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徒然四方山話・「殿様散歩」
徒然四方山話「殿様散歩」 

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2008年5月7日(水)
萌葱色
まだ、片づけが済みませんので、気分転換に散歩がてら近所の土手を歩いて参りました。
柳が芽吹き、鮮やかで柔らかな緑を見せてくれております。
春から夏に季節が変わり、目に映る色調も赤系から緑系に替わり、だんだんと濃く青に移って参ります。
そんな夏季節の最初が、萌黄色で柳の新芽の色なのです。
「柳の、織物の細長、萌葱にやあらむ、小袿きて、うすものの裳のはかなげなる、ひきかけて、
 ことさら卑下したけれど、けはひ、思ひなしも、心にくく、あなづらはしからず」、源氏物語の一節です。
緑でありながら、やや黄色を帯びた、瑞々しさを感じさせてくれる色だと思います。
写真は「鍋島青磁三脚香炉」で江戸中期の品です。
青磁の色目は産地によってさまざまで、釉薬の配合・火の加減による偶然の発色に他なりません。
皆様もご存知のところでは、緑の強い三田青磁、くすんだ感じの伊万里青磁、青みがかった京青磁などでしょう。
中国磁器では、産地も青磁色の種類も多く、均窯の月白釉などは、光の加減で水色に感じたり致します。
産地の特色的な青磁の色は、それぞれにあるのかと思います。
その発色から外れた物はランクを下げられていたのかも知れません。
しかし、緑であれ青であれ自分の琴線に感じた色目の品に、
引き立つ場所を考えてあげるのも骨董の楽しみ方ではないでしょうか?。
2008年5月5日(月)
苦労は楽しみ?
ここ数日間は模様替えに疲れ果て、ご覧頂いている方々には申し訳ありませんが、
ページのアップどころではありませんでした。
先頃オープンした「イケヤ」で、組み立て家具を数点購入しての事。
組み立てに結構時間が掛かったり、セッティングに悩んだりで物の移動も含め、のべ5日ぐらいでしょうか。
でも、おかげさまでスッキリさせることが出来ました。
皆様のおかげです。
写真は新羅期の壷で骨董屋的表現で言えば「新羅窯変胡麻景色土器」になります。
光の加減で、黒い土器の地に胡麻風に掛かった灰釉が金色に光ります。
それはそれは、素晴らしい存在感で何気なく自己を主張する壷なのです。
その加減を楽しむための場所確保の思案が、今回の大模様替えの事の発端です。
しかし、無事に終わってみて、これだけ苦労しないと楽しめない品物を売るのですから、
なんと骨董屋とは「因果な商売かな」と、つくづく思いました。
2008年4月24日(木)
骨董を使う楽しみ
”晴れの日”とは天気で晴れた日のことではありません。
何かを記念するまたは感謝する特別な”日”を指して言います。
写真は江戸期文政頃の「鶴平蒔絵碗」ですが、やはり鶴にちなみ長寿を祈念する晴れの日のお道具です。
特別な日に取って置きの道具を使うことは、心を込める方法です
結婚式やお宮参りも晴れの日なので、「ああそうか」とご納得頂けると思います。
が、一生のうちでそんなにあるもではなく、また有っても困ります。
しかし、時間に追われなんでも手早く簡単に済ます日常にも”特別”を思うことが出来ます。
後数日で五月、京都で納涼床の設営が始まったとニュースで見ました。
節季は夏になり、動植物が活動繁茂し、季節を楽しむ良い時期です。
店頭に並ぶ食材の種類も増えてきて、。。
えんどう豆の炊き込みご飯やたけのこ飯などを、取って置きおのお茶碗で召し上がるのはいかがでしょう。
また、新茶の時期でもあり、走り茶とも言われるお茶を秘蔵の茶器で頂くのも結構かと思います。
などなど、この年最初のお献立に秘蔵の骨董品を使うのも悪くないと思います。
追記・割れ欠けがご心配ならば、ご主人自ら後片付けのお手伝いをお勧めいたします。
2008年4月21日(月)
ご返答 T・T様
先の書き込みをご覧になった方の疑問に対する返答です。
T・T様、ご質問というより疑念のように内容を読み取れたので、それと解してご返答いたします。
1・「時代判定が学術資料によるものであれば、学者は目利きか?」ですが、答えは”その通り”です。
  「目利き」とは真贋とその物の位置づけを判定する技能のことで、本来商売の要素を含んではおりません。
  しかしながら(純粋な)学者方々は資料的価値は分かっても流通価値をご存じない方が多ございます。
  故に我々古物を扱う人間が、さまざまな縁で繋がりを持つわけです。
2・「業者の時代判定は信じられないのか?」については、話半分で良いのではないでしょうか。
  まず「鑑定家」レベルの業者は、非常に少ないです。
  学者的に商品を調べている業者も存じてはおりますが、殆どは日常的な経験が基になっていると考えます。
正直なところ商売であれば「売ってなんぼ」が最優先事項ですので、商談成立までの会話が重要で会話の中身ではないはずです。
なんとなくでも商談相手が得心すれば、それでOKなのではないでしょうか。
書き込みました私のような業者は少ないほうだと思いますし、多様な人からの話も判定材料の参考になっております。
地域の歴史研究家から歴史好きなおやじ・国立大美術科卒の画家から美大出の偏屈アーティスト、
先生と呼ばれる陶磁器研究家からそれと知られる骨董家・知る人ぞ知る資産家から収集家・国立博物館の学芸員まで。
学術書・歴史書から得た知識に自分なりの解釈を加えた話を聞くことは、書店で求める骨董手引書には載っておりません。
「目利き」といわれる域になるには、損得抜きの付き合いで得る知識の方が大切なのだと今更に思います。
2008年4月15日(火)
番外編・あなたは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」タイプ
今日、仕事が意外と早く終り、喜び勇んで夕方6時頃の阪神梅田発・特急に乗りました。
迂闊にも甲子園で試合が、開催されることを失念しており、一挙逆転の最悪15分に転落です。
横から割り込むのは当たり前、途中合流者の場所確保の為に座り込む、なんなのあんた達は!!!。
携帯の車内通話は今更のことだが、背中に回しているメガホンが邪魔なんだよ!!!。
大きな声で応援談義は球場でしろよ、あんた達は五月蝿いんだよ!!!。
話に興奮してきてビールを飲み始めるやつ、もう少しが辛抱できんのか!!!。
傍若無人・悪逆非道の限りを尽くす、黒黄縦縞ユニホームの応援半被を着ている連中達です。
こんな事を思うのは私だけ?、いや殆どの方は、不快に思っているはずです。
私以外にも、仕事帰りの方や家路を急ぐ方々が多く同乗しておりました。
皆さんそれなりに疲れているはず、其の横で回りに構うことなく騒がれるのは迷惑千万。
阪神電鉄さん、そんなアンチファンの希望です。
試合開催日には、応援ファン専用車両を連結してください。
しかし、狂信的ファンはそんな約束事は守んないだろうし無意味か・・・。
それにアンチファンは客にあらず、ご意見ご希望には添いかねますってか!。
2008年4月14日(月)
初物買い
その年・その季節に初めて実った農作物や生来はじめて口にすることを”初物”と言いました。
また、その様なものを求める行為を含め”初物買い”と称します。
古来より、生活の中での出来事を”節”に見立て、様様なことを祈念したそうですが・・・・。
今日、オープンのIKEAポートアイランドに行って参りました。
イケアのブランドの物珍しさもあり、昨今のインテリア事情の参考も兼ねての初日見学です。
今春より、入学就職で一人暮らしを始められる方へ、パック型インテリアセット。
新生活をスタートさせたお二人のための、将来予測型フレキシブルタイプのインテリア。
機能的・合理的でさすがのセンスでまとめてありました。
まさに今風、シャープでスマートなライフスタイルです。
しかし、間取り的に似たり寄ったり、詰め込まれる家具類も似てくると、どこまでも生活自体が画一化されてくるのか心配です。
骨董をどの様にコラボ(それこそ今風な表現)させる提案に頭を悩めております。
平日・月曜日のも関わらず、入店制限の起こる混雑ぶり、レジでの清算に1時間待ち。
ご存知のない方も多いでしょうが、大阪万博のパビリオンを思い起こしました。
昔より初物は七十五日寿命が延びると言われておりますが、今日は七十五日寿命が縮まりました。
2008年4月12日(土)
質問、模造品てなんなのさ!
”模造”とは、本物に似せて造ることと辞書にございます。
本物と似せた物を、表現するのに”レプリカ”と言うのもございます。
この二つ、どこがどう違うのかと、私の解釈をご説明いたします。
模造とレプリカの決定的な相違点は、販売が目的、すなわち「利益を求める意志の有無」だと考えております。
本物と姿かたちが、そっくりでも記念的要素であればレプリカ、店頭で値札が付けば模造となる訳です。
そこでまた”複製”のような似た言葉が出てまいります。
意味的には、模造やレプリカと同じ内容を指します。
しかしこれには、著作権の問題が絡み、古美術品に関しては所有者の権利と考えております。
美術館・博物館のショップなどで企画展時に販売するのは、これになるかと思います。
テレビでおなじみ鑑定家のフレーズで、依頼品を指して「悪意のない、真面目な品です」をお聞きになったことはございませんか?。
秀作に魅せられた創作意欲の結果が、先の「悪意のない、真面目な品です」となるのでしょう。
作家の純粋な創作意欲で造られた作品でも、関係する人間によって変質す場合もございます。
「永仁の壷」が、それではないでしょうか。
加藤唐九郎の壷を古いものと判断し文化財に指定し、後に新しいものと判る事件のことなのです。
が、作った方、指定された方とも鬼籍の方なので真意のほどは計りかねます。
先に対しての「悪意のある」方では、過日、新聞コラムでパキスタンの仏像の模造品記事を読みました。
許可のない模造品製造は違法だが、本物を海外に出すのではないので、当局も黙認状態だそうです。
中国も同じく、「唐三彩」ならば、唐時代と同じ産地の土で釉薬も出来るだけ本物に近づけて造るそうである。
パキスタンも中国も当然に販売が目的ですが、100年も経てば、学者・研究家でも区別が出来なくなるほどだそうです。
付け加えておきますが、模造品の依頼者は外国人とのことです。
2008年4月9日(水)
「これっていつ頃の物?」
皆様が骨董を求められるとき、交渉中に一度は口にされる言葉に「これっていつ頃の物」ってフレーズは、ないでしょうか?。
対象が骨董品で古い物だけに、一番気なるのが”時代”なのは当然のことでしょう。
とても綺麗だけれど新しい物?、汚れて黒っぽいけれど古い品?、疑問噴出です。
そこで「いつ頃の物」と尋ねてみるのですが、質問に対しての相手の返答が正しく”表現”されているとは限りません。
例えば”江戸の元禄の頃”とか”天保の頃”と、具体的に絞り込んだ返答をあまり聞きません。
”文化文政”は語呂が良いのでしょうか、結構耳にしましたが・・・・・。
違った場合にクレームの対象となるからでしょうか、「江戸期はあります」とか「幕末明治ころ」となる訳です。
”2〜300年ぐらい前かな”なんてやり取りを耳にした事もあります。
室町時代で230年程度、江戸時代で270年弱なのだから、かなりいい加減な言い回しです。
ネットオークションなどでは、”時代の・・”や”かなり古い・・”などの思わせぶりな表現を多く見かけます。
間違いではないのですが、時代が価値要素の品を扱うプロとして、あまりにお粗末な説明ではないかと思います。
彼らの場合、プロと明かしてはおりませんが・・・・。
だからと言って、正確さの為に年代測定検査を行えば、コスト的に商品になりえません。
では我々骨董屋の年代誤差を小さくする努力は、経験しかございません。
日夜?、一つでも多く品を扱い、損得を繰り返しながら”目利き”に近づこうとしている訳です。
今でこそ骨董品と呼ばれる品々も、元々は時代の必要に応じて発生した物です。
ファンの多い伊万里と称される磁器でも、江戸時代始めから終りの間には、呉須染付から色絵・金襴と様式の変化が見られます。
*佐賀県立九州陶磁文化舘発行の柴田コレクション図録を参照
流行だけが変化の要素ではなく、政策によって規制された世情を背景に製作されていたからでしょう
然るに江戸期でも前期の安定・中期の爛熟・後期の騒乱の空気は、生活に影響し物造りに反映されたと思います。
また、吉宗の享保期でも江戸と名古屋での地域的にも活況に違いがあったと思われます。
なぜ室町時代なのか?、どうして江戸初期ではなく桃山時代なのか?、
江戸後期と幕末と明治初期の違う理由は、意外と歴史小説の中にあるのではないでしょうか。
私は入手可能な学術資料と照らし合わせ、これに時代解釈を加味して私はお答えしております。
いささか説得力に欠ける年代判定の方法で申し訳ございませんが、骨董のロマンの部分と考えております。

しかしながら、祖母が存命中、私に「大器は晩成なのよ」と言っておりました。
皆様にお尋ねいたしますが、「晩成」っていつ頃?。
2008年4月7日(月)
風情はどこに
私どもは年行事の間はとても暇です。
行楽などに行かれて、骨董どころではないのでしょう。
例えば、先週末がピークだった桜の時期です。
京都や奈良に限らず、桜の名所と言われている処は、どこも人で一杯だったことでしょう。
以前には、このような時期の前に時候に関する案内を打ち出しておりました。
この時期では、桜柄の器や桜蒔絵の野弁当箱などです。
風流に過ごして頂きたくて、ご案内していたのですが、最近はお休みです。
途切れることのない人並み、砂埃の舞う横で毛氈を広げて優雅に野弁当を広げる無謀さに気が付きました。
故に、人気のない平日の夜桜が最近の常で、これはお勧めです。
ご覧頂いている方々より「最近、写真が載らない」とご意見をいただきました。
間に合わせではありませんが、今回掲載致します。
灘区にある摩耶ケーブル下にある、桜のトンネルと称される坂道の写真です。
両側から張り出した枝で満開時には、空が見えないぐらいになります。
いかんせんバスが通り、両側には住宅が並び、坂道なのでお花見には向きません。
2008年4月1日(火)
骨董の楽しみ方は、様々です。
独断と偏見以外の何物でもありませんが、東と西では楽しみ方に違いがあるように思えます。
わたし自身は関西の人間で、在所以東の中部・東海・関東しかお客様は知りませんが、概ね東と西の表現になろうかと思います。
品物の種類や性質にもよりますが、関西は持つことの満足で関東は使ってこその楽しみに思われました。
店がどうにか落ち着いてから、店外販促と称して各所の露天市や骨董祭に参加をしていて、商品を介して常々感じていたことです。
わたし的には”骨董は使うべし”が、主義なので尚更らのこと東寄りのお客様が、多くなる訳です。
「萩の七化け」と言う言葉は、皆様もご存知かと思いますが、使ってこそ味と言うか風合いが醸し出される品は結構多くございます。
桃山根来の使い込まれた景色、”李朝徳利の雨漏り”しかり”銅器・鉄器のサビ色”しかりです
唐津の酒器等は、最初の一杯は盃にと言うくらいに手のひらで擦り込む様に撫で回すそうです。
まさに掌です。
私の処になかなか売れない”萩の菓子器”がございます。
旧家の伝来品で、時代的には江戸の中期はあるのですが、全くと言って良いほど使われておらず、今出来の品と思えるほどにきれいだからです。
また、漆器などは、使わずに仕舞い込んでいる内に乾燥してひびが入っている場合もございます。
陶磁器にしても木工品にしても、生活の必要性にして作られた品々である訳ですから、使ってあげるのが本来の姿かと思うのです。
しかしながら「使って痛んだら」をご心配なさるのでしたら、直せば良いと思うのですが・・・・。
ご自分でメンテナンスの方法を知っておかれるのも、骨董の楽しみ方の一つかも知れません。
2008年3月27日(木)
あなたは信じます?
もう鬼籍に入って三十年になろうかと言う祖母との約束を今でも守っております。
どの様な約束でも、何十年も経つ内に、つい忘れてしまうものなのですが、これが忘れない。
その約束とは、骨董品であっても扱ってはいけない物で、鏡・櫛・笄・人形・着物などです。
女性の品物には、どうしても「念」が残るからだそうです。
忘れないと言うより忘れさせてくれない事を、しばしば耳にするからでも有りますが・・・。
夏には少し早いですが、つい最近こんな話を耳にしました。
西洋アンティークの好きな方が、ある王族のティアラの一部で造ったアクセサリーを求めた事から話は始まります。
アクセサリーとしての種類は伺いませんでしたが、とても造りの良い品で大変に気に入り購入したそうなのです。
が、そのアクセサリーを付けて眠ると、なんとも不気味な夢を見るそうなのです。
付けずに眠ると、何事もなく朝を迎えるそうなのですが、このような事どう思われます?。
”市松人形が不可解な壊れ方をした”だの、ある”内掛けがどうにも手元から離れてくれない”など気味の良くない話は限りなくございます。
色んな状況で、古いものと関わっていると、この様な話はいくつも耳にします。
わたし自信の体験でも、処分を依頼されても敷居を跨げない古いお屋敷や、どうにも襖を引き開けれない奥の間もございます。
「気の持ちよう」で片付けられる方も少なくはないですが、こればかりは如何にもいけません。
商売ですから欲も必要ですが、欲に駆られてばかりだと、とんでもない目に遭う羽目になります。
しかしまた、必要以上に怖がらせて売れなくなっても、此方が困ります。
骨董との出会いは縁の物と申します。
皆様も曰く因縁のありそうな物を何かの縁で手に入れられたら、取り敢えずは真摯な気持ちで供養してみてはいかがかと思います。
酒塩で清めるのも、香を焚き込むのも気持ちの表し方かと考えます。
2008年3月24日(月)
コレクターを目指す!?
和骨董の方はどうしても、真贋の呪縛に囚われてしまうようですね。
メール相談の3割は真贋についてですが、添付写真を拝見して、一目で判る物・見るまでも無く入手経緯で怪しさが匂う物など様々です。
いずれにしても、業者の説明にその気になり求めたいきさつは同じです。
前回に書いた「業者の口車」ではないですが、説明に一抹の不安があるからだろうと推察できます。
”では、買わなければいいじゃないか”と思えますが、問題はそんな簡単には解決いたしません。
面白い品が欲しい、変わった物が欲しい、結局のところ欲しい訳ですから。
当店に来られて商品の説明を求めるお客様に、ご自分の”ものさし”を作って下さいと必ず申し上げます。
お客様の好みのラインは、十人十色では全く足りず、千差万別ぐらい分かれていて、業者風情が合わせきれる数ではないと思うからです。
たまたま好みの琴線に触れる品物があったとして、それが”自分ものさし”のどこに入るかは、ご自分で判断頂く。
アドバイスは致しますが、最終決定はやはり、ご本人でしょう。
無責任と思われても、私は最良と思っております。
私が、骨董に関わり始めた頃、明治〜昭和の始め頃まで盛んに作られた印判の皿のことで、イゲ皿と呼ばれる一群がありました。
その時期、価値を認められず、安価どころか商品にもなりえないこともありました。
後年に、イゲ皿の絵柄の多さ、多様さの面白さを、本にまとめた方がいらっしゃいました。
たしか、学者ではなく一収集家だったと記憶しております。
また過日、坂田和実著の”ひとりよがりのものさし”なる本を発見いたしました。
本の帯には「故白州正子が認めた最後の目利き」と書かれていたと思います。
焼き物や細工物に絞り込まず、洋の東西にもこだわらず、アフリカの道具類まで含めた視野の広い見識眼で品物の美しさを見る。
実にフォルムラインのきれいな選び方だと感心いたしました。
物を集めることにおいて、真贋が避けて通れない事で有るならば、意識を変えて真贋を超越しては如何かと考えます。
先の坂田和実氏も真贋を併せ呑んでこられて、結果的に真のみが判る域に成られたと思います。
コレクターならば、真贋の云々よりも発生から終焉までが面白いわけですから、いとも簡単に真贋の呪縛をクリアーできないかとも思います。
因みに追記しておきますが、私のホームページで使っている”ひとりよがり”のフレーズはパクリではありません。
2008年3月10日(月)
道具屋の口車には要注意?
私を骨董屋であることを知り、良く尋ねられる質問に”上手く骨董品を買うのには?”があります。
話を進めるうちに、値段と真贋のバランスがどうも釈然としていないことが、購買のストッパーになっているのに気が付きます。
買い手は、気に入った品物を見つけ、欲しいと思うのだが、値段的に躊躇してしまう。
ここで即決に一拍入るのは、売り手の説明通りならば価格に見合う値打ちは理解できるが、説明をいまひとつ信じきれないからだろうと考えるます。
骨董催事で通りすがりに耳にする売り手のセールストークでの、名言ランキング。
堂々の一位は”珍品”を意味する語句。
絵皿ならば”この図柄は珍しい”とか、細工物では”この意匠は凝っている”などです。
続いての二位は”高品質”を意味する語句。
「某××家の売り立て品」だとか「献上手の丁寧に作られた品」など、上手の品である内容です。

さて、先のご質問の方々は、自分の経験によるものより、人伝に耳にた話で懐疑的になっているのが殆どだと思います。
骨董屋は、希少性で価値を判断すると言えば一側面的ではありますが、傾向的にかなり強い部分であり入手の困難性を商品代価とする訳です。
他人と同じ品やどこでも良く見かける品を売っていたのでは、儲からないのも事実です。
では、どの様な売り方”や”商品説明が正しいのか”となりますが、これは売り手の倫理観任せになっております。
ネットオークションの出品者の中に、商品説明を長々と商品の素晴らしさを、殊更に強調した文書を掲載される方がおります。
この様な方のホツ・ニュウなどトラブル返品の原因になる点は、一応書き込まれておりますが、良さが勝っており充分に補える感覚を崩しておりません。
また、微妙な”コンディション(状態)は、写真でご判断ください”と但し書き程度の説明に止められております。
事前に質問の方法があるにしても、あまりに片手落ちの気がしてならないと常々、ネット参加の初心者の私としても感じています。
対面での場合は、実物がお互いの目の前にあるのですから、説明の有る無しに関わらず、気になる点は逐一指摘が出来るわけです。
が、返答は先の説明文よろしく”時代がありますから”が常套句ではないでしょうか。
買い手が、商品の状態と価格のバランスを考えるように、売り手も商品の良い点・悪い点の双方を情報として適正に伝えるべきだと、私は考えます。
私は感覚的に波長の合う品しか扱いませんので、どうしても良い点一辺倒になりがちと思い、商品説明の際は出来るだけ客観的に努めております。
私を良く知る馴染みのお客様は、「もう少し褒めたら」と言いながら求めていらっしゃいます。
2008年3月3日(月)
掘り出し物とは何ぞや
この世界とは古美術・骨董の事なのですが、よく”掘り出し物”と言うフレーズを耳にします。
しかし皆様、このフレーズを何を指して使っているのでしょうか?。
一般的には、非常に安価で入手した時を表現しているようですが、本来の意味とは少し違っております。
辞典には”掘り出された品”と書かれており、その希少性を発展させた意味で”未発見の物”と書かれております。
とある方から、中国を訪れる度に現地の友人から求めてきた陶磁器類を、鑑定依頼されたことがありました。
「××省で掘り出された品で」とか聞かされていたそうですが、結果は芳しくなく、掘り出したと聞かされていた事のみが事実と判明致しました。
今出来の品を埋めてから、掘り出すところをビデオに撮って商品に添付している古物商も知っております。
しかし、業者としては”買受”なる業務の最中に時々”未発見”なる品が紛れることがあり、これこそ本当の”掘り出し”です。
どんな業界でも、長年住み暮らしておりますと、だんだんと表と裏の境目が曖昧になってまいります。
以前に読売新聞に村田喜代子”人を見たら蛙と思え”が連載されておりました。
骨董業界の住人の手管を書いた小説でしたが、業界を知るわたしとしてはノンフィクションだと読んでしまいました。
皆様も、一度読んでみては如何かと思います。
「業者の言葉を信じるな」とは申しませんが、エンドユーザの皆様は希少性が最重要事項の様に思われている古美術骨董の世界で真意の掘り出し物を追求するより、
欲しい品が思わず入手できた程度で理解している方が、怪我が少ないのでは無いでしょうか。
2008年2月28日(木)
湘南のH・H様よりのご質問「でも、ネットオークションの方が、点数も多いし安く買えるのではないですか?」
私なりにネットオークションの良い点を考えてみました。
ネットオークションの利点
・最高の良い点は、自宅に居ながらにして参加できる。
わざわざ遠くまで出かける事無く、また天候を気にせず雨も風も関係なく、ネットシステムの利用料だって来場までの交通費より安いと思われる。
興味があっても開催場が近くの方などは、数えるほどしか該当者はいないと思います。
自分の思うままに数万点の品物を自由気ままに見られて、買ったは良いが、荷造りの下手さで荷物の重たい目をすることなく手元に届くのはとても楽だ。
と、動くのが億劫になって来だした方々には、有難い事尽くめのシステムです。
が、安く買えるかどうかについては若干の疑問も残ると思います。
「安く」とは、通常の市場価格に対してと思われますが、果たして品物的に同一なのか?コンディションが同程度なかが大きな問題点ではないでしょうか。
そこで以下の「」内は、ネットオークションの出品者のある方の自己紹介文のコピーです。
商品は、その性質上ほとんどが古いものなので現状のまま出品するものであり、当方は商品のシミ、キズその他の瑕疵、欠陥、真贋について一切責任を負わず、隠れたる瑕疵の担保責任を負いません。 オークションページに掲載されている写真は、あくまでも商品の特定、および参考のためのものであり、商品の色調、形状などを正確にあらわすものではなく、状態、品質を示すものでもないのであり、写真が実物を正確にあらわさないことについて当方は一切その責任を負いません。 オークションに記載された解説・説明は当方が適切と考えれれる注意をもって調査したものであるが、あくまでも落札希望者の参考に供するために記載されたものであり、当方はこの記載の誤り、実物との相違について一切の責任を負いません
この内容を関西風に要約すると、「あんたが、勝手に落札したんやから、後で文句付けられても知らんがな」となります。
この他にも但し書き的に”ノークレームで・・・”とか”自己責任で・・・”などの語句がございます。
本商品を写真で見せるわけですから”機種によって色が違います”などは注意書きとして必要かと思いますが、判断は相手任せの内容が殆どです。
私の知っている同業出品者にも、自分で写真を撮ってしている者とセット組んでプロに撮らしている者とがおります。
見せる側としては、後者の方が断然良い写真なのは理解できますが、実物と微妙な違和感を常々感じております。
品物の真贋を見極める目より、天秤の両側でメリットとデメリットのバランス感覚の方が昨今重要なのかも知れません。
2008年2月25日(月)
神戸骨董祭に行ってみて・・・
はてさて骨董祭なる催しに行くのは7年ぶりぐらいになるでしょうか。
その間に景気も低迷し世情も変わるのは判りますが、あまりに様変わりしているのにガッカリしました。
住まいする処より、東は東京までの各所骨董催事には、出店の場合も含めて一通り見て参りましたが、それなりに楽しめておりました。
出店の場合などは、毎回がお客様との勝負と楽しみにして行ったものでした。
自分が、面白いと感じた品を揃え「どうだ!」と見せるのですら、気合も入ろうと言うものです。
他の出店者も同様にの気概が感じられておりました。
珍品・稀品の要素も必要ですが、売り手の個性が窺える品揃えが魅力だったのでしょう。
物の見方、感じ方も十人十色でそれぞれでしょうが、とにかくその様なムードが会場に感じられておりました。
そこで今回の神戸骨董祭ですが、一人の来場者としての感想です。
1・まず、催し自体に活気が感じられない。
人の入りが少ない事もありますが、商いが成った雰囲気が業者の方々から感じられませんでした。
通常(私は)、催事3日間の初日に経費を出し、2日目で儲けを出し、3日目で荷を軽くする、言わば次の仕入れをする資金を出す。
このリズムで余裕を持って接客が出来た訳です。
他店の店主と話しこんでいる風景、気も漫ろに歩いている業者を見かけると、なんだか意欲が殺がれてしまいました。
2・商品に魅力がない。
来場する全てのお客様が、欲しい品を明確に定めているとは思えません。
「面白い品があれば・・・」程度の判然としない方がほとんどでしょう。
私でも目に留まったのは唯一一点だけ。
売れなければ、次の催事に商品を持ち回るだけになってしまいます。
業者間の話では、人情抜きの義理と”しがらみ”で骨董催事の出店を余儀なくされているとか聞いたり致します。
××骨董祭と○○骨董大会の業者が半分方同じだったりと、主催者たちは、水面下で繋がり出店業者を確保しているのです。
出店経費だって安くはない、1回で20万〜30万は軽く掛かってしまう。
半強制的な状況下で月に2回も3回も付きあわされれば、結構な所に店舗を構えられる金額は業者側には大変な負担だと思います。
こんな自転車操業的環境で、明るい顔で出店ができる訳がない。
売り手が楽しくないと、買い手も楽しめないのは当たり前。
会場に華やかさが感じられないのは、そんな理由からではないでしょうか。
昨今、”町おこし”ではないでしょうが、骨董催事の件数が異常なまでに増えていると思います。
都心などは毎週どこかの神社境内で行われております。
先にも申しましたように売れなければ商品は持ちまわり、いくら件数が多くとも、掘り出し物には出会わないのが実情。
そこでポイント。
目利きを自認される方は、屋内の骨董祭より露天市を目指されるべきと思われる。
露天市はその日勝負の売り放しが原則で、初心荷も多いので掘り出し物に遭遇の確率が高い。
少しぐらい割高でも良い物が欲しい方は、骨董祭の2日目が狙い目。
”2日目儲けを出す日”と申しましたが、逆の意味で”売りたい日”になるからです。
もう一つアドバイス。
露天市でも骨董祭でも、催しの直前に業者の仕入れが出来ただろう後を狙うべし。
業者市場での仕入れを通常としておりますので、仕入れてから目垢が付く前に早く売りたいのが心情。
「業者の市場の日程なんか判らん」と仰る方は、集出版社・骨董知恵袋をネット検索してお調べあれ。
では、皆様方の健闘をお祈りいたします。
2008年2月21日(木)
境目の判断
明日22日から神戸骨董祭が開催されるので、久しぶりに見に行ってみようかと考えております。
目的は、最近の商品群のカテゴリー調査であります。
以前からですが、私たちの年代で価値のなかった品々が骨董の範疇に組み込まれているからです。
ある言い回しで「器物、100年経つと、神宿る」と申します。
私自身も生まれて50年、器物なれば半人前ならぬ半骨董なのかも知れません。
戦後の贈答品がアンティークに抜擢され、明治期の工芸品が骨董に出世する中、江戸期の後期頃でも古美術に昇格しております。
先に申しました、径年数が一応の区切りではありましたが、扱う人間の懐古の”感じ方”が大きく影響していると思います。
とにかく、骨董祭で調査して参ります。
結果は、当然このページに書かしていただきますので、お楽しみに。
2008年2月20日(月)
やっと出来ました
ギャラリーとライブラリーがやっと出来ました。
ご意見頂いたり、不都合に気が付いての手直しは、多々あるかと思いますが、大きな構成的には完成です。
まさに苦心惨憺とは、このことではないかと思います。
ホームページの作成を仕事にしておられる方は、効果の加減を熟知しているのでしょうが、素人はやって見ないと判らないのです。
マニュアルこそ”読みながら”ではありませんでしたが、大変手間取りまし。
本人は一応なりとも完成と思っておりますが、「写真が見難い」・「説明が不十分」などのご意見お待ちしております。
それと「カウンターを付けたら・・」のご意見頂き、早速付けましたことお知らせいたします。
2008年2月14日(木)
”ひとりよがり”は良いものです
問題の”酉仙洞ギャラリー”の今回のテーマをなかなか決めかねておりましたが、開き直る事に致します。
酉仙洞のコンセプトは使う骨董、使って楽しむ骨董なのですから、自分が食べたいときの設えを紹介しようと思います。
ゆえに、テーマは「自己満足を楽しむ」と言う事になります。
とにかく、自分が食べたい”旬”を気に入りの”器”で、好きな”酒器”で美味い地酒を頂く、自己満足を演出する訳です。
がしかし、「好き」なことが基準ですから自己満足と表現いたしましたが、作法に拘る方には”ひとりよがり”と非難されても仕方がございません。
とわいえ、好きなものは好き、譲れない要素を最大権に寄せ集め、兎にも角にも”悦にいる”のです。
ちなみに、本日あるお店で坂田和寛の”ひとりよがりのものさし”なるタイトルの本を発見!!!、一読の価値あり。
ともあれ、”ひとりよがり”なるフレーズはパクリではなく、着想が先であること書き添えておきます。
さておき、講釈はこの辺にして写真をアップして参りたいと思いますが、上手く撮れずに困っております。
2008年2月11日(月)
意外と値打ちがあるかも
私どもの仕事の内に、買出しまたは買受とか言い回しは違うものの、品物を買い取る商いがあります。
蔵の整理など承りますと、それは色々な品物にお目にかかれます。
代々引き継がれ何年も、どうかすると何十年も仕舞い込まれた品々で、処分を依頼されたご本人ですら来歴さえ解らない。
名品・逸品などが突然に出てくる宝探し的面白さは、お化け屋敷の様な興奮があります。
確かに、有名作家物や物故作家の作品が出てくると、それなりの感激はありますが、わたし的には物を作るための道具の方に大変興味があります。
例えば、時代の大工道具などは本式の鍛冶屋が作ったもので、その切れ味は日本刀並みと言えるかも知れません。
名工の銘などがあれば尚更!、のどから手がひらひらさせる方もいらっしゃいます。
また、日本が完成させた工芸技術の最高峰の漆器は”ジャポン”と世界で通用する名称で呼ばれていることはご承知の通りです。
その工芸技術の中でも最高度の羽根蒔絵技術を完成させるには、特殊な筆が必要なのだそうです。
ネズミの毛で作った筆なのですが、ネズミ自体の減少や獲る方がいないなど材料の絶対数が足りないそうなのです。
漆器の特産地でも現存する筆数は数える程しかなく、入手方法を模索中とのことです。
先の大工道具でもこの様な筆にしても職人の道具ではありますが、物の転変は予測が付きかねます。
良い道具がまだ入手可能な頃には”趣味が高じて玄人裸足”の方も多く居たと思われます。
こんな道具達が、孫の代そして曾孫の代になると全く正体不明・使途不明の品物となるわけです。
案外、お持ちの茶碗や掛け軸より、希少価値の高い道具が眠っているかも知れませんね。
2008年2月9日(土)
やっと出ました。
と言うより、結局のところ元に戻ったとお伝えすべきだろうか。
渾身の新企画だった「酉仙洞フォトギャラリー」の第一回目が、思いっ切りスベッテしまいました。
時期を外したとか、説明が不親切だとか、自分で見直して、いろいろと反省する所が発見できました。
そこで、せっかくの企画は懲りずに続けるとして、見せ方を本来の自分なりに戻してみようかと思います。
まだ元気な若い頃の店外販促、いわゆる骨董市なのですが有名どころでは、京都の東寺・北野天満宮や各所骨董祭など東奔西走いたしました。
しかし、露店と言えども全力投球でディスプレイをして、「どうぞご覧ください」の状態です。
「骨董○○ですが、写真取らせてもらって良いですか?」と良く尋ねられました。
ある時など書店で何気なくめっくた△△美術の内表紙の露店風景が、某所骨董市の出店時のディスプレイだったりしました。
この頃の気持ちに戻り、初心に帰って「酉仙洞フォトギャラリー」はネットショップと言えども、本来の私なりの見せ方でご覧頂こうと考えました。
ご期待ください。
2008年1月31日(木)
次の企画は?
一月も今日で終りです。
一月はイヌと言い、行ってしまう意味を指すのですが、新企画酉仙洞フォトギャラリーの「香炉」はどうも『逝った』様ですね。
しかし懲りずに次の企画テーマなのですが、初回がこのざまなので思いつきません。
歳時記をめくったりするが、今ひとつピンとこない。
ご覧頂いております方々、何かテーマのリクエストはございませんか?。
因みにギャラリー掲載写真は、構成中のライブラリーに落として行きます。
2008年1月28日(月)
永遠の課題・真贋について其の三「悪意に変質する時」
絵画でも陶磁器でも先達の秀作を「写す」と言う行為は真摯な向上心で有り。
行為を通じて会得しようとするものは、名品の真髄であることがお二方との話で窺えた。
しかしながら、贋物・本物が骨董好きの間で取りざたされ、重要視されているのは無視できない事実である。
コレクターとして所蔵品を時折眺め、にんまりと悦に入るには、やはり本物の裏付けが必要なのだろうと考えざる。
また、伝世品や稀代のコレクションを求める美術館の学芸員の方々も真贋には神経を尖らせるだろう。
と、本道は横へ置いて、この辺りから天邪鬼である私の論理の展開であり、こんな状況の設定は無理があるだろうか。
例えば、絵師でも陶工でもいいのだが、尊敬する先達たちの名品を、精魂込めて写す事に没頭する。
何夜も寝ずに、何百回と試行錯誤を繰り返し、対象の名品と見間違うほどに写せたとする。
写したご本人は、技の習得がなったとばかりに其の時点で満足の極みだろう事は窺える。
しかし、はっ!!と気が付き「いや待て、自己での満足ではないだろうか?」と思う事は無かっただろうか。
そこで、第三者が見ても本歌(便宜上本物)と思うだろうか?、見分けられるだろうかと考えるわけです。
ここで登場するのが、当人の贔屓筋や目利きと言われている数寄者なのである。
落款があればとか、窯印があれば本歌と疑いませんよ注文を付けて引き取ってしまうのですね。
この時点で所有者が変わった品々が、代替わりしながら引き継がれる。
後年に何らかの理由で市場に乗ってしまったのが、真贋を取りざたされる品なのではないだろうか?。
「考えすぎじゃないの」と言われても、100年以上も月日が経ってしまうと事の真意なんて判ったものじゃないと思いますね。
また、半世紀も経たなくても加藤唐九郎の「永仁の壷事件」なんてこともありえます。
私の言う「悪意」とは利を得ようとする欲の事で、善意の第三者的人物の所有物になる時点では存在しなかっただろう。
問題は、何らかの理由で市場に出てから、売り買いを担う業者に原因があると考える。
業者、所謂プロだから全てに精通している目利きとは限らないし、見る事の出来る品、触れることの出来る品には自ずと限界がある。
新聞で『「宝」と「ごみ」のあいだ』と言うコラムを読んで、久しぶりに大笑いしてしまった。
内容を要約すると、骨董市で¥3000でアンティークと時計を買い求め、
自転車で意気揚々と自転車で帰る間に、ガラスが無くなり、帰り着いたときには針すら無くなっていた、とのこと。
¥3000が高いか安いか?。
購入者ご本人は「意気揚々」なのだから安い!と思ったに違いない。
業者は帰宅までに針まで無くなる時計を高く!売れたと思っているだろう。
売買は、欲しいと思う「欲」の動物的本能と、美しいと思う文化的感覚 のバトルに他ならない。(その境界は曖昧だが・・・・)
求める側も提供する側も、品物を見極める目を養うべきだと常々思うのだが、皆様はどの様にお考えでしょう。
2008年1月26日(土)
もう少し「香」の情報
新構成で始めた「酉仙洞photogallery」ご覧頂いて、お問い合わせも頂くのですが、正直な処、今一つ芳しくありません。
お問い合わせの一つに「練り香は見かけるが香木は、どこで売っているのですか?」とございました。
誠に失礼な思い込みながら、大きな街ならば一軒ぐらいはあるはずと、高を括っておりました。
確かに”仏を作って魂入れず”ほど大層でないにしても、片手落ち・不親切・売りっ放しみたいである事に気が付きまして、

昨日、大阪梅田の阪急百貨店で開催中の「加賀百万石展」と銘打たれた催事に行って参りました。
能登石川県・金沢と言えば輪島塗に金蒔絵細工、九谷焼に加賀友禅とありますが、そんな事はどうでも良くて、拾ってきたネタは「香」について。
良い宣伝なので記載の了解は得ておりませんが、お許し頂けると思います。
催事出店者の中に「香」を販売しているお店を発見いたしました事お知らせいたします。

店名は「香屋」金沢市武蔵町10番1号 tel 076-260-1139 fax076-260-1228 E-mail : ko-ya@themis.ocn.ne.jp
東京得売店 東京都世田谷区奥沢5-20-13 tel 03-5701-1841 、自由が丘駅の近くの様です。

勿論、数種類求めて参りました。
本式に香木を焚く手順を踏まえるだけでも落ち着くのですが、香りが立ち昇るとやはりとても良い心持になります。
郵送にも対応して下るので一度お問い合わせしみては如何でしょう。
2008年1月24日(木)
永遠の課題・真贋について其の二「複製」
前回の絵画において「写す」という事は、技術の継承や文化の伝承をする為の意味が大きく、「写す」ことは真贋と別次元の行為なのだと思います。
また、美術館や博物館は所蔵品の補修や修復を行うために進歩した分析技術を駆使するのも、今風の「写す」と言う事なのかと思い、
卓越した技量に高度な分析技術の結果を加味すれば、複製など”お茶の子さいさい”ではないだろうか?と考えておりますと、
有名である作品ほど展示するのは複製で真作は厳重に保管していると聞かされました。
しかし、陶磁器はどうだろうと思い、著書も多い古陶磁器研究家の方とお会いしたときに同じ質問をしてみました。
この方の対象は日本に限らず世界各地の陶磁器に及び、研究なさっている方で著書は一読の価値がありますが、
お名前の記載をご本人にお断りをしておりませんので、このたびは割愛させていただきます。
この陶磁器においても、ご存知伊万里・瀬戸など量産磁器で名を馳せた産地の陶工の方々の轆轤技術たるや凄い物で、
100個でも200個でも同じ物を作れるそうです。当然、使う側として同じ大きさや形でないと困りますが・・・。
故に、一千年以上も連綿と技術が引き継がれている国、陶磁器の伝来元の中国において「同じものを作る技術」など朝飯前なのだそうで、
先の時代の名品を真似るしか陶工職人の腕を試す術が残されていない様にも思えます。
先の絵画が文化の伝承を旨とするならば、生活に根付いた陶磁器は風俗の伝承なのだと思います。
生活に密着する陶磁器だからでしょが、製作の背景には必ず政策の影響があり、鍋島などは統治者の管理下での製作だったのは周知でしょう。
歴史的に見ても絶対権力者の存在は、文化の発展・技術の進歩に強く影響する要素だと私は思っておりますが、
どの産地においても完成品の質の向上を目指し、独自の創意工夫や試行錯誤があったと思われますし、今で言うヘッドハンティングもあったでしょう。
初期伊万里は李朝陶工によるものだが、この場合ヘッドハンティングとは若干、状況的意味合いが違う。
藍九谷・古九谷は伊万里陶工の技術と産地特性の融合の結果が、今に引き継がれていると思います。
ある産地の陶工が何らかの理由でその技を別の産地で活かす事は、先の理由以外のも有ったと考えられます。
私の在する関西には六古窯の内の二つ、備前と丹波が山を二つ三つ隔てただけの、非常に近い距離にあります。
そこで「ビータン」と字を当てれば備前の備と丹波の丹を合わせ備丹となる、
備前と丹波の両方の特徴を微妙に併せ持つ不可思議なる焼き物が存在します。
推測するに備前の陶工が丹波で製作、またはその逆の組み合わせで作られた物かと言われます。
とても風情のある壷や甕の類なので、わたし的には好きな部類に入ります。
しかしながら、産地独特の土の欠乏・薪の不足のよる、本来の各窯の特徴は薄れつつあり、故に時代の有る古陶磁器の希少価値は上がる一方なのです。
ネットオークションで古い時代を意味する「古」を冠した、商品タイトルが踊っておりますが、
本当か否かは落札して後、試す眇めつ眺めるしか手段はございません。
焼き物は窯で火を潜らせる人知の及ばない過程を経なければ完成しない、ある意味偶然の産物なのですが、
その偶然の確立を高める作陶家のノウハウは、やはり「すごい!!」の一言だと思います。
それより、花器であれば自分の活けたい物のイメージで選ばれる方が、タイトルに魅入られるより怪我も少なく落胆の度合いも低いと思います。
2008年1月21日(月)
ご覧頂きありがとうございます

酉仙洞フォトギャラリーをご覧頂いた方より、と申しましても以前からの方々ですが、ご意見賜り少しづつですが手直ししております。
「写真は大きい方が・・」とか「このコメントは必要です」など各所ご指摘頂き、誠にありがたいことです。
素人が自分で作るホームページですので不備・不足・不意・不図・不親切・不及・・・・と「不」がいろいろ付いて参ります。
ある意味、ギャラリーの品への問い合わせよりも嬉しいです。
骨董は楽しむべし!!が本旨の私としては、間接的ながら趣旨にご賛同頂けている事と思えます。
ご意見を下さった方々にお礼申し上げると共に、今後とも宜しくご指導お願いいたします。

2008年1月17日(木)
永遠の課題・真贋について其の一「写すと言う事」
古美術・骨董やアンティークを扱う者にとって、品物の真贋は永遠の課題なのでしょう。
先日来より、美術に造詣が深い方々と遅ればせながらのお年始で、その真贋について話す機会に恵まれました。
その内容を、以後数回に分けて記載したいと思います。
こんなホームページに登場したとあってはと、ご本人の名誉の為にお名前は伏せさせて頂きますが、日本の美術コレクター内では有名な方です。
ご本人はコレクターでもなく、美大を出ておられるのでどちらかといえば学者タイプのなのでしょうか。
先日買出しの日本画をお見せしたところ「これは面白い」と某国立美術館の学芸員の方を紹介しようとなさるので、
丁重にご辞退申し上げたぐらいにある意味すごい方とだけ記しておきます。
この方の豪傑談はまたの機会にして本題の移りますが、先の買出し品からの展開で「写し」または「写す」と言う事についてです。
今、我々が鑑賞している絵画と言う物は、一人の作家の創意工夫が基礎や基本となり、それ以降は平たく言えば真似ることと言えるそうです。
日本画の祖として有名な宗達、そしてこの影響を受けた大家としてご存知の尾形光琳の琳派や狩野派、土佐派、円山派などの、
やはり「写す」事から学び始めたそうです。
確かに、師匠や先人の名作秀作をいかに忠実に再現できるかが、絵師としての技量の判定基準であれば当然の学習方法だったと思えます。
またその過程において優れたセンスと力量を持った絵師が、分派や独立しただろうことは容易に推測できると思います。
がしかし時代背景による社会構造では、今日の様な作品の発表場所などなく力量を持ったすべてが世に出たとは考えにくいのも事実と考えます。
今回この方にご覧頂いた買出しの軸は「虎の絵」なのですが、時代的には江戸後期から明治初期の頃の作と思われますが、
落款や作者銘はなく、なにより困ったのは、その虎が李朝風であるにも関わらず構図が日本的だったからなのです。
「目」、虎の目のことですが、目が生きているとのことで力量のある絵師が描いた事が窺えるために危うく東京まで行く羽目になるところでした。
「有名作家の席画です」などと鑑定結果を耳にすると思われますが、その時代の富裕層に贔屓にされその場で描いた絵のことなのです。
また、その様な場に先の孤立した力量のある絵師たちが、何らかに理由で出たとも可能性として考えられるのではないでしょうか?。
何かの記念にまた諸々の祝い事の為に、注文を受け描くことが彼らにも残された道だったのではないでしょうか。
明治大正期に入りパリを目指して渡航する画家が多くなり、その壮行会で参加者に自分の絵を配った画家も居るとの話も聞きます。
後に有名になり高い評価を得ている画家の作品リストにも載っていない作品が、ひょこり出てくるのもそれが理由でしょう。
落款やサインは作者を特定する重要な要素であることは否めませんが、真贋を判定する取っ掛かりでしかありません。
今に至る作者の辿った道程を思い、製作の時期に於いての作者の心情を思い巡らせることも、楽しみに広がりや奥行きが出来る様に思います。
過程を知らず「写し」であるが故に、「写し」と思えるが故に不当に作品自体を評価するのは、ある意味偏った楽しみ方ではないでしょうか?。
お仕事案内・酉仙洞に出来ること