
塩吹く巨大宿六に乗って
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判決が下されたとたん、割れかえる歓声と羽音が、森じゅうに轟き渡った。
私は、動物たちの喜びの声の怒涛に、圧倒されてしまった。喉から、自分のも
のとは思えないうめき声がもれる。
「ゆ、有罪……草刈りに、下枝払い……」
今まで背後で黙っていたトラ教授が、後ろから私の肩に手をおいた。注意を喚
起するように、説明しながらぽむぽむたたく。
「いえいえ、それだけじゃありません。鎌の手入れも忘れてはいけませんよ。人
間くん」
ワン教授は、思考停止した私に、小次郎と武太郎を指さした。二頭とも、抱き
合って喜び、ぴょんぴょこ跳びはねている。
「ほら、これから伝統芸能"判決の熊踊り"がはじまります。別名"執行猶予のブ
ルース"と言われましてね。被告の立派な更生を願って、花向けにするんです。
わたしとしては、やはり"オクラクマミクサ・灰色熊さん編"、別名"情状酌量の
サンバ"の方がいいと思うのですが、今回の"こ"さまたちのお考えでは、前者に
なりますね。ああ、あとほかにも"棄却のバラード"なんてのもあります。これ
は、別名"上告ヨーデル"といいましてね。あれは歌うのが大変に難しいし、雪解
けのころは禁止なんです。その声のために、なだれが起きてしまいますからね」
私はハッと、黒縁めがねの虎にふりかえった。夢中でそのなで肩をつかむ。
「ちょっと待ってくれ。その"執行猶予のブルース"は、被告に執行猶予を与える
って歌なのか。"情状酌量のサンバ"ってのを、なんとか頼んでみてくれないか」
ワン教授は、迷惑そうに顔をしかめ、私の腕をはらって咳ばらいした。
「まあまあ、落ち着きなさい。とにかく判決が出たんですから、被告は退廷しな
くちゃいけません」
虎は、手足をばたつかせて抵抗する私を、弁護士席へ無理やりひきずりはじめ
た。
「お、おい。なにするんだ。まてっ。俺にだって、いいたいことが……」
ハリネズミやサンザン猿まで、いっしょになって虎を手伝い、私をひきずりま
わす。とうとう、傍聴動物たちの大騒ぎをよそに、赤松の根元に、いやおうなく
ひきすえられてしまった。
怒ってわめきだそうとしたが、それどころではなかった。目の前で、小次郎と
武太郎が腕を組み、ダンスを踊りだしたのだ。蜂の巣や鮭は、ユカリさんたちに
あげてしまったのか、どこにもない。持っているものといえば、小次郎がムーン
タッタ法王から受けたヤドリギだけだった。
二頭の熊は、腕をからませ頭を傾け、フォークダンスさながらにくるくる回り
ながら、互いに笑い声をあげる。窪地の回りを踊り、どってらどってらと一周し
はじめる。
熊たちは、音程のずれた、もったりした声で歌い、楽しく踊っていた。
♪決心したときゃ結審で、
寒いときならブルースよ。
ハンカチふりましょ法廷波止場。
被告は出る出るさようなら、
なごりを惜しむよ裁判長。
せめて餞別もらっておくれ、
被告にあげるよ執行猶予。
見上げてごらん夜の空、
なんて切ないお星さま。
涙でにじむよ別れ月、
執行猶予のブルースよ♪
のんびりした節まわしで合唱しつつ、熊たちは窪地の中央へ、右まわりの渦を
巻いて踏み込んでゆく。
赤松の根元から、私は声なくにらんでいたが、小次郎は愉快そうにヤドリギの
枝をふって叫んだ。
「ども、ども、ごくろ−さん。そういえば、忘れていましたよ。裁判のしめくく
り、火の輪くぐりの焼き栗です。執行猶予をあげなくちゃいけません。わたく
し、裁判に夢中になるあまり、ちっとも、すんとも気がつきませんでした」
武太郎が、小次郎と踊りながら、片手をふりあげ、あわせて頓狂な声をあげ
た。
「ハイホーッ。ハイホーッ。踊れっ、踊れっ。俺たちゃ、熊族、ハイホッホッ。
執行猶予は、おまえの仕事。月の輪小次郎、言ってやれ。被告がわんわん泣かな
いうちに」
私は、とたんにくやしくなって、赤松の幹をこぶしでたたいて叫ぶ。「だれ
が、わんわん泣くもんか」
熊たちは私の叫びなど、意に介さなかった。窪地の中央で輪を描き、腕を組ん
で回りながらトンタラトンタラ踊り続ける。
小次郎と武太郎は、得意さと楽しさに酔いしれ、夢見ごこちで目を細めてい
た。口をあけて舌を見せ、息をはっはっと吐いている。
回る月の輪熊は、ヤドリギで私を指しながら、ぐおっも−んと空にむかって叫
んだ。
「わたくし、こういうのって、じっさい好きなんです。さてさて、あさって、し
あさって、おととい来る人わるい人。執行猶予を、言い渡しますです。被告は、
今度のキマグ零時まで、刑の執行は無しということにしますよ。ですけれど、ち
ゃんと、ごはんは八分づきでお行儀よく食べてください。お箸は右手、茶碗は左
手に持って、おかずは納豆にネギを刻んだものを入れると、おいしいんですよ、
これが」私はむかむかしてきて、叫び返した。「おれは、納豆はきらいだっ」本
当はきらいではない。が、そう怒鳴らずにはいられなかった。小次郎が、おおっ
と声をあげ、踊りながらオーバーに身をのけぞらせた。「なんと、納豆、おきら
いですか。ども、しつれいしました。甘納豆もだめですか。あれはおいしいんで
すけどねえ。うふうふう。それで、朝ごはんにネギ納豆を食べたら、ちゃんと学
校に行くんですよ。人間世界に帰るときには、ランドセルに時間表通りに、教科
書がちゃ−んと入っているかどうか確かめてください。あとで先生に、めっめっ
されると、あなたもきっと、のけぞることになるでしょう。どうか覚悟を決めて
おいてください。これからどうなるかは、サイの目ころころ、大バクチ。バク
チ、バクテン、宙がえり、とんぼ返りに、卵がかえってオメデトウ。ひよこぴょ
こぴょこ、ふんわり可愛い。うふ、うふう」
私は、無意味な駄洒落だらけの小次郎の言葉に、がっくりきて松の根元に座り
こんだ。
この世界では、「今度」というのが、いつのことなのか、ぜんぜん予定が立た
ないのだ。虎の教授も、さっきそう言ったはずだ。つまり、キマグ零時はいつ来
るかわからない。キマグレコ大明神が吹くという法螺サイレンが鳴ったら、刑は
ただちに執行され、服役しなければならないのだ。
たった一日といっても、長さが決まっていない。どんな目に合わされるか、知
れたものではない。私は、必死にならざるをえなかった。彼らを翻意させよう
と、死にもの狂いで訴える。
「待てよ。おいっ、その前に言わせてくれ。判決で言ったことは、さっきカミュ
が駅で言った、キマグレコ大明神の命令に反するんじゃないか。大明神は、七日
間でゆっくりやるようにと言ってたじゃないか。神さまに逆らうのか」
隣に立つワン教授が、例の法律書をかかえ、眼鏡のふちに手をやりながら頭を
横にふった。
「それは、あなたが、カミュ参事官を冒涜して侮辱して差別したから、帳消しに
なったのですよ。それに、はっきり言いまして、このべあべあ日暮ら市に、あま
り長く滞在されても困りますしね」
「そんな……、そこまで言うなら、すぐに人間世界に帰してくれ。たのむっ、草
刈りなんてさせないで、早く元の世界へ戻してくれよ」
両手で頭をかきむしる私に向かって、窪地の中央から、小次郎がヤドリギをふ
って叫ぶ。「うふ、ふんふん。帳消しは、なくなることですけれど、腸詰めはソ
ーセージです。わたくし、おいしいフランクフルトに目がないので、ときどき目
が見えなくなるのです」
私は意を決して虎にとりすがり、小次郎たちにも懇願した。
「たのむっ。もう帰してくれ。元の世界では、恋人だって待ってるんだ。しめき
りもあるし、連載だって落とせない」
虎が目をばちぱちさせ、まじまじと見つめた。「恋人? ああ、発情の相手の
ことですか。そのことでしたら、だいじょうぶ。人間は、栄養過多のドバトたち
と同じで、年がら年じゅう発情期で節操のない種族です。おまけに長寿です。す
ぐに死にはしません。俗に、殺してもただでは死なない。始末におえない悪いや
つ、というではありませんか」
「発情なんて、よしてくれ。よけいなお世話だよ。殺してもただでは死なないな
んて、ことわざはない。転んでもただでは起きないっていうのはあるが」
「いえいえ、あなたはまちがっています。わたしの学説によると……」
「もういいって、学説はいいよ。人間はどうせ、憎まれっ子なんだ」
虎はふむふむとうなずき、私の肩に親しげに手をかけた。
「そうそう。平清盛だか、食べるの大盛だかいう、歴史的人物も言ってますね。
憎まれっ子、世にはばからずんば、人にあらず。孔子という学者も言っていま
す。われ十五歳にして志を立て、三十にしてすっかり忘れ、四十にして救いがた
く迷い、六十にしておのれの欲する所にしたがって傍若無人。人間というのは、
どうも、やけのやんぱち忘八ですね」
私は一刻もはやく元の世界へ戻りたくて、いらいらしていた。忘八というの
は、仁義礼智忠信孝悌の八つの徳目を忘れたもののことだ。転じて遊女屋のこと
を指したりする。だが、虎にそんなことを言われる筋合いはない。
もっとよくこの世界を観察しようと、さっきまで開きなおっていたのも、こう
なっては元の木阿弥(もくあみ)だ。もう、すっかりうんざりしている。動物た
ちのめちゃくちゃな行動には、やはりついていけない。このままでは、神経がど
うかしてしまう。
この世界が、悪夢であろうと現実であろうと、とにかく一刻も早く、ここから
脱出しなければならない。
こっちのじりじりする気持ちをよそに、小次郎と武太郎は、あいかわらず腕を
組んで踊り続けている。組んだ腕を中心に、まわりあう速度が、だいぶ上がって
いる。
(ちくしょう。のんきなもんだ……)
唇をかんだ瞬間、法廷の窪地全体に、不思議な現象が起こりはじめた。
(草が、枯れていくぞ……目をみはっているうちに、刈りそこねた下草が、根を
残した低木といっしょに、次々と茶色に立ち枯れてゆく。さっきまで生きていた
潅木や草が、立ったまま見るみるしぼみ、くたくたと倒れる。水分を失って、い
っせいに縮んでいくのだ。
かわって、茶色にひからびてゆく窪地の底から、きらきら光る白い砂状のもの
が、音もなく噴き出して広がった。どこからともなく潮の香りがしてくる。見覚
えのある結晶が光る。どうやらまた塩のようだった。枯れた植物群を、みるまに
覆いつくしてゆく。
立ち枯れた低木や草は、輝く塩の結晶にびっしりと包まれ、たちまち樹氷やサ
ボテン状の美しい姿に変貌した。鬱蒼たる巨木の森のただなかに、白い結晶に包
まれて、きらきら林立する美しい広場が生まれた。
まぶしい塩柱の茂みのまんなかで、小次郎と武太郎の踊りは、いつのまにか、
目まぐるしい速さに達していた。二頭とも踊ってはいるが、さっきまでのダンス
ではない。必死の形相で腕を組み、ふりちぎらんばかりに、ぶんぶんと互いのま
わりを回っている。二人ひと組みでフィギュアスケートの回転競技をしているよ
うなものだ。
目が回ること確実の八イスピード回転だった。塩に覆われた枯れ原が出現した
ことで、まわりの傍聴動物たちの大歓声が、森の中にいっせいに轟き渡った。"
こ"さま、"たけ"さまと、崇める熊たちへの声援がひっきりなしだ。しかも、塩
がいっぱいなのだから、わくわくどきどき喜ばないわけがない。まだ誰も塩の原
に降りて来ないのは、小次郎と武太郎に遠慮しているせいだ。
小次郎も武太郎も、どちらも息をはっはっと吐き、せわしない呼吸に燃え、今
にも倒れそうだった。
見るものをびっくりさせる回転のせいだ。疲れて眼がまわってしまったのだ。
踊りの速さが急にゆるみ、おぼつかない酔っぱらいの足どりでよたよたしはじめ
る。力を失った独楽が首ふり運動するように、ふたりとも頭をぐらぐらさせてい
る。
よろけてふらふらしている小次郎が、大声をあげた。武太郎といっしょに脚が
もつれている。
「いそがし、いそがし。おおいそがし。おほほ、おほほん。息つく間もない。お
月さんまわって、満ち欠け満ち欠け。お日さま回る。お地球まわる。みちかけみ
ちかけ、くるくるくるり。おいしい海も、満ち引き満ち引き。回ってめぐれば、
ばったんきゅうす」
武太郎も、相当によろよろしていた。すっかり目をまわしており、千烏足の状
態だ。口から泡をふいて、うごうごとほえるばかりだった。
二頭の熊が、頭も腰もふらふらの状態で、足をからませたのだからたまらな
い。二頭とも、ボーリングのピンがはじけるように、どったりと塩の林のまんな
かに倒れ伏してしまった。きらきらと輝く白い塩のほこりが、ぱっと空中に舞い
上がって、滝しぶきのように七色の光芒をひいた。
熊たちは仰向けに倒れて息あらげ、そのたびに大きな腹が出たりひっこんだり
する。やはり心配だ。虎の教授にたずねる。
「おい、大丈夫なのか。あんなで」
「平気です。熊族の方々は、たいそう丈夫ですから。つまり心配はいりません
が、ゴマは煎るのです。特に磨きゴマは、食べでのある、けっこうな誇り高き香
りゴマなんです。ええ、ええ、わかっておりますよ」
虎の指摘通り、小次郎と武太郎が、息をふうふう言わせて、すぐにむっくりと
起き上がる。黒と褐色の大きな毛のかたまりが、うふうふ、がふがふと息をは
き、よろめきながら立ち上がった。
塩の粉の乱舞するなか、熊たちは赤い舌で顔や手についた塩分を、ベろべろな
めている。黒と褐色のふたつの顔は、喜びにくしゃくしゃだ。
虎教授は眼鏡の縁に手をやり、熊たちを指さした。
「ほら、大丈夫です。"こ"さまたちは、大変に、いつもお元気であらせられま
す。これで、臨時ジリリンうる裁判も終了です。では、そろそろ、争いごとも平
定されましたし、平気で閉廷とまいりましょう」
小次郎たちは、森をうずめる傍聴の鳥獣たちの声援に、両腕をあげて応じてい
る。まるでヒーローきどりだ。四方に体をむけ、こくりこくりとうなずいてい
る。
虎の教授は、美しい塩の窪地に興奮する傍聴動物たちを見渡し、いい潮時だと
言いわんばかりに、足元のハラショーを見下ろした。
「そろそろだと思うのだが、裁判行司くん。いかがかね」
「ハリハリ。裁判行司も、閉廷を勧告します。チクリンコ」
ハラショーは、さっき放り投げた草刈り鎌に近づき、小さくつぶらな黒い瞳で
私を見上げた。
「鎌もってくれ。執行猶予でも、刑の準備はしてなくちゃいけないんだ。鎌も
て、鎌もて。持ってくれったら」
あまりにうるさいので、私は仕方なく身をかがめて鎌をとりあげた。両手で握
りしめると、しぶしぶ小次郎たちを見やる。虎の教授が、私を横目でみつめ、初
めて歯をむき、にかりと笑った。
「それでいいのです、それで。さすがは名誉ある被告くんです。きっとケンジ森
の"おっかさんバオバブ"も、喜んで迎えてくれるはずです」
勝手に決めつえけるなと思い、ちょっと待てと止めようとした。だが、虎は赤
みがかった黄褐色と黒のしまの背中を向け、森じゅうに響きわたる声で宣言し
た。
「それでは、御臨席の傍聴のみなさん。めでたく裁判は、これにて終わりです。
閉廷っ。閉廷っ。閉廷っ。御祝儀の塩で、てんこ盛り、さあどっさりいただきま
しょう」
虎教授の叫び声に、動物たちがいっせいに狂喜して吼え、鳴きだした。獣たち
は巨木の幹の影や太い枝の上から、どっと集団で殺到し、烏たちも激しくはばた
いて窪地の上空を真黒にうずめつくした。
さっき、ハラショーが木の椀から塩をまいたとき以上に、たくさんの動物たち
が、森の奥や空の上から、すさまじい種類と数でなだれこんだのだ。
いまや、塩まき係のハラショーまで、サンザン猿やカラスやドバトといっしょ
に、眼前の塩なめ動物たちの群れの中にとびこんでいた。フラミンゴのドミンゴ
まで、首をうねうねさせながら、塩の響宴にあずかろうと群れなす鳥たちの中に
つっこんでゆく。
窪地はたちまち、あらゆる動物や鳥たちでごったがえし、黄色や白、黒や茶
色、灰色や桃色など、さまざまな毛皮と羽の色でいっぱいになった。
角のあるもの無いもの、耳の長いの短いの、蹄(ひづめ)のあるもの水かきの
ついたもの、大きいの小さいのと、これ以上は現れないと思うほどの数だ。それ
らがぜんぶ、頭を塩の原につっこんで、ひしめきあっているのだ。
(塩さえあれば、みんな幸せだから、次回へ)
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