1987年といえば、昭和62年。世はバブルの盛り。僕は下町の中学生だった。その少し前に近所に西武ができて、そこにリブロも出店した。ネットが身近になった今ならばamazonなどを利用すればバラエティーにとんだ書籍を手に入れることができるが、あの頃は近所に大きな書店が、それもちょっと変わった品揃えの書店があるということは大きな意味を持っていたのだ。もう一つ、ささいなうれしいこともあった。他の書店であれば税込み価格そのままの金額を請求されるのだが、この書店はどういう訳か、税抜きの価格に1.03をかけた金額を価格としていた。そのおかげで、たいていの場合ほんの1円だけだが安く本を買うことができた。
この書店になら何時間でもいられたし、どこに何があるかも店員よりも知っていた。まだトレヴィルも健在だったし、「ユリイカ」も今ほどのミーハーさはなく、「マーキー」はあくまでプログレッシブ・ロック周辺を記事にしていた。「幻想文学」も元気があったし、クリシュナムルティは翻訳の新刊が出ていたし、ラジニーシも生きていた。
「夜想」もリブロで見つけた本だ。最初に買ったのは、どうにも記憶があやふやだが、「少女」の特集号だったか。この号は今、僕の手元にない。大学生のとき、バイト先の同僚に貸したきり、帰ってこなかったのだ。きっと例の法律のせいでプレミアもついているだろうから、もう手に入れることはできないだろう。「夜想」の特集は毎回なぜか僕を引きつけるものがあった。オカルティズムと耽美とアートをごちゃ混ぜにしたようないかがわしさと知性がいつも溢れ出していた。ウィーンアクショニズムだってSRLだって、ファキール・ムサファー、スタン・ブラッケージだって、「夜想」がなければ知るすべもなかっただろう。
大学に入ってしばらくした頃からだろうか、リブロからは足が遠のいていた。だからといって書店に行かない訳ではない。新宿なら紀伊国屋か模索社、神田なら書泉グランデ、三省堂、明倫館、タトル商会。でも、出入りはしても中学生の頃のような一種の暗い情熱を傾けることはなくなって、その熱の冷め具合に従って「夜想」も僕の生活から離れていった。たまに見かけはしても惹きつけられることなく、「ああ、まだやっているのだな」という思いだけが脳裏に浮かぶ程度だった。
そんな態度だから「夜想」を編集していたペヨトル工房が解散したことも、ずっと後で知った。バブルもはじけ、セゾンも美術館を閉じていたし、アート系の催しから企業がどんどん撤退していていたから、自然なことだったといえるだろう。あれほど世話になったのに、その維持に何の役にも立てず、解散も知らなかった自分に寂しさを感じたものだ。
でも、その寂しさも、あっという間に雑事にまぎれて消えてしまった。今も同様だが、僕のおかれている現代という場所では時間の流れ、というよりも情報の流れが速すぎて、たとえ、そのような感情が湧き出たとしても、味わう前に遥か後方に流れていってしまう。
ネットが僕の生活で当たり前のものになって、いわゆる雑誌、それどころか普通、テレビのニュースや新聞から得るであろう情報までもネットから得るようになってずいぶんになる。それでも、あの頃「夜想」からもらった知識が重要な核をなしていることは、このサイトを見ても十分に自覚できる。きっと僕が、このサイトで目指したものは内容もヴィジュアルなものも含めて、自分でつくった自分のための「夜想」なのだと思う。
上述の通りの生活だから「夜想」復刊のニュースもネットで知った。「休刊」という名目であっても、それがほとんどの場合において「廃刊」を意味する出版の世界、それもあのような内容の雑誌が今、復刊することに驚きを隠せなかった。それも特集は「ゴス」だという。最近書店で見かけるようなゴスロリ雑誌になってしまうのではないか、もしくは、ありがちなアングラ風味のミーハー雑誌に成り下がってしまうのではないかと危惧もした。たとえ、そのようになってしまったとしても、少しなりとも恩返しができるならば、そういう思いで発売日、職場の昼休みを利用して新宿南口の青山ブックセンターで購入した。
あの頃に比べ僕が成長したためなのかもしれないけれど、確かにインパクトは落ちた気がした。記事によっては底の浅さも見える。それでも十分にあの頃の匂いは感じられた。これからに期待できる匂いだった。次号で何が特集されるかわからないが、出れば買おうと思わせるだけの質だった。
そんな期待もやっぱり雑事に流されて、すっかりそれとは関係ない縁でチェコのバンド、「Uz Jsme Doma(※)」のライブをお手伝いさせていただいた。驚いたことに彼らに「夜想」からインタヴューがあったという。後からそれ知って、同席できなかったことにほぞを噛んだ。しかし、一介の下町の中学生が「夜想」とすれ違えるくらいにはなったのだ、という自負もないではなかった。
※ ウジュ・スマイ・ドマ。メンバーに何度教わっても正確な発音ができなかった。意味は「already at home」だと聞いて、メンバーのマルティンが毎回家を絵のモチーフにしている意味が分かった