funwaka流教育改革提言

集団イジメ問題


07年4月5日


企業の製品開発でも学問でも政治でも世の中でも、いずれも同じ事、問題の解決には必ず!その問題の起こり、本質、基本、をしっかりと細部まで突き止める事が必要です。

本質が解らず、いくら枝葉末節に表れた現象を論じて対処しようとも、全く問題の解決には至らないからです。

テレビや新聞では有名大学の先生方や専門家が連日イジメ問題で持論を展開していますが、いずれも枝葉末節に捕らわれた発言ばかりで、事の本質にたどり着き分析した論が皆無なのを見るにつけ、いつも私は憂鬱感に覆われます。

日本人ってのはどうしてこうも、本質を見ることができないのでしょうか!?見ようとしないのでしょうか!?

とうとうバカモノ共の空騒ぎに辛抱たまらなくなり、エエ加減にせい!と、イジメ問題の根絶に本気で取り組んで欲しいので、きっちりとこの問題の基本をfunwaka流に解説してみます。


まず【 イジメ問題 】と言われる現象の、定義から。 


【  イジメ  】の定義

1.学校内で行われる行為

2.集団(4〜5人以上)で行う個人への無視行為

3.集団で行う、個人への威力行為

4.集団で行う、個人への窃盗行為

5.集団で行う、個人の器物損壊行為

6.集団で行う、個人への暴力行為


以上が【 イジメの定義 】ですが、事実を文字にしてみれば、直ぐに解ると思いますが、これはまさしく!、【 暴対法暴力団対策法暴力団新法 】への対象となる、そのまま!の行為です。

ちなみに暴対法対象団体とは、『  その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を一般人に行うことを助長するおそれがある団体をいう。  』 であり、このような集団から一般市民を守る為に作られた法律です。

ですから、まさにピッタリ!現在の学校内での、いじめ問題は、暴対法が必要なほど切迫しているという事になります。

個人への集団での威力や窃盗、妨害、暴力行為こそが、人の尊厳や利益を限りなく失わせるという事であり、イジメを放置すれば精神を病みかねず、最後は自殺にまで追い込まれるのは当然の事なのです。

テレビや新聞を見る限りですが、現場の先生でさえ現在の学校内での子供達の世界がどうなっているのか理解できていないのではないかと思えます。常に側にいる先生でさえ子供達の状況を把握できていないとすれば恐ろしい気がします。

私が聞いた限りですが(イジメに遭った親にも子にもかなりの数聞き取りを行いました。)、『  日本全国の津々浦々まで、小、中、高校、の学校内は無法地帯と化している 』 と感じています。

読者の皆さん、貴方が無法地帯に放り込まれたとして、貴方はその世界で生きてゆくためにどういう手段、方策を取りますか?

警察は無いし、法律も無いし、裁判官もいない。 アメリカみたいに銃や武器を各自が持って身を守りますか?それとも自警団を作りますか?

武器携帯は学校でなくとも許されない日本です。
無法者ばかりが跋扈する学校内とはいえ、武器携帯は出来ませんから、何らかの他の方法で自分の身を守らなければなりません。

柔道か剣道かカラテやボクシング等武道や格闘技を習わせますか?かりにそういうものを習達したとしても争いごとからは逃れられるものではありませんよね。無法地帯では、暴力と策略に長けた者が自己の利益を得る為にあらゆる手段を駆使し、餌食を貪り食うのですから。

そういう世界に放り込まれた貴方が必ず取ってしまう行動を私が当ててあげましょうか? 弱者が無法地帯で身を守る方法、それは、【 群れる! 】事です。

そう、現在の小中高生が何故あれほど群れるのか!? 食物連鎖の自然界という環境に置かれた動物たちと同じ事、無法地帯に住む弱者が取る被害を最小限に止めるための唯一の方法が、【 群れる、集団で行動する 】事です。

群れる事!が、【 弱肉強食の中で、弱者が唯一!被害を最小限に留める可能性の有る方法! 】なのです。

無法地帯に放り込まれた子供達は、動物が本来持つ自己保身の本能、群れるという最善の方法を取っているのです。集団になること、群れる事で独りのひ弱さから身を守れる可能性が高くなるのです。勿論個々の子供達が、身を守るために群れているという自意識は有りません。」動物の自衛本能がそうさせているのです。

鰯の群もそう、小さな魚ほど群を大きくする事で身を守ります。渡り鳥も何百キロも移動する時ほど危険が伴うので、いつも以上に群を大きくして移動します。シャチに食われるアシカやトドも同じ事、群れることで個のマイナスを補います。サバンナでは食物連鎖の下位の草食動物ほど集団で生活し身を守ります。

30年ほど前までの学校は無法地帯ではなく、有る程度の治安は維持されていました。体育系だけではなく、どの学科の先生も怖い存在でした。番長でなくとも少しでも悪いことをすればぶん殴られました。先生の怖さと威厳が学校内での規律と治安の基礎として機能していました。

先生の調べが完全では無いにしても、罰にもムラが(先生の気分次第という)あったとはいえ、ちゃんと警察官の役割と裁判官の役目をしっかりとこなしてくれていましたし、出来ていたのです。

教師という警察官と裁判官がいた30年ほど前の学校では、子供達は犯罪者に対し自ら身を守る事無くして学校生活が出来たのです。だから犯罪者側の番長グループ以外、一般の生徒は集団に組みする必要が無かったので校内を一人で行動すること何不自由なく出来たのです。

しかし、今は違います。

校内では警察官と裁判官であるべき教師の役目、を、重箱の隅を突っつく左翼マスコミと、それを利用する犯罪者顔負けの、『 自分たちさえ良ければそれで良し! 』とする、クズ父兄の、『 体罰絶対!禁止の嵐運動 』で、どれほど多くの優秀な先生が、無実に近い罪で血祭りに上げられた事か!! 

「子供達の視線での教育を!」と、自ら自分たちの地位を落としたキチガイ日教と同じく、日本中の左翼マスコミとクズ父兄が、どれほど先生の権威を地に落とさせ!先生の正義を地べたに這わせ!貶め!先生の警察官の役めを放棄させ続けて来た事か!! 

元々、主義主張ありき!、だから、現実には殆ど事なかれ主義を通すしかない日教組上がりや日教組の影響を強く受けた教育委員会も、問題が起これば、こうした、根本問題を何も理解できないエセマスコミの暴力とも言えるほどの過剰報道の餌食にさらされるのを恐れて、事実把握を隠す隠蔽体質を強めてしまいます。

こうしてできあがった、完全無法地帯!の学校に、今の子供達は毎日通うしかないのです。

これが、30年前には殆ど無かった現在の日本の学校内の姿です。

例え4〜5人であろうと必ず徒党を組んで自分の身を守るという弱い者の習癖を身につけなければ生きて行けない!それが現実の今の日本中の学校の実体!です。

30年前には徒党を組むのはたった一つのグループだけでした。番長グループといい、『 集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことで利益を得ようとする犯罪者集団 』です。通常はそのグループだけが!自分達の犯罪を利するためと隠蔽のために徒党を組みました。 

では何故弱い者同士が身を守るために身を寄りあったのに、同じグループ内でイジメ問題が起こるのでしょうか? 

身を守るために集団になってはいても、人は個性がそれぞれに有り集団生活では常に個々の軋轢が起こりやすくなるし、人は常に自分の利益には敏感だからです。

弱き者達5人の小グループでも、番長グループ30人でも同じ事、集団では一対一の個人の軋轢問題は常に内服していますから、グループとしては安全範囲を保てても個々ではトラブルの種は尽きないのです。

個々の問題が起きたときはどうするのか?番長グループでは個々人同士がケンカをしたりして、上下関係を決めその後の収束に向かいますが、弱い者グループではケンカはしませんし、出来ません。そのような暴力を顕示した集まりでは無いからです。

となるとどういう方法を取るのか?これは、番長グル−プでも同じですが、誰が味方を多く集められるか!?が大きく作用します。

どのようなグループでも同じ事ですが、そのグループ内で優位に立つには必ず心理的要素が大きく影響します。つまり腕力よりも人の観察力に長けた者!が有利となります。ですから、弱い者グループであろうとも強い者グループであろうとも、ずるがしこいヤツ、要領の良いヤツが、勝ち!であり、上位を占める事が出来ます。

普通の正義感の有る者、『 悪いことをしてはいけない、浅ましいことをしてはいけない、正々堂々と生きなさい。 』と、人としての原則を常に両親に言われ続け教育され続けて育った真面目な子供なら、例え人知に長けていても、それを自分の都合の良いように策略を巡らしたり、し向けたり、画策したりする事は苦手です。

正論や正義を通そうとして、その英知を自分の為に、他の者を利用するという発想や経験が無いからです。

ずるがしこいヤツ、要領の良いヤツ、(有る意味人知に長けたヤツ)は、人の弱みや欠点の観察に優れている上に、それを自分に有利に生かそうと常に画策して過ごしていますから、こうした小グループ内での個人の対立では直ぐに雌雄は決せられます。

こうした、普通の者達のグループでは、ただただ、にこにこと過ごしている、悪賢さやずるさとは無縁の普通の者がグループ内でいつの間にか本人が気がつかない内に孤立化してしまっている、というのは良くある事です。

イジメは暴力的優位者でもイジメられる側に回ってしまうのはこうした理由からであり、無法地帯の学校では常に誰もがこうしたイジメの被害者に成りうるのです。

個々の軋轢がグループ全体からの圧力となり、グループから干されてしまった者はどうするか?他のグループのどこかに潜り込むしかないのです。

でないと学校内では生きてゆけません。無法地帯で一人で生きるのは死を意味するのです。他の(各グループ)の格好の餌食、、集団威圧や集団暴力という、動物のストレス発散の格好の餌食!となり、心身共に死に至るまで弄ばれます。

この事で有る高校生の体験談を書きます。この話しは新聞だったかテレビの討論番組だったかアルツfunwakaですので覚えていませんが、(^。^;) 内容はしっかりと覚えています。

本人が告白した事ですが、その女子高校生は事故で片足が不自由になり少しビッコを引くようになりました。ひ弱な者が身を守るために単独で行動することは避け、集団で行動を取る。その傾向が顕著な女子校では、休み時間も他の教室への移動時も全ていつものグループだけが行動を共にします。

(左翼人権派の言葉狩りの「ビッコは差別用語だ」との糾弾には私は屈しません。何故なら私はどのような人にも決して差別意識は持たないようにしているからです。私は常に事実だけを尊びます)

現在の無法地帯化した学校内では当然の如く、ビッコをひくようになった女子高生は今までのグループ内でのイジメに遭い、そのグループを追い出されました。
すると、別のグループから「私達の仲間になっていいいよ。」と誘いがあったらしいのですが、その女子高生はその当時の事をこう表現しています。

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「クラスは全てグループに分かれています。 私が一つのグループからイジメを受けて飛び出したところ、有るグル−プから「私達のグループに入ったら?」と誘いを受けたのですが、その時に思ったのが「こんなグループに入るくらいならずっと一人でもイイ!そう思い、それからの二年半はいつも学校で一人で過ごしました。」

グループについて少し解説しておきます。だいたい日本全国次のようなタイプのグループ割りとなるようです。まず勉強できる子達の優等生グループ、次が番長タイプの腕力グループ。そして色々な意味での普通のグループ、そして最下位に位置するのが、勉強の出来ない子や大人しすぎる子や能力的に少し劣ると思われている子達のグループです。彼女はこの最下位のグループに誘われたそうです。

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この女生徒は足を悪くするまでは運動部に所属していて性格も活発、向こうっ気も強かったから、一人で二年半も学校生活を過ごせたのであり、普通の子が今の学校生活で単独行動をするなど殆ど無理です。

野に放たれた子牛や子馬の運命は一日として持たず、食物連鎖の餌食となるのと一緒、現在の学校は、警察官も判事もいない無法地帯なのですから、通常一人で過ごせば各グループから格好のストレス発散の餌食とされます。

学校がこのような無法地帯の有様では、口もいいわけも達者な世渡り上手の者以外は常にグループ内の自分の安泰位置に汲々とし、少しでも個々にトラブルが発生したときには、他のグループの誰かに渡りをつけて置かねばなりません。

ただただ、学校内での自分の位置関係安泰にいつもいつも腐心し続けなければならない。 こんな状況では勉強どころでは無い事明白です。

これが、現代のニッポン!の、公立ガッコウ!の真の姿!です。


イジメの問題でもも、世の中の治安の問題でも、全く同じ事!犯罪を無くすのに最も必要かつ重要な事は、罪を取り締まる警察官が必要なのと同じく、犯罪に対する厳罰が確実に施行される、という制度が正常に!立派に機能している事です。

まさしくここに、イジメと同じ、戦後の日本が抱える病巣が有ります。イジメも戦後の治安の乱れの問題も全て!同じ元が有ると私には思えます。

イジメ問題が発覚した時、現在の学校ではどう対処するのか? 

イジメた子達を、イジメられた子に謝罪させ、

「さあこれで、全て終わりにしましょう。イジメた方はこれからはもうイジメないように。イジメられた君も皆が謝ってくれたのだから許してあげて、これからはいつもどうり元に戻って普通に付き合いをし遊びましょう」

どこかで聞いたセリフでは有りませんか!?そう人権派左翼弁護士の言う屁理屈と一緒!犯罪者にばかり甘い結論です!!

そんな馬鹿な話しがどこに有る!(`o´)!! 


集団無視、集団威圧、集団窃盗(本人がいないところでノートや鉛筆を隠したりゴミ箱に投げ入れる)その上に小突いたり叩いたり抓ったり、これぞ、暴対法に抵触するのと全く同じ犯罪行為をしでかした犯罪者達が、たった一言、真に謝る気など更々無く!ペロリと舌を出して「ごめんね〜♪」と謝りさえすれば、それまでの犯罪行為の罪!全て!全責任から逃れられるのです。

たった!そだけで!それからは罪も罰も一切負うことなく過ごせるのです。

これが、戦後の日本人を!日本国を!腐らせた元凶です。

子供の頃から、いくら犯罪を犯しても、罪はティッシュの如く軽く、罰などありはしない。この事実、経験を、身をもって体験してきた輩が今は日本中に蔓延しているのです。

その連中がまた子を産み、同じ遺伝子を持って同じ境遇で育つ。これで戦前のまともな!日本人が作り上げた国と、同じ日本になるわけが無い!

左翼学者と左翼マスコミが先導して作り上げた、子供の自由意志、自主意識を尊重するという、教育が日本人をバカに貶め、犯罪国家に仕立て上げるという方策が見事に大成功したのです。

子供は、犯罪者と一緒!決して、そのままでは人間では無く動物と一緒なのです! 子供に道徳と法律を厳しく教え、動物から人間と成せるために必要なのが18年間という家庭教育であり、学校教育なのです。

家庭では世間一般社会で通用するように、マナーと躾を教え、犯罪者にならないために、人のモノを盗ったり迷惑をかける行為を厳しく戒め、学校では学問と一般教養を、大人としての基礎知識を教えるのです。

そうして16〜18年間鍛えられてこそ、人間の基礎が出来るのです。

それでも、犯罪者は出てきます

生まれながらのワルと言っても良いような(全く同じ環境で生まれても正業に就く者、悪業に就く者、色々という面を見ればそう結論づけられても致し方無いでしょう)者がいるのも事実です。

そういう者を野に放たせないためにも、犯罪には厳罰を持って処するのが最善!なのは常識中の常識!では有りませんか!?

なのに、動物から人間に躾るその最初の段階で、悪行を繰り返しても、何の罪にも罰にも問われないどころか!イジメられた者のほうが転校させられるという、被害者が最も!酷い罰を受けてしまう!!

子供の頃から犯罪者の権利擁護をさせつづけ!犯罪者を守り抜く方策を取り続ける!これこそが!戦後六十年間、日教組と朝日、毎日、NHK、と学会の左翼陣営が営々と行ってきた、日本を貶める一大方策だったのです。

見事に私達日本人はその策略に乗せられ続けて来ました。

日本に向けた原子爆弾など一発も無く、常に日本を、「最も大事な同盟国であり、友好国だ。」と宣言し、「日本を守る!」と公言しているアメリカの核実験をデモ行進してまで声高に攻撃する日本人の原水禁運動家達。

その連中が、ことあるごとに「日本を火の海にするぞ!」と脅し、常時百発も日本に向けた原子爆弾を装備配置している中国や朝鮮にはタダの一回も攻撃デモなどした事が無いのに、それを何とも思わない馬鹿で愚かで幼稚なニッポン人。。

役人の天下りが日本の国益を損なうエイズや癌となっているのは常識中の常識!なのに。

いざ政府がその癌を断ち切ろうとすれば、普段は清く正しく弱いモノの見方を装っている朝日、毎日もテレビも、真の悪を質すなど夢のまた夢!真っ当な施策を実行しようとする政府の足を引っ張るどころか後ろから銃で撃つ。

オマエらはいったい!何人じゃ!

話しがそれました、いじめ問題に戻ります。m( _ _ )m


まともな学校運営に一番支障を来しているのは誰なのか!? それは戦後のこうした、犯罪者擁護の左翼教育の放任教育で育てられた一部の犯罪者同然PTAです。

数々の例を上げます。

粗暴な行動が目立つ子を叱った教師に小学五年生が言い放った一言、「親が教育委員会に言いつけるぞ!」

有る母親が電話で校長に要求した、「うちの子は、これと、あれと、それと、こんなヤツに、あんなヤツ、が嫌いなんです、その食材を給食で使わないでください。でないとうちの子はお腹が空きすぎて勉強できないと言っています」

小学生の祖母から怒りに満ちた電話、「子供がふさぎ込んでいる、学校で先生に怒られたらしいが、何故に子供が塞ぎ込むほど怒るのか?腕を強く押さえたらしいがこれは体罰に当たるのではないのか?」先生は他の子を殴っている子供の腕を取っただけだったらしい。

以下は07年3月15日号の週刊新潮に櫻井よしこ氏が書かれた例

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大阪市内で中学の教師を務めた現、原田総合教育研究所所長の原田氏が語る。「中一の女子生徒の父親が娘が三箇所も蚊に刺された、学校としての責任をとれ」 

当時担当していた80人の生徒のうち30人が遅刻した、忘れ物は100件を越えた、そこで原田氏は遅刻した生徒を正座させた。すると親が怒鳴り込んで来た挙句新聞に連絡した。体罰教師と書かれた氏は保護者会で「辞めろ」と糾弾された。

福田ますみ氏の『 でっちあげ 』(新潮社)にはひたすら生徒と保護者の主張に屈服する校長が登場する。その結果担任教師が冤罪に落とされていく。事件は03年5月福岡市内の小学校。当時46才の男性教諭が児童の一人に「(外国人の)穢れた血が混ざっている」等といって苛めたとされた事件だ。男性教師は「史上最悪の苛め教師」として報道された。

しかし、この事件自体がでっちあげ、だった。氏は担任の教師がいわれなき罪で裁判に訴えられてゆくプロセスを克明に描いたが、それは、校長がひたすら親に媚び、その場しのぎの隠蔽と妥協を重ね、教育を放棄していくプロセスである。

氏はこう語る「保護者による『 でっちあげ 』は結局のところ、子育てがうまくいってない原因を他のせいにしたかったのではないか。校長が毅然と対応していれば、事はここまで大きくならなかったのです。 」

悪いことを悪いと言えない教育者と親。今子供との関わり方が解らない親が増えている。

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問題はこのような、明らかな!バカ父兄、アホ父兄、でさえも、校長、教頭を含め、先生方が、「アホラシイ!」の一言で片づけられないほど、バカ父兄が増長しまくっている。という現実が有ります。

こうした『  全くもってアホラシイ要求や、キチガイ父兄 』 の要求が現実に起こっているという事は、例えば、子供の側に9.の責任が有り、学校側に1.の責任しか無い場合でも、問題が公になれば、犯罪者側(子供側)の責任は少しも計る事無くして、文句をつけやすい公の学校に責を全て持って行くという安易な大衆迎合マスコミの報道姿勢に踊らされたバカ日本人がいるからです。

バカ大衆が捏造報道に踊ってしまい、結局は、どれほど、悪ガキに非が有ろうとも、問題になりそうな事全て全て表沙汰にしたくない、という心理を、教育委員会も含めて学校関係者全てに起こさせてしまっているのです。

何故ここまで日本人は腐ってしまったのか?

その責の殆どは偏向報道や捏造報道を行う左翼マスコミに有ると私は思います、彼らは罪に対してまっこと!寛容すぎるから!!です。


事の本質にいっこうに迫る気はなく、いつでもかつでも、ワイワイガヤガヤ!で終わり、何の結論も何の正義も論ずることなく終わるイジメ問題特集。

犯罪者を守るためにあらゆる活動はするが、被害者には殆ど救済の目を向けようとしないオール人権派に近い(という事は左翼)弁護士会!

事の本質を改善しようと思えば、キチガイPTAの圧力を恐がり、問題が明らかに成ることを恐れてイジメをひた隠しにする教育委員会や学校関係者をつるし上げても何の解決にもナリはしないのです!!

この問題をきっちりと正すには、学校内であろうと、一般社会と同じ!犯罪に対する毅然たる!対応対処!そして犯罪が明らかになれば、個々の犯罪に対する罰則の種類段階を、父兄と子供達に告示して置く事!です。

集団イジメを行った場合、(例えば、悪質な器物損壊や暴力があった場合とすれば)集団イジメに荷担した者全員を転校させる。

鑑別所送りの犯罪はしていないが粗暴な行いで他の子の勉強のじゃまばかりする子は、矯正学校、という、鑑別所と普通校の中間校を作りそこにしばらく収容させる。この方法は以前からのfunwakaの持論なのだが最近アメリカで施行し成果を上げているそうだ。親が子を人間として教育できないダメ親ならば、国が子供を教育し直すしか無いのだから、その学校に素行が治るまでは一時期強制的に編入させる。

こうして、犯罪を抑制させる、罪に対する罰、の基本を、政府もマスコミも世も認めたとしたら、今現在日本中の全ての教室で起こっているイジメの殆どは一年以内に無くなります。

この施策を、明日から現実に学校で行えば、三ヶ月後には他校へ転校させられる子供達が続出するでしょう。そのニュースは即刻日本中に行き渡ります。

するとどうなるのか? 

最初に書いた、自分の利益だけしか考えられない行動出来ないバカ親は、毎日バカ子に言うでしょう。

「学校でイジメなんかしてないやろな!?そんな事したら今度はオマエが他の学校に転校させられてイジメられるねんで!絶対にイジメに荷担なんかしたらアカンで!!」


小学校では『  学級崩壊  』 と言われて久しいのですが、何故未だに学級崩壊が起こり続けるのでしょうか?

先生の責任や力量などたかがしれています。問題の本質は先生では無いのです。 生まれてから6年間もの長い間、『  食事するときや皆で行動するときには他の者に迷惑をかけないように勝手な行動を慎む 』 という、動物から人間に躾る!という教育をしなかった、出来なかった親の責任なのです。

こういう子は、全て別クラスを作り集め、その教室で、まずは、親が出来なかった『 人としての基礎教育を半年間徹底して躾ける 』 そうしなければなりません。

そんな事をすれば、左翼の学者や政治家マスコミ弁護士から政治家官僚までもが『  教育を受ける権利の剥奪だ! 』 と猛反発して来る事、請け合いです!が、そんな事を言う日本貶め派の大きな矛盾を追求してやりましょう!

そういう連中にはこう反論すれば良いのです。

『  教室では、他の子の教育の権利を侵害しないように真面目に椅子に座って奇声を発したりしない子が三分の一はいるのですが、その子達の勉強する権利を奪っている子と権利を守っている子と、どちらを主体に教え、守るべきですか!? 』 

犯罪者を擁護せず!まっとうに暮らし、互いの権利を尊重する生き方をしている一般市民の!権利こそ!守るべき!!

教室で、真面目に真っ当に勉強している者に!まともに勉強できる環境と規律と権利こそ!取り戻すべき!!

学校にも!一般社会にも!

計画犯罪者の罪をしっかりと裁き、罰をしっかりと告示し!施行する!

厳罰を持って処する!そうした法と秩序を取り戻す!

これだけが!学校でのイジメの根絶となり、結果的に50年後からの日本全体の治安も健全化してくるのです。

最後に、先ほどの、桜井よしこ氏が週刊新潮に三週間にわたって書かれた「教育があぶない」での、【  教育局の重罪  】について一部抜粋させていただきます。教育改革における国政の最も要の部分であり、この改革無くして教育改革はあり得ないからです。

文中に、常日頃私が危惧している、『 日本中の図書館は左翼に占拠されており、左翼検閲貸し出しが行われている 』という問題に関連したような記述が有ります。

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教育再生は巨大な官僚組織との戦いである。誰も責任を取らない悪しき慣例主義に沈み込んだ小官僚集団を変えてゆくことが、教育再生の鍵と成る。

教育を実際に動かしているのは各自治体「教育局」である。その組織は膨大な職員に支えられ彼らが上げる情報によって教育委員会の決断が左右される。教育改革で着実に成果を上げてきた埼玉県知事の上田氏は教育局こそが問題だと語る。

「例えば5年に一度の教科書問題です。彼らは7〜8種類の教科書の評価を教育委員らに資料として渡します。そこに日教組の価値観が反映されるという問題以前に、彼らはなんと、昭和39年の教科書評価の枠組みをほぼそのまま使っているのです。40年以上前例に倣い、慣例にしたがう精神の停滞ぶりです。」

(funwaka、私が常々言う「役人は本当のバカだ!」はこういう例でも明らかで、慣例以外の仕事をしない(出来ないのだが)役人の頭は新卒で勤めて以来、一度として想像力を働かせる必要がなかったのだ!こんなバカ連中に事業(第三セクターや年金出資施設や簡保の宿等)を任せるから、何十兆円という税金がドブに流された!のだ!)

「県立高校の事例ですが、200名の入学者が卒業時には100名しかいない、しかし、教育局の退学率は17%。何故そうなるのかというと『 文部科学省の計算方法では3年の平均値を出すのだ 』という。」

つまり実体はこういう事だ。高校は定員を満たそうとして学力や学ぶ意欲が無くても大量の生徒を入学させるために、1年生段階で多数の退学者が出る。それを仮に45%とする。通常2年3年での退学は少ない。それを仮に3%2%とする。これらを足した50%を3で割って平均値にして報告するのだ。

「私は教育部の部課長らに問いました『 200人中100人しか卒業しなければ退学率は50%じゃないか。埼玉県知事と文科省の計算どちらが正しいのか? 』 こんな小細工を弄してまで彼らは教育の実態を隠すのです。

それにしても何故教育局は教育全体を左右する巨大な力を持てるのか。各都道府県の教育委員は5人、教育長を加えて6人だ。対して教育委員会を支える事務局、つまり教育局の課と室の数は、埼玉県の場合、17にのぼり、図書館や美術館を加えると職員は800人を越える。

「教育局はこれだけの巨大組織でありながら、知事権限が及ばない独立行政委員会です。知事の権限は予算の決定と教育委員の任命に限られています」

久里学園理事長の久里氏も強調した。

「教育委員会のメンバーと教育長の力の差はあまりにも大きい。教育委員の5人は非常勤であるので、月に一度の会議に出るだけ。対して800名の事務局職員はフルタイムで働いており、その代表が教育長なのですから。」

(funwaka、左翼に毒された図書館メンバー全員が日本の教育政策の根っこの部分で関係しているとは!恐ろしい限りだ!)

「彼らは皆役所や出身校で先輩後輩の間柄です。この主の関係を保持しなければ仕事が出来なくなるのが役所の世界、だからこそ埼玉県では採択地区が14あったにもかかわらず中学の歴史教科書は全て東京書籍のものです。」

(funwaka、東京書籍とは、その名も、中国共産党書籍と揶揄されるほど、歴史歪曲、反日姿勢が鮮明だと言われる教育出版社である。)