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8月28日(日)
昨日はチェロアンサンブルの練習でした。先々月はオケの本番前で欠席、先月は地震で欠席だったので三ヶ月ぶりの
練習でした。12月4日が本番ですが、これから本格的な練習が続くことになります。そして今日の午後は俊友会の弦 の分奏でした。こちらの方は11月27日が本番です。一週間間隔で本番が2個というのはかなり厳しいです
これから忙しい週末が続きます。
今日はN響アワーも無いし、芸術劇場もありません。つまらない日曜日の夜なので、先週ちょっと書いた「相模湖音楽
室」について少し書きたいと思います。
実は家族からひんしゅくを買いながら、神奈川県相模湖町にバラックの家を建てたのです。主な目的は仲間と室内楽
をやるためのスペースと言うことです。
還暦を来年に控えて、仲間内も同じ年代ですから、これから暇も出来ることであり、もっと頻繁に室内楽が出来る環境
が欲しいというのが相模湖音楽室を作った大きな理由です。那須には室内楽が出来る環境があるのですが、今後年を 経るにつれ片道自動車で3時間以上かかる所へ頻繁に集まることは出来なくなるであろう、と言うかもっと頻繁に集ま る時間が出来ても那須に集まるのは経済的、時間的にも無理があるので近いところに集会所が欲しかったと言うこと です。もっと将来車が運転できなくなっても電車とバスで行けるところ、と言うことも考慮してあります。首都圏と言うか私 と仲間が住んでいるところからさほど遠くないところで土地が比較的安く手に入る所と言うことで相模湖になりました。
(一人だけ専属ピアニストが仙台在住ですが・・・・。)
経費をぎりぎりに抑えてなんとか完成したので、今週末そのこけら落としをやることになりました。
詳しくは又写真をそえて紹介することにします。
一般的にはずいぶん贅沢な話であることは十分承知していますが、まあ一生懸命働いてきたのでその辺は大目に見
て下さい。
もちろん身体が元気なうちは那須音楽祭は続けるつもりです。
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8月21日(日)
本日無事に那須夏の音楽祭が終了しました。集まったのは総勢8人、相変わらず飲んで、食べて、演奏して、3日間が
終わりました。
今回もバーベキューをしたのですが、夏恒例の雷と夕立の中、稲妻と、雷鳴、雨音に混じってBachの無伴奏をかけ、実
に味わいのある夕べを過ごしました。
参加者全員大自然と音楽に酔いしれて満足したと思います。
これで夏の行事第2弾が終わり、後は9月2日からの相模湖音楽室のこけら落としで夏の行事が終わります。
相模湖音楽室についてはいずれ後で詳しく書くことにします。
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8月14日(日)
先週の金曜夜から北海道へ墓参りのため帰省していました。
北海道はさすがに東京よりは気温が低いものの結構暑く、最近は北海道も温暖化しているのは間違いありません。
幸い天候は良く、晴天のお墓参りになりました。
これで今年の夏の行事第1弾は終了しました。第2弾は今週末からの那須夏の音楽祭です。これは2年前から始めた
のですが、主に私の一期下の大学の同窓生が集まってPf、Cl、Vc、FlといったメンバーでBrahmsのクラトリオなどに挑 戦しています。今年で2回目ですが、Brahmsのリベンジを目指して集まります。
先週書いたPMA-700の詳細がDENONのホームページにありました。下記URLです。興味のある方はご覧下さい。
セールストークが多いですが、こだわりの設計がおわかり頂けると思います。
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8月7日(日)
いままでヤフーオークションには手を出していなかったのですが、先日ヤフオクでDENONのプリメインアンプPMA-700を
落札しました。12900円でした。
これは決して気まぐれで買ったのではなく、理由があるのです。
実を言うと、私が大学を卒業して最初に入ったのが某日本コロムビアと言う会社で、研究開発部と言うところに配属さ
れ、最初の2年間は当時流行していた4チャンネルステレオを心理学的に研究する業務を担当していました。いわゆる 音響心理学というやつで、膨大な時間を費やして実験した結果、人間は後ろから来る実像の音(いわゆる残響などで はなく、実際の音)については心理的に心地よいものではなく違和感がある、と言う結果でした。これはそんなに時間と お金をかけて研究するまでもなく、動物としての人間は背後から来る音に対しては警戒感を感じるというごく自然な結論 でした。当時4チャンネルステレオが開発されたとき、デモンストレーション効果をねらってリスナーの周りを音がぐるぐ る回るようなレコードをさかんに発売していましたが、これが4チャンネルステレオがすたれてしまった大きな理由です。
せいぜいクラッシックレコードなどで残響が後ろから聞こえて来るくらいにしておけば良かったと思います。
話がそれましたが、4チャンネルステレオの研究の後、会社は本来のオーディオ装置の開発に力を注ぐ方針に転換し
て世の中に優れたアンプを投入しようとしたのです。そこで音響心理学をやっていた私にアンプの設計の仕事が回って きました。
おそらく、幼いときから真空管やトランジスタで部屋中ゴミの山にしていたことを知られておはちが回ってきたのだと思
います。当時の上司であるK氏と新しいアンプの設計がスタートしました。
このコンビたるや、K氏は当時から「スイングジャーナル誌」に原稿を書いているくらいのガチガチのジャズの権威で自
宅ではジャズをモノラルでしか聴かず、それも三菱の名品P610と言うスピーカーを小さな箱に入れてスピーカから10 cmくらいのところで聴くという(今で言うニアフィールドですね)異常なまでのこだわり人間、私はと言えば大学4年間チェ ロを弾いて終わったというメチャなクラッシックオタク。この二人がアンプを設計したのですから半端でなくコリにコッた設 計になりました。
そのアンプがPMA-700なのです。原設計をした後製造部へ移管されるのですが、製造の方からは、こんなに贅沢な設
計をしやがって、と言うクレームが出たと後で聞きました。ずいぶん部品を安いものに置き換えられたのですが、それで も売れば売るほど赤字が出るアンプとして、営業からひんしゅくを買ったそうです。当時の価格が12万5千円だったと 思います、私の当時の給料が4万円くらいだったと思いますから、月給の3倍です。設計した本人でも手が出るアンプ ではありませんでした。
時は流れて、32年後、やっと私はこのアンプを手に入れました。当時の価格の10分の1で落札しましたが、まったく問
題ない完動品でよくも今まで生きていたと思うと同時に、やっぱり使っている部品の品質の良さが32年後も問題なく動 作する大きな理由だと思いました。当時は存在しなかったCDをこのアンプで再生しながらこのひとりごとを書いていま す。写真を上げておきます。 ![]()
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