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スペインとスペイン人   

España y los españoles
スペイン誕生まで

「スペイン人」という一つの人種は存在しない。
鉄器時代の初めに南から「イベロ族」がやって来て、北から来た「ケルト族」と融合した(
ケルト・イベロ族)。一説にはこれがスペイン人の起源とされる。
また、「ケルト・イベロ族」が形成される前には、「
フェニキア人」がやって来た。その後「ギリシア人」「カルタゴ人」などの地中海民族も頻繁に訪れている。

そして、紀元前3世紀、イベリア半島は「
ローマ人」の支配下に置かれる。 600年間にも及ぶローマの支配の間、彼らは宗教、政治制度、言語、法律、貨幣経済をもたらし、道路交通網をはりめぐらし、上下水道、大浴場、劇場などを備えた都市をいくつも建設した。現在、スペインのい たる所にローマの遺跡が存在する。
(メリダのローマ遺跡。セゴビアの水道橋。コルドバのローマ橋etc.) 

さて、ローマがパンとサーカスとにより破滅の道をたどりつつあるころ、ゲルマン民族の大移動が始まっていた。 その波は、5世紀の初めにはイベリ半島にも押しよせた。ゲルマン民族の一派「
西ゴート族」が紀元507年にトレドに西ゴート王国を形成、約300年にわたって支配した。
711年、南から「
イスラム教徒」が進入、西ゴート族を倒した。その支配圏は北部を除く全イベリア半島に広がった。イスラムの教徒の800年にわたる支配は、スペインに独自の混合文化(キリスト教文化+イスラム文化) を形成していった。
(コルドドバのメスキータはイスラム教徒とキリスト教徒が共存する寺院) 
北部に逃げ込んだキリスト教徒から徐々に
レコンキスタが始まる(国土回復運動)。  
その主導権を握ったのが、カスティーリャ王国であった。カスティーリャ女王イサベルとアラゴン王フェルナンド夫妻が1492年に最後のイスラム教徒の国「グラナダ王国」を滅ぼし、レコンキスタが完成。 二人に「カトリック両王」という称号が与えられ、 ここに「
スペイン王国」が誕生したのである。                            
                                      スペインの歴史参照 >>
                 

ユダヤ人とジプシ

スペインの歴史を語る上で、ユダヤ人とジプシーの存在を忘れてはならない。ローマ帝国によってイスラエルを追われたユダヤ人の一部はイベリア半島にたどり着いた。 西ゴートの時代にはユダヤ人への迫害が時々あったが、 キリスト教徒の時代は比較的寛大で、
イスラム教キリスト教ユダヤ教が共存する地域も多く存在した。 しかし、 レコンキスタが完成した1492年、 ユダヤ人追放令が出され、 彼らはスペインから追放さた。
スペインに
ジプシーが住むようになったのは、15世紀からと言われている。 彼らはインドから北アフリカを通って、アンダルシアにやって来たようだ。フラメンコはアンダルシアの文化に、ジプシー文化が混じって生れたのである。  


スペイン民族とは

先住民族「ケルト・イベロ族」の誕生が、スペイン民族の起源とされる。 また、イベリア半島がローマの植民地になった時点が、スペイン民族の起源という説もある。 宗教的に西ゴート族がキリスト教に改宗した時点で、 スペイン人の原形ができたという説もある。10世紀以来のキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ人の三者の共存がスペイン人の基礎になったとも言える。
いずれにしても、
地中海民族、ローマ人、ゲルマン人、モーロ人 (イスラム教徒)とあまりにもいろんなものが混じり合っているのが「スペイン人」なのである。

民族的アイデンティティ

イスラム教徒によって北に追われたキリスト教徒は、 徐々に独自のイベリア半島の国を形成していった。 (712年にレコンキスタ開始、1492年完成) 9世紀のイベリア半島の北部の地図には、 「
ガリシア」「ナバラ」「イスパニア辺境領」が見られる。
11世紀になると 「
レオン王国」「ガリシア王国」「カスティ ーリャ王国」「ナバーラ王国」「アラゴン王国」「カタルーニャ伯領」が形成されていく。この中で、「カスティーリャ」が「レオン」と統合し、拡大していく。 一方で、「アラゴン・カタルーニャ連合王国」が誕生した 。
そして、「カスティーリャ王国」イサベル王女と 「アラゴン王国」フェルナンド皇太子が結婚し、「スペイン王国」 が誕生した(1479年)   

しかし、それまでレコンキスタを戦った各王国(地方)の制度はそのまま残っていて、完全に従属したわけでなかった 。
「スペイン」中央政府は、各地方を完全に従属させて、 中央集権国家をつくりあげるのが目的だった。特に18世紀のブルボン王朝の時代にはカタルーニャの「自治権」をも取り上げてしまったのである。
特に、
カタルーニバスコは自治への志向が高く、 常に反抗的であったため、しばしばスペイン政府から弾圧を受けてきた。 
 
現在、各地方はある程度の自治権は認められている。 しかし、カタルーニャ、バスコは今も「地方主義」「分離主義」を高揚し、中央政府に対抗する意識は強い。
バルセロナの人々は自らを「カタルーニャ人」と呼び、スペイン人の認識はまったくない。
バスクも同様である。


スペインの「国民性」について
    

スペインの国民気質というのは、地域差や個人差もあって一概に説明するのはむつかしいが、それでも確かにスペイン人に共通の気質というものが見られる。

スペインという「国家」より「地方」を優先する。
カタルーニャ人に「あなたは国を愛しているか」と聞くと、「そうだ」と答える。しかし、彼らの祖国とはスペインではなく「カタルーニャ」ということだ。
カタルーニャ「人」にとってカタルーニャは「国」なのだ。もちろん「国旗」も「国歌」も存在する。バルセロナオリンピックの開会式でスペイン国王臨席時に「カタルーニャ国歌」が流れたのには驚いた。

スペインでは個人主義が徹底している。
「仕事とは生活をエンジョイするための手段にすぎない」というのがスペイン人の考えだ。会社のために、自己を犠牲にしようなんて夢にも思わない。
ほとんどのスペイン人は仕事が終わるとさっさと帰ってしまう。彼らにとって大事なのは会社の人間よりも家族、友人が大事なのである。
日本の会社独特の「集団」意識はなく「我が道をゆく」という考えが浸透している。
このように個人主義に徹底しているからこそ、職場で人間関係に悩むこともない。しかし、彼らは家族同士の付き合いは大事にする。お互いにホームパーティに招待しあい、真の「アミーゴ」になるのである。
 
スペイン人の時間の概念 
スペインで生活するためにはまずは日本人の時間の概念を変える必要がある。
スペインでは時間はすべてアバウトである。待ち合わせれば、まず30分は遅れてくる。家へ招待されたら、30分遅れていくのが礼儀。
3日以内に届けると言っていたテレビがいつまでたっても来ない。「今から行くから、居てください」と電話をしてきた水道工事屋が実際に来たのは一週間後だった。
銀行に行けば、長時間待たされる。でもよく見ると行員同士がおしゃべりしている...。
時間に追われて、せかせかと生活している日本人にはスペイン人のi時間のルーズさは理解できないだろう。しかし、スペインには日本では忘れられた「ゆったりした時間」が残っているのも事実である。スペイン人の方が時間を有効的に使い、楽しい人生を送っているのではなかろうか。 

スペイン人は自己主張の強い国民である 
スペイン人は自分の言いたいことだけ言って人の話を聞かない。例えば3人いると3人が同時に大声でしゃべっている。
たいしたことのない内容でも、彼らは妥協せずに、納得のいくまで話し続ける。彼らは自分の感情を抑えることはできないので、話が白熱してくるとすると激しい口調になってくる。
自己主張をするために、相手よりも大きな声を出して自分のいいたいことをいい聞かせなればなればならないのだ。ただし、相手も聞いているわけではないのだが...。  
しかし、彼らは激しく口論しても、翌日には仲良く談笑している。日本人ようにいつまでも根に持つことはない。

スペイン人は責任感がない? 
スペインでは会社のため、お客様に尽くすために働く人は皆無である。もちろん責任感なんていうものも存在しない。(管理者とかエリートは別)
日本から電子送金したお金が2週間たっても通知が来ないので文句を言うと「まだ着いてません」んの一点張り。お金が着いていても、担当の人間が休んでいたとすると、当人が出社するまでは送金伝票には誰も見向きはしない。「他人の仕事には手を出さない」という考え方である。

スペイン人は謝らない
「申し訳ない」はスペイン語で Pedón という。しかしスペイン人の「ペルドン」は謝るためではなく、自分の主張を押しつけるためにつかう。「失礼、私はですね・・・」と自分の言葉を続けるためである.。
スペイン人は謝らない国民である。謝ったら自分の非を認めてしまうことになるからだ。
銀行が単純なミスをして、文句を言っても「自分が担当したのではないから責任がない」と絶対に謝らない。
完全に自分が間違っている場合は謝罪するのは常識。しかし、「謝れば自分の負けになる」という考えも正しい。



                             ☆☆☆

                


                            

現在のスペインはまぎれもなくEUの一員である。マドリッドもバルセロナも他のヨーロッパの大都会と見た目になんの変わりもない。
しかし、 実際にスペインに滞在してみると明らかに「何かが違う」ことに気がつくだろう。それは歴史、文化、風土、 国民性があまりにも他のヨーロッパ諸国と異なっている点である。

 

スペイン人とは Los españoles 

                                                                     

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