|
|
ボジョレ・ヌーボウ解禁におもう ----------------------------------------
ボジョレ・ヌーボウが解禁という。
ばかばかしい。
それをまって解禁時刻になるまで、だいのおとながワインとにらめっこ。
時間に囚われているというよりも時間に囚われたいのだろう。
こういうときに発揮される精神性の高さを、もっとほかのところで披露してみて はいかがなものか。
解禁日を破ったところで、輸入禁止になるのかもしれない。
が、ニッポンは大消費国である。
解禁などノンセンスという声がでないのはなぜだろうか。
できあがったものを早速に食す。
それこそがまっとうだろう。
できたてがおいしい。
できあがってから時間を経たほうがおいしい。
アルコールものはだいたい後者のほうだそうである。
そのなかでボジョレ・ヌーボウはできたてがおいしいもの、と相場がきまってい る。
ということは、そのほとんどのひとがおいしいものという先入観をもつにすぎな
い。
おいしさとは感覚である。
目で見ておいしいもの。
耳で聞いておいしいもの。
鼻でかいでおいしいもの。
みんながおいしい味というから、云々。
そのどれかに該当するものがおいしいのにきまっている。
結局ひとは舌ではなく、あたまでしか味わえない。
ボジョレ・ヌーボウがおいしいといわれるのは、おいしそうな演出による。
それはチョコレートの拡販とヴァレンタインズ・デイとを結びつけた巷の天才に
よるアイディア、いやいや策略にまんまとひっかかっているのである。
それを無反省に、楽しいことだからいいじゃないか、とする意見には異を唱えた い。
特定商材の無意味な価格高騰をのみまねくだけである。
ニッポンはこういうことが多すぎる。(11.16.05) |
|
|
|