる。
サンザン猿は、三匹で手をとりあって輪をつくり、またも人のまわりを飛びは
ね騒ぎだした。
あまりうるさいので、文句を言おうとすると、彼らは左右をきょろきょろと見
渡しながら、突然に地面に座りこんだ。互いの背中の毛を両手でかきわけ、まさ
ぐりだす。いわゆるノミ取りの毛づくろい(グルーミング)をはじめたのだ。
彼らは真剣な眼差しで、灰色の体毛を互いに両手の指先でかきわけ、みつけた
ノミやフケや塩分を、しきりに口に運んでいる。その上、指先をなめながら、キ
ッキッと変な歌を合唱するのだからたまらなかった。
♪俺たちゃサルだよ去るわけない。
サルまね得意だ文句あっか。
おさるの警察ホイサッサ。
サンザンサンザンサンザンだあ。
降参するまでサンザンだあ。
見るサル聞くサル言うサルだ。
ザンザン降るのは雨だけど、
俺たちゃサルだよサル酒うまい♪
サンザン猿の歌が終わると、ハリネズミのハラショーが、背中の針をぞっくり
立てながら、松の枝をふりあげた。
「次は検察、ドミンゴ氏−っ」
うるさい猿たちの歌は、そこでぴたりとやんだ。かわって、裁判行司の指名を
受けた桃色のフラミンゴが、眠たげな目をやっと開き、翼をゆっくりと広げた。
「え−と。わたしは−、そのお、検察のドミンゴです。なんというか、そのお。
つまり−、被告の罪状を、ですな−。告発しなければ−、いかんような−、ま
あ、そんなような立場に−、あるわけでして−」
ひどいまだるっこしさに、私は頭をかきむしりそうになった。
「いいから、早くしてくれ」
フラミンゴは、なかば眠っているような目と口ぶりで、濃い桃色の首をふにゃ
ふにゃさせて言った。
「あのお、わたしも−、できるなら、そ、そうしたいんですけれども−……」
そう一言いながらドミンゴは、鉤形のくちばしを大きく開いてあくびをした。
長い首をくねらせて、小次郎と武太郎を見つめる。
「えっと−。そのお、検察としましては−、とにかく、面倒なことは−、いやな
ので−」
ドミンゴはこっくりこっくりしながら訴えた。
「裁判長どのは−、なるべくはやく、判決してください。もう眠いので、検察の
陳述、これで、おわり−」
猿たちはといえば、一心不乱に互いのノミとりを続けている。取り調べどこ
か、弁護さえすっかり忘れてしまっている。
武太郎が、座ったまま、ずいと身を乗り出した。鮭の背中をかじりながら、う
なずいてドミンゴに告げた。
「検察の言うことはわかったぜ。もう安心しな。この武太郎さまが来たからに
ゃ、即断即決。森の悩みごとは百発百中だあな。ところで、ドミンゴ。誰かいい
クマがいたら、おいらに紹介してくれねえかなあ。さいきん、一人寝がさびしく
てよ……」
裁判長のくせに、法廷でプライベートな話題を平然と口にするヒグマだった。
当のフラミンゴは、席にもどって羽をやすめ、役目が終わったか、眠りこんでし
まっている。
武太郎は、ドミンゴが眠って返事をしないのを知ると、急にめそめそと泣き顔
になってしょぼくれだした。意外にナイーブな一面があるらしい。意気消沈した
声でぼしょぼしょとつぶやく。
「ああ、そうかい。おいらのような肉球であそぶヒグマには、相手なんかいねえ
ってんだな。一生ひとりものでいろってんだな。ふん、そうかい。そうかい。わ
かったよ、どうせ、おいらなんかさ……」
さびしげなヒグマはぶつぶつ言いながら、ひがみっぽく体を左右にゆすった。
褐色の背中をくるりと向けると、巨体をまるめていやいやをし、いじけはじめ
る。
「いいんだ。いいんだ。おいら、彼女がいなくたって、ちっともさびしくないも
んね。さびしくなんか、ないやいっ。ひとりだっていいんだい。いいんだい。ふ
んだ、ふんだ……」
小次郎が、毛なみの美しい武太郎の背中に向けて、にこにこと語りかけた。
「いいじゃありませんか。ひとりの方がお気楽で、脳みそもあまりいりません。
お掃除もお食事もいい加減でいいのです。心はいつも極楽トンボで、ああラク
ダ。まるで砂漠のダチョウのようにステキでうっとりです。だいいち、蜂蜜も鮭
もドングリもブナの実も、自分ひとりでたっぷり食べられるじゃありませんか。
そんなことは、とってもうらやまシイタケ、モミジの木。分けてあって食べるの
もいいけれど、うふ、うふう。独り占め、おトクですょ。オトクと言えば、わた
くしをかわいがってくれた、おばあさんのお名前なんですけれど、やっぱり、熊
は月の輪に限ると、いつも言ってましたねえ」
いじけヒグマは、小次郎のおしまいのひとことを聞いたとたん、なぜかとたん
に機嫌を直した。何がなんだかさっばり訳がわからない。彼は、たちまち元気を
とり戻し、立ち上がるや喜びをこめてぐおおんと吼えた。
「そうか。わかったぜ。おいらの恋人は、ヒグマのオトクっていうのを探せばい
いんだ。おいら、すっげえ感激だぜっ。よし、こんな裁判なんか早くすましちま
って、オトクさんを探しに行こうじゃねえか。おお、おいらの愛しいオトクさ
ん。きみにも、肉球をくすぐる楽しさを、教えてあげたい」
彼はそこで一転して、私をううっとうなりながら見つめた。その怖い顔つき
に、思わずあとずさりしてしまう。
「フンガーッ。やっと判明!この裁判が面倒なのは、被告がいるからだっ。被告
がいなけりゃ、裁判なんてもんはしなくてもすむんだ。おおっ、おいらって頭が
いいぜ。こんな重大な真実に気がついたんだからよ」
ハリネズミは、ヒグマの発言に、ちょっと考えこむように頭を傾けた。
「ハリハリ、これは大変だ。チクッと待ってください。まだ弁護士その二が残っ
てます。登場させないことには、良心がとがめて、いらいらのチクチクすること
になります」
ヒグマは、判決を出す前に、すっかり退屈したらしい。裁判に興味を失い、な
げやりにその場でごろりと横になった。あおむけに四肢を投げ出すと、左右の腕
の毛に頬ずりし、うっとりと鼻をならしはじめた。
「ほいじゃあ、早くしてくれよ。もう、裁判なんか、どうでもいいってんだ。あ
あ、おいらの愛しのオトクちゃん……」
「ハーリハリッ。早くしないと裁判が終わってしまう。たいへんだ。チックチッ
ク」
椀をかぶったハラショーは、ぺこりとお辞儀すると、松の枝をふって新たな弁
護士を呼んだ。
「いでよ−っ。弁護士その二、そのに−っ」
その声に応じて、森の奥から、二羽の鳥がばさばさと羽音も高くやってきた。
一羽は真黒でもう一羽は灰色だった。ひとめでカラスと鳩の連れだとわかる。
二羽の鳥は、隣あって翼をならべ、弁護士席の赤松の枝の上に止まった。ガア
ガアと悪声を放つのは、てらてらした漆黒の羽毛に包まれたカラスだった。
「へっへっへっ。わしが、弁護士とはのお。へっへっへっ。このハシブトガラス
のバクトンがのお。めっちゃ豪気なことや。ヘっへっ、せいぜいカラス組の大幹
部として、人間さんの弁護させてもらいまっさ」
卑しい声音で、バクトンと名乗るカラスは「へっへっへっ」と笑い、いかにも
根性悪な声を発した。
「義理と人情とゼニかけりゃ、ゼニが重てえ渡世の義理や。ヘっへっへっ。人間
さんには、へっへっへっ。いっもお世話になっとるで。なあ、そうやろ、舎弟テ
キヤン」
カラスは人間のヤクザも顔負けのすごみをきかせ、隣にいる鳩をぎろりとにら
んだ。
テキヤンという名のハトは、色と形から見て公園や寺社に、群れなしてよくい
るドバトにちがいなかった。ところどころ脂ぎった灰色の羽が光り、ちんぴらの
ように卑屈にカラスの顔色をうかがった。
「ヘえ、兄貴。人間さんには、たしかにお世話になっておりやす」
「そうや。わしが、カラスは白いゆうたら、誰がなんといおうと白いのや。な
あ、テキヤン」
「ヘい、その通りで……」
カラスは頭をのけぞらせて、真黒なくちばしを威赫しながら開いた。卑屈に顔
色をうかがうドバトを、嗜虐的な顔つきで見おろす。その目は、ガラス玉のよう
に無表情で、恫喝にみちみちていた。
「あ−ん?われ、なんじゃ、その不服そうな口ぶりゃ。ドバトのぶんざいで、え
らそうな面しくさって。ただのドサンピンやないか。おらおら、なんとか言わん
かい。われっ。大幹部のわしに、なんぞ文句でもあるんかい。なんやねん、その
目えは。ええ根性しとるやんけ。われっ。こらあ、さっさとウタわんかい、おん
どりゃあ」
「すんません。すんません。あにい、ゆるしてください。すんません、あにい」
いきなり理由もなく因縁をつけたカラスは、何度もへこへこと頭をさげるドバ
トの首筋を、真黒な太いくちばしでいきなり力まかせにつついた。卑屈なハトは
クルルと悲鳴をあげ、苦痛のあまり羽毛をちらかし、夢中で体をそらした。私の
目からみてもかなり痛そうだった。
枝に止まったカラスとドバトは、二匹とも敵意と悪意に満ちており、これまで
どの動物にも見られなかった下品さと悪辣(あくらつ)さがあった。正直いっ
て、こんなワルどもに弁護されるなんて、ぞっとしない気持ちだ。
ヤドリギ片手の小次郎が、蜂の巣を、にちゃにちゃと噛みながら、天下泰平な
お気楽な口調で宣言した。
「さあ、カラスどん。ドバトどん。はやく弁護してほしいどん」
彼はそのまま立ち上がると、両手を広げて大声をあげた。
「ぐおっも−ん。お楽しみの判決がいよいよ近づいてまいりました。これから最
後の弁護です。それが終わると、いよいよ判決。よよよい、よい」
森じゅうの動物たちが、どっと騒いで大きな歓声をあげた。塩の興奮いまださ
めやらぬといった感じだ。
頼りにすべき弁護士が、ヤクザとチンピラ同然のカラスとドバトではどうしよ
うもない。いささかやりきれない気持ちになった。もうどうにでもなれと、なげ
やりな気分が襲う。
森の中にこだまする、すごい歓声と羽音の嵐がやむと、カラスのバクトンが真
黒な目玉を私に向けて、いよいよ弁護しはじめる。陰気なガアガア声が、神経を
さかなでする。
「へっへっへっ。わしは、思うんじゃ。人間さんにゃあ、えらい御世話になっと
るで、少しは恩返しせなならん。たとえばや、人間さんは、ぎょうさんゴミを出
しよる。それで、わしらがそれをひっちらかして、ちっとばかし頂くよって、左
うちわで生きていけるんですわ。へっへっへっ。ゴミ袋は、わしらにゃ宝の山
や。野菜の切れはし、魚の骨や頭、タマゴの殻、肉やハム、いろんな料理ののこ
りかすとか、えろうエエもんがあって、よだれが出まっせ。人間さんは腐ったも
んを嫌うけど、ええ臭いがして、そりゃもう、しんぼたまらん」
ドバトがそのとき、なにか言いだしかけたが、カラスのひとにらみで黙り込ん
だ。
カラスはあくどく得意げに続けた。
「ほかにも、ケーキやらパンやらポテトチップスやら菓子やら、存分に楽しませ
てもらっとるでえ。そやけど、ときたまびっくりするのは、ペットの犬や猫や小
鳥、鉢植えの植物、それに人間さんの赤ン坊さんの死体が入っとることがあるん
や。人間さんは、気にいらんとなると、なんでも捨てるんやな。ま、とにかく、
人間さんが、ぎょうさんゴミ出さんと、わしらよう生きてけんわ。この舎弟のテ
キヤンも、神社や寺の境内や公園で、たくさん餌をもろとるさかい、さして苦労
もせんとしのいでおれるんや。わしら、人間に食住を依存してるねん。いやでも
弁護せな、食うていけへん。ま、弁護というたら、こないなとこやろな」
カラスとドバトは、そこでいかにも馬鹿にしたように私を見下ろし、けっと嘲
り声をくちばしの間から吐いた。
彼らの陳述は、とても弁護などと言えるものではない。単なる追従と媚びへつ
らいではないか。私は愕然として、ひねくれきったカラスとドバトを見上げた。
あろうことか、彼らは隠れた嬰児殺しがあることまで暴露してしまっている。
なんと情けないことだろう。人間を弁護してくれるのが、カラスとドバトだけ
だとは。しかも、それさえ、ゴミあさりや餌まきで食を得る欲得ずくが動機なの
だ。
第一弁護士のサルたちも、刑事役をかねるというとんでもない状況だし、他の
動物たちは全部、裁判の傍聴にまわっている。たしかに、近代文明がこれまで地
球上の生物に犯してきた自分勝手で残虐なふるまいは、弁護に値しない悪鬼の所
業だ。一人の人間として、いいわけ無用の追いつめられた気分だった。
じっとりと全身に冷汗をかく私の目の前で、小次郎と武太郎が、力士のように
のっしりと立ち上がった。小次郎の方はうれしそうに、武太郎は面倒くさそう
に、居眠りするフラミンゴの前に歩きだした。
二頭の熊は、三歩ほどへだてて向かいあった。ドミンゴ検事の前で対峙(たい
じ)し、「おうっ」と声をあげるや、どかりとその場に座りこむ。
あぐらをかいた彼らの間に、ハラショー裁判行司が、ちょこまかとやってきて
立った。儀式ばったハリネズミは、松の枝で小次郎と武太郎を交互に示しなが
ら、ハリきって判決の時を知らせる。
「ハーリハリーのチクリンコッ。東西の両裁判長どの。はっけよいよい、見合っ
て、見合って。チークチクーのハリリンコッ。両者、御判決の儀。あいなりそう
ろう−っ。いざ、いざ、勝負、しょうぶ−っ」
武太郎が腕組みをし、小次郎の鼻先に、ずいと顔を近づけてうなった。
「やい、小次郎。その蜂の巣と、ムーンタッタの持ってるあのシャケは俺がとっ
てきたんだからな。ほいでもって、プレゼントしたのを忘れんなよな。少しは、
おいらに有利なように、裁判に手心をくわえろよな」
小次郎は上機嫌で目を細め、はて相手は何を言っているのか、と首をかしげ
た。
「おや、それは、どういうことですか? 手心と言いましても、手刀とはちょっ
とちがう。水心あれば、魚心あり。きれいな水なら、サケ、マス、イワナもみん
な友達、煮ても焼いても、おいしい山の川魚。うふ、うふう」
「ええい、めんどくせえな。とにかく、おトクさんのためにも、即刻、判決だ。
とっとと判決をきめようぜ」
「判決は、裁判の終着駅でございます。わたくし、とってもわかってしまいまし
たよ」
迫る武太郎とうなずく小次郎の対決を、私は固唾を飲んで見守った。まわりの
傍聴動物たちも、しんと静まりかえっている。
「いくぜ、小次郎」
「では、わたくしめから……」
ルンルン気分の小次郎は、蜂の巣をがぶりとかじり、うまそうにもぐもぐ味わ
った。蜂蜜の風味をじっくりと試すように、口の中でころがし、ふんふんと大き
くうなずいた。彼は、すわったまま万歳のかっこうをすると、大声で明るく叫ん
だ。
「この蜂蜜は、とってもあまい!よって被告は無罪です」
武太郎は、それを聞いて目を怒らせた。がうっと大口をあける。ぶるぶると首
をふり、大きな鮭の背中に食いついてかじると、さもまずそうに口の中でうなっ
た。
「絶対反対! 小次郎。この鮭は、すンげえまずい。よって被告は有罪。有罪だ
ったら、有罪っ」
小次郎は目を丸くし、すっくと立ち上がって、武太郎を指弾した。
「あ−っ。武さん。わたくしの判決に文句をつけようってゆ−んですか」
武太郎も負けてはいない。勢いよく片膝をたて、上目づかいに小次郎をにらん
だ。
「おう。文句ならおおありよ。おめえこそ、俺の判決にいちゃもんつけやがっ
て、もう勘弁ならねえぞ」
両者、腕まくりしてにらみあい、鼻先をつきつけんばかりにして、ケンカのポ
ーズをとった。
「むうっ。武さん、勝負する気ですか」
「おう、やるかっ」
「よ−し……」
白熱した熊どうしの肉弾あいうつ格闘を予想したが、信じられないことが起こ
った。
「じゃんけんぽん。あいこでショ。あいこでショ。あれ、負けちゃった。有罪で
すね、これは。こうなったらショーガありません。ついでに、ワサビもカラシも
ありません」
腕まくりした月の輪熊とヒグマが、つきだした手の先をあわせ、ジャンケンで
決着をつけてしまったのだ。
あまりに馬鹿げた判決の下し方に、脳裏が真白になった。ぽかんとその場に立
ちつくす。勝利の有罪判決を堂々と告げる武太郎の声も、右の耳から左の耳へ
と、すっぽ抜けていた。
「それじゃ、判決を言い渡すことにするぜ。主文、被告は、検察とか弁護士と
か、そんなしちめんどくせえことはともかく、とにかくなんでもいいから有罪。
よって、草刈りと下枝はらいを、たった一日ですませることを命じる。それが終
わったら、すぐに、べあべあ日暮ら市より追放だ。あんな住みにくくてしようが
ねえ、いや−な人間世界に、死ぬまで懲役を命ずるぜ。ただし、キマグレコ大明
神さまのお達しによっちゃあ、この限りじゃねえ。以上、裁判おわりっ」
(こんな裁判でも、人生勉強のうちということで、次回へ)