和歌ベスト50第一弾
和歌ベスト50
和歌は日本人の魂の神髄であり、精華であり、雅である。
雑多でアモルフな現代ではしかし、秩序と規則に縛られた和歌の形式に相応しくなく、それが和歌から多くのものが離れていった原因であろう。こんな事は私が口を酸っぱくして云うまでもなく、西洋の文芸、文化が堰を切って流入してきた明治の時代にすでに云われていたことであった。
鴎外もすでに和歌が顧みられない時流を嘆いていた。
私がしかし、なおのこと和歌の心を現代にくみ取る理由はいくつか、ある。
主な理由として、物質礼賛の時代にこの金の足しにもならない和歌の魂を蘇らせることは日本が日本であると云うアイディンティティーを回復させんがためであり、それをもって、西洋との境界をはっきりさせようとするためである。私は愛する日本が金の亡者と呼ばれることに断腸の念を感じる。そういった妄説を吹き飛ばすためには日本刀を持って切り捨て御免と行きたいほどだが、生憎私には日本刀を買う余裕もなく、なおのこと行動する勇気の持ち合わせがない。私が和歌を持って日本の魂を呼び起こすのは、なにも西洋よりも日本が秀でていると云わんがためではない。そんなことは人種差別者の戯言に任せていれば事足りる。あっちの国こっちの国には違った文化形成があり、それがそこに住む人の人格形成にも一役買うことになるのは当然であろう。日本にも日本人あらしめるところの文化がかつて存在していたのであり、私は和歌にこそ日出ずるところの民の和魂の住処を見出すことにしたのである。
時の権力者が多くの歌詠みに詠まれた和歌を一つの書物に編纂しようとしたのも当然で、これは、我々が過去の古い写真を各時代と各おもいでごとにアルバムに整理する衝動と似ている。(私は故意に政治的策謀を無視している)年老いたときに過去を振り返って楽しむ効果もこれにはあるのだが、これだけではないだろう。断じてこれ以上の撓められた衝動があるはずである。
我々にもいつしか死が足音こまやかに訪れ、冥界に拉し去る時が来る。死の後片づけは残された子孫の仕事である。故人の身辺整理の最中、子孫は一冊のアルバムを見つける。故人の思い出が詰まったアルバムである。そこにも一冊あそこにも一冊と次々に出てくる。子孫達は知るであろう。そのアルバム個々に秘められた故人の魂の生活を。知るであろう、時代と共に刻んだ故人の悲しみと愉悦の歩みを。知るであろう、故人が自己とそこに写っている諸人に託したひとひらの夢に似た淡くも力強い望みを。
曰く、万葉集、和漢朗詠集、古今集、後撰集、拾遺集、後拾遺集、金葉集、詞花集、千載集、新古今集。私がこれから紐解こうとするアルバムの名前である。
その1.花の色は うつりにけりな いたずらに
わが身世にふる ながめせしまに 小野小町『古今集』
十分に眺めることなく、美しい花たちは散ってしまった。そして私の美貌もこの花に似て醜くなってしまったのであろう。と云う意味である。小町の美貌とその零落、衰えは謡曲『卒塔婆小町』に語られている。3/1/2001
その2.うたたねに 恋しきひとを 見てしより
夢てふものは たのみそめてき 小野小町『古今集』
うたた寝で見た夢で恋い焦がれるあの方を見た。それ以来儚い夢を頼りに暮らしています。
当時の風潮は今と違って、愛しい人が夢に出てくるのは、その人が私のことをそれだけ思っているから夢にまで現れるのだと云うものであった。今から見れば何とも勝手な解釈である。さて、小町は六歌仙の一人。六歌仙とは僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主。3/2/2001
その3.月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
わが身ひとつは もとの身にして 在原業平『古今集』
この月も、花が咲き乱れるこの春も、そして、私があなたを想うこの胸の内の心もむかしのままなのだよ。あなた一人だけが変わってしまった。
業平は藤原高子を想っていたが、ついに叶うことはなかったのである。高子は清和天皇の妃となったからである。3/3/2001
その4.名にし負はば いざこととはむ 都鳥
わが思ふ人は ありやなしやと 在原業平『古今集』
おまえが都鳥と云う名を持っているなら知っているであろう。京の都に住む私の想い人がたっしゃで暮らしているのか、もうすでに死んでしまったのか。
業平が隅田川の畔で詠んだ歌である。都鳥とはユリカモメのこと。3/4/2001
その5.君ならで 誰にか見せむ 梅の花
色をも香をも しる人ぞしる 紀友則『古今集』
この庭に咲く梅の花を君以外の誰に見せたらいいのか。分かる人にしか分からないこの美しさ、この香。
紀友則は古今集の中で最年長の歌人。集の完成を見ずに没したのである。3/5/2001
その6.吉野川 いはなみたかく ゆく水の
はやくぞ人を 思ひそめてし 紀貫之『古今集』
吉野川に流れる水が巌を乗り越えていくように、なんと速くあなたと恋に落ちたことだろう。
激流のように恋に落ちた様子を述べたもの。恋の成就の苦しみも、しかし、序詞で表されている。3/6/2001
その7.あひみての のちのこころに くらぶれば
昔は物を 思はざりけり 権中納言敦忠『拾遺集』
あなたと躰を交える前の恋の苦しみは、躰の契りを結んだ今の苦しみに比べたらなんと軽いものだったのであろうか。
いつの時代も女性が抱く恋の重みと複雑さは変わらないのだ。3/7/2001
その8.くらきより くらき道にぞ 入りぬべき
はるかにてらせ 山の端の月 和泉式部『和泉式部集』
譬えようもない暗さに迷い込んでしまった。月の光、私の歩む道を遙かに照らしてくれ。
この詩の道暗さは目の前の光景の暗さではなく、和泉式部の心の暗さである。外部より内部の暗さで、月の光とは真理の光である。夫と離婚し、高貴な男性と関係を結んでいった和泉式部。さまよう不安は恋から生まれいずるものであろうか。3/8/2001
その9.つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ人
天降り来ん物 ならなくに 和泉式部『和泉式部集』
最近は気づくと空を仰いでいるものだ。恋い焦がれるあの人が空から舞い降りてくるわけでもあるまいし。
恋の放心状態が詠われていて感興がある。この詩から手をひろげて舞い降りるキリストを思い浮かべるのは私だけであろうか。恋をした女性は、しかし、その恍惚感は宗教的な見神体験のエクスタシーによく似ている。3/9/2001
その10.黒髪の 乱れも知らず 打伏せば
先ず掻き遣りし 人ぞ恋しき 和泉式部『和泉式部集』
髪を乱して寝ていると、そっと直してくれたあなた。恋しいあなたはもうこの世にはいないのですね。
挽歌である。挽歌とは人の死を悼む詩で、ここでは二十七歳という若さでなくなった敦道親王のことである。恋多き和泉式部は、またそれと同時に人一倍悲嘆にくれた女性であった。3/10/2001
その11.はかなしと まさしく見つる 夢の世を
おどろかで寝る 我は人かは 和泉式部『和泉式部集続集』
あなたが亡くなり、儚いこの世だと悟った私は、それでも夜が来れば寝て過ごすことができる。そんな非情な私は人間であろうか。
これも敦道親王への挽歌である。敦道が死んだこの世でも、夜は来て睡眠をとり私は生きている。あの人は死んだその時点で時が止まっているのに、私には時間の連続性が未だ保証されていて、現にそれに驚くこともなく生きている。人間とはそんなもんであるというシニシズムもが含まれている。3/11/2001
その12.思ひきや 身を浮き雲と なしはてて
嵐の風に まかすべしとは 崇徳院『保元物語』
かつて栄華を極めたこの私が嵐の中の浮き雲のように波乱のある運命に至るとは思いもしなかった。
崇徳院は保元の乱に破れ讃岐(香川)に島送りになって果てた七十五代天皇。和歌の才も幼い頃から頭角を現し歌会も頻繁に催すことがあった。3/12/2001
その13.うき身をば われだに厭う 厭へただ
そをだにおなじ 心と思はむ 藤原俊成『新古今和歌集』
ふがいない自分が嫌いだ。あなたも私を愛することができないなら、せめてこの私を嫌ってください。その嫌うという感情だけでもあなたと一緒になりたいのです。
定家の父、俊成の悲痛なほど思い詰めた恋歌。現代人でもこのせっぱ詰まった感情の吐露は難しいであろう。技法上でも優れた一首。3/13/2001
その14.またや見ん 交野の御野の 桜狩り
花の雪散る 春の曙 藤原俊成『新古今集』
交野の領地の花見をまた見たいものだ。春の光の中で舞い踊る雪のような美しい桜の花を。
俊成八十二歳の時の詩である。もう長くない死期の足音を悟った俊成がいっぱいの桜につつまれて陶酔と同時に恐怖している姿が瞼の裏に浮かんでくる。そして、偏在する光にかき消されるような俊成の姿も。3/14/2001
その15.遥かなる 岩のはざまに ひとりいて
人目思はで もの思はばや 西行法師『新古今集』
あの遠くにある岩陰に身を隠し、人目に触れずにあの人だけを思っていたい。
二十六歳で突如として出家した西行法師。失恋のためだと言われています。この詩には忍ぶ恋の余情が馥郁たる香で満ちている。3/15/2001
その16.ねがはくば 花のもとにて 春死なむ
その如月の 望月のころ 西行法師『新古今集』
春の桜満開のさなかに桜の木に寄り添って死にたいものだ。しかも二月十五日がいい。
予言したわけでも無かろうが、西行は詩の通り二月十六日に亡くなっている。ちなみに二月十五日とは釈尊入滅の日である。3/16/2001
その17.今はただ しひてわするる いにしへを
思ひいでよと すめる月かげ 建礼門院右京大夫『建礼門院右京大夫集』
無理強いに忘れた昔の恋を澄みきった月の光が思い出させる。
建礼門院右京大夫の恋人、平資盛を想う詩。3/17/2001
その18.儚くて 過ぎにしかたを 数ふれば
花に物思ふ 春ぞ経にける 式子内親王『新古今集』
はかなく過ぎていった過去を想ってみると、花を愛でた日々、恋の思い出が蘇ってくる。
悲劇の皇女、式子内親王。抑制の効いた文体はこの上ない悲しみを裡に湛えている。3/18/2001
その19.玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする 式子内親王『新古今集』
私の命よ消えてしまうなら速く消えてしまえ。命が長引けば、今まで我慢していた恋情があふれて言葉に出てしまう。
「忍ぶ恋」を詠った典型的な和歌。山本常長の『葉隠』よればもっとも激しく、気高い恋は忍ぶ恋である。定家との恋の伝説があり。3/19/2001
その20.見しことも 見ぬ行末も かりそめの
枕に浮かぶ まぼろしの中 式子内親王『式子内親王集』
私が今まで見てきたことも、これから見るであろう未来の末も儚いことにかわりはない。すべてはまぼろしに過ぎないものだ。
我が国ではすでに十二世紀にこのような虚無主義が詠われていた。浄土宗の普及の影響でもあろう。3/20/2001
その21.見わたせば 花も紅葉も なかりけり
浦の苫屋の 秋の夕暮 藤原定家
見わたしてみるとかつてあった桜も紅葉も何もない。秋の夕暮れの中に海辺の廃屋があるばかり。
技巧派美意識の結晶、天才定家の荒涼とした詩。この詩は喪失によって荘厳され、美にまで高められている。存在しないものの美学である。3/21/2001
その22.あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかや月 明恵上人『明恵上人集』
現代訳意味なしとする。
月を見上げていると自分との距離が次第になくなって、遂にあかあかと輝く月と溶けあってしまった情感の詩である。昔から月は詠われてきたが、特に自然との親和を感じさせる和歌。3/22/2001
その23.何せうぞ 燻んで 一期は夢よ ただ狂へ『閑吟集』
まじめくさった顔で何をしてるのだ。短い人生などしょせん夢と同じ事。それなら、思いっきり好きなことをするがいいさ。
『閑吟集』は室町中期に編まれた歌謡集。世捨て人と名乗るものが編者であるが、享楽主義的思想は当世の世の中を反映したものである。3/23/2001
その24.ただ人には 馴れまじものじゃ 馴れての後に
離るるるるるるるるが 大事ぢやるもの『閑吟集』
恋などして相手と深い関わりを持つものではない。別れるときがどんなにつらいか。
作者は遊女と思われる。その性格上一人の男と一緒に暮らせるわけもいかなかった。その分惚れた男に抱く恋の苦しさはただものではなかったと想像される。るるるといった連続のおどけの中に作者の計り知れない悲哀が閉じこめられている。3/24/2001
その25.夜のほどに 降りしや雨の 庭たづみ
落葉をとぢて けさは氷れる 上田秋成『藤簍冊子』
夜のうちに雨が降って水たまりができたらしいな。その水たまりが凍って、落ち葉が閉じこめられている。
視覚的な叙景を美しく詠んだもの。氷の中に閉じこめられた落ち葉が鮮やかに瞼の裏に蘇る。3/25/2001
その26.あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む 柿本人麻呂『拾遺集』
山鳥の尾が長いのと同じ長く孤独な夜を一人寂しくなるのだろうか。
恋人に会えない寂しい秋の夜を詠った詩。柿本人麻呂は万葉時代最大の歌人。山鳥は昼は雌雄一緒に過ごすが、夜は別々に寝る習性があると考えられていた。山鳥の悲哀がそのまま作者の悲哀に直結している。3/26/2001
その27.天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ
をとめの姿 しばし とどめむ 僧正遍昭『古今集』
空吹く風よ。乙女の帰り道を塞いでしまってくれ。その姿がもうしばらく見ていたいのだ。
五節の舞姫を天女に見立てた詩。華麗な世界を思わせる詩となっている。僧正遍昭は六歌仙の一人。3/27/2001
その28.君がため 春の野に出でて 若菜つむ
わが衣手に 雪は降りつつ 光孝天皇『古今集』
あなたのために春の野で長寿を願う若菜を摘んだ。そのときに、私の袖に雪が降ってきた。
春の季節の中の雪の情景は美しく、また、若菜の緑と雪の白といった色の対比も鮮やかである。3/28/2001
その29.住の江の 岸による波 よるさへや
夢の通ひ路 人めよくらむ 藤原敏行朝臣『古今集』
住の江の岸に寄る波のよるではないが、夜でさえも会えないのは夢の中でもあなたは人目を避けているからでしょうか。
男性である作者が女性の立場で詠った詩。夢の中でも会えない辛さの余情の揺れが波に託してあるのもよい。3/29/2001
その30.わびぬれば 今はた同じ 難波なる
みをつくしても 逢はむとぞ思ふ 元良天皇『後撰集』
もうすでに行き詰まってしまったのだから、どうなっても同じ事だ。それならば、この身が滅んでもあなたと逢おうと思う。
元良天皇と京極御息所の不義の恋。世間に知れてしまった今となってはどうしようもないといった開き直りがある。この身が滅んでもあなたを愛そうという誓いがその恋の激しさを伺わせる。3/30/2001
その31.今来むと 言ひしばかりに 長月の
有明の月を 待ち出でつるかな 素性法師『古今集』
あなたが今からこっちへ来ると言ったから一晩中待っていったのに、そのうちに夜明け方まで残っている月を見ることになってしまった。3/31/2001
その32.名にしおはば 逢坂山の さねかづら
人にしられで くるよしもがな 三条右大臣『後撰集』
逢って寝るという名を持っている逢坂山のさねかずらよ。その名に相応しく恋するあの人を誰にも見つからずにたぐり寄せる方法を教えてくれよ。
三条右大臣は藤原定方の呼び名である。忍ぶ恋の絶望的な叫びが籠められている。4/1/2001
その33.ひさかたの 光のどけき 春の日に
静心なく 花の散るらむ 紀友則『古今集』
光がのどかに射している春の日に落ち着いた様子もなく桜の花が散るのだろうか。
桜の花を擬人化している。つまりは自然を擬人化していて、その計り知れない心の奥行きを嘆いている詩。美しいのになぜそう死に急ぐのかといったもの。4/2/2001
その34.誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに 藤原興風『古今集』
いったい誰を親しい友にしようか。長寿の松も昔の友ではないからな。
親しい人間が皆死んでしまった老境の孤独な詩。4/3/2001
その35.忘らるる 身をば思わず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな 右近『拾遺集』
忘れ去られる自分のことはどうでもいいのだ。私のことを捨てないと神に誓ったあなたの命が失われることが惜しいのだ。
捨てられた女の恨みの詩。神罰によって殺される男を嘆いたものである。この皮肉は女性独特のものであろう。4/4/2001
その36.しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで 平兼盛『拾遺集』
我慢してきた恋だったが面に出てしまった私の想い。恋のもの思いをしているのかと問われるほどに。
忍ぶ恋の詩は美しい。この詩は「天暦御時歌合」で詠まれたもので、時の村上天皇も判定に困ったがこの歌の勝ちになった。4/5/2001
その37.恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか 壬生忠見『拾遺集』
恋をしているという私の噂が早くも立ってしまった。人には内緒で想いはじめていたのに。
忍ぶ恋の詩。その36の歌と優劣を競われた。村上天皇が「しのぶれど・・・」と口ずさんだため平兼盛の勝ちになった。4/6/2001
その38.逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし 中納言朝忠『拾遺集』
逢うことが全然なかったならば、かえって、あの人のことも自分のことも恨まないことであろうに。
恋の真相が詠われているようだ。恋の焦燥感が現実的である。4/7/2001
その39.あはれとも いふべき人は 思ほえで
身のいたづらに なりぬべきかな 謙徳公『拾遺集』
かわいそうと誰にも思われないで、私はむなしく死んでいくのだろうな。
恋の詩である。謙徳公が言い寄っていた女に冷たくされ、逢ってもくれなくなったときに詠んだもの。4/8/2001
その40.由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ
行くへも知らぬ 恋の道かな 曾禰好忠『新古今集』
由良の瀬戸を渡る船が舵を無くして漂うように恋の行方も分からない。
恋の不安が舵を失った船に託されている。始まったばかりの恋の不安であろう。4/9/2001
その41.みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ 大中臣能宣『詞花集』
御垣守の衛士が焚く火のように夜は恋い焦がれ、昼は打ちひしがれている私の恋。
恋の情火の起伏の激しさを物語っている。4/10/2001
その42.君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな 藤原義孝『後拾遺集』
君のためなら惜しくないと思っていた命でさえも、あなたとの恋が実った今では長く行きたいと思う。
恋の成就で長生きしたいと思うようになった幸せな詩。4/11/2001
その43.明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
なほうらめしき 朝ぼらけかな 藤原道信朝臣『後拾遺集』
夜が明けるとまた夜が来てあなたに会えることは分かっている。それでも、恨めしい朝明けだな。
理屈では夜になれば再び会えることは分かっていても、抑えきれない恋が早く逢いたいと云っている詩。4/12/2001
その44.忘れじの 行く末までは かたければ
今日を限りの 命ともがな 儀同三司母『新古今集』
あなたが私を愛しているその気持ちがいつまでも続くとは思われないから、今日という最良の日を最後に死にたいものです。
今の恋の喜びと前途の不安が籠められている。4/13/2001
その45.あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな 和泉式部『後拾遺集』
まもなく死んでしまうこの世の思い出に、今一度あなたに逢って恋を重ねたい。
死への不安が恋を燃やしている。死ぬ前に愛する人に会いたいという願いは今も昔も変わらないのである。4/14/2001
その46.やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて
かたぶくまでの 月を見しかな 赤染衛門『後拾遺集』
あなたが来ないことを始めから知っていたなら寝ていただろうに。とうとう西に傾く月まで見ることになってしまった。
来ない男への恨みの詩。通い婚では女はただ待つ身であった。その悲しみと恨みが織り込められている。期待が裏切られた女の怖さがある。4/15/2001
その47.いにしへの 奈良の都の 八重桜
けふ九重に にほひぬるかな 伊勢大輔『詩歌集』
昔の奈良時代の八重桜が、今の宮中に匂ってくるかのようだ。
宮中での八重桜が昔を忍ぶ縁となっている。八重、九重と数字の連鎖がよろしい。4/16/2001
その48.もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし 前大僧正行尊『金葉集』
お互いに愛しく思おうではないか山桜よ。花であるおまえ以外に私の心を知っているものはいないのだから。
互いに共感しあう孤独が語られている。4/17/2001
その49.ながらへば またこのごろや しのばれむ
憂しとみし世ぞ 今は恋しき 藤原清輔朝臣『新古今集』
長生きするならば辛い今もいつかは懐かしく思うのだろう。辛かった昔が今は恋しいのだから。
時の流れのなかでの人生鑑賞がしみじみと詠われている。自ら慰めるものでもある。4/18/2001
その50.きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに
衣かたしき ひとりかもねむ 後京極摂政前太政大臣『新古今集』
きりぎりすが鳴く秋の霜が降りた夜に、衣の袖の片方を敷いて一人で寝るのであろうか。妻に先立たれた直後の詩。寂しく惨めとしか云いようがない。この詩は二種の本歌を元にした本歌取りである。
「さむしろに 衣かたしき 今宵もや われを待つらむ 宇治の橋姫」
「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」4/19/2001