ワッシャー TRASH


4月期

「Any-Way」Up Data 04/29
「I Me Mine」Up Data 04/23
「剽逸」Up Data 04/03


「Any-Way」

2001/04/29.ICCH


今月は例年に比べ雨が少なかった。少しばかり後ろを振り返ってみたり、少しばかり先へ駆けてみたり、 そういった微妙な揺り返しで時間は過ぎていく。どのみち、当たり前の事を当たり前に云っているだけの事だから、いい加減に要領を得ない作文が出来上がる。Anything, Anybody, Anywhere... グラム・パーソンズのライヴを聴いていたら彼がMCでぼそりと照れ臭そうに言っていた。便利な言葉だ。 それでトッドの"SOMETHING/ANYTHING"が思い出され、持っていなかったから"RUNT"を聴く。 単純な話だ。こうやって連鎖的に触発され、終わりが無いあみだくじみたいに、偶然のような、必然のような途を辿って、何処へ行き着けばいいのか、知っている者は何処にも居ない。 文章は法則通りに則って、音楽は音階の範疇を離れる事はなく、魂も身体から抜け出る事はしない。 ある時期までは、との注釈付き。要らぬお世話。知らぬ存ぜぬ。

携帯電話を新機種に変更した。一年毎の進化は著しく、最初の頃は付け足しのようだったメール機能や画像表示なども随分と使えるようになった。携帯できる末端機としては、まだまだ沢山の可能性を秘めているようだ。何とでも合体出来る気楽さがあり、軽量さがあり、場所や距離を跳躍してしまう短絡さがある。 手紙、電話、ファックス などはともかく、ゲーム、音楽、情報はすでに手中に収め、テレビやデジカメ、各家電などとの連繋度を高めリモコンに、果ては痴漢撃退用に放電、催涙スプレーに、ツボ押し機にバイブレーターに、レーザー光線、原子爆弾、ウソ発見機に薬物検査、辞典に翻訳、通訳、呼び込み、冷却、懐炉、会話なんかし始めちゃって、人間なんか要らなくなって、携帯電話に形態を変えた元人間が街を徘徊!バカだねぇ〜。そう云えば、むかし、全ての人間に核爆弾の起爆スイッチを埋め込んでしまえば諍いなど起きないんじゃないかとか思ったけど、そんなコトしたら当然1秒で爆発だね。子供騙しだなぁ。自分の代わりに仕事してくれたり、酒飲みに出掛けてくれたりしたら、こっちはやるコト無くなっちゃって不貞寝してたら、悪酔いした携帯電話に愚痴聞かされたりして、でも怒らせると爆発しちゃうから電源落として、結局、コピーロボットの域から出れない、果敢ないお話しでした。なんでこうなっちゃったんだろ? ギャフン(;×_×;)

今日のBGM
"NIRVANA/IN UTERO" -> "Gram Parsons&The Fallen Angels/LIVE 1973" -> "Todd Rundgren/RUNT" -> "Todd Rundgren/Hermit Of Mink Hollow" -> "TRAFFIC/Welcome To The Canteen" -> "Stephen Stills MANASSAS" -> "Nitty Gritty Dirt Band/Uncle Charlie And His Dog" -> "E.Clapton/Another Ticket"



「I Me Mine」

2001/04/23.ICCH


週刊マンガ雑誌を買わなくなって、10年は経つだろうか。あの当時は、阿呆みたいに出版されていた雑誌を買いまくっていた。「スピリッツ」「ジャンプ」は当然のこと、「ヤンマガ」「ヤンジャン」「ヤンサン」 ヤングが冠な雑誌群から「ビジネス・ジャンプ」まで。当然、読後には破棄されるだけの事である。 下北の書店で、相原コージのサイン会がやっていた。最近のその手の雑誌を読んでいないので、彼の動向もまったく知り得るハズなく、寒い店内で「なにがオモロイの?」を購入してみた。勿論、サインも貰った。 「コージ苑」と云えば、あの頃はイケイケ4コマ界の王道を突っ走り、「スピリッツ」強力布陣の中でもトリを飾る人気連載だった。大好きだったし、それ以前に発売されていた単行本は全て読んだが、やはり4コマの濃縮さには適わず。キレ味が最高だった。その彼が、あまりパッとしない場末な書店で、幾人かのスタッフや呼び込みに囲まれ、閑散としたレジ横に置かれているのである。何の因果か判りませんが、買うしかないでしょう。ところで、その新刊ですが、すごく良かったのですよ、コレが。 企画としては、彼のギャグマンガを出口調査&インターネット上で批評して貰い、それが次回の作品に反映されるというものなのですが、無責任な世間の批評家(素人さんですが)の言いたい放題な罵詈雑言とマトモに対峙して壊れていってしまったり、居直ってしまったり、悟ってしまったり、なかなか臨場感ある仕組みになっていて、やっぱりコレまた無責任な読者としては楽しめたのです。面白さというものは、社会的な共同幻想が無ければ成立しないので、万人にウケる作品などは端から不可能なのですが、無謀にもそれに立ち向かうドンキホーテなところもいい。結局、意図しない箇所で笑いがとれてしまったり、初めて読んだような警戒心の無い女性にウケてしまったり、そいつも面白味。敵意や悪意丸出しのバカ論客なんかより、「笑えた〜」ていうような無心さには適うハズもない。この人は天才なのかも知れないと思わせる孤立無援な感じは、松本人志なんかに通じるのかも。悲劇と喜劇は紙一重なり。笑いは難しいジャンルであります。 感覚で突っ走っていけるうちはいいが、算盤ずくで笑いが取れるということは、相当、頭脳明晰でなければ。 いや、単純におもしろければそれでいいだけなんですけど。歳を取ると、口数が多くなるのは仕方の無いことなのでしょうかねぇ。(なぜか自身に転嫁=数打ちゃ当たる)

相変わらず珈琲を嗜む午後の昼下がり。ついでに植物達にも。独りである事を痛烈に認識する時間。 「I Me Mine」私は私。ビートルズの本「アンソロジー」を読んで、初めて曲名の奇抜さに驚かされた。 Hard Day's の Night ね。ジェイムス・テイラー「J.T」がやけに良く聞こえる。 たくさんの思惟が押し寄せてくる。私意でしかないが。似合わない迎合はもう止そう。 所詮、私は私でしかない。ワインの流れよりも滑らかに。そいつが肝心要。



「飄逸」

2001/04/03.ICCH


表題は「ひょういつ」と読みます。世間の事を気にせず呑気な事の意、だそうです。 何一つやっていないし、桜だって蕾みの時以来、まともに目を合わしていない。 浮かれた街並、酔いの宵、懐も淋しいくせに何かを漁る、良いの好い、年相応、分相応、人間万事塞翁が馬、よよよい、よよよい、よよよいよい、気付いても気付かぬふり、其れも良し。順番待ち、順番が回る寸前に列を離れる、其れも佳し。 糞詰まり、そいつは止し給え。面喰らう。実際、くだらないことだ。他人の話を聞くのも、自身の事を語るのも。黙っていれば退屈、話し過ぎれば道化、怒ってしまったら敗北だ。惨敗だ。 他人との交渉は消耗する。神経が磨耗する。書を持って家へ帰ろう。馬鹿だなぁ、その一言に飢えていた。 もういいよ、強がりは。言葉を識れば識るほど、遠回りになっていく。 本当はただ放り投げてしまえばいいだけなのに、理由や言い訳が必要になって、謝罪や挨拶も付いてまわり、 包囲されて身動き出来ない。そうやって沢山の膜で覆って生きてきたのに、今度はそれを一枚、一枚、剥がす事に費やさなければならない。赤裸々になった途端に、幕は降ろされるふうに出来ているんだ。 そのようなことを此所で云ってみたところで、そいつが愚鈍だって云っているんだよ。 文章が思考に追い付かなくて、どんどん先へ気持ちは走って行き、結論は出てしまった。試合放棄。

きっと結論はもうすでに最初から在るんだ。そこに行き着く行程を、素早く掴まえる事にこのゲームの面白味がある。淘汰されていない思考の断片をなんとかして摘出する事が出来れば、抜け落ちた隙間が埋められ、限り無く完成品に近付ける。それが、どんな意味を持つのかなんて、どうでもいいこと。 誰もが皆、その抜け落ちた何かを埋める作業に躍起になっているんだ。足りない部品を集めていく。 ゆっくりと狙い澄ます。素早く確実に的を射る。 急いで得たものには取りこぼしが多く、遅過ぎたものには価値が無い。

力なく滴り落ちていく。たくさんの分岐点で搾り取られた為、もはや到達点では力無いのである。 余計な場所では無意味に力強く流出するが、肝心な場所では水量が足らず飢渇。 そんな間の悪い状態が長らく続いている。だから、どの辺りでもチグハグで、長さが足らなかったり短かったり、太かったり細かったり、舌足らずだったり舌先三寸だったり、全く噛み合わない。 過剰包装、若しくは、渇望。どちらにせよ、無駄に疲れる季節なのですが、まだまだ宵の口、もっと魯鈍に目を曇らせて、古い皮相を剥がして、誰かしらの扉を蹴ってやるんだ。自分自身が嫌なものにこそ、真実が隠されていて、なかなか紐解けないようになっているはずなんだ。真実というパーツを集めてみりゃ、なんてことはない、空籤、怪談、桜。まさにそれこそ、さくら(TOUT)てなもんだ。