視覚障害者の私も、風や雨の音、小川のせせらぎや波の音、虫や鳥の鳴き声、草や木、花の香りなど、大自然の移り変わりに心が動かされるものです。現代社会にあって、ラジオなどのメディアや音楽等々は我々の日常生活に欠かせないものではあるが、例えば篭の中の鳥が鳴けば空飛ぶ鳥が集まって来るが如く、私達も心の思いを声に出して語ることにより多くの人々に自らの思いが伝わっていくものです。
明朗な声、強く響きのある声、低いが説得力のある声など声によって人間性がにじみ出てくるものです。
言葉は国々、人種によって各々違いがあるが、宇宙飛行士セレブロフ博士の言葉を借りれば、地球上に国境線等は無く青く美しく輝く星であったと。
昔、砂漠の中の一筋の道シルクロードも、多くの人が歩くことによって東西文明の伝導路となった。それは死と背中会わせの道であったかもしれない。
1800年代後半、ロシア革命の当時、ポーランドの人種差別に苦しみ、お互いの思いを伝え理解しあいたいと願って、ユダヤ人ザメンホフが世界共通語エスペラントを作り出した。今では通訳を多く輩出し言葉の壁も次第に無くなって、人々の心情もお互い理解されるようになってきた。対話には勇気と誠実が欠かせないもので、ギリシャの昔、哲学者ソクラテスは母親の産婆術を活用し相手の話を引き出す方法で対話したと言われ、後にプラトン等多くの優秀な弟子を輩出した。
かつて吉川英治氏は「自分以外は皆師である」と言ったが、対話することによって多くを学び人生を豊かにしてゆきたい。
お互いを尊重しあい対話することによって、平和、文化、教育が広がり、美しく穏やかな世界が築かれていくのではなかろうか。まず第一歩は地道な一対一の対話からすべてが始まっていくと思う。 (2005年5月2日記)
