イタリア暗黒面の奇蹟
どんなアーティストであっても1度は奇蹟を起こせるのだと思う。しかし、それが記録に残されることは、更なる奇蹟であるといえよう。1枚のアルバムが「名盤」となるのは、その奇蹟がそこに記録されたという2重の奇蹟によるものだ。
イタリアのバンド、イル・バレット・ディ・ブロンゾ(1)の「YS(2)」(1972)もそのような2重の奇跡による1枚だ。
比類なき演奏テクニック、現代音楽的な12音階、シンコベーション・リズムなどに彩られた複雑な構成。知性と暴力がこのような形で一致した音楽を聴いたことは無い。まず、譲り合いが存在しない。全員が恐ろしいまでにぶつかり合っている。にもかかわらず、それがバンドとしての音になっている。
さらに、このバンドを特殊にしているのは漂う色気のようなものだ。イタリアに抱かれる能天気なイメージとは正反対の暗くうねるような謎めいた、その色気。これこそが、このアルバムを奇跡たらしめてる
アルバムのジャケットのデザインも、その色気にそって謎めいている。謎の最大のものはジャケットの裏にある作詞/作曲者である。“N.Mazzocchi“。メンバーにそのような名前のものはいない。ということは、この人物こそがこのような音楽を作り上げた魂なのか?それとも、この名前は架空に付けられた名前に過ぎないのか?たしかに、その名からマゾヒズムの語源となった作家マゾッホも思い浮かぶ。このエロティックな音楽にはよく似合う名前だ。
しかし、事実はこうだ。当時、中核メンバーであるジャンニ・レオーネがイタリア音楽著作権協会に登録がなかったために、名前だけを借りたナポリに住む気のいい年配の女性。それが“N.Mazzocchi“だったのだ。
とにかく、知的かつ暴力的で、エロティックな音楽が聴きたいという向きには、真っ先に勧められる1枚だ。
追記...イル・バレット・ディ・ブロンゾには、この「YS」以前に「SIRIO2222」というアルバムがある。先ほどのジャンニ・レオーネは参加しておらず、うねるような色気も無いが、70年代のハードロックとしては水準の高い音楽に仕上がっている。「YS」以降にはシングル「DONNA VITTORIA/LA TUA CASA COMODA」があり、「YS」の延長的な佳作である。この2曲は日本版の「YS」にボーナス・トラックとして収録されている。近年、再結成メンバーによるライブ版もリリースされているが未聴である。また、「YS」の「INTRODUZIONE」と「SECONDO INCONTRO」には英語版の録音がある。“歌”としてはイタリア語版に軍配が上がるが、充分聴きごたえがある。こちらはイタリアのメロウ・レーベルから発売されていたが、今ではほとんど見かけない。もし聴こうとするなら韓国 SI-WAN RECORD版の「YS」にボーナストラックとして収録されているので、これを購入するのがよいだろう。(3)
「YS」を聴いて、さらにイタリア暗黒面ロックを聞きたくなったという向きには次のアルバムを勧める。
- JACULA "TARDO PEDE IN MAGIAM VERSUS"
- OSANNA "PALEPOLI"
- MUSEO ROSENBACH "ZARATHUSTRA"
イタリアではないがスイスのISLAND "PICTURES"もよいだろう。
追記2...信じられないことだが、2002年9/14(土)、9/15(日)に来日公演が行われた。来日メンバーは以下のとおりである。
- Gianni Leone (Keyboards, vocal)
- Alessandro Corsi (Bass)
- Riccardo Spilli (Drums)
- Andrea Pettinelli(Engineer)
筆者は東京でのライブを見たが圧巻であった。ジャンニのボーカルは「YS」録音時よりも伸びも張りもましていた。とてつもなく複雑なフレーズでも観客に顔を向けながら引いてしまう彼のテクニック、そして数々のパフォーマンスに言葉も出ないままに感動していた自分がいた。また、リズムセクションの二人は控えめながら確実なテクニックで、オリジナルのメンバーに匹敵、もしくはそれ以上の演奏であったといえよう。ちなみにライブ終了後の打ち上げで聞いたのだが、Alessandroはフュージョンやジャズが好きでジャコ・パストリアスがフェイバリットだとのこと。Riccardoはロック全般が好きで、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックスが好みだとのことだった。
9/13(金)には30人限定のファンパーティーが開かれた。こちらはフレンドリーな暖かい雰囲気つつまれたパーティーであった。Gianniの弾き語りとトークショーとのことだったので、演奏はそれほど行われないと思っていたのだが、キーボードのみで20分にも及ぶ演奏、また、ライブでは演奏されない曲までも披露された。一番意外だったのはクィーンの「Never More」が歌われたことだった。トークショーでは「YS」の歌詞の意味やイル・バレット・ディ・ブロンゾ結成のエピソードなども明かされた。ファンにはたまらないパーティーであった。
また筆者は来日公演チラシに当サイトの文章を使っていただいたという縁で主催者の増田さんにGianniにご紹介をいただくという光栄をえたのだが、折角Gianniに握手していただき、言葉をかけてもらってもひどく緊張してしまい、何も返事が出来なかった。そのあと軽食のコーナーで彼にお茶を注いだのだが、その注ぐ手も震えてしまった。自分が単なる一介のファンでしかないことを実感させられた。
- 「ブロンズの銃弾」の意と勝手に解釈していたが、メンバーからの情報で“ブロンズのバレエ”であることが判明した(2002.5.7)。また、この名前はロンドンのテイトギャラリーに収められていた絵画の名前であるという。
- 「イプシロン・エッセ」と発音されることが多いのだが、Gianni自身は「イースッ」と発音していた。
- 私自身、日本版、韓国版の両方を所有している。