ワッシャー TRASH





8月期

「ROUNDABOUT」Up Data 08/11


「ROUNDABOUT」

2001/08/11.ICCH


「横っ面を殴るのは 風ではなく 拳である。」
「オウムのように 受け答え、コックのように 料理する、因襲が詰め寄って 食卓を囲む」
拾えたのはこの二つだけだった。

色んな事に、断定は止そうと思った。それは、可能性を摘んでしまうこと。余地はたくさん残しておいた方がいい。そうは云っても、やはり、どこかで制限を設け、自身を限定してしまっていた。「もうこれ以上、酒は呑めません」とか「仕事ばかり続けると精神が病んでしまう」とか、あることないこと、こじつけて、退散しようと目論んでばかりだ。逃げることばかりには長けていた。句読点、を打つのは、理性を持っている者だけに許された能力である。生まれ、狩り、食べ、寝て、目合い、死ぬ、だけに留まらず、あの智慧の実をかいつまんだ時から、単純では無くなってしまった。自分は無神論者ではない。正確に言えば、神という単語を使用した時点で、神の存在を認知している事と同じなのである。言葉が在るという事は、それは存在するのである。河童も、つちのこも、お化けも、コジコジも、八岐大蛇も、 八百万の神々も、それは在るのだ。 物語は体系であり、それを知る者にとってはリアルである。イマジネーションの力は凄いものだ。 ここに鉛筆があるが、その物語を知らない者にとって鉛筆は、ただの棒っきれに過ぎない。 共同幻想(皆が同じ認知度で限定)していない限りそれは無いのと同じだ。だから、神はいる、のである。 しかし、その場合、神は在るが、物語を知らない者にとっては、仏像はオブジェに過ぎないし、十字架でドラキュラを追い払う事も出来ない。信じなければ、それはただの物だし、人の念が混入しなければ役立たずで、無用の存在だ。そういった意味で言うと、自分は無神論者であった。 まあ、そんな事はどちらでもよい。断定は良くないのだ。裁断を下した時点で、それは永遠に句点を打たれ、 発展性を禁止されてしまうのだから。そう思って、まごまごしていると、優柔不断の烙印を押され、出した皿を引っ込められた。ここにもまた真理はあった。ふん、いいだろう、黙して語らずだ。と、そこまでひねくれる事もない。なんとかなるさ、のんびりいこう。

ボブ・ディランを観た。ニール・ヤングも観た。ジェリー・ガルシアの「GARCIA: A SIGNPOST TO NEW SPACE」(邦:自分の生き方をさがしている人のために)も再読した。それで、どうした? それで、人間が変わるほど単純にはできていない。人生のほんの一瞬間の出来事だった。 自分は自分のままだ。居酒屋で注文の料理が運ばれてこなかったら腹を立て、ましてや最初の一杯の酒が遅いようならばテーブルをひっくり返して悪態をつくことだろう。 それでも、何かが変わっていっているような気になっている。入れ物の容量が増したんだ。 そうやって広くなってみたところへ、容赦なく、生活が没していき、すぐに容量いっぱいいっぱいになる。 急流なんだ。この世界はなんて忙しないんだろう。ぼんやりしてると、すぐに溺れてしまう。 ああ、渋滞だ。彼処の道は迂回していこう。信号は赤のまま、変わろうとする気配さえ見せやしない。 クラクション、罵声、排気ガス、黒い雨、轢かれた猫、煙草の吸い殻、コンビニの袋、、、ガム、精神安定剤、菓子、ジュース、ラジオの音楽、尿意を我慢する子供、、、馬鹿げてる。 舗装された道路は続き、街灯は連なり、ヘッドライトに厳めしく睨みつけられ、音量を上げろ、スピードを上げろ、冷房を効かせろ、眠らせろ、ガス欠まではあとわずかだ。そんな生活に、容量を割かなければならない自分自身に辟易する。そう、考え方次第だ。運転を放棄したっていい、助手席さえ拒み、そこから降りて歩けばいい。迂回しよう。

自分は自分のまま、扉を開けっ放しにしておきたい。風を通して、侵入者を許して、泥棒だって、警官だって、勝手に入ってくればいい。ただ、靴だけを脱いでくれればいい。土足は厳禁だ。それは大きな事を意味している。お互い、敬意を払おうじゃないか。それだけで、たくさんのものが救われるはずだ。 敵意は依然として其処にある。また、偽善、策略、虚言、憎悪、、、道端はそれらで溢れ返っている。 それを拾わなければ、それらはただ動かず、其処に在る、だけのことである。 自分の好きな事に、熱意を注ごう。回り道したって、それしかない。


7月期

「馬年」Up Data 07/30
「口慰み」Up Data 07/27
「1」Up Data 07/12
「 箸休め」Up Data 07/06



「馬年」

2001/07/30.ICCH


28日苗場にて行われたフジロックフィスへ行ってきました。 朦朧とした景観、歩く度に砂埃が舞い、曇り空から時折のぞく陽が容赦なく照りつけた。 フィールド・オブ・ヘヴンのステージまでとりあえず登ってみたが、途中、何度も休憩を取り、芝生で横になったり、ビールを流し込んだり、慣れない野外に身体は打ちのめされて、フラフラになってしまった。 パティ・スミスは素晴らしくカッコ良かった。ニルヴァーナのカヴァーは強力だったし、ステージ下まで降りて観客に応える程、サービス旺盛だった。夕刻、陽が落ちてきて、アラニス・モリセットの透明感溢れる歌声で浄化されて、身体も元通りに回復する。と同時に山の冷気が襲ってきて、今度は寒気がしてくるので、食事を採り身体を暖めた。いよいよ夜9時半、お目当てのニ−ル・ヤング&クレイジーホースである。 でかいアンプ、太い蝋燭がいくつもステージの脇に配され、ピアノに、いくつものギター、当然、ステージに巨大な穴を開けエフェクターをセットしているはずである。ものすごく緊張して、震えてきた。頭の中は真っ白だ。それより、ここに居る事が信じられないし、彼等がステージに現れるなんて、恐れ多くてとても信じる事が出来なかったが、やっぱり唐突に、それは始まる。自分の強張った顔がステージ上に釘付けになる。 テンガロンハットを被り、得意のシャツを着て、あれはまさにテレビ画面から抜け出てきた登場人物だ。 クレイジーホースの面々も説明は要らない、本物より幾らか色褪せたような気もするが、偽者には見えないし、映画「馬年」からそのまま抜け出てきたに違いない。そして、なによりも爆音であった。 身体が宙に浮くんじゃないかと心配になるぐらいの轟音、地響き、大地も揺れている、荒れ狂った馬の咆哮、 びりびりと皮膚を裂く。彼のギターから放射される太い音の粒が、鉛のように重くぶつかってくるが、不思議な事に心地よく身体を突き抜ける。噴火した活火山を思い起こし、吐き出された烈火や溶岩のように自分に襲いかかってくるが、ひたすら気持ちがいいのだ。アコースティックセット、もう何もかもいらない、この場で 絶命したって構わない美しさだ。それでも生きているから、次の曲を聴く事が出来るわけである。 「Hey Hey My My(Into The Black) 」を聴いた時、全てを理解できた。 エルヴィス、ビートルズ、ジミヘン、ピストルズ、ニルヴァーナ、、、ロックンロール誕生から、ビートルズ旋風、サイケデリック、フラワームーヴメント、ヒッピーの登場、パンクに応えたのはニール・ヤングだけだった、グランジから解答を求められたのはニール・ヤングだけだった、いつどんな時でも彼だけだった。 だから、テクノポップをやっても、ロカビリーをやっても、カントリーをやっても、彼は彼のままだ。 何を演奏しても、彼が本物じゃなくなるなんてことはなかった。ROCK という言葉やイメージ、それを具現化しているのは彼だし、壊しているのも彼で、問題提起をしていて、解答そのものでもあって、全てを背負っているのはニール・ヤングだけしかいない。「Sedan Delivery 」のクレイジーホースを超えるものは何処にも ない。「Like A Hurricane 」では無限のエネルギーを放出する。神憑かり的でもあった。 どこからその力を得ているのだろう?まるで錬金術で、あらゆるものを現実に転化させる術を心得ているかのように、溢れてくる音はまさにハリケーンそのものだ。弦をぶち切って、ギターを振り回し、ノイズをぶちまける。アンコールは2回だったそうだが、自分には永遠に続くのではないかと思われて仕方無かった。 「Rockin' In The Free World 」の歌詞そのものが此所にはあった。素直に感謝しよう。 何の衒いもなく「ありがとう」と云う事ができる。 本当に幸運だった。彼を見つける事が出来て。今はそれしか言えないが、実際のところ、まだ身体は宙に浮かんでいて、頭は疼き、ジンジンと唸っていて、とても自分が見た景色を現実とは思えないのである。 あれは夢の世界だったんじゃなかろうか?あまりにも自身の許容範囲から突出した出来事で、感覚が麻痺してしまっているんだ。自分の好きなROCKの登場人物が、一堂に会しているような錯覚。 もう決して見る事の出来ない登場人物たち。ジミ・ヘンドリックス、エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、グレイトフル・デッドにビートルズ、ニルヴァーナにセックス・ピストルズ。 ボブ・ディランは神に近いかも知れないが、ニール・ヤングはあくまでも血と汗と涙と体液まみれで、下世話な世界で、真実を突き付けるんだ。Rock and Roll Is Here To Stay, Rock and Roll Can Never Die!

Set List
 1.Don't Cry No Tears 
 2.I've Been Waiting For You 
 3.Love And Only Love 
 4.Piece Of Crap 
 5.Going Fome 
 6.Hold You In My Arms 
       Solo/Acoustic set: 
 7.From Hank To Hendrix 
       With Crazy Horse again: 
 8.Only Love Can Break Your Heart 
       Solo/Acoustic set: 
 9.The Needle And The Damage Done 
       With Crazy Horse again: 
10.Standing In The Light Of Love 
11.Gateway Of Love 
12.Hey Hey My My(Into The Black) 
13.Sedan Delivery 
14.Like A Hurricane 
       Encore 1 
15.Rockin' In The Free World 
16.Powderfinger 
       Encore 2 
17.Roll Another Number(For The Road) 
18.Tonight's The Night 

Rockin' In The Free World 

通りには色が溢れている 
赤、白、そして黒
足をひきずる人々 道端で眠る人々
だけど道の先には 警告の標識がある
たくさんの人々が 俺達は死んだ方がマシだという
サタンのような気はしないけれど
きっと俺は そう見えるんだろう
とりあえずは忘れることにして

Keep On Rockin` In The Free World
Keep On Rockin` In The Free World

夜を彷徨う 女の子がいる
赤ん坊をその手に抱いて
古ぼけた街灯の下 屑入れの傍に
彼女は赤ん坊を置き去りにした
そして注射を打ちにいった
彼女は自分の人生を憎み
なす術もない 自分をも憎む

この子供もまた
決して学校には行かないだろう
決して恋をすることもなく
決してクールになることもなく

Keep On Rockin` In The Free World
Keep On Rockin` In The Free World

光りのある場所は 数限りない
ホームレスのために 親切で優しい機械もある
デパートもあれば トイレットペーパーも
オゾンを入れる発泡スチロールの箱も
民衆のために希望を絶やさない
という男もいる
燃焼できる燃料も
ドライヴする道路もある

Keep On Rockin` In The Free World
Keep On Rockin` In The Free World
Keep On Rockin` In The Free World
Keep On Rockin` In The Free World




「口慰み」

2001/07/27.ICCH


商いは飽きないようにやらなけりゃならない。そうは云っても飽きてくる。同じコトを繰り返してばかりいたら、特に激しく飽きてくる。頭が腐ってくる。そんなのを回避するためには、いや、回避してはいけない。 まともに直撃を喰らって墜落、撃沈、死なば諸共、玉砕覚悟で戦ひます。そんな気分でもないや。 人間は考える葦である。う〜ん、何か考えろ。何も浮かんでこないや。何も考えていない時の方が、強い場合もある。損得勘定が介入するとろくでもない結果に終わる事が多い。昔ながらの考えで、やれ環境が悪いだの、意志薄弱だの、育て方が悪いだのと云っても、本人にはどうしようもない場合も多い。 普通、脳内に分泌されるはずのものが過度なストレスで麻痺し、分泌されていない場合もあるそうだ。 そうやって感情論だけで割り切れないものを、科学が解明していく。ぶん殴ったからって、ダメなものはダメだ。しかし、立てない者を起こしてやる必要はないんじゃないのか。いや、断定は良くない。 助けを求めているのなら、自分が出来る範囲で手を貸そうじゃないか。入れ物で、その内容は変わる。 被害者と加害者、被告と裁判官、医者と患者、家主と間借人、風俗嬢とお客、教師と生徒、親と子供、役回りを演じて、物語りを信じて、それを全うしていくんだから。
嗚呼、冴えない日常、ブッ飛ばすRock Show、by.BTK"Rollin' & Drinkin'" 

昨日、メール爆弾が投下された。頭脳警察の「世界革命戦争宣言」を歌った。
今日、掲示板を覗いたら、何日分かの記述が消失していた。
腰がひたすら痛い。
寝苦しい熱帯夜から解放されたものの、夏は依然、猛威を奮い、衰える事を知らず、季節に拘束されたままだった。
ニール・ヤング『馬年』の最後の曲「Music Arcade」で泣く。
ジンジャーエールはジュースじゃない。盗作。
ジミヘンのギターの音で救われる。
切り裂いて欲しい。割り切れないものは、叩き壊してやれ。
酒ばかり喰らって、寝床に入って禁酒を決意して、夢の中でまた酔っ払う。お告げ。

修正。物語りを紡いで、切り張りして、辻褄を合わせる。そうすると、周囲が気付かない場合は多々あり、 稀に修正した本人も忘れて、その物語を信じ込んでしまうものらしい。 詰り、それは真実の物語という事になる。それで、いいような気もする。なかったことにしよう。乾杯。

目についたものをヤリ玉にあげる。夏はこれに限る。ビールは生! だめだ、こりゃ。



「1」

2001/07/12.ICCH


投げっぱなし。自身はピッチャー、ボールを持って振りかぶってはそれを放る。キャッチャーが存在しないから、球は失速し転がっては止まり、先の方でいくつもの球が転がっていた。 自身はバッター、やっては来ない球を待ち、素振りを続けている。独り遊び。そいつは結構なことで。 からっぽの球場、スタンドから罵声と野次、売り子の居ない露店、誰だって、何の役だって、こなせるんだ。 応援をすればファンになれるし、ユニフォームを着て野球をすれば選手、マイクを握って解説すれば解説者、 ビールを売り歩けばいい、作戦を捏造すればいい、サインを送ればいい、照明灯を点灯すればいいし、チケットをもぎればいい。やりたいようにやればいい。それが、どうしたっていうんだ。 いったい、何をしゃかりきになっているんだ。自分自身の試合をやっていれば、どうってことはないんだ。 そこにルールなんてものはない。とかやっていたら、コールド負け。それもまた、それで、いい話だ。

個としての力、群れとしての力、どちらも素晴らしいものだと言える。 対立でもあり、対比でもあり、同等でもある。補填されるものでは決してない。"FIVE TO ONE" だ。 僕は、たくさんのところへ出掛けて、何かを拾い集めてくる。役立たずのガラクタばかりかも知れない。 それでもそこに何か光るものが一つあるかも知れない。それを持ち帰った君は、また色々な場所で、自身に合ったものを集め、また見知らぬ人がその中から何かを見つける。それで、いいのではないか。 そして、それは、事物だけではなく、現象であるかも知れない。雲の形かもしれないし、風の匂いかもしれないし、音楽の中にも、詩の中にも、小説の中にも、映画の中、目眩の中、交尾の中、排便の中に見つけるやも知れない。何処にだって潜んでいる。そうやって生きている。可能性は、明日の中にこそ、たくさん隠れているというのが、道理というものではないだろうか。

毎度の事ながら抽象的である。。具体的な話をすれば、足を蚊にいっぱい刺され、店の入口付近で蚊取線香を盛大に焚いたり、商店街からは家庭用ゴキブリ出現、恐れていた事態勃発にあたふたと慌て狼狽えたり、 なにしろ下世話であった。悲しいかな、浪漫はもはや創作の中にしか残されていなひ。

I am not the "1" but only, You are not the "1" but only lonely.
by. Billy The Knuckle



「箸休め」

2001/07/06.ICCH


茹だるような暑さが続きます。体感温度的には、今日よりも明日、明日よりも明後日、といった具合に、だんだんと数度づつ、気温が上がっていっているようなバッドトリップに陥っていく。 みんなが室内で冷房機を使用するから、さらに屋外は得も知れぬ程の灼熱地獄となっていく。 情緒なんかはこの暑さの中、すっかり蒸発してしまった。そうして、皆もちょっとづつズレが生じていき、 可笑しくもないのに笑ってみたり、何でもない事なのに怒ってしまったり、涙一雫、情緒不安定に漫画みたいに、頭から湯気が立ち上る。7月は無事に帆を上げたのか?いつものことながら、それさえも気付かずに慌ててオールを手に取るが、すでに岸からは遠く、勝手に流されていってしまうのだった。

真夏は思考するのに不向きな季節だ。あちこち、引っぱり回されては、のたうち、何度も着替えては、汗まみれ、気後れしたり、嘔吐感に苛んだり、眠れない夜が続き、背中を押されればすぐにでも気を病むだろう。 そうして、その思考に体を与える事すら出来ずに、熱帯夜の悪夢みたいに気持ちの悪い汗をかくしかないのだから、まったく向いちゃあいない気候だ。ここはひとまず秋まで遣り過ごすしかありませんか。 その程度の箸休めな話。息詰まるような熱気にやられて、呼吸さえも侭成らないのだから、たまったもんじゃない。それが気候の所為だって? …云うのは勝手だ。その通り!

明日は七夕、また雨が降るらしいが、梅雨時期なのだから仕方ありません。二人きりの逢い引きを楽しんでください。そうして、昨日の深夜、自分は坊主になりました。また、こりゃ涼しくて良い。 どこかの遠い空じゃ、爆発したり、ぶつかったり、吸収されたり、消滅したり、まるでここら辺の世界とは無関係に存在しているかのような事象が、日常茶飯事に繰り返されている。 あくまでも次元が違うんだから、事物だけをかいつまんでみても埒はあかないんだ。 精神だけが突出して生命活動(それが我々が言うところの生命に当たるかどうかは別として)をしているのだっているかも知れない。お化けが見えないからって、存在していない理由にはならない。 地球の生物だけが他には無い進化を遂げたのであって、宇宙は実に賑やかなのかも知れない。 いつか、それらの次元の存在と接点が持つことが出来たら、とても素晴らしい事だと思ったりしながら、この 世間を遣り過ごすんだ。膨張と収縮。宇宙は広いが、気休めか。