TRASH
「COMMA」Up Data 05/29
「新島」Up Data 05/21
「ROAD ROCK」Up Data 05/14
「為人」Up Data 05/07
2001/05/29.ICCH
moe は読点ばかりだった。つづく、つづく、が続いて、確かに始まりがあり、終わりは、あったのだろうが、それでも、句点が打たれた気配はない。あれに乗ったら最後、自身が終わると句点を打たない限り、永遠にループし続けていくしかない。それにしても、言葉で推し計れる種類の音楽ではない。 同じ仲間内で笑いを共有するような気難しさもあり、バッドトリップになり兼ねない危険性もあった。 執拗に繰り返すメロディ、止まらない疾走、掴んでは投げ付ける照明、サバト的な饗宴、そうしたものに追われる者は踊り続け、マゾヒズムな笑みを浮かべる。あまりにも揺り動かされるから、自身が壊れそうにも感じた。「壊れる、壊れる」と云いながら、それを止めようとしないのだから、立派なマゾである。 一方、退屈さに身を沈める者も居たようであるが、関わり合う暇もなかった。それ以上の言及はない。
それから、やっぱり、どこかしらが壊れてしまったのだろうか。部分的に麻痺しているかのような状態が続いている。夢見心地で、怠惰で、雨がそうした気分を助長し、呆然と与えられた時間を見下ろしている。
木登りに似ている。調子にのって、ほいほいと木を登っていくが、気が付くと随分、高くまで登ってしまっていて、おいそれとは降りられなくなって途方に暮れている感じだ。そこからの景観はとても良いのだけれど。
2001/05/21.ICCH
2日目は馬鹿らしいぐらいに陽が照っていた。肌が焦げる音で目覚め、石のテーブルには朝食が用意してあった。このキャンプの参加メンバーは4人、すでに朝方からあの露天風呂へ出掛けた友達の彼女が、島民と意気投合して、おにぎりを頂いたそうだ。なんていい人なんだろう。観光シーズンの合間を狙ったので、まったくといっていい程、島民以外の人と出会う事は無かった。それぞれが、自分の時間を過ごし始める。 昼過ぎに自転車を漕ぎ、海へ出た。風の抵抗を避けるように造られた平ぺったい屋根が、島の生活を感じさせ、沖縄に想いがとんだ。こうやってジリジリと陽に焦がされ、汗で濡れ、海から続く小道で自転車を漕いでいると、ずっとここで暮らしていたかのような錯覚に陥る。風がそよぐ。どこか涼しい場所で読書でもしようと思い走らせるが、なかなか見つからず、大きな通りで一緒に来た友達と偶然出会って、また海への途へ戻る。自分はそのまま逆伝いに走ってみるが、地震で塞がった道から先自転車では行けず、諦めて海岸に戻った。外人のサーファーが数名、波に乗っている。裸足になり波と戯れてみたが、まだ海は冷たくてとても泳ぐことは無理だった。公園のベンチで本を読んでいるうちに微睡み、なんだか意識が遠退く。 変な白昼夢。起きると夕暮れ、みんなで買い出しと風呂を兼ねて出掛ける。今回は、ちゃんとした島施設の温泉へ行った。汗と潮でべたついた髪や身体を綺麗に掃除して、風呂上がりの缶ビールを流し込み、それからまたキャンプを構える広場で焚き火を囲む。そうやって文明と自然を行き来しているのだ。 薪を集めている時に蜂に指を刺された。拒絶されているのか?一寸、嫌な心持ちになった。 夕食は定番カレーライスとハンバーグ、その食事中にまたしても自然が飛来し、闇で手探りに食事をしているのでいったい何を口に運んでいるのか、味覚も曖昧になった。風は萎え、音楽は止み、みんなの咀嚼の音と焚き火、遠くで波、星は昨日にも増して輝いていた。この繰り返し、沈黙、でも昨日と違い精神は静寂に包まれている。もう考えることを止したように、夢中になって焚き火に薪をくべ、灰の山が築かれた。 無駄な抵抗はもうお仕舞い。燃やすものが尽きた頃、また外で寝袋に包まり、星光りのシャワーを浴びながら、MDウォークマンで音楽を聞き、寝息をあげた事は覚えていない。
3日目、もう帰る日じゃないか。船の出航時間は昼だ。立つ鳥あとを濁さず、還るものは還元し、荷物をまとめ、自転車を返却し、そこのバカボンのパパ風情のおやっさんに港まで送ってもらった。
港の売店で飲んだビールは美味く、釣り客のオジさんにも肴を分けてもらったりして、暖かかった。
待ち時間に、ひとっ風呂浴びに露天風呂まで行く。最高です。真っ昼間のビールに風呂、晴天、海は穏やかなり。帰りの船は、潮の流れにのるのか7時間余りと早かった。書き忘れた事はたくさんある。
失念した事など際限無くある。キャンプからこっちに戻ってきて、すでに3日が経ち、緑色の景色も朧げになり、日焼けした皮膚がめくれ上がっていた。こんな付き合い方しかできない。
もっと近くに行きたいし、身近になりたい。でも、都会での生活もいい。DVDで映像を見て、煙草の買いだめなんか心配せず、快適な空調、酒を注文する。さっそく飲み歩き、黄色い朝を迎え、ぐったりして帰途につく。これは反目する別々の世界。どちらも嫌いじゃないし、そんなに好きでもない。
2001/05/14.ICCH
「ROCK」と真顔で云える事に、なんの衒いも無くなった。そんな大層な、ただの単語だから。 十代ではその一言で世界が逆転した。けれども誰かしらと共有出来るような代物じゃなく、虎視眈々とそいつの後を尾けるのがやっとで、いわば "Teenage Waste Land" だった。不毛な時代、自暴自棄、虚無感、依存、無知、からっぽの世界は"ROCK"と同義語だった。二十代はそれを逆手に取り、皮肉と衒いと照れ隠しに笑い者に陥れ、突け放し、蔑み、反抗的になった。そうしていつ頃からか、そんなに特別視する必要が無くなった。だって"ROCK"だもん、しょーがねーな"ROCK"だから、キャラクターとして確立されたロック。 ジャンルではない。況してや、音楽でさえない。哲学なんて学術的でもなければ、芸術なんて堅苦しくもなく、生活臭くもないし、いやどうでもいいもんでもある。どこの何とも似ているようで似ていない。 物差しなのかも知れない。自分は今そうなのか、それと一体化しているのか? そこで生きているのか、それから踏み外していないか? 宗教と違うところは八百万の神々が存在することだ。そして人間の中にそれが在り、誰もがそれをする事が出来る。"ROCK" はやっぱり"ROLL"しなければいけないだろう。 転がっていくんだ。"ROAD ROCK" そいつが肝心要のこんこんちき。 ちょっと照れ臭い話だが(きな臭くもある)、喉元過ぎれば、また涼し。如何?
皆、時間はそうあるもんではない。限られた時間、怠惰に過ごしてはならない。
それを頭の片隅にでも置いて、無益に時間を喰い潰す。痛快に悔いる。それからまた時間を噛んでは吐き捨てる。どんどん年老いていく。己の時間も身体も思考も、全て己の所有物だ。"World is Mine" 動かなくなるまで動き、喰えなくなるまで喰い、笑わなくなるまで笑い、歩けなくなるまで歩くんだ。
そいつもROCKだ。
2001/05/07.ICCH
表題は『為人(ひととなり)』意味=生まれつき。人格。性質。(英)Nature. う〜ん妙訳。
「ザ・ワールド・イズ・マイン」最終巻。とうとう発売されました。すげぇ〜マンガだ。 誰もが傍観者で居る事をさせない、タイトル通り、当事者にならざる得ないのです。 これは予測出来た結果だったけれど、そこで自分のやれるべき役回りは滅ぶ事だけだった。 「2001年宇宙の旅」なんだ、この物語は。世紀を跨いだこの物語を未読の方は、是非、読んで欲しい。 そして当事者になって、そこでどうするのか、震えるのか、闘うのか、抗うのか、受け入れるのか、自身で決定して欲しい。世界は君のもの。
人と為るためには、どうすればいいのか。命題である。