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特定非営利活動(NPO)法人

眼炎症スタディーグループ

会員コラム
Vol.15

クラシック音楽雑感

梅野 健

私は西田理事長と同郷であり、学友でもあります。もう半世紀以上昔のことで、前後のつながりは全く記憶にありませんが、たしか大学入学当初の頃、彼と音楽談義を交わしたことがあります。好きな曲に話が及んだとき「ワシャなあ、モーツァルトのハフナーばい。ハッハッハァー」と貧乏ゆすりをしながら言ったものです。若くしてすでに大人(たいじん)の雰囲気が彼にはありました。


ところで、私は常日頃、西洋音楽のクラシックが「わかる」とはどんなことを言うのだろうかと考えています。こんな思いをする方は案外多いに違いありません。ときにクラシック音楽は「わからない」とよく耳にすることがあります。このことが一人歩きしてクラシックを難解なものとして遠ざけているきらいがあります。すなわち、聴く前提として音楽史や作曲家にまつわる小難しい「知識」が必要であるかのような思い込みがいきわたっているようです。「知識」が前提というのは明らかに本末転倒で、先入観抜きでまず徹底的に生演奏に浸ることです。そのことの積み重ねで音に対する感性が豊かになってくると思います。何事も好きになれば自ずといろいろ知りたくなるものです。「わからない」とは結局「馴染みがないので」という程度のことではないでしょうか。裏を返せば、ひたすら聴くうちにときに癒され、ときに感動し、音楽を聴くことのすばらしさを体験し、「わかる」に昇華していくのだと私なりに考えています。


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遠い昔、生演奏など聴く機会もほとんどなかった頃、レコードで聴く「ハフナー」にひたすら耳を傾け語った、西田君の言葉を鮮明に思い出すことができます。

私の音楽ライフの原点は1960年に「ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団」を、その後、ウィーン楽友協会大ホールでR.ムーティ指揮のウィーンフィルコンサートを生演奏で聴いたことです。そのときの感動は、これで自分の人生思い残すことはないと言えるほど強烈なものでした。以来、この世界最高峰のオーケストラの約160年にわたる過去・現在に魅せられ、コンサートマスターや多くのメンバーとの親交を楽しんでいるところです。(2006年7月26日記)





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