ワッシャー TRASH


5月期

「COMMA」Up Data 05/29
「新島」Up Data 05/21
「ROAD ROCK」Up Data 05/14
「為人」Up Data 05/07




「COMMA」

2001/05/29.ICCH


突然の通り雨。雷と共に。夏っぽいな。その前に、梅雨なんて奴も控えていた。当然のような顔で扉を叩きますから、どうって事はない感じがするけれど、考えてみれば、いつも同じ頃合を見計らって尋ねてくるってのは凄いことだ。僕達は、そうした自然の恩恵に感謝せねばならないだろう。条例に因り、今年から梅雨は無くすことに決まりましたので、雨は降りません、というような事には決してならないのが道理だ。 段落も、句読点も有りゃしない。節度を保つこと。節度を保つこと。傲慢にならず、散漫にならず、つまり、どうゆうこと。詰まり、は其処にはない。自然は詰まらない。句点を打つのは、人だけなのである。

moe は読点ばかりだった。つづく、つづく、が続いて、確かに始まりがあり、終わりは、あったのだろうが、それでも、句点が打たれた気配はない。あれに乗ったら最後、自身が終わると句点を打たない限り、永遠にループし続けていくしかない。それにしても、言葉で推し計れる種類の音楽ではない。 同じ仲間内で笑いを共有するような気難しさもあり、バッドトリップになり兼ねない危険性もあった。 執拗に繰り返すメロディ、止まらない疾走、掴んでは投げ付ける照明、サバト的な饗宴、そうしたものに追われる者は踊り続け、マゾヒズムな笑みを浮かべる。あまりにも揺り動かされるから、自身が壊れそうにも感じた。「壊れる、壊れる」と云いながら、それを止めようとしないのだから、立派なマゾである。 一方、退屈さに身を沈める者も居たようであるが、関わり合う暇もなかった。それ以上の言及はない。

それから、やっぱり、どこかしらが壊れてしまったのだろうか。部分的に麻痺しているかのような状態が続いている。夢見心地で、怠惰で、雨がそうした気分を助長し、呆然と与えられた時間を見下ろしている。 木登りに似ている。調子にのって、ほいほいと木を登っていくが、気が付くと随分、高くまで登ってしまっていて、おいそれとは降りられなくなって途方に暮れている感じだ。そこからの景観はとても良いのだけれど。



「新島」

2001/05/21.ICCH


東京・竹芝桟橋、15日夜10時過ぎ、出航。向かう先は、新島。甲板で、少し強めの風を浴びながらも、新橋の居酒屋の酒やら、それまでの腐った気分を吹き飛ばすぐらいの昂揚感が沸き上がった。海からの夜景、揺れる波、点在する星々、消失する時間、向こうに着く頃には削げ落とされたそうした必要最低限のものしか残っていない、12時間の船旅だった。早朝の新島は小雨まじり、タクシーを拾って目的のキャンプ地まで行く。 キャンプ地と言っても、公園に併設された広場である。そこの管理施設は閉ざされたまま、公園を抜けると海岸が広がり、強風にさらわれそうになる。広場には、木造のちょっとした遊戯場があり、山から連なる木々の緑を、円形状に切り出したような格好で、芝生が敷き詰められている。テントを設営したら雨脚が強くなり、 しばらくは動けなくなった。傘のあるベンチでその雨が通り過ぎるのを待っているうちに、此所は昔、戦国時代に合戦がありたくさんの死傷者を出した地、自分は武将、禿げた枝に止まったカラスを悠然として眺めていた。ウグイスや鳥の声で溢れ、虫どもが我が物顔で飛来し、緑色が全身を浸透した。午後には雨は止み、この島、唯一の商店街へ買い出しに行く。広場から2、30分も歩けば行けるのだが、シャッターの閉じた店が多くて仕事は捗らないが、そんなのどうでもよく、時間はいくらでもあり、とりあえずレンタル自転車を借りてこの島での足を確保する。スーパーマーケットで夕食の買い出し、サンダル100円、バーベキューセット炭付き880円、ステーキ肉、塩胡椒、野菜、コンソメスープ、ワイン、等々、その足で港近くの露天風呂へ行く。 ギリシャ神殿風の朽ち果てた遺跡だ。海に沈む夕日、潮風、波の音、岩肌、最高の贅沢な瞬間だった。 この島は至る所に、モヤイ像と称する顔のオブジェが点在していて、この神殿風露天風呂といい、展望台や塔は遺跡をモチーフにした佇まいで、不思議な空間を象っていた。まぁ、言ってみればナゾである。 いったい何を考えて企画されたのだか意図するところがまったくもって不可解、それもこの島だ。 自転車で風を切り、温泉で火照った身体が気持ちいい。焚き火、薪集め、役立たずの携帯電話の電源を切った時から時間感覚は消失していた。夕食の間はずっと強い風に煽られたが、安価のバーベキューセットは大活躍、次々と胃袋を満たし、とどめのコンソメスープ、自然が間近まで迫ってきて、持ってきていた音楽が消えても波や風の音楽が奏でられていた。焚き火に焼べられる薪のパチパチという音、夜の漆黒が風の力がおさまるにつれて明るさを増してきた。星空だ。満面の星。凄過ぎるぐらいに星が輝きだした。貧弱な精神はそれに打ちのめされ、圧倒させられ、懐中電灯を振り回し、文明社会の機器で対抗するが、明らかに敗北の色、濃厚であった。火を絶やすな。ガムを噛み、煙草を吸い、ワインをラッパ飲みして、面目を保つ。 なんなんだ、このちっぽけさは。あまりにも自分が惨めで、矮小で、今まで培ってきた生活や経験が薄っぺらで、ここにある全ての自然に謝罪して回りたい欲望に駆られたが、自分自身の中にも宇宙が存在し、自然で満ち溢れていることに気付けば、そんなに捨てたもんでもないな、と思えた。だが依然として、境界線が大きく立ちはだかっている。この中の一部ではなく、この外にある異種のような気を拭えないのだ。 なぜ敵対しなければならないのか?人間に知性や理性が有る限り、そうやって周囲と反目しあって生きていかなければならないのか、いっそ気が狂ってしまえば楽だろうに、頭で考えるな、論破出来ない程の大きさ、 外に寝袋を引っぱってきて遊戯施設の上で包まり、寝入り端になってみて、ようやくつまらない思考が消えた。

2日目は馬鹿らしいぐらいに陽が照っていた。肌が焦げる音で目覚め、石のテーブルには朝食が用意してあった。このキャンプの参加メンバーは4人、すでに朝方からあの露天風呂へ出掛けた友達の彼女が、島民と意気投合して、おにぎりを頂いたそうだ。なんていい人なんだろう。観光シーズンの合間を狙ったので、まったくといっていい程、島民以外の人と出会う事は無かった。それぞれが、自分の時間を過ごし始める。 昼過ぎに自転車を漕ぎ、海へ出た。風の抵抗を避けるように造られた平ぺったい屋根が、島の生活を感じさせ、沖縄に想いがとんだ。こうやってジリジリと陽に焦がされ、汗で濡れ、海から続く小道で自転車を漕いでいると、ずっとここで暮らしていたかのような錯覚に陥る。風がそよぐ。どこか涼しい場所で読書でもしようと思い走らせるが、なかなか見つからず、大きな通りで一緒に来た友達と偶然出会って、また海への途へ戻る。自分はそのまま逆伝いに走ってみるが、地震で塞がった道から先自転車では行けず、諦めて海岸に戻った。外人のサーファーが数名、波に乗っている。裸足になり波と戯れてみたが、まだ海は冷たくてとても泳ぐことは無理だった。公園のベンチで本を読んでいるうちに微睡み、なんだか意識が遠退く。 変な白昼夢。起きると夕暮れ、みんなで買い出しと風呂を兼ねて出掛ける。今回は、ちゃんとした島施設の温泉へ行った。汗と潮でべたついた髪や身体を綺麗に掃除して、風呂上がりの缶ビールを流し込み、それからまたキャンプを構える広場で焚き火を囲む。そうやって文明と自然を行き来しているのだ。 薪を集めている時に蜂に指を刺された。拒絶されているのか?一寸、嫌な心持ちになった。 夕食は定番カレーライスとハンバーグ、その食事中にまたしても自然が飛来し、闇で手探りに食事をしているのでいったい何を口に運んでいるのか、味覚も曖昧になった。風は萎え、音楽は止み、みんなの咀嚼の音と焚き火、遠くで波、星は昨日にも増して輝いていた。この繰り返し、沈黙、でも昨日と違い精神は静寂に包まれている。もう考えることを止したように、夢中になって焚き火に薪をくべ、灰の山が築かれた。 無駄な抵抗はもうお仕舞い。燃やすものが尽きた頃、また外で寝袋に包まり、星光りのシャワーを浴びながら、MDウォークマンで音楽を聞き、寝息をあげた事は覚えていない。

3日目、もう帰る日じゃないか。船の出航時間は昼だ。立つ鳥あとを濁さず、還るものは還元し、荷物をまとめ、自転車を返却し、そこのバカボンのパパ風情のおやっさんに港まで送ってもらった。 港の売店で飲んだビールは美味く、釣り客のオジさんにも肴を分けてもらったりして、暖かかった。 待ち時間に、ひとっ風呂浴びに露天風呂まで行く。最高です。真っ昼間のビールに風呂、晴天、海は穏やかなり。帰りの船は、潮の流れにのるのか7時間余りと早かった。書き忘れた事はたくさんある。 失念した事など際限無くある。キャンプからこっちに戻ってきて、すでに3日が経ち、緑色の景色も朧げになり、日焼けした皮膚がめくれ上がっていた。こんな付き合い方しかできない。 もっと近くに行きたいし、身近になりたい。でも、都会での生活もいい。DVDで映像を見て、煙草の買いだめなんか心配せず、快適な空調、酒を注文する。さっそく飲み歩き、黄色い朝を迎え、ぐったりして帰途につく。これは反目する別々の世界。どちらも嫌いじゃないし、そんなに好きでもない。



「ROAD ROCK」

2001/05/14.ICCH


ふと、何でこんなコトやってんだろ?と、疑問に思うコトがある。 自分を憂鬱にさせる様々な世界と関わらなければならない。勝てばいいのか、それとも、負けた振りをして勝った積もりになっていればいいのか、勝った振りをして負けるという手もあるな。 なんにしろ、矢鱈と神経症的な人でごった返しているんだ。生活していく為には、そんな連中とも関わらなければならない。そして、盲滅法と敗れ続け、幻滅してその場を離れ、また新たな席に座り直したり、誰かの足を踏んで謝罪したり、誤って転倒して強打したり、どっちにしろその部屋を後にした方が良いというのに、まだ未練がましく引っ掛かっている。もう充分だ。嫌なものに蓋をしても煮立ち過ぎて、吹きこぼれていくばかり。えい、女々しい。あちらを立てればこちらが立たず、こちらで立てればあちらで立たず、このインポテンツ、女人禁制、如是我聞、えい七面独裁(「しちめんどくさい」で変換したらこうなった、まったく) 背伸びはしない、屈みもしない。だから?顔面蒼白で立ち尽す。立ち腐れ、立ち所に、立ち眩み、断ち切ったかと思えば、立ち往生、たちまち立ち回り、たちつてと、立ち会いの元に、立ち退き、立ち消え。 辞典、羅列なり。こんなコトでいいのだろうか?甚だ疑問である。笑わば笑え。

「ROCK」と真顔で云える事に、なんの衒いも無くなった。そんな大層な、ただの単語だから。 十代ではその一言で世界が逆転した。けれども誰かしらと共有出来るような代物じゃなく、虎視眈々とそいつの後を尾けるのがやっとで、いわば "Teenage Waste Land" だった。不毛な時代、自暴自棄、虚無感、依存、無知、からっぽの世界は"ROCK"と同義語だった。二十代はそれを逆手に取り、皮肉と衒いと照れ隠しに笑い者に陥れ、突け放し、蔑み、反抗的になった。そうしていつ頃からか、そんなに特別視する必要が無くなった。だって"ROCK"だもん、しょーがねーな"ROCK"だから、キャラクターとして確立されたロック。 ジャンルではない。況してや、音楽でさえない。哲学なんて学術的でもなければ、芸術なんて堅苦しくもなく、生活臭くもないし、いやどうでもいいもんでもある。どこの何とも似ているようで似ていない。 物差しなのかも知れない。自分は今そうなのか、それと一体化しているのか? そこで生きているのか、それから踏み外していないか? 宗教と違うところは八百万の神々が存在することだ。そして人間の中にそれが在り、誰もがそれをする事が出来る。"ROCK" はやっぱり"ROLL"しなければいけないだろう。 転がっていくんだ。"ROAD ROCK" そいつが肝心要のこんこんちき。 ちょっと照れ臭い話だが(きな臭くもある)、喉元過ぎれば、また涼し。如何?

皆、時間はそうあるもんではない。限られた時間、怠惰に過ごしてはならない。 それを頭の片隅にでも置いて、無益に時間を喰い潰す。痛快に悔いる。それからまた時間を噛んでは吐き捨てる。どんどん年老いていく。己の時間も身体も思考も、全て己の所有物だ。"World is Mine"  動かなくなるまで動き、喰えなくなるまで喰い、笑わなくなるまで笑い、歩けなくなるまで歩くんだ。 そいつもROCKだ。



「為人」

2001/05/07.ICCH


同じ人間からは、同じ種類の音しか聞けない。同じ匂い、同じ吐息、同じ言葉、である。 それは、その為人から逃れられない事を意味する。どんなに上っ面が変わろうとも、 議題が変わろうとも、 その本質は拭えない。残念な事にその領域から離脱する事は難しい。だから、表層が時間と共に移動したとしても、それは海底と海流の関係に近く、沈没船はずっと海底に沈んだままである。無理に引き揚げようとすれば、軋轢が生じたり、それにまつわる諍いが巻き起こる。そっとしておけ、そう囁かれたとしても無理からぬ話しである。猟をするのは、いつも同じ場所。寝床を共にするのは、いつも同じ人。殺すのも、殺されるのも、いつも同じ時刻だ。ここまで、これを書いてきて、あまりの無意味さに辟易してきた。 まるっきり筋は通っていない。ただ、語感と語呂がいい語録を並べたてただけなのだ。詐欺師め。それが、そいつの正体である。偽者の詐欺師。本物の詐欺師は、本物より本物っぽく立ち振る舞う。 盗人、猛々しい。

表題は『為人(ひととなり)』意味=生まれつき。人格。性質。(英)Nature. う〜ん妙訳。

「ザ・ワールド・イズ・マイン」最終巻。とうとう発売されました。すげぇ〜マンガだ。 誰もが傍観者で居る事をさせない、タイトル通り、当事者にならざる得ないのです。 これは予測出来た結果だったけれど、そこで自分のやれるべき役回りは滅ぶ事だけだった。 「2001年宇宙の旅」なんだ、この物語は。世紀を跨いだこの物語を未読の方は、是非、読んで欲しい。 そして当事者になって、そこでどうするのか、震えるのか、闘うのか、抗うのか、受け入れるのか、自身で決定して欲しい。世界は君のもの。

人と為るためには、どうすればいいのか。命題である。