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■ 2008年11月22日(土)出会い
トシを重ねる毎に出会いというものの嬉しさが増してくるようである。今年も様々な出会いがあった。
今年の三月に富山県の井波などでシュツットガルトゾリステンと演奏したとき、ボランティアでスタッフの一員として働いていた福光にお住まいのAさんが昨日ご主人とお嬢さんの一家三人で遊びに来てくれたのである。偶然なことにAさんのご主人の実家は我が家からクルマで15分くらいのところにあり、更にAさんの菩提寺はクルマで5分とかからないところにある。昨日はお墓参りに来たついでに寄ってくれたと言うわけである。
せんちゃんは将来絶世の美人を思わせる可愛らしいSちゃんをはじめ、ご夫婦とも即時に慣れて普段と全く変わりがなく、親しく笑顔でじゃれ合っていた。最近は人見知りが終わるのでは、と思わせる事が多くなっていたけれど、これは益々良い傾向である。最近では無かったことだけに嬉しかった。これは底抜けに明るいご一家だからだろうとも思われる。Aさんのお母さんもコンサートの時に会場でアナウンスをされていたが、この親ありてこの子あり、といった底抜けに明るく感じの良い人だった。
お土産に戴いた私の大好物、福光のかぶら寿司は早速夕食に時にいただいたが、これは本当に美味しい!福光近辺ではこの時期にかぶら寿司の他にも日本一美味しい干し柿もある。羨ましい限りだ。どうも卑しい話題が多くなってしまうようだ。
■ 2008年11月17日(月)桐朋三期生のクラス会
昨日は鎌倉で桐朋三期生のクラス会があった。今年95才になられて今以て音楽評論、解説などで活躍されている吉田秀和先生をお招きして第三期生が集まった。三期生と言っても一学年でひとクラスしかなく、しかも40人も居なかったのであるが、その中から14人ほどが集まった。新人類などという言葉もなかった時代の、温かい血が通った面々が集まったのである。私はあちこち転校ばかりしていたから中学、高校など毎年どこかの学校のクラス会があるなかで、この
桐朋に関しては記憶にある限りまだたったの二回目である。これから先はもっと頻繁にやりたいと思う。
吉田先生のお話は楽しかった。記憶力の凄さには参った。私が悪い生徒であったことも事細かく覚えておられたし、何をお話しになっても冴え渡っていた。当時は怖い先生ということが先に立って名前を聞いただけで身体が硬くなってしまうことが多かったけれど、昨日の先生の和やかなお顔はほんとうに素晴らしかった。こんな風に年を取りたいと思った。余生の文字が嫌いな私の憧れのような存在である。
思えば当時の桐朋はまるで寺子屋のようだった。学舎も木造の平屋だったが、現在は鉄筋コンクリートになって見る影も無く、校風ともあいまって味気ないことおびただしい。名前は同じでもまったく別の学校になってしまったと云えるだろう。桐朋学園を創立した当時の教授陣の凄さよ。斉藤秀雄、吉田秀和、井口基成、柴田南雄、入野義郎、遠山一行、等々。我々の時代は贅沢の極みであったと云える。これらの先生達の愛情と情熱に見守られながら育ったことをこれ以上ないくらいに有り難く、幸せに思うのである。今になって吉田先生から色々とお話しを伺うと、なんと愛に満ちた先生達であったのかと思った。教育者の鏡だろう。偉人吉田秀和先生の益々のご活躍を期待している。(写真:鎌倉のレストランで吉田先生を囲んでチェロの千本博愛、チェロ&画家の雨田光弘、作曲&ピアニストの高橋悠治、ヴァイオリンの岸辺百百雄、稲吉亜美、声楽の鈴木義弘などの顔が見えている) 高橋悠治のHP
■ 2008年11月14日(金)人見知り
今回の旅行中、せんちゃんの行動は本当に不思議だった。まず妻の実家でのジジ、ババに対するせんちゃんの態度。半年ぶりで会ったと言うのにまるで我々両親と同様に隔たりなく側に寄っていったのである。まだ人見知りが残っているから泣いて側には寄っていかないと思っていた。ところが泣くどころかジジババに寄っていき、肩をたたいたりするのだ。これは我々夫婦以外の人には絶対にしないことだから驚くばかりだった。せんちゃんは同じ血が流れている相手を本能的に感じるらしい。もっとも子供とはそう言うものかもしれないけど。散歩などで近所の人に会った時「まあ可愛らしい、抱っこさせて」と親しみを込めて近寄ってくる人に対しては間違いなく泣くから困ってしまう。静かにしているとせんちゃんの方から寄っていく場合もあるのだけれど、やはり見慣れていない人に対してはこうなってしまうのが普通だ。
この写真に写っている陶芸家池田匡優さんの愛犬チャオと対面したときは即慣れて仲良しになってしまった(写真館No.12を参照)。チャオは稀に見る優しい犬だったからか、せんちゃんはすっかり安心してチャオに寄り添っていった。人見知りはしても犬見知りはしなかった。これは見ていた我々が驚いてしまったが、まだ怖い犬は経験したことがないからだろう。他の犬も同じだと思って近寄っていったら、と思うとちょっと怖いな。
(ゑみし窯で池田匡優さんの奥様と愛犬チャオ)
■ 2008年11月8日(土)素晴らしい旅行
せんちゃんにとっては長い旅行だったが、もう既に何回もクルマ旅行を経験しているせんちゃんだから万事順調だった。クルマでの旅行もガソリン価格が一時ハイオクが190円以上になって驚いていたが、最近では140円少々になって大いに財布が助かる。なにしろ満タンにすると三千円超の差になるのだから大きい。
今回の旅行の第一目的は、高崎でのコンサートでだった。40年以上もお付き合いしているフルーティストの関原博さんとのデュオを楽しんだ。終わってからは半年ぶりで青森の妻の実家へ向かった。行く途中、鶴岡で評判のレストラン「アル・ケッチャーノ」へ寄って食事をしたが、評判通りの美味しさだった。これはクセになりそうである。宿泊した湯野浜温泉も良かった。
妻の実家では思う存分くつろがせてもらった。八海山の純米吟醸酒と、行く途中に新潟の村上で買った〆張鶴など計六本、それに珍しい八海山の焼酎を持って行った。これは今年の四月に発売になったもので「宜有千萬(よろしくせんまんあるべし)」という名の本格米焼酎である。八海山の清酒粕を加えて貯蔵年数2年以上というこの焼酎はとてもさっぱりとしており、呑みやすかった。毎晩美味しい手料理と銘酒で楽しかった。例によって広田温泉にへも行ったし、郊外にある大きなスーパーの魚売り場では新鮮な魚や都会では高価で買いにくい大好きなクジラを買って食べまくった。
実家を後にして帰途についたが、まっすぐには帰らないことは毎回同じである。楽しみにしていた宮城の陶芸家、池田匡優さんの窯場を訪ねた。池田さんの南蛮焼は最近買ったばかりであるが、それが縁で会いたくなって約束をとっておいた。町の喧騒から遠く離れた山里にある池田さんの窯場はまるで別天地だった。作品展示室には温かい作品が並んでいて気持が和んだ。池田作品が生まれてくる穴窯も見せていただいた。池田家のワンちゃんのチャオはとても人懐っこく、せんちゃんもすっかり仲良しになって寄り添っていた。池田さんのお宅を後にして、その日は標高七百メートルにある宮城蔵王の鎌先温泉で一泊して、翌日帰って来た。これらの写真は間もなく写真館にアップの予定。(写真は五所川原の妻の実家にて)
■ 2008年10月18日(土)リリコ・スピラーレのコンサート
2008年10月31日(金)リリコ・スピラーレの本番が終わった。高崎でのリリコ・スピラーレのコンサートは会場の高崎シティギャラリー にほぼ満員のお客さんを集めて行われた。私がリリコ・スピラーレと共演するのは二千年の十月以来だから、ちょうど八年ぶりである。プログラムはテレマンのフルート二重奏曲より、モーツァルトの 魔笛二重奏、W.F.バッハの二本のフルートのための六つの二重奏より第三番変ホ短調、ヴィヴァルディのフルート協奏曲第三番ニ長調「ごしきひわ」、バッハのG線上のアリア、カッチーニのアヴェマリア、武満 徹の二本のフルートのためのマスク、チマローザの二本のフルートのための協奏曲ト長調、というものだった。全部大体うまくいったと思うが、特にチマローザでは緊張感がたかまってすばらしいアンサンブルだったと思う。関原さんとは四十年来の友人であるが、長いお付き合いを思いながらの演奏は感激的だった。メンバーは皆明るい人たちで、終わった時の笑顔がすてきだ
った。和やかな雰囲気のコンサートだった。
終わってからの打ち上げ会も楽しかった。皆音楽に真剣だから意見の交換にも熱が入る。リリコ・スピラーレは今メンバーが少なくなったそうであるが、これからの発展を願う者として少しでも力になりたいと願っている。(写真はチマローザの二本のフルートのための協奏曲ト長調。撮影:赤石典久)
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