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たかがらーめん -------------------------------------------------------
らーめんを食う。
さっぽろにいたときはらーめん屋をめぐったりなぞしなかった。
うまい。
荻窪の二葉であった。
足しげくかよった。
店は5、6人でいっぱいになる。
大概はお昼過ぎにいく。
女性2人でまかなっていた。
その時間、行列はなかった。
それからだ。
評判をきいては並んでみた。
素晴らしいと感じたことはない。
名前先行。
商売はそれでいい。
ただひとつ。
東池袋の大勝軒は、
「これがらーめん。」
実感した。
汁は丼からあふれんばかり。
麺はどっしり。
まるでカルデラの湖。
1度っきりであった。
1時間は待った。
注文は外でとる。
並んでいるときにうかがいにくる。
番がめぐる。
ぐるりうかがうと、みなつけ麺チャーシューをたのんでいるのだろう。
が、目のまえをみて吃驚。
それらの倍以上の肉、肉、肉である。
チャシュー麺をたのんで失敗した、と感じたのは、それが最初で最後である。
しまいには気持ち悪くなって、脂身だけをのこした。
店じまいは新聞の社会面でしった。
店を続けた訳が、そうっと記されていた。
奉仕。
東池袋大勝軒はそういう店であったのか。
1度っきりだけれど、あのときの盛をおもいうかべた。
あの行列は、山岸さんを慕うリピーターの静かな集いであった。
お弟子さんたちが店をもつ。
瀟洒な店構え。
いい場所とはいえなかろうが、悪くない。
座席数も多くない。
味にもそつがない。
タオルではちまきは山岸さん直伝のあかしなのだろう。
けれど、どこかがちがう。
盛。
肉。
きっとそれは経費が重なるからなのだろう。
儲けなくてはならないからなのだろう。
味は伝えられる。
けれど、その精神を継承するのはむずかしい。
たかがらーめん。
所詮、著者のたわごとにすぎぬのかもしれない。
らーめん1杯450円。
蔵前通り、麺づくし。
著者一番のらーめん屋もいまはない。
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