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魂をこめる、カズがいう、ラモスがいう、ゴンがいう、名波がいう ---------------------
魂をこめる。
魂なんてないさ。
そんなことはしっている。
でも魂はあると信じる人間に魂の有無を問うてみても意味はない。
あるか、ないか、が問題なのではない。
魂をこめます。
カズ三浦知良選手がいう。
ラモス瑠偉選手がいう。
ゴン中山雅史選手がいう。
名波浩選手がいう。
海外でたたかった経験をもつアスリートだけがいう。
強い口調ではっきりという。
だが国内だけの経験しかもたないものは口にしない。
これは偶然ではない。
決して。
一線はここに画される。
魂をこめるとは全力であたることをいうにすぎない。
だがそれだけでは世界では勝てないことをかれらはしっている。
あえて魂をこめる、という。
それは全力であたることであり、もっている力をだしきることである・・・。
いや、
それだけでは足りない。
それだけでは勝てない。
全力を出すのはあたりまえ。
全力を出し切るだけではなく、もっている力いじょうのものを出す。
そしてそれを出し切るのだ。
このイメージ。
あるか、ないかわからない。
けれどあるはずだという確信に近いもの。
それが魂をこめることなのである。
そうしてかれらはおのれを奮いたたせ、勇気づけている。
魂をこめながら。(11.25.03) |
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