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高校サッカーがつまらない理由 ----------------------------------------
ひとのいとなみ。
変化こそあれ、そこには進化はない。
たとえれば不規則な振り子。
むこうに揺れる。
かとおもえばこちら。
横から見れば振り子の動きは不可測に見える。
けれども上から見れば、振り子は所詮、ひもの届く範囲内で動くにすぎない。
全国高等学校選手権サッカーが退屈なのは、
それでしょうがないと考える、関係者がそのほとんどだからであろう。
全試合テレビ中継があり、注目度が高い大会はほかにない。
失点したくない。
この考えが支配する。
負けたくないのである。
そこにあるのは点をとって勝つサッカーではない。
ということはそもそもサッカーではないのかもしれない。
日程を選手本位で考えない。
地区大会を勝ちあがる。
で、やっと全国大会だ。
でも初戦で敗退すれば1試合しかできない。
なんたる無駄。
40分ハーフというのも滑稽このうえないのに、改めようとしない。
世界ではこの世代は45分ハーフであるにもかかわらず。
ラグビーフットボールと勘違いしたままなのだろうか。
サッカーでは、この5分こそが勝敗をわけるのではないのか。
この5分のために、練習し、技を磨いているのではないのか。
引分けで、即PKとは!
なんたる不備。
世界ユース、ジュニアユース選手権をその頂点とするのであれば、グループリーグ、決勝トーナメント制にするべきである。
それができないのならば、できない理由を挙げるのではなく、どうしたらできるか。
そこに知恵をしぼるべきである。
県単位で競うことに意味はあるのか。
その発想のみなもとたる国民体育大会。
国民体育大会の目的はすでに達成したはずじゃないか。
開催地がかならず優勝する!
そんなこと、正々堂々やるならば、ありえるはずがない。
その継続の是非をふくめて再考する時機はとっくにきている。
にもかかわらず、だれも、なにもいわない。
かえりみない。
大会が多すぎるのではなかろうか。
オリンピックなぞは4年に1回しか催さぬではないか。
サッカーのワールドカップとておなじこと。
イギリスには3大会制覇で3冠達成、なぞという。
が、ヨーロッパでは3冠が主流というだけであって、それはかの地の理由でしかない。
優勝はひとつ。
そうならないのは、関係者の思惑が絡んでいるからにほかならない。 |
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