LogoMark

特定非営利活動(NPO)法人

眼炎症スタディーグループ

会員コラム
Vol.10

点字と私

小牧通子

私が点字に出会ったのは平成元年です。当時、60歳だった夫が前々から念願していた中国語の勉強のため、中国の遼寧省大学に1年間の留学許可をもらって旅立った、その後のことでした。

たまたま大分市の「市報」に点訳奉仕者募集が掲載されていて、これが私の目に留まり応募したのです。入学式の日は40人くらい集まったのですが、次の週には約20人に減っていました。

点訳は決まり事が多くて、54歳の私にはなかなか理解できませんでしたが、続けて勉強していくうちに少しずつ進歩し始めました。一人前になるためには、相当の努力が必要なことも分かりました。目の不自由な人が指先で触って読みやすくするために、奉仕者は点字の一字一字に心を込めて作っていかなければなりません。努力、努力の積み重ねでもあります。

こうしてなんとか1年間が無事に終わり、卒業式の日には60歳の先輩や3人の妊婦さんなど合わせて16人が巣立ちました。卒業後は、いくつかのグループに分かれて勉強しながら点訳本を作っていきます。ここでも良きリーダーに恵まれて、指導を受けながら点訳作業を続けました。


ある時、県点字図書館から西田朋美さんの「お父さんの失明は私が治してあげる」(主婦の友社)の本の点訳を頼まれました。点訳をしていくうちに、父親の西田稔さんが大分大学を卒業されたことや大分県立盲学校に在職されていたことを知りました。そんな頃驚いたことに、旧友の宮崎喜恵さんから、ご主人の宮崎寛一郎さんと西田稔さんがお友達で、西田さん一家を応援するためにNPO法人の会員になってほしいという話があり、私は二つ返事で入会しました。

column_study

人と人との繋がりは、口では表現できないような不思議なご縁があるものですね。今では、あの本を点訳させていただいたことをとても光栄に思っています。これからも身体の続く限り点訳奉仕に励んでいきたいと考えております。(2006年1月23日記)






私たち会員より、日頃感じていること、
生活エピソード等のメッセージをお届けします。
ぜひ感想をお寄せください。
mail