あとがき(のつもり)
          
 読んでくださって、ありがとうございました。
 この作品の舞台である「ベあべあ日暮ら市」は、たぶんどこかに実在する。ど
こかと聞かれても困るけれど、おそらく屋久島か、バーミューダ海域か、それと
も小笠原沖に存在するという謎の「ドラゴン・トライアングル」か。
 読者のみなさんも、お暇なら考えてみて下さい。もしかすると、チベット高原
の地下の奥深くにあるという伝説の「シャンバラ帝国」でしょうか。いや、本当
は近所のマンホールの蓋の裏あたりに、「入口案内」がガムテープで貼りつけて
あるのかもしれん。
 まてまてまて、実はきのう買った魚肉ソーセージの空き袋のJASマークの
「J」の字の先端のカーブの左二十五度ぐらいのフラクタル曲線に、微細な印刷
ミスがあったが、そこが次元の裂け目と通じていて、明日のためにその一で、指
先の爪で内側にえぐりこむように撃つべし撃つべし撃つべしって、『あしたのジ
ョー』すれば行けるかな?う−む、敵もさるもの、さるものはウッキッキ。
 いやいや、いかん、またこの作品を書いていたときの、わけわかんないファジ
イでシュールな感覚が、ぶりかえしてくる。いかん、いかん、初めて佐々木君紀
の作品を読む人が、頭のおかしな作家だと思い込んでしまうではないか。今ま
で、なんのためにまともな人間のフリし続けてきたか、そのたいへんな努力が水
の泡に……あわわわわ。
 とにかく、大長編SFを中心に作品を発表してきた作者としても、なぜこんな
小説が書けたのか、途方にくれている始末です。
 人ごとのように言いますが、とぼけてますね、本当にこの作品に出てくる動物
たちが。彼らの歌も踊りも、やることなすこと、すべてが意味がありそうでなさ
そうで、なさそうでありそうで。読者のみなさんも、びっくりされたんじやない
でしょうか。
 前衛というには素朴ずぎてカントリィな感じだし、童話というには子供向けに
ふさわしい意味づけが、まったくないし。ファンタジィの枠をあてがうには、あ
んまりにもファジィすぎて、どうも座りが悪いことで。
 この作品を読んでくれた、ある編集者は「頭が爆発しそうだ」とのコメントを
残して、以後は音信がとだえている。もしかして、ほんとに頭が爆発してしまっ
たのか。おいおい、それじゃ超能力映画『スキャナーズ』だっちゅ−の。(笑)
「うふ、うふう」と笑う楽しい主人公、"こ"様こと、月の輪熊の小次郎が、作者
の頭の中に、車掌のかっこうで現れたのは、二○年近く前、大学二年の頃です。
小説の真似事をはじめて、創作ノートで二ページほど書いたおぼえがあります。
 主人公の青年が電車に乗って居眠りし、目がさめたら、ヘんな動物電車である
ことがわかる。そこへ月の輪熊の車掌が現れ、切符をねだるというファースト・
シーンが、この作品の基本になりました。
 一応、最初の駅名のパロディからお分かりの通り、東京の西武池袋線が「お気
楽急行・べあべあ日暮ら市行き」のモデル路線になっています。大学時代に練馬
のアパートにいたので、当時は最も身近な路線だったという、理由はただそれだ
けのことで、ほかに意味はありません。
 熊というのは、ご存じの通り、アイヌの人たちにとっては「神(カムイ)」で
す。日本の地名に「熊」とつく例が多いのは、それと関係があります。たとえば
「熊野」とか。あるいは「隈」「奥」と書いて「クマ」と読ませる場合も多く、
熊の出没する奥山は、同時に神霊の出入のある聖なる土地だったのでしょう。
 この作品に関しては、よけいな寓意やメッセージを託すことは避けたつもりで
す。宮沢賢治さんにも、ご登場願っているわけですが、全体を通じて非常にふま
じめな小説であることを、わが輩、断言するんであります……と、ダチョウのホ
ワイトハウスみたいな口調になってしまった。
 話はとびますが、このダチョウの名前について。筆者がまだずっと若くて、デ
ートする相手がいたりなんかしてたころ、東京は井の頭(いのかしら)公園の
「自然文化園」でみたダチョウの顔がヒント。それが、レーガン元大統領に、実
にそっくりだったんですよ。というか、自人男性の老人の顔をイメージさせたの
で、レーガン大統領=白人の老人=ホワイトハウスということになったわけで
す。
 そのときのカノジョはどうしたかって? きいてくださいよ。井の頭公園でデ
ートすると、そこの弁天さまがヤキモチやくので、カップルは別れることにな
る、という噂がありましてね、筆者の場合、それは本当のことでしたね。あ、で
もほかの場所でも、別の女性とやっぱ御縁がこわれたりしてるから、土地のせい
にしちゃあいけませんね(「土地じゃなくて、おまえが悪いんじゃ」とオラン婆
さん)。
 ま、プライベートはともかく。小次郎いわく、「それで、わたくし、主人公な
んでございます。キャラクターで御登場いただいた動物のみなさんに、お好きな
ように行動していただき、お好きなようにしゃべってもらったんです。そです。
そのとおりです。作者は、『わたし』というファンタジー作家の目で、みなさま
の住所、氏名、ご職業、歌と踊りとお遊びとお昼寝、お食事どきを、かきかきし
て下さったんでございます」
 べあべあ日暮ら市の一画をなす「スミマセン」という山は、仏教の世界の中央
山「須弥山(しゆみせん)」の駄酒落です。
 やっぱり、年々、野生動物との共存が困難になっている人間の社会は、どうに
かしないといけませんね。
 コアラの「えらあい市長」ユカリさんの言葉だと、人類は万物の増長だからね
え。うんうん」です。いつ増長をやめるのか。増長というよりは、無知と傲慢の
方が正しい。
 猟銃を持って野生動物を追いかけまわし、その首を"トロフィー"として飾るの
を誇っているうちは、この世界は決してよくならない。屋久島の縄文杉の皮を、
記念にひっぺがして持っていく極悪非道の槻光客たちも同様でございます。
 次に来るのは、"カタストロフィー"てなことに、ならなければいいですけれ
ど。

追伸。『べあべあ日暮ら市2』も実は、ちょっと書きはじまってるんですよ、う
ふ、うふう。

「くつろぎのケンジ先生」