岩井不巡 スポーツコラム
スタジアムで会いましょう

 なぜひとは制度をつくりたがるのか ------------------------------------------

 不況がながびいている。

 たぶん、このまま推移するであろう。
 不況が日常と化して、はじめて気がつくのではないか。
 こんなものだ、と。

 状況がかわらないいじょう、いち個人にできることは、その考え方を変えることである。
 期待しないかわり、あきらめもしない。
 所詮、いままでが浮かれていた。

 好況が人為なものならば、不況もまさしく人為である。
 経済において、人間の心理こそが第一であること。
 経済の主体はひとでしかない。
 ・・・ずうっとそうおもってきた。
 しかし、この考えがまちがい。

 経済の主体はひとではなく、地球であり太陽である。
 その影響下にひとがいるにすぎない。
 地球にとってのひとは、ひとにとっての蟻である。
 かれらに習性があるように、ひとにも習性がある。
 それが制度である。

 人はいつしか、祖先が編み出した制度にがんじがらめになる。
 いや。
 制度は意志を持たぬから、人をがんじがらめにしようとは考えない。
 制度という鞍にまたがり、操るひとがいる。
 ほんの少しのひとたちが多くの人を拘束する。
 がんじがらめにされている、という受動態は正しくない。
 人は人が産んだ制度にがんじがらめになっているとおもいこむ。
 がんじがらめになりたがっているくせに。
 制度に拘束されたがっているくせに。

 貨幣という制度のしがらみは。
 貨幣をつくったのはひと。
 紙幣はたかが一枚の紙にすぎぬ。
 紙幣は燃える。
 紙だから燃える。
 ただの紙。
 それをたくさんもつものが富。
 でも紙は紙。
 自給自足者にはあまり関係がない。

 制度は少なければ少ないほどいい。
 法制化とかいうが、それが悪い癖。
 制度をつくりたがる性向(くせ)も顕になる。(11.12.03)
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