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2007年
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敬称略
2007年3月31日
 アマル・オシム監督に告ぐ 工藤浩平選手をアッタカーで起用せよ ----------------

 前回、ジェフ千葉、工藤浩平選手を褒めた。
 
 リーグ戦再開。
 3月31日対ジュビロ磐田戦。
 磐田1-0千葉。
 
 アマル・オシム監督は工藤浩平選手をデフェンシブ・ハーフにさげ、マークを命じた。
 
 10日まえ。
 3/21日のヴィッセル神戸戦(神戸1-4千葉)、工藤浩平選手は攻撃の軸として2得点。
 3/25日のサンフレッチェ広島戦(千葉2−1広島)では1得点と結果をだした。
 にもかかわらず、
 アマル・オシム監督は工藤浩平選手の位置をさげた。
 その際、敵チーム中盤選手のマークを命じたにちがいない。
「・・・工藤浩平ならできる。」
 アマル・オシム監督は過信した。
 
 案の定、工藤浩平選手の攻撃参加は激減。
 試合内容もお粗末。
 ナビスコカップ戦まえの状況に逆戻りしてしまった。
 
 試合後アマル・オシム監督はいう。
「いい試合だった。」
と。
 この瞬間、著者は確信した。
 これままではだめだ。

 いったい、どこのどこがいい試合なのか。
 むしろ内容は最低である。
 すくなくともイヴィツァ・オシム監督のころはこういうお粗末な試合は稀であった。
 
 ナビスコカップ戦。
 工藤浩平選手の活躍は発見なのだ。
 工藤浩平選手はもともとその技量をもっているにせよ、実際の公式戦で結果をだしたのは初めてであった。
 ブルペンエースは所詮ブルペンエースでしかない。
 が、工藤浩平選手はブルペンエースにとどまらなかった。
 エース工藤浩平の誕生であった。
 
 工藤浩平選手はアタッカーでこそ力を発揮する。
 アマル・オシム監督はそう感じるべきであった。
 ならば、工藤浩平選手をディフェンシブなハーフで使ってはいけない。
 そう決めるべきである。
 羽生直剛選手が好調ならば羽生直剛のサブスティテュートとして競わせるべきであり、それ以外のポジションで使うべきではない。
 だれもがポリヴァレントに稼動するはずがないのだ。
 それは希望的観測にすぎぬ。

 Jリーグの攻撃陣。
 外国籍選手が圧倒する。
 そのなかで国産のおおいなる可能性を見出したのだ。
 工藤浩平選手は、アタッカーである。
 ゆえにゴールに近いポジションに置く。
 攻撃に専念させるべきである。
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