しわしわの紫の法服を着た小次郎は、武太郎をともなって、私の前に立った。
彼は背後でひしめきあう塩なめ動物たちにふりかえり、ついで私の顔をしげしげ
と見つめた。口に手をあて、ペこりと頭を下げる。
「ども、たいへんに遅れまして、しつれいしました。ども、混雑いたしてまし
て、この通り裁判は満員御礼です。わたくし、武さんとともに、この御盛況をつ
つしんで包んで、もんでたたいてメンチカツ。勝った武さんからも、あなたにぜ
ひとも、あらためてお礼を言いたいそうですよ。ども、有罪ありがとうのオメデ
トウでございます。おついでに、クリスマスには火の用心です」
 うふうふ笑う小次郎だが、隣の武太郎は、御礼を言うどころではなさそうだっ
た。うしろの動物たちにふりかえり、もの欲しそうに爪の先をくわえて見つめて
いる。ひどく塩が欲しそうだった。いらいらしている私の方など見向きもしな
い。
 小次郎は、虎の教授にむかってぼってりと立ち、長い爪の生えた両手を、腹の
前に垂らして笑った。
「うふ、うふう。裁判終わって、気分はすっかり、もうドングリです」
 ワン教授は、ホテルのボーイのように、片手を腹の前に置き、ふかぶかと一礼
した。
「これはこれは、"こ"さま、"たけ"さま。どうも御苦労さまです。はて、ドング
リとおっしゃいますか?ドングリと申しますと、さきほど、"たけ"さまが、この
被告くんに投げつけましたのは、正確には数種類の木の実でございましたね。あ
れは、コナラやミズナラ、クヌギやカシやシイなどの実です。いずれも熊族のか
たがたの大好物。まったくもったいないことでした」
 小次郎は片手を、また口にあてると、体を丸めてくつくつ笑った。
「うふ、うふう。だいじょぶです。まいた種なら育てればいいんです。ワン教
授。わたくし、とてもドングリたちが愛しくて、自分の毛皮より肉球よりも好き
なんです。さあ、武さん。ふたりで歌いましょう。べあべあ日暮ら市々立大混声
合唱団のオハコでゴミバコで私書箱十八号を」
 小次郎の呼びかけに、武太郎がやっとこちらに顔を戻し、眼がさめたように返
事した。「おお、そうか。私書箱十八号だな。そりゃあ、おめえ、なんつったっ
て『静かなるドングリ行進曲』だからな、いっしょに歌おうぜ」
 小次郎と武太郎は、どてどて歩きだし、私をまんなかにはさみ、両手をつない
で向かいあった。逃げる間もなく、二頭の熊の四本の腕の中に囲まれてしまった
のだ。
 小次郎が楽しそうに、私の顔をのぞきこんで告げた。
「それでは、歌って踊って、ドングリの木を、どんどん、もりもり生やすことに
いたします。わたくし、きっとそうすると決めました」
 二頭の熊は、私をはさんだまま、ぜんぜん静かでない『静かなるドングリ行進
曲』を、ごうごうとがなりはじめた。お決まりの奇妙な節まわしで、一節ずつ小
次郎と武太郎がかわりばんこに歌う。

♪秋もはよからリスが泣く。(こ)
 埋めたドングリ掘り出せない。(たけ)
 どこに埋めたか忘れたよ。(こ)
 目印つければよかったが、(たけ)
 つける暇ない冬じたく。(こ)♪

 どこが行進曲なのか、さっぱりわからない。二頭が歌いはじめると、塩をなめ
ていた動物たちの間に、新たなどよめきが起こった。"こ"さま、"たけ"さまと、
やんやの喝采が爆発する。
 そのとき私は、けものたちの塩なめのさわぎの背景から、不思議な音がしみだ
してくるのを聞いた。それは、ミシミシ、ミチミチと何かがふくれて弾け、固い
ものが割れてゆく音のようだった。さっき駅が森になったときの音に似ている。
 動物たちも、その音に気づいたようだ。いっせいに塩なめをやめ、耳をそばだ
てて不思犠な音に聞き入る。みな真剣な表情だ。
 とたんに、あれほどむさぼっていた塩なめをやめ、動物たちが突然に窪地から
いっせいに離れはじめた。鳥たちも、空を真黒に埋めて飛び立ち、獣の群れもど
ろどろと地面を揺るがして列をなし、森の奥へと駆け戻ってゆく。
 動物たちが、なぜ急に去っていくのか。
 その理由は、眼前に起こった現象ですぐにわかった。動物たちの列を押し割っ
て、シイやコナラやミズナラの木が、窪地のあちこちに伸びて、急遠に生えはじ
めたのだ。鬱蒼たる森ができたときと同じく、みるみる幼木から若木に変わり、
もりもり立派な大木になってゆく。
 黒灰色や黒褐色の幹が、ぐんぐん伸びて枝を広げ、たくましく太い幹がそびえ
立つ。樹皮に不規則な縦の裂け目が無数に入った新たな樹木は、二十本あまりを
数えた。
 私は驚きあきれながら、この落葉樹のもとを知った。武太郎が、出会い頭に私
に向けて投げつけたドングリたちが芽をだし、根をおろして大きくなったのだ。
 茫然と目を見開く私をよそに、小次郎たちは楽しげに、前後でつないだ腕をふ
って歌い続ける。

♪しっぽふさふさリスおやじ。
 忘れたドングリ、芽を出して、
 春になったら、えい悔しい。
 そこへ熊さんやってきて、
 わたしが食べてあげましょう、
 シイの実、ナラの実、カシの実にゃ、
 いつも目がないわたしです♪

 小次郎たちは、眼前に生えたドングリの木を見上げて歌いつづけた。塩の窪地
はすでに、からっぽになっている。
 驚くべきことに、あれほどびっしりと覆っていた白い塩は、なめつくされてか
けらも無かった。あとには塩気で枯れた草原と、十本のシイやナラの大木、そし
て飛び遅れて首をうねうねさせているドミンゴだけが残された。

♪森の宝の木の実たち、
 食べて最高、トレビアン。
 ホクホク、コリコリ、ポリリンコ。
 クヌギにカシワにクルミの実。
 イガと戦い栗を食う
 甲賀忍者の出る幕ない。
 あ、ソーレ、あ、ソーレ、
 あ、ソーレ、ソレ♪
 
 ひと節歌うと、すかさず虎教授が、「あ、そ−れっ」とあいの手をいれる。
 小次郎たちは調子に乗って、同じ歌を今度は輪唱で披露しはじめた。小次郎が
先、武太郎が後に続く。
 もったりしたドミンゴも、輪唱が半ばごろまできて、やっと翼を広げ、飛ぶ態
勢をとる。熊たちに、ひなたでいねむりする老人のように、ゆっくりと頭を下げ
た。そのまま、コナラやミズナラやシイの樹々の間から、ゆるゆると七色の空へ
飛び立っていく。
 森は、急に静かになった。さっきまでのにぎやかさもどこへやら、生き物たち
の姿もざわめきのかけらもない。あれほどの大群が、現れたときと同じく、また
たく間に去ってしまったのだ。
 小次郎たちの歌だけが、深々とした巨木の森に果てしなくこだまする。幾重も
のこだまをひいて歌が終わると、小次郎と武太郎は、ようやく私を腕の輪から解
放した。もっとも、二頭の熊は、今度は私の左右にならび、両手をつかんではな
さなかった。「はないちもんめ」のように、手をつないでならぶ。
 ドングリの木の生えた窪地にのぞみ、うふうふと笑うばかりだ。枝葉の重なり
あうシイやナラの巨木を見上げる小次郎は、青々としたドングリの木に向かって
小首をかしげた。「おや。とっても残念なんですけれど、これで裁判は終わって
しまいましたよ。はてさて、ちょとまって下さいよ。これからどしたらいいか、
ドシラソファミレド♪ なるほど、迷ってしまいます。でも、わたくし、いま素
敵に、ぐおっも−んな気分ですから、ほんとは、なんにも気にしません。ずっと
ずっとの昔から、迷いものには福があると、みなさん言うじゃございませんか」
 首を左右にかたむけ笑いながら、次のお遊びは何にしようかと、うずうずしな
がら考えあぐんでいる。
 武太郎は、落ち着きがなかった。あたりをしきりと見渡し、きょろきょろ何か
を探している。私は、そのかっこうが真剣すぎて、こっけいなので思わず尋ね
た。
「おい、"たけ"さま、何を探してるんだ」
 武太郎は、うるさそうに口吻のつきでた横顔を見せ、胸の上に手をあててうな
った。
「人間にゃあ、わかりっこねえよ。おいらの大事な、大事なオトクさんを探して
るんだからよ」
 その口ぶりは、切実で真剣だったが、私はふきだしそうだった。笑い声をおさ
えるのに苦労し、顔をそむける。
 そのとき、眼前のミズナラの樹上から、あのコアラのユカリ市長の声が降りて
きた。
「うんうん。やっばり、"こ"さま、"たけ"さまのお裁きは、いつもながら素晴ら
しいねえ。これにて一件落着、横着ものの一軒屋。まったくほれぼれするね。カ
ミュ参事官」
「もう、トリかかりから、トリしまりまで、言うことなしのケッコウ羽だらけで
ございます」
 懐中時計を肩から下げたユカリさんと、あのオレンジ色のウクレレをかかえた
鶏が、いつのまにか枝の土にそろりと姿を現した。
 私は、市長たちを見上げて、思わず「お−い」と声をかけた。コアラが、ミズ
ナラの木の肌をつたって、枝の上からゆっくりと降りてくる。
「うんうん。お−いと呼んでいるのは、あの人間くんの被告くんだよ。あんまり
呼ばないで欲しいものだね。うんうん。恥ずかしくて鳥肌になってしまうんだけ
どね。せっかくのふかふかの毛皮が、立ってしまって、ますます恥ずかしくな
る。うんうん」
 カミュも、ウクレレごと器用に二本足で枝をつたい、コアラのあとに続いた。
 ワン教授は、大きな枝の又で止まった市長らに尋ねた。
「参事官、ほかの市の巨頭のみなさんは、どうしましたか」
 鶏は白い羽をばさばさ広げ、真赤なトサカをふるわせてうなずいた。
「塩なめなめのケッコウな気分でみんな満足しました。機嫌は上々で、もう天に
も登る心地です。犬兵隊や猫撫隊、法王のみなさんは、特別の木陰で、いまいっ
しょうけんめい毛づくろいをしてますコッコ」
 私は樹の又の上のカミュにたずねた。
「特別の木陰ってどこなんだ。ほかの動物たちは?」
 すましたカミュは尾羽をふると、片方の羽の先で背後をさした。
「市の巨頭のみなさんは、あちらのドングリの木の下にいらっしゃる。ほかの市
民諸君はみんな、ねぐらへ帰ってしまった。裁判すんで日が暮れる」
 カミュが黄色いくちばしを開いて、得意げに告げたとたん、四周にひびきわた
る大きな法螺貝の音が森じゅうを揺るがした。駅のホームに初めて降りたったと
きと同じだ。
 小次郎も虎教授も、市長たちといっしょに、はっと上空をあおいだ。カミュ
が、歓喜と興奮のきわまった表情で、くちばしを天につきあげ、ときの声を告げ
た。
 法螺貝の音が、三回、長くこだますると、小次郎たちは急にそわそわしはじめ
た。ぐふぐふ息を吐き、紫色の服を脱ごうと、もぞもぞ動きだす。武太郎も、き
ょろきょろあたりを見渡し、うろうろと歩きはじめる。
 虎教授が、ホウの葉の法律書をぱさんと閉じた。もどかしげに足踏みしなが
ら、法螺貝の音に気をとられ、うわの空で告げる。
「ほらほら。ぐずぐずしてはいられません。大明神さまがお告げになるキマグ零
時の法螺サイレンです。これは、急がないといけませんよ」
「キマグ零時の法螺サイレン。ということは……」
 すでに底深い法螺貝の音は、遠く消え去りつつある。私はショックを受けて絶
句した。
 日付が変われば、執行猶予は終わりということではないか。判決によれば、こ
のまますぐに刑が執行されてしまう。
 立ったまま小次郎を見れば、地面の上にころがって、裁判官の服と格闘してい
る。手であちこちひっぱり、足でつっぱってもがくが、なかなか脱げないよう
だ。
「おや、これはちょっと難しいですよ。わたくし、服を着るのも脱ぐのも得意な
んですけども、なんだか、首と胴がこんがらがってきましたよ。ぐふ、ぐふう」
 見かねた武太郎が手伝い、服のすそをもちあげて頭の方へ一気にひっばる。
「それ、小次郎。がんばれ、がんばれ。やっほ、ほれ、ほれ。う−ん、すぐ脱げ
ねえなんて、ふてえ服だっ」
 まるごと裏がえった紫の服が、巾着みたいに小次郎の頭をすっぽり包んでしま
っている。困った月の輪熊は、もがもがと巾着の内側でしやべりだした。
「おや、なんだか変ですね。目の前がすっかり紫色になってしまいましたよ。い
ったい、どうしたんでしょうか。気分はとってもバイオレット。赤たす青は紫な
んですけれども、赤ちゃんも青ちゃんも、ことわりもなく、勝手に紫しました
ね。色のおいたは、どうもいけないことです。うふふん、ふん」
 小次郎は、頭の方で盛んにひっぱる武太郎に対し、両手で地面にふんばった。
月の輪のある首から下が、丸見えになった。頭から上が、まるでしぼんだ紫色の
朝顔のようだ。
「しっかりしろよ、小次郎。それっ、エンヤラ、エッサカ、エスオーエス。月の
輪光ってきんきらりん、ヤーレン、ソーラン、どうにもならん」
 武太郎はかけ声も高く、懸命にひっぱるが、小次郎の頭がつかえてなかなか抜
けない。もがもがと、大きな首を筒状にまくれあがった服でつつみ、手足をばた
つかせている。
 コアラと鶏も、あわててミズナラの樹から降りると、手助けを求め、姿のない
犬兵隊や猫撫隊に叫んだ。
「はやく出てきたまえよ、諸君。"こ"さまが大変。うんうん。"こ"さまの次のお
仕事がはじまらないうちにね。間に合わせたまえよ」
「熊族の方々が、お困りよ。トリ急ぎ、おっトリ刀でコッコまでおいで、ケッコ
ッコッ」 
 樹の幹の根元に立つコアラは、銀色の懐中時計をぱちんと開いてのぞきこん
だ。
「ふんむ。ありがたい三日めのはじまり。いよいよ被告の人間くんの名誉ある実
刑が、執行されることになったからね。うんうん。おめでとう、いやあ、なんと
も愉快で楽しいねえ」
 私は、とことこ足踏みを続ける虎教授を残し、ミズナラの木に近づき、コアラ
を見下ろして指をつきつけた。
「何を言ってる。ぜんぜん愉快じゃない。不愉快だ」
 コアラは、私の剣幕にも平然としている。黒い鼻の頭をてのひらでぐいと押し
上げ、鼻たれ小僧のようにいばって胸をはる。
「うんうん。照れなくても、きみの気持ちはとってもよくわかるよ。やっぱり被
告は嬉しいことだからねえ。どうかね? 刑期をつとめあげたら、いっしょにユ
ーカリの葉でも食べようじゃないか。遠慮はいらないよ。うまい、安い、早いの
三拍子がそろってるからね。わが家の晩餐に御招待しよう。うん、そうと決まっ
たら、家内と来客の打ち合わせをしなくてはならないね。人間の客なんて初めて
だよ。しかも被告で実刑判決つき。もう言うことなしの慶賀のいたりのイタリア
で、リタイアしては困るよ」
 私は唇をわなわな震わせ、かんかんに怒った。
「ユーカリの葉なんか食うかっ。こんな世界なんか、もうまっぴらだ。帰してく
れ」
 後ろからワン教授がやってきて、私の肩に手を置いた。
「まあまあ、気をしずめて、もぐって潜水艦したまえよ。人の心は、浮いて沈ん
でおふろでちゃぷちゃぷ。巷でも、チャップリンは喜劇のチャンプというではあ
りませんか」
 ワン教授は楽しげに、コアラ市長に目くばせしてみせた。
 そのとき、ぐおっも−んという叫びが、樹々の間に響きわたった。はっとふり
かえると、ついに服の脱げた小次郎が、両手をあげて万歳のかっこうをしてい
る。
 その隣では、武太郎が紫色の服を片手につかんだまま、眼を閉じ首をかしげて
いる。ヒグマは、すぐにぱっちりと目を開き、茶目っけのあるしぐさで小次郎の
片腕の肘をつかんだ。
「考えたんだがよ、小次郎。あんまり時間がねえようだ。さっさと次の支度をし
なきゃなんねえぜ」
 小次郎は、桃色の舌をだして自分の黒い鼻先をべろりんとなめた。
「うふふん。わかりました。では、わたくし、宿六どんを起こすことにいたしま
す。ではでは、支度をいたしましょう。ひぐま武さん、おんたけさん。ずずずい
と参りましょう」
「よしきた、ほいきた、やじきただ。あたりきしゃりきの銀シャリうめえ。佃煮
あったら言うことなしだぜ」
 私は、宿六どんというのが分からない。裁判に関係あるのだろうか。おそるお
そる尋ねる。
「宿六って、なんだ」
 武太郎が先を急ぎながらふりかえり、うるさそうに答えた。
「おめえが、いま立ってる場所だよ。おれたちじゃ、ただいまとりこみ中。とり
こみ中国、中華味、料理は絶品、ツバメの巣ってこった。つまんねえ質問すんじ
ゃねえよ」
 小次郎たちは、鼻歌まじりで手をつなぎ、背を向けて森の奥にかけこんでゆ
く。彼らはずんぐりした四本の足で、ドングリの大木の下をくぐる。あれよあれ
よと言う間に森の奥へと消え、円錐形の丘を覆う巨木の森を、急な斜面にそって
駆け下っていった。

 (宿六という名前からして、どうせロクなものじゃないでしょうが、次回へ)