その夜、彼は、初めて会った女性を夕食へと誘った。迷う言葉もなく彼女はそれに従う。
店は隠れ家のような雰囲気で、彼は半ば常連だった。席につき、すらすらと注文をこなし、あとは料理を待つだけ。自分のテリトリーのような店内で、向かいにはどことなく陰のある少し年上の美人。悪い気はしない。
「食事と酒と適当な会話。あとは野となれ山となれ」
それが彼の中のこれからの予定だった。
料理がテーブルに届くには、もう少し時間がかかる。差障りのない話題を取り上げながら、いつのまにか彼は彼女の「陰」の理由を見つけようとしていた。長い黒髪、きめの細かい白い肌。たしかにそれらは陰を助長はしていたけれども、真の理由ではないようだった。
程なくそれが判明した。いつも顔がうつむき加減なのだ。どんなに話題が盛り上がろうと、笑っても、身を乗り出してきても、微妙にうつむいている。それが「陰」を感じた理由だった。
考えたがり屋の彼は、それだけでは飽き足らず、その理由の理由を追求することにし、彼女の顔を、それと気づかれないように会話を続けながら繁々と観察する。
シャイネス?それ以外の感情表現?それとも生い立ちの文化的側面の反映?そんな言葉を頭の中にめぐらせながら、表情を追う。
その「理由の理由」は、そんな知を弄する遊びには不向きな簡単なことだった。彼女は右目が斜視で、それを気がつかれまいと必死に隠そうとしていたのだ。
「そんなことは大したことじゃないじゃないか」
一瞬視線をそらし、彼はそう自分に言い聞かせた。
そうやって彼は心の中におきた感情の波を抑えようとしていた。一生懸命に彼女が隠そうとしたものを暴き出した上に、それに気がついた瞬間、スープに浮かぶ一筋の髪の毛を見つけたような気分になった、自らの浅ましさに苛立つ感情の波を。