だるまの日々
2001.10.25(星野)
ふふふ、夜中の4時。作業に疲れてトイレの鏡を眺めると、なーんと、私の耳が福耳になっていた。ふふ、今まで、貧乏耳、貧相耳と侮辱されていたが、この耳をみたら皆ひれ伏すに違いない。ほーっほーっほーっ。と、夜中に高笑いの星野であった。夢なら覚めないでー。
2001.10.17(森下)
あり。
10月8日にアフガン攻撃が始まり、他に方法はなかったものだろうかと考えつつ我が身を振り返る。
それは、その前日、7日の事である。
ありの行列が、ついに我家の食糧保管場所へと入り込んで来た。
今までは、無心に歩いとるなあとのんびり見物していたのだが、この状況になり森下はあわてた。そばにあったゴキブリ撃退用の殺虫剤を手にしていたのである。
あっという間の出来事であった。
ありの行列はその場にはりついて動かなくなった。そして、壁の穴にも一発お見舞いしていたのだ。
我家の食糧を守る為という大義名分があったにしても、他に方法はなかったものか。
人間とはごうまんな生き物であることよのう 合掌。
2001.10.13(さとう)
最終電車の地下鉄東西線
「次は門前仲町」というアナウンスに、降りる仕度をしていると、わたしの前に立っているお姉さんが、体を前に倒して、長い髪をザンバラとたらし、酔っぱらっているのか苦しそうに体をクネクネしている。私が「次降りますから」と席をゆずっても、席に座りもせず体をクネクネ。まるで踊っているようにも見える。駅に着いたので降りると、お姉さんもクネクネ降りてくる。心配で思わず後ろからそっとついて行くと、ホームから落ちそうになったり、柱にぶつかりそうになるのだが、クネクネした動きでかわしてしまうのだ。しかもお姉さんは、黒っぽいシャツにGパン姿なので、まるで暗黒舞踏を見ているよう…スバラシイ!
はたしてお姉さんは、今夜中に家にたどり着くのだろうか?
2001.10.3(森下)
あり、かんぴょうと一緒。
ありは今日もまじめに働いている。
台所においてあった鍋でかんぴょうを煮たら、ありも2匹一緒に煮られていた。
どうも、鍋と鍋のふたの間から入り込んだらしい。
うーむ、ごまかと思ったよ。 つづく。
2001.10.2(森下)
森下の家、ありの侵略始まる。
我が家は、古うい一軒家である。(勿論貸家である)
長野への法事の旅、2泊3日から帰り、荒れ果てた我が家の掃除をしようと台所の天井をふと見上げると、そこにありの行列だ。
ものすごく小さい奴。2ミリくらいの。
熱心に一列に歩んでいる。真面目なあり君たちである。と感心している場合ではない。
何処から、沸き出っているのかたどってみると、天井から少し下った、柱横の壁の穴から、行列が始まっている。
実は、我が家は、二十数年前 一般人のおじさんが(今の大家さん)手作りでたてた家らしく、傾いていたり、お風呂が後でくっつけたものだったりしている独創的な家である。何が起きても不思議はないのであるが・・・、今度はありの侵略である。しかも内部から。
でてくるでてくる、そしてまた、はいっていくはいっていく。
さて、どうしたものか。 つづく。
2001.10.1(森下)
森下、小雨の中央高速を走る。
7月に運転免許を取った森下。教習以来、初めて高速道路を走る。興奮。
しかし雨のため、すぐに私設教官でもあり夫でもあるところのケベ氏に代わってもらう。この教官は、ヘンなところにうるさい。
私は、掛け声派なので、「信号よーし」とか「歩行者よーし」と声を出しまくって運転するのだが、その「よーし」と伸ばす所がいけないらしい。
「信号よし」と短くしないと、「よー」と伸ばしてるうちに事故を招くというのである。
仕方がないので、今は歯切れ良く「歩行者よし!」と叫んでいる。
どっちにしても車内は、うるさい。
2001.8月16日(星野)
ライブにむけて、モロヘイヤ大作戦、決行中!あと、ウニ断ちも始めた。ただし、ご馳走になる時は別!ウニに罪はないからねー。
2001.7月19日(星野)
昨日は、「上野夏まつり」。不忍池の水上音楽堂のステージにたつ。夜の野外であるから、少しは涼しいかと思うと大間違い。舞台に「ハーイ」と出た瞬間、ムァっと熱気が。もちろんお客様も暑い暑い、うちわを振る手が大忙し。舞台からみてると白い海原をみているようでなかなか風流。などと思いつつ時がたつうちに私たちも汗ダクダク、化粧が流れ、つけまつげがはがれかけ、汗とつけまつげで前がよく見えない。ええい、無手勝流だっ、妖怪大戦争だっと勢いでつっぱしりつつ舞台を終えると、三人とも海女さんのように全身ぬれそぼっていた。あー、楽しかった。(この後、ホームページをみて来てくれたお客様方と、上野の街で一杯二杯三杯…。出した水分を補充させていただいたのでした。ごちそうさまでした。)
2001.7月16日(星野)
うしゃしゃー。9月10・11日のライブのチラシが、できあがったー。広島の印刷所より宅急便にて御到着!どきどきしつつダンボール箱のガム・テープに手をかける。ぴりぴりぴり。おおっ、できてるできてる。とても素敵なできあがり。ふふっ。さあ、あとは、中身だーっ。…ひえーっ。
2001.7月10日(さとう)
(BGM「世にも奇妙な物語」)
正直言って、そいつの気配は前の晩から感じていたのだった。しかし、その時にしらばっくれて眠ってしまったことがこんなに恐ろしい事件を引き起こすとは、少しも予想ができなかったのであった。次の朝、人差し指の先端がかゆくて目がさめた。そのうち、足の親指の先端もかゆくなってきた。まだ朝も早い時間だっただが、イヤな予感がして起きることにした。顔を洗おうと鏡を見たとたん、私は自分の目をうたがった。なんと…鏡の向こうに四谷怪談のお岩さんが恐ろしい顔でこちらを見ている!…よく見るとそれは蚊にさされて、右目のまぶたをぷっくりとはらした私自身だったのだ。今日はたまたま仕事が入っていなかったので助かったが、こんな顔で人前に出ることを想像したら、背筋がゾ〜っと寒くなった。
皆さんも、その日の蚊は、その日の内に退治しましょう!
2001.5月30日(星野)
地下鉄のホームをにて「扉にはさまれないよう御注意ください」というアナウンスに『扉にきれいにはさまっている人』の映像が浮かび思わずにやり。箸がころんでもおかしい年頃なのね。
2001.4月の某日(さとう)
その1
静岡の姑から、竹の子が送られてきた。しかも、すでに水煮にしてある。嫁のことをよく理解している姑である…。竹の子といえば、まず竹の子御飯でしょ、それから柔らかい姫皮のみそ汁、竹の子のおかか煮、竹の子の天ぷら・竹の子のでんがくと春の香がいっぱいの食卓。あ〜日本人でよかった〜と思うと同時に、あ〜ダンナの実家が田舎でよかった〜と思う。(こんな時ばっかり)
その2
小腹がすいてる、でも時間がな〜い!という時の為の簡単スピードメニュー。
まず、永谷園のお茶漬けの素(のり茶漬)を小さめのどんぶり、又は大きめのおわんに入れて用意します。そうめん1束を熱湯に入れゆで上がった頃に、おわんにお湯を注ぎ入れ、そうめんを入れれば、美味しいお茶漬けにゅうめんのできあがり!トッピングは万能ネギ、切りゴマ、梅干、おぼろコンブ、ふえるワカメちゃん等お好きな物をどうぞ。永谷園の松茸の味お吸い物でも美味しいよ。
その3
前の晩遅くまで飲んだくれていたりすると、次の朝目がさめてサア大変!「わあ!もうこんな時間?」急いで飛び起きて、顔も洗わず朝ご飯を作ってダンナを送り出す。やれやれと一息ついて鏡を見ると「ギャ〜、ば、化け物!髪は寝グセで山嵐。顔にはドラエモンのヒゲのような寝ジワがくっきりと3本。こんな女と、よく平気な顔して朝ご飯食べれるなあと、今さらながら我がダンナ様の心の大きさに感涙する私でした。
2001.4.30(星野)
下の記より、ずいぶんたってしまった。いやはや。4月にひとつもないのも淋しいので、何か書こう。
4月のスケジュールを振り返ってみるに、花見で一杯、ミーディングと称して一杯、仕事の打ち上げで伊勢崎町で一杯、護国寺でも一杯、日本橋でも一杯、神田でも一杯、さとうの誕生日を祝って(4/19)一杯、お世話になっているおかみさんの誕生日に一杯、打ち合わせをかねて一杯、二杯、三杯…。ひー、いっぱいだー。いったい何を飲んでいるんだろう。最初はビール、その後は、日本酒か焼酎かワインかバーボン。ふふ、酔っちゃうわーん。と、酔っちゃう私はかわいい。さとうも、ときどき酔って鬼っ子と化しいじわるになるけど、まだかわいい。恐ろしいのは森下だ。飲めば飲むほど元気になり時には鼻唄をうたいつつオチョコを迎えにいったりしている。お酒を飲んでメートルがあがってきている時の森下は、まるでトラックだ。それも夜中にトラック野郎が運転してるような、すっごく大きいやつ。(車にくわしくないので何トンとかいえない)お酒がガソリンなのだ。…しかし、そんなにガソリンを飲んで森下はいったいどこまでいくのだろう。そして、軽トラックの私と、小型トラックのさとうの行方は…。続きは5月。
2001.3.4(さとう)
朝、起きたら大雨だった。
「夜には雪になるっていうのに、おまえはバカか?」と罵る夫を振り切っていざ深大寺へ。だって今日は、毎年恒例の「だるま市」なんだもん!とはいえ、こんな大雨の中、本当に「だるま市」はやっているのかしら…と不安を胸に、待ち合わせた調布の駅についた頃には、すっかり雨があがっていた。やたらに気合いの入った大長靴の大森下さんと連れ立って(今回は、星野ちゃんは病気の為欠席)例年よりも、いくらか人出の少ない深大寺へ。数あるだるま屋さんの中から一店に狙いを定めて「毎年ここのだるまを買おうって決めてるんですのよホホホ」と、何やら貫禄のある、いぶし銀のようなセリフをはき、若いだるま売りのおネエちゃんから500円も値切り倒す森下さん。
だるまも買ったし、お参りもしたし…さあ、いよいよだ!(何がいよいよなのだ?だるま食堂の目的は、だるまを買うことじゃなかったのか?)
道の両側に並ぶ焼きそばやお好み焼きの店々を横目に、私達が向かう所は「鈴や」というそば処。外のテーブルで焚き火にあたりながら酒をちびり、そばがきをちびりとやるのが私達のお気に入りなのだ。「寒いから中でどうぞ」と親切に声をかけてくれるお店のおばちゃん。「毎年ここで飲むって決めてるんですのよホホホ」とまたまたいぶし銀のセリフで、おばちゃんをも参らせてしまう森下さん。
そのうち、天気はうそのように快晴になってきて、私達しかいなかった「鈴や」の外テーブルにも、お客さんがいっぱいになってきた。
「私達ってやっぱり晴れ女」「私達が入るお店って必ずお客がいっぱいになる」などと、勝手な事を言いおめでたくもホロ酔いの二人は、気分を良くして近所の友達の家へ一升瓶をぶら下げて向かうのであった。…あー、迷惑な話。
2001.2.3(星野)
節分だ。鬼が来る。豆は買った。後は叫ぶのみ。しかし、これが以外と恥ずかしいのだ。幼少の頃、人前で、笑ったり、鼻をかんだりすることができなかった私は、隣りで腹の底から「鬼はー外―!福はー内―!」と叫んでいる姉に合わせて口をパクパク動かしてごまかしていたものだ。それにしても、姉の森下は本当に豆まきが大好きだ。夫のケベ氏を鬼にみたてて、豆をまくらしいが、どうみても姉のほうが鬼っぽい。角はないけどね。
2001.1.18(星野)
昨年の11月20日に登場した「名古屋に行った遊び友達」よりメールが届いた。
『名古屋の年越しそばには、必ずエビフライが乗るらしい』という話である。おーいしそー。
2001.1.16(星野)
コメディ『花の寿芸能社』も、無事、幕を閉じた。諸先輩の皆様方と同じステージに立つというのは、とにかく、すごかった。わたしは、まだまだひよっこだな。打ち上げの後、そんなことを考えつつ床についたら、それから20時間くらい床についたままになってしまった。びっくり。お腹もすかず、トイレも行かず。起きたら少し痩せていた。ちょっと嬉しかった。
2001.1.11(星野)
いよいよ、明日は、コメディ『花の寿芸能社』の初日で、あーる。うししし。楽しみである。
2001.1.6
(森下)2000.1.5(さとう)
私達は、とても急いでいた。
しかし、どんなに急いでいても、すきっ腹には勝てないのが、だるま食堂である。
「あと5分ぐらいだったら時間がある。こうなつたら、回転寿司に入るしか手はない!!」
こんなドタン場になると、すばらしい機転を働かせるのが、我等がリーダー森下由美。たよりになるゾ!
「急げ、あと4分しかない!」
店に入り、イスに座るやなや、エンガワの皿を握りしめている星野理恵。ウーム、おぬしやるな!よーし、私も負けていられないと、気がついたら力の入った右手が大トロの乗った絵皿を握りしめていた。おーっといけない!どんなに時間がなくても、なるべく絵皿はさけてと…。ぐるぐる回る皿を見ているうちに、ふとモロ師岡氏の一人コントのネタを思い出した。
『一人10枚まで、絵皿はダメ!ガリとお茶で腹をふくらませろ!』
…気がつくと、ガリをつまみにお茶を飲んでいた私。あっ!!もう時間がないじゃんか!お…お腹がすいた〜。トホホ…。
2001.1.4
(森下)2001.1.3
(森下)2001.1.2
(森下)2001.1.1
(森下)