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特定非営利活動(NPO)法人

眼炎症スタディーグループ

会員コラム
Vol.21

ささやかな願い

稲垣吉彦

私が初めて「ぶどう膜炎原田病」との診断を受けてから、今年で15年もの月日が流れようとしている。この15年間は、私にとって正に激動の15年間であった。原田病の治療過程で、続発性緑内障を併発し視覚障害者となり妻と離婚、勤めていた銀行も退職した。大学から人生をやり直し、再婚、再就職、そして昨年自らの会社を立ち上げた。振り返ると、悲喜こもごも、本当にめまぐるしい変化に富んだ15年だったように思う。


ちょうど3年ほど前に、原田病の発作が再燃し、2週間ほど点滴治療のため入院をした。痛いわけでも、かゆいわけでもなく、早朝の点滴と日中の受診以外はこれと言ってやることもなく、暇をもてあましていた私に、ある看護師さんが「見えなくなりはじめて悩んでいる患者さんがいるので、話を聞いてもらえないか。」と声を掛けてくれた。これをきっかけに、退院後も患者さんやそのご家族の方を紹介されるようになり、今では他の医療機関からの紹介も増え、視覚障害当事者やそのご家族のみなさまのカウンセリングをやらせていただいている。


これからどうやって生きていくのだろう・・・。家族は?仕事は?
見えなくなる原因は様々なれど、見えなくなりはじめて感じる不安感や苦悩は、15年前の私がそうであったように、不思議なくらいみんな共通している。好むと好まざるとに関わらず、人生半ばで見えなくなった人間が、一度は必ず超えなければならない試練なのであろう。


column_hope

目だけの病気で、死に至る病気はないという。だとすると、見えなくなっても生きていかなければならない。ひたすら見えるようになることを信じ、さまよい歩くのも人生なら、見えない人生を積極的に楽しんでしまうのもまた人生である。同じ人生なら、私は見えない人生を思う存分楽しみたい。そして医学がさらに進歩し、再び見えるようになる日が来ることを、私は今でも願い続けている。(2007年6月28日記)





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