1997/11/23.ICCH
前回の続きです。
無事、17日(月)下北沢の不動産屋にて、本契約の調印式が行われた。
出来るだけ感覚を鈍化させ、ことに及んだので何の感懐もない。
やっと済んだという肩の荷を降ろした状態のみだ。すぐまた背負わなきゃだが…。
老舗の不動産だと、地元の今までお世話になっていた不動産屋から
聞いていたし、たたずまいから想像出来るような創業…年という感じの
古風な雰囲気だったし、信用せざる得なかった。
勿論、ここまできて何かあってもらっちゃ困るのです。
精神的には疲労した。緊張もあったろうし、懐も重かった。まずはご挨拶だ。
それにしても下北沢という所は、随分と変わった。
以前のようなアングラな匂いもわずかながら残るが、全体像は小奇麗になった。
それでも、一部には村社会的、部落状態は放置されたままだけど…。
家からこんなにも近いのだけど、あまり足を運ばなくなった。
スタジオを使わなくなった事もあるし、知人達が一斉に退去した所為でもある。
プチ渋谷化したこの街は、訪れる度に表情を変え、新たな店が
現れては
消え、把握できない状況が続く。それは街、それも繁華街の特権でもある。
大型化した大手企業の氾濫に、うんざりすれば、足も遠退く。
18日(火)警察署へ古物商許可申請に出向く。
自分のやろうとしている仕事は、CDやレコードの売り買いなので、
当然、
必要な資格である。申請して、認可されるまで3、4週間程掛かるのです。
前科があったりすると駄目です。
これから、ちょっと事務的に解説。
行商の資格でなくて、店舗さえあるならば、古物商資格は誰でも取れます。
自分の区分は、道具商に当たります。その他、衣類と書籍を申請しました。
種類は多岐に渡り、美術品や、時計、宝石や、自動車、バイクに
機械、工具類、写真機、革靴、ゴム類、金券類等々あります。
個人営業の場合、必要な書類をざっと挙げます。
1、許可申請書2通。2、経歴書。3、誓約書。(これらは警察で貰えます)
4、住民票。5、身分証明書。(こんなのも区役所で発行してくれるのですね
自分は知らなくて、それを持っていかなかったので取りに行かされた。)
6、写真。7、賃貸契約書の写し。そしてお約束の手数料18000円です。
ま、そんなところで、詳しくは地元の警察署防犯係へどうぞ。
こんなのも、けっこう神経疲れるのです。
色々と下準備をしてきた積もりだったけど、全く体を成していない事に気付く。
全てが、行き当たり場あたりだ。
16歳の時、面接で落とされたはずだったバイトが、採用された奴が来なかったお陰で
雇って貰え、それが千葉の片田舎の中古盤屋だった。その時
面接をしてくれたのが、現在、高円寺で独立開業している新童さんだった。
種は蒔かれ、収穫の時を待つ。
さて、それから、つらつらと時が流れて、一週間が経とうとしている。
引っ越しをしている様な事務的対応に追われた。
銀行で口座を開設したり、電気、水道、電話と連絡したり、細々とした雑務。
何も進行しちゃいない。
一番、頭を悩ませるのが、品物の事である。
だが、ここは愚痴を云うスペースではない。結果的にはそうなりつつあるが…。
それはお許し頂いて。
まずは、今回はこの辺りで、お暇致しておきます。
長々と御拝聴、感謝致します。
1997/11/14.ICCH
「前置き的口上」で、少し触れていた話が、そろそろ本格的局面を迎えつつあった。
現実は、手痛く冷淡だ。
首をもたげると、もぐら叩きの如く叩かれるし、いぢけてうなだれれば嘲笑される。
最近は不動産業界も不景気でなどとよく耳にするが、どうだろう。
その所為なのか、益々、横柄になってきてるのではないのか?
仲介屋は毎度の如く、蚊のように血ばかりただで吸っておいて痒みばかり残し
飛び去っていくし、家主は問題無く金さえ貰えばそれで知らん顔だ。
通常、店舗物件はスケルトン渡し(からっぽ状態)で取り引きされるが
この頃は、それを億劫がって居抜き(設備や什器がそのまま)で渡す所が多い。
勿論、うまく同じ業種に当たれば、けっこうな事なのだが
滅多にそんなラッキーはない。
さらにその設備が買い取りだったりする。最初はそんな事の繰り返しで
美容院の居抜きで、買い取りでなどと
難癖付けられて、普通、貸し出す以前に
そんな問題はクリーンにして置けば良いのにと思うのだが、家主は撤去費用を
払いたくないから、
新しい借主に問題と責任を押し付けるのだ。
それでその設備の買い取り費70万と、さらに不必要な訳だから撤去に30万が
必要となり、無論、そんなバカな出費に金は出せないから、場は流れて
東から南へ、南から西へ、親はいったい誰だって事になる。
ようやく見つかった物件も、喫茶店の居抜き状態である。
しかし、撤去費用のみ被るという事で話がつき、
来週、本契約とあいなりました。
まずは第一段階クリアーです。
(契約まで気は緩められないが、直前にって事だってあるし、あー心配症)
店名:『HERE SCENES』
業種:中古CD、レコードetc 売買。
場所:東京都世田谷区下北沢…
次週予定、「本契約の巻」と「古物商許可申請の巻」
1997/11/07.ICCH
名古屋から、新幹線で京都を越え、一時間ちょいの小旅行。
11月1日、連休が始まったばかりの日だったので、混雑している車内。
「ブラックレイン」のリドリースコット風情景は、帰りの車内から、
遠ざかる大阪を
眺めた時にだけかいま見る事が出来た。
前日の酒が残った不健康な身体には、敏感な神経は消え失せていた。
HIPPIには無事会えるだろうかと、少し不安まじりだったけど、約束通り
新大阪駅、中央改札口で、出会う事ができた。
濃いものに魅かれるのは、簡単な事。判り易いからだ。
ぶたまん、タコ焼き、食い倒れ人形、梅田からナンバ、心斎橋、なんて
嬉しくなってくる響きだろう。きっと大阪人は気付かないだろう。
大阪弁を日常的に話し、通天閣や吉本新喜劇がいつでも近くにあるのだから。
そして、それに憧れても、そこに住まなければ判らない。
自分の立場は、単なる観光者から抜け切らず、憧憬持って眺めても、非常に
浮いていて、この土地とは無関係という関係性しか持てない。
どこにでも転がっているのは、それぞれの生活臭だけだ。
匂いをほのかに感じる。大阪の匂いを…。染み込んだ。
それぞれの家に籠る匂い、そこに住む人の体臭、それが集団になって
大阪という街を形成していく時、旅行者は圧倒される。
大阪という圧倒的なイメージがはびこって、様々な断面をさらけ出す。
そのパターンを、知らず知らずのうちに歩き出していく。
時間軸の欠如は、もう数日前から襲ってきていた。
イメージで形成された街は、現実に微妙に影響を与えながらも、知らない土地は
旅行者を不安に陥れ、終らない旅が恐怖に誘い込んでいく。
いけない。こりゃあバッドトリップだ。
箱根の芦ノ湖へ行ったのは何時? 武道館でE.Cを観たのは?
小田原城だったのが、大阪城にすり変わっていた。
二重構えの堀。橋を渡ったら、その先にはまた堀に掛かる橋が…。
天気は良好。タコ焼きは、身がとろけていて不思議な食感だけど美味しい。
電子メールの文字でしか相手を知らないけど、HIPPIはそこに居た。
豊臣秀吉の電波が、時々介入してきては、磁場を脅かす。
大阪城って、中身は展示場だね。外観は大阪城なのに、中はデパートだ。
サイボーグ城の中では、何かを得ようとした観光者が蟻の様に動めいて
いて
触角をフル稼働させていた。
重箱は"LunchBox" 草履は"SANDAL" 兜は"HELMET" そりゃそうだ。
妙訳の展示物をかきわけて、それぞれの女王蟻に報告をしている。
距離を一気に跳躍すると、頭がクラクラしてくる。
交通機関の発展は、安楽にし便利にさせたが、肉体の移動は出来ても
精神は出発点に置き去りにしたままだ。テレポーテーションの悲劇。
昔の人は、徒歩でゆっくり目的地に近付き、身体をだんだんとその土地の空気に
慣らしていったものだが、スピードは年追う毎に早まっていき、精神を取りこぼす。
「South To South」のボチボチいこか的情景。
散歩しましょう御堂筋でも、梅田からナンバまで。
今回のもう一つの目的は、千里丘でのお楽しみライヴにあった。
前日は、パッパカさんの家で飲むだけ飲み気絶。何が何だか判らない?
黒木さんや、オバコワの奥野さん達と、近所のマクドで朝食。
車で揺られて、演奏するという場所に連れて来られて、びっくりだった。
予想以上の窮屈さと、これはカウンタースナックってやつであった。
知らない人ばかりで、素面でぎこちなくリハ。でもアルコールが入れば
大丈夫!
カウンター内で演奏。平さんの真後ろにゃ、高そうなボトルが
並べられ
倒しやしないかヒヤヒヤもの。HIPPIの来る頃には、出来やがっていた。
自身の演奏よりも、やっぱり今回は、平さんの同郷の人達の演奏が遥かにいけていた。
暴走族を引退した輩が、久しぶりに単車に
またがるようなものである。
際限なく、のっぴきならない演奏が続いていく。
京都よりの、物腰柔らかな方言が、心地良く聞こえる。
どこにだって幸せな空間は出没する。良い波長が出ていさえすれば。
さても自分は起きていながら意識不明だ。
潮が引くように宴も幕引かれ、朝までだらだらとはしない大人達だ。
蝋燭をパッと消されて、戸惑うのは子供だけ。暗闇の中、HIPPIや黒木さん
現地の方と、屋台へ飲みに行ったが、記憶はあやふややゃゃぁ.....
....
寒い布団の中。一瞬、ここが何処なのか判然としない。
そう、黒木さんの実家だ。昨日、夜遅くまで飲んだ缶ビールが転がっている。
覗くと落ちそうになるボットン便所の穴から、お尻を掠める風が…。
工場を内に位置する此処は、昔は奉公に来ている人達の合宿所でもあったそうです。
寝かしてもらった部屋も、そんな中の一室。
なんか騒々しい茶の間が、懐かしいおばあちゃんの家にでもお邪魔している
感じでした。
昨日(現時間軸なり)、「ビリケン」という映画を観た。
阪本順治監督、杉本哲太主演、通天閣の守り神ビリケンさんのお話です。
いつでも、出発前に観たら良かったのにと思うのだけど、何らかの作用で
こうなってしまう。沖縄の時もそうで「ウンタマギルー」は
帰ってきてから観た。
良い映画でした。思うに、きっと、
後からこうゆう映画に出会うという事は、もう一度行きなさいという事の
暗示的、リピーター効果の内なる声なのかもしれません。
その日、HIPPIの家へ遊びに行った。
ライヴの為にベースを持っていたし、最小限のはずの荷物は行く先々での
垢が溜まり、重く肩にのしかかってきていた。
君らに生命を与えるから勝手に歩きなさい、とでも言いたいぐらいだ。
自分の管理下にこの荷物共があることに、過度の重圧を感じた。
知らない家はいい。やっぱり匂いがあるからなのか?
その人だけの空気、時間が流れているからなのか?
ママ吉は寄ってきてくれるけど、アカオは人見知りしている。
猫はそれでいい。勝手に生きる。三味線作りに気をつけろ!
HIPPIの事もいろいろ知った。
近くに走る流れの少ない川、ボクシングジム、それに沿って自転車でどこまでも
走っていったという話、空はどこまでも青い、透明な空気。
時間はそこで釘付けにされている。きっといつまでも…。
新大阪駅。ふりだしに戻る。
電車に、HIPPIと二人して挟まれたという大阪の記憶。
大阪らしさに拘ったって、何も判らなかった。らしさなど人が抱く幻想だからだ。
駅の構内の、飲み屋でたくさんHIPPIと話をした。
今度、来る時は、ビリケンさんの足をくすぐりに通天閣に登るのだ。
それと、荷物は持ってこない事にしよう。
強い決意の下、カプセルホテルで一夜を過ごし、大阪を離れる。
電信柱が竹の子状に、競うように平屋の脇から、生えている。ごっそりね。
あしたのジョーは、あの下に居るのだろうか?寺山っぽいね。
工業地帯からは、煙突がにょきにょきと伸びている。そっからは、今だに
煙りが立ち、
遥か後方の大阪を、霞みかけて演出している。
放射線状に飛び散る時間の、ほんのひとかけらでも掴めたら…
また会う日まで、さようなら!
すぐに日常は、首をもたげる。待ってましたとばかりに。
それならそれで打破していくより他ないのです。
ありがとう、大阪!!
P.S
近鉄バッファローズの始球式で、ニールヤング氏が球を投げたという未確認
情報あり。
バッファロー・スプリングフィールドだけにね。
詳細を知っている方は連絡請う。