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法器としての普化宗尺八地無し延べ管=@
〜前衛的現代の伝統音楽として〜
呪具としての地無し延べ管venuh
〜原初をいだいた前衛として〜
創作覚え書 ノートFULP
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芸術は学問の介入で退化する。
本質は継承する。その様態は必然として創作する。
音楽において最も本質に近いものは音であろう。楽曲は最も離れたところにある。
ひとは皆根源的な意味での信仰を有する。信仰がなければ生きられぬほど自然と乖離してしまったのだ。
風に揺れ 雨に打たれて 浮き草の 地無し処に 活きる根(音)もあり
我思う、故に我を見失った哲学は、特異点で科学と再会し、新たなる迷宮を漂泊する。
ひと皆天才として生まれ、学びてのち凡夫となり。
絶対感性〜相対感性への退化。
いかずチ みつチ かぐつチ おろチ むかいチ
明無暗 陰無陽 表無裏 善無悪 大無小 愛無憎 高無低 重無軽 上無下
名無きもの 姿無きもの 聲無きもの...........無きもの............無............. 。
一切は同時に
相対的分別知を今は捨てない。然れども 只管打吐 只管打吐 只管打吐..........。'06/10/08
普化宗尺八 下手じゃ吹けない、上手じゃ吹けない、中途半端じゃ尚吹けない。
虚無僧は首など振らない。鐸を振るが如く竹を振る。
鳴るは善し 鳴らすは悪しき 尺八の 竹に任する わが音なりけり
芸術は脱皮する直前に理論化される。脱殻としての理論は捨て去る。'06/04/23
創作は竹に教わる。竹林に聴く。
菩提達磨の思想は確かにやってきた。
生命現象としての音聲は反復しない。それは更新するのみ。
生命現象としてのリズムは更新し、意識された拍子は反復する。
普化宗尺八による吹断を高橋空山の御霊に捧ぐ。
普化宗尺八による吹断を源雲界の御霊に捧ぐ。
普化宗尺八による吹断を福岡正信の御霊に捧ぐ。
venuhによるImprovisationをAlbert Aylerの御霊に捧ぐ。
venuhによるImprovisationをLennie Tristanoの御霊に捧ぐ。
venuhによるImprovisationを高柳昌行の御霊に捧ぐ。
venuhによるcompositionをErvin Nyiregyhaziの御霊に捧ぐ。
授記音聲曼陀羅 意識・実在一体不可分。
あらためて吹・作・創一体不可分。
紡ぎだす音聲は、培ってきた触覚が直感的に選択する。
私にとって“吹く”という行為は、自身に宿る生命が、そのあたえられた肉体によっては
放出しえない心魂の叫びを“竹の響き”という媒体を通して表出することである。'03/07
人と共に極東の島に流れ込んだ多様な文化は、重層をなして、ときに醗酵した。
人は迷うべき存在である、故に、迷うことに悩むべからず。
ロゴスとパトスを未分な状態で操れる能力が、普化宗尺八を生んだ。
実践的な南宋禅を中心思想においた普化宗尺八楽は、アカデミックな体系化を拒否する。
学僧であった神秀の北宋禅は滅び、無学な慧能が六祖たり得たところに禅の本質をみる。
芸術が個人的意識の表現であるのに対し、芸能は特定の地域や集団が共有する意識の
表現である。
哲学では中世に信仰が、近世に科学が独立したといわれるが、分化はより細分化を生むのみ。
2003/03/20 奢れるものの久しからずや、盛者必衰の理を知れ!
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