ワッシャー

TRASH



Up Data 10/29
「エリクラ観察記録」
Up Data 10/22
「前置き的口上」
Up Data 10/11
「COGWHEEL」
Up Data 10/02
「October VURT」



「エリクラ観察記録」

1997/10/29.ICCH


一週間に一度ぐらいのペースで、書き進めているこのページ。
たまには、リアクションが欲しいと思うのは贅沢だろうか?

ROCKの浸食が、このページにまで押し寄せてくる。
形にこだわり過ぎると、それに囚われて何もできなくなるから、
できるだけ考えないように努めて、混沌にしていこうと思う。

先日、武道館まで Eric "SLOWHAND" Claptonのライヴに行ってきました。
とあるメーリングクラブでクラプトンチケットありという告知を見て
今年はさんざん彼に関わっておきながら、指をくわえている内にチケット購入の
手段を失ってしまった自分が、飛びつかない訳がなかった。
ほどよく承諾のメールがやってきて、幸運にも観に行ける運びとなった。
お誘いをしてくれた方とは、勿論、初対面である。
メールのやり取りで、靖国通りから入った第一の門で待ち合わせとする。
不吉な想いがよぎる。武道館にはいい思い出がない。
さらに、待ち合わせにもいい思い出がない。肩すかしばかりだ。
ポールマッカートニーは入れず、リンゴスターでは財布を落とすし、
ジョージ&クラプトンでは待ち合わせがうまくいかず外から中を覗いていた。
ビートル達には縁がない。そういえば、前回のクラプトンも代々木で
中から漏れてくる音を聴いていたという悲しい思い出が…。
しかもガードマンごときに、その線から中へ入るなと注意され、終いには
そのポール(旗立て)から後ろへ下がれと、嫌な顔されて。
誰もが共通の経験として、警備の問題は持っていると思う。
飲食、喫煙はともかくとして、席を立てば怒られ、トランシーバー片手に
怪訝そうな目付きで人を舐め回すように見る。高いチケット代払って
その態度では困るし、そんなつまらない事で邪魔されてはBADな気分に なる。
ああ横道にそれてしまった。本当は一部の心ない馬鹿な客の所為で
そんな体制になってしまうのだろう。仕方無いな。さて、
「チケット買うよ!余ってなーい!」というダフ屋を横目に、流れる 人波を眺める。
武道館は93年のクラプトンの時以来だ。(中に入るのがね。)
屋台は相変わらずインチキポスターやキャラグッズを販売し、
ビールは山の頂上値段の如く、跳ね上がり暴騰している。
チケットを譲ってくれる大友さんとも、うまく会えて、予感は外れた。
ぎこちなく緊張気味に歩を進ませ、いよいよ武道館へ。(はぁ長かった)

お互いに相手を探りつつ、場内へ。席は2階の西側であった。
あまりこういった大きな会場は入らないので知らなかったが、
アルコールは売っていないのですね。
バーボンのポケット瓶を用意してきて良かった。
時間はおすに決まっている。ROCKだから。
以前の代々木では、前編ブルースで、ディープなファンを喜ばせたが
ヒット曲を期待した一般客は呆れ顔で会場を後にした。
しかも、途中でだよ。じゃあ、俺を入れてくれ〜って思ったよ(笑)。
今回は、その名もずばり"Change The World Tour"だ。覚悟はしています。
客電が消え、ざわめき、始まる前の客のちょっとした緊張。
ステージには椅子が並んでいる。思わせぶりに、ローディーが通り、またざわめく。
出てきました、GODが、当然、アンプラグド状態の「レイラ」から始まった。
チノパンに英字が入った青いトレーナー姿(2階席なのでよくは分からない)
物凄い程、リラックスした彼がそこに居た。
続いて、何だっけ?とにかくアンプラグドの曲が数曲並ぶ。
こないだキム&チーで、我々が演奏したのと同じような配列だ。
あまりの緊張感の無さに拍子抜けしたが、新曲は良かった。
ワウペダルを思いっきり踏んで、ちょっとクリームさえ彷彿とさせる。
こりゃ遅れているニューアルバムが期待されるぞ!と、わくわくした。
別にヒット曲に不満は無いが、やっぱり彼の十八番"Have You Ever Loved A Woman"には
どきっとさせられるし、スポット的に入り込んでいくギターソロは、
何にも変えがたいものがあった。
後は愛情の問題だろう。どれだけ彼を愛しているのかの踏み絵とも言える ヒット曲攻勢だ。
意外に良かったのが、"I Shot The Sheriff"だった。
実は、観る前からなぜかこの曲ばかり口ずさんでいて、そんな前振りもあって
大胆に変更を加えたアレンジに、切れ味抜群のソロに当てられた。
"Sunshine Of Your Love"はもういいって感じだった。
アンコールに答えたのは一回だけ、曲名知らないアップテンポなR&Bだ。
これだけ長期のツアーを組んだ事にも問題あるし、毎日似たような曲を
やらされる方もたまらないなぁとも思うけど、正直言ってがっかりした。
でもエリクラ保存の観点からすると、良いショーでした。
禁煙したE.C。途中で弦を切ってしまうE.C。短い間だったけど
彼と時間を共有できた事は素晴しい事でした。

それから、大友さんを、熱烈"エリクラ"フリークのキムさんの店へ案内して
夜も更けていく。
キムチと酒で、電脳界を現実界へ引きずり降ろす作業に没頭する。
この場を借りて、大友さんにお礼を、そして勿論エリックにも感謝を!

余談ながら、今回のクラプトンはまるでキムさんを見ているようでしたよ。
#キム&チーのイベントを、彼が模写したかのような。

#さらに私信ついでに、明日から数日間、名古屋へ行き大阪へ行きます。
大阪にて、お楽しみライヴをやります。
キム&チーで結成された、"THE CHIJIMI"と申すバンドで。
そして相互リンクを実現していただいているHIPPIさんと、会います。
電脳界を現実界へ引きずり降ろす作業、第2弾!
次回予告です! それでは、11月にまた。



「前置き的口上」

1997/10/22.ICCH


"ROCK"という言葉を真顔で言えるようになったのは何時からだろう。
ROCKが持つ共有感といったものから、遠ざかった場所で個人的に
それらに興味を持っただけで、他人と共有するような種類のものでは 無かったはずだ。
生と死がそうであるように、孤立のうちに進行していく、密会のようなものであった。
いつ頃からか、そんなものには無頓着になっていった。
脳天気、厚顔無恥、鉄面皮、それが生活力というものなのだろうか?
自らの批評然とした言い回しに、ぎょっとすることもある。
いつの間に、そんな大人びた言葉を覚えたのでしょう。
社交辞令的な会話。着膨れした知識。無意味でさえある。
ROCKという私的幻想が、ある程度、他者と似通っていろ部分が多い
からこそ、共通概念が生まれ、記号やシンボリズムといった土台の上に
始めて、その言葉を使えるのだろう。という前置きで、やっと安堵して
さらに先へ進む事が出来るのです。
「議論とは、往々にして妥協したい情熱である」とは太宰の言葉。

いつも逃避ばかり考えている。
見慣れた景色はグレー色に染まり、妥協との折り合いで生業が成立する。
尻尾を追って、グルグル回ってる犬と同じで、着地点のない不毛の
努力を強いられる。憐れなだけだ。
見飽きた景色から遠ざかる方法、打開策は?
幸いな事に、自分の周りには、その具体策を様々に提出している
諸先輩達がいるのである。
良い意味で触発され、刺激を受けます。
ただ、あくまでも先例は先例であって、同じようにうまくいく保証などは皆無であります。
うっすらと先が見えたような気がするだけです。
数年前から、中古レコード店を始めたいと思い、具体的には方向を
見失ってきていた。店舗を構えて、自身の責任に於いて、経営をしていく
という事は、一種のギャンブルと同じであった。
アルバイトは楽である。保障された先から踏み出す必要はあまりないし、
よしんば踏み出したとしても責任はない。
それが、ようやく資金的にも折り合いがつき、丁度このホームページを
始めた頃ぐらいから、店舗を探し始めた。
この頃、不動産屋のお百度参りも慣れ始め、現実的な形になりつつあった。
店舗が決まれば、転がるのも早いはずである。
そうした報告を早くしたいのだが、確実にはなっていない。
例えば、これから同じような仕事に従事しようとしている人に、また
方向は違えど何かを始めようとしている人に、そして自身の為の捕捉を
していきたいのである。

日々の暮らしの着地点が、脆く、壊れ易い場所になるかもしれないが、
安楽な着地よりは、退屈しないで済みそうだ。
随時、報告をこの場を借りてしようと思っています。





「COGWHEEL」

1997/10/11.ICCH


我々は歯車です。
ふっと、その回転を止めた途端、そのシステムは機能しなくなります。
あらゆる人のイメージに居残るだけです。
自身の歯車が歩みを止めれば、それぞれの人々の中で、その歯車に
付随する歯車、または隣接する歯車は稼働を止めるでしょうが、
他者の他の機能には全く影響を与えません。
追憶を、記憶というカテゴリーで括るだけです。
そして時間に埋没していく。
なぜなら、生きていかなければならないのですから…。

詩人リルケは、こう言いました。
「どうだ、この家にとって、お前が何であるか分かるか!結局のところ
こうだろう、この家の人々はお前を敬愛している、お前という者が
いる事を喜んでくれている、そしてお前も彼らがいなければ生きて
いけないような気がしている。
とはいうものの、もしお前が行ってしまったら?
このまどいから脱けてしまったら? そのあとは?
お前を失うことによって、彼らの運命の中にできた空隙をあの人たちは
いつまで感じているだろう! どのくらいの間?
ああ人間のはかなさよ!
人間が自己の存在を真に確認し、自己の現存を本当に印象づけることが
できる唯一の場所は、自分が愛する人々の追憶、その魂の中であるが
ここにおいてさえ人間は跡を絶って消えうせなくてはならない。
しかも、またたくまのうちに!」

思い出は色褪せます。
浸食され、腐敗し、止まった歯車は錆びついていきます。
カラーはモノクロに! 
ついこの間まで、鮮明に思い出された活動写真もコマが抜け落ちる。
DNAはコピーを繰り返し、ほぼ一年で全身の細胞は新しく入れ替わる。
その時、様々な記憶は、正確にコピーされているのだろうか?
劣化もせずに…。 甚だ疑問である。
どうせならつまらない記憶は、バトンしないで消失して欲しいものだ。
情報のバトンが、細胞づたいに渡される時、細かいどうでもよい箇所は
省かれて、おおざっぱなものになってしまっている可能性もあるのではないだろうか?
脳が思考を纏める以前に、要所要所で情報処理をしているのなら、
その情報の漏れは充分考えられる。
全ての処理を脳が受け持っていたら、パンクしてしまいます。
伝達する情報は、それ以前に間引きしていかないといけない。
「知覚の扉」が開くと、遮断されていたその情報ダムが決壊してしまうのではないでしょうか?

錆び付いた歯車は、もはや油をさしても回転しやしない。
ましてや過去のシステムを使い回すなんて、論外だ。
新たに構築するより他にない。



「October VURT」

1997/10/02.ICCH


元気でやってるでしょうか?たまには返事でも下さい。
10月が、見慣れない暖簾でもくぐるかのように怪訝そうな顔付きで、かき分けて入ってきました。
季節の変わり目は、いつも決まって花粉症のように、ズルズル鼻汁をかみます。
20世紀に10月は、これを含めて、あと3度しか来ないのです。
そう言ってまた勘定を、踏み倒す積もりなのでしょうか?
もう何度も訪れている「秋」だというのに、今回は少し逆上ています。
季節感なんかありはすまい。ただ鼻がむずむずするだけ…。

リンクをお願いしたHIPPIさんが、「ヴァート」という小説を勧めてくれた。
ジェフ・ヌーン著、ハヤカワ文庫S.Fより、1作目が「ヴァート」 、2作目が「花粉戦争」という題名の本だ。
サイベリアンの嗅覚でなら、すでに嗅ぎつけているやも知れないが、
この本は久々の快作だ。
誰もが物語を紡ぐ。思考する者のみが持ちうる特権だ。
「ヴァート」も、そんな中の一つの物語である。
夢を記録出来るという発明で可能となった、自身のあるいは他人の夢を
追体験出来るソフト。その世界をヴァートと呼ぶ。
それはヴァート羽を口に突っ込み、喉元を掠めれば、現実との境界線は
取り払われる。合法的な羽もあれば、非合法の羽も存在する。
ヴァーチャルリアリティ・ドラッグといった手軽さで。
1作目にはまだ依然として、現実と仮想のボーダーラインに区別がつくが、
2作目となると、混沌とした霧の中にいるような、現実として扱われている世界も
ロールプレイングゲームの真只中にいる気がしてしまう。
夢に住む者も、我々と同等の権利を持っているからだ。
思考の産物が、同じ価値の生命を持ち始め、ヴァート生物達は我々の事を
「物語り屋」と呼び、別の地球「惑星ヴァート」の独立を求めている。
精神エネルギーの比重だけが優先する世界。
現実に存在している我々の肉体は、ヴァート人を生み運び育む、
入れ物に過ぎなくなり、意味をなさなくなる。
ジェフ・ヌーンはこれから、ヴァート世界との戦争が始まるという事を
告げている。「Nymphomation」という3作目を、現在執筆中だそうだ。
ニンフメーション。森の精霊「ニンフ」の事だろうか?
まず説明するよりも、自身の目で確認した方が賢明だ。
各々が、独自の解釈で夢を紡いでください。
「時計じかけのオレンジ」と比較対象されるが、それも頷けるような気がします。

自分はアレルギー性鼻炎がひどい。イメージに過敏で、過剰な反応をする。
猫を飼っていたにも関わらず猫アレルギーで、掃除で埃が舞えば
ダストアレルギーが発生する。年々、悪化していく。
だから、ヴァートはやりすぎないようにしないといけない。
夢も過度に摂取すると、害毒になる。バランスが必要だ。
本の中でも、ゲーム・キャットが警告し、ナパーム煙草が皮肉っている。
現実を忘れるな!
夢に沈溺するのはけっこうだが、自分に居場所だけは確保しろ!
もうサイケデリックドリームの二の舞は、止した方が良い。

すっかり、「秋」は赤ら顔で上機嫌。
親爺を相手にくだ巻いて、空の高さを誇ってる。
自分もズルズル鼻をかみ、ぼんやりその話を聞いていたのだけれど、
あんまり持ち合わせがなくて、懐具合が心配になってきた。
「スイマセン、お勘定。」と小声で言うと、そそくさと支払いを済ませ、そこを後にした。
内心、安堵して、自身の小心さに苦笑しながら、来月の給料日辺りには、もう「冬」が来るだろう。
鼻をすすって、冷たい空気をかき分けながら…。