2004年のこと、西田稔先生からメールで映画「解夏(げげ)」のご案内をいただき、早速家内と見に行きました。大いなる感動を胸に帰宅しましたが、数日後何だか急に長崎に行きたくなって、ついにロケ地の長崎へ長距離ドライブ。「オランダ坂」「活水女子大」などのロケ地を映画パンフ片手にウォーキングしましたが、「興福寺」の境内では偶然にご住職さんに撮影の裏話など聞きました。映画に出ていた興福寺の白い百日紅(さるすべり)の花は、実は紙で作った造花だったそうです。あの季節は花は咲いていませんとのこと。それからパンフにある「桃添橋」という橋は、市内詳細地図を頼りに探しましたが、結局どこにもありませんでした。これは今でも不思議です。
1969年私は美術教師として大分県立盲学校に着任、その時が西田先生との初めての出会いでした。しかし、三年後に西田先生は国立福岡視力障害センターへご転出。2003年、西田先生が今大分に来られているとの知らせで、ご宿泊ホテルに駆けつけて再会したのは何と31年ぶりでした。 2007年3月大分県別府市での「眼炎症スタディーグループ定期総会」に出席させていただいたのを機会に私も入会致しました。(2007年6月29日記)
