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管理人
 
・ボビー・チャールトン Bobby Charlton
・生年月日:1937/10/11
・出身地:Ashington , England
・身長/体重:173cm/72kg
・キャリア:1954-1973
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:MF/FW
・試合出場数:759(歴代1位
・ゴール数:249(
歴代1位
・代表歴:106試合、49ゴール
☆1966年:バロンドール受賞
☆1966年:FWA年間最優秀選手賞受賞
イングランド史上最高のフットボーラーの一人。マンチェスターユナイテッドの伝説の名監督:マット・バスビーに見出されて、15才でマンチェスターユナイテッドの一員に。左足からくりだされる「キャノンシュート」を武器に、頭角を現した。
56-57シーズンでリーグ優勝を経験し、欧州制覇へ向けて前進するが、1958年2月6日の「ミュンヘンの悲劇」に。
奇跡的にも大きな怪我なく生き残ったボビー・チャールトンの存在がイングランドとマンチェスターユナイテッドにどれだけの希望となったことだろうか。精神的なショックから立ち直り、マット・バスビーと共にチームを再建。1960年代にはデニス・ローやジョージ・ベストらを擁し、黄金時代を築いた。イングランド代表としても活躍し、1966年自国開催のワールドカップでは母国初優勝に貢献。バロンドールを受賞。彼が挙げた代表通算「49」ゴールは現在も破られていない。
「ミュンヘンの悲劇」で絶たれた欧州制覇の夢は、事故から10年経った1968年にチャンピオンズカップ決勝でベンフィカを下し悲願を達成。このタイトルが「ミュンヘンの悲劇」で失ったバスビーベイブスを偲ぶものであったことは説明するまでもない。1994年にはフットボール選手としてナイトの称号を授かった。
 
・ダンカン・エドワーズ Duncan Edwards
・生年月日:1936/10/01
・出身地:Dudley , England
・身長/体重:185cm/82kg
・キャリア:1953-1958
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:MF (Wing Harf)
・試合出場数:151
・ゴール数:20
・代表歴: 18試合、5ゴール
第二次世界大戦後、低迷しているチームを上昇させようとマット・バスビーが集め、育成した「バスビー・ベイブス」の中心選手。180cmを超える身長でパワーとテクニックを備えたエドワーズは16才でリーグデビューし、18才で代表入り。
1998年にマイケル・オーウェンに破られるまでの40年間、「代表史上最年少デビュー記録」保持者となった。
マンチェスターユナイテッドとイングランド代表にとって将来を有望視されていたエドワーズだが、1958年2月6日の「ミュンヘンの悲劇」で命を落とす。21才の若さだった。事故後、病院のベットで15日間生き続けた彼は、最後まで次の試合のことを呟いていたという。もし、存命だったらイングランドサッカーの歴史を変えていた存在とされている。
 
・ジョージ・ベスト George Best
・生年月日:1946/05/22
・出身地:Belfast , Northern Ireland
・身長/体重:174cm/65kg
・キャリア:1961-1975
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:FW (Winger)
・試合出場数:470
・ゴール数:179(歴代4位
・代表歴:37試合、9ゴール
☆1968年:バロンドール受賞
☆1968年:FWA年間最優秀選手賞受賞
ポップスターのような容姿から愛称は「エル・ビートル」
15才でマンチェスターユナイテッドに来てから、1966年にはボビー・チャールトンやデニス・ローと共に欧州制覇に大きく貢献。絶妙なボールキープ力とドリブルが持ち味でキーパーまでをも抜き去る。ループシュートなども備え、得点力も高く、チーム歴代4位のゴール数を持つ。欧州制覇した年にはバロンドールを受賞。
人間性はボビー・チャールトンとは対照的に自由奔放。愛らしい笑顔でアイドル的な人気を誇る。
自由奔放な性格のため、マンチェスターユナイテッドが窮屈になったのか、1975年にクラブを去ることとなった。
 
・デニス・ロー Denis Law
・生年月日:1940/02/24
・出身地:Aberdeen , Scotland
・身長/体重:175cm/71kg
・キャリア:1962-1973
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:FW
・試合出場数:404
・ゴール数:237(
歴代2位
・代表歴:55試合、32ゴール
☆1964年:バロンドール受賞
スコットランドが世界に誇る名ストライカー。
イタリア(トリノ)で活躍する18才のスコットランド代表選手にマット・バスビーは目をつけた。1962年にマンチェスターユナイテッドに加わったデニス・ローは「金髪の悪魔」と呼ばれ、ボビー・チャールトンやジョージ・ベストらと共に一時代を築く。チーム歴代2位のゴール数の記録を持つほど得点力に優れ、ゴール前に飛び込みアクロバティックなゴールを積み上げた。特に鋭いヘディングシュートは「ジャックナイフ」と称された。
1964年にはバロンドールを受賞。スコットランド人として唯一のバロンドールを受賞した選手である。
 
・エリック・カントナ Eric Cantona
・生年月日:1966/05/24
・出身地:Marseille , France
・身長/体重:188cm/88kg
・キャリア:1992-1997
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:FW
・試合出場数:185
・ゴール数:82
・代表歴: 45試合、20ゴール
☆1994年:PFA年間最優秀選手賞受賞
☆1996年:FWA年間最優秀選手賞受賞
人の指図を受けない性格で、チームを転々としていたエリック・カントナがマンチェスターユナイテッドに加わったのは1992年。在籍していたのはわずか5年かもしれないが、重戦車のような体でピッチを駆け回り、高いテクニックとイマジネーションでサポーターを魅了し、他の選手にも大きな影響を与えた。1995年には観客にカンフーキックを見舞うハプニングもあったが、完璧を目指すためにトレーニングに取り組む姿勢は、若いベッカム世代にとって生きた見本となった。
ユニフォームの襟を立てる着こなしは、彼が元祖と言われ、「キング」の異名を持つ。
 
・デイビッド・ベッカム David Beckham
・生年月日:1975/05/02
・出身地:Leytonstone(London) , England
・身長/体重:182cm/74kg
・キャリア:1991-2003
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:MF(Wing Harf)
・試合出場数:394
・ゴール数:85
・代表歴: 96試合、17ゴール
☆1997年:PFA若手年間最優秀選手賞受賞
マンチェスターユナイテッド下部組織からの生え抜きで、背番号「7」を背負い、ギグス、スコールズらと共に1999年の「トレブル」に大きく貢献。右足からの正確無比なクロスとロングフィードを最大の武器とし、右サイドには欠かせない存在。右サイドからFWへ送られるピンポイントクロスであっという間にゴールシーンを演出。さらにFKの精度も抜群で世界屈指のプレイスキッカーとしても知られている。攻撃的な面が目立つが守備などにも手を抜かずチームの勝利のために徹する。イングランド代表ではキャプテンを務め活躍。2003年にレアル・マドリッドへ移籍。
 
・ロイ・キーン Roy Keane
・生年月日:1971/08/10
・出身地:Cork , Ireland
・身長/体重:179cm/71kg
・キャリア:
   ( ※マンチェスターユナイテッド所属のみ。)
・ポジション:MF(Center Harf)
・試合出場数:480
・ゴール数:22
・代表歴: 65試合、9ゴール
☆2000年:PFA年間最優秀選手賞受賞
☆2000年:FWA年間最優秀選手賞受賞
1993年にマンチェスターユナイテッドに加入し、2005年にセルティックへ移籍するまで、キャプテンを務めた。
「闘将」の言葉が示すようにセンターハーフで常にチームを鼓舞し、不当な判定には審判にも立ち向かう。相手の攻撃の芽をつむ守備力と前線へのパス供給、チャンス時にはゴール前への飛び込み、強力なミドルシュートなども兼ね備え、チームを統率する姿に惹かれた人々の数は数え切れない。彼の「キャプテンシー」の能力を持った後継者など、まず見つからないであろう。
現在は、サンダーランドの監督としてチームをプレミアリーグに昇格。07-08シーズンは監督としてマンチェスターユナイテッドと対戦することとなる。

※マンチェスターユナイテッドの歴史の中にはまだまだ偉大な選手が大勢います。
管理人の独断で7人の選手を紹介していますが、他の偉大な選手を紹介できないことご了承ください。