ワッシャー TRASH
Up Data 03/26
「春支度」
Up Data 03/19
「LUCY」
Up Data 03/15
「NO BODY」
Up Data 03/09
「結婚狂騒曲」
Up Data 03/07
「強風注意報」
Up Data 03/02
「春よ来い!」






「春支度」

1998/03/26.ICCH


引っ越しも、無事?終えて、部屋はダンボールで埋っている。
案外、目を背ければ見ないで済むものに関しては、放って置く質である。
遠足の前日に浮かれて眠れない子供の様に、引っ越し前夜には高熱に犯され
店でぶっ倒れそうになって慌てて早仕舞いして、帰宅した。
6年間の住み慣れた部屋の最後の夜は、風邪でヒィーヒィーうなされて過ぎた訳だ。
当日は、そのお陰で寡黙に荷物運搬に従事できたようである。
ちょっとぐらい熱でほだされていた方が、調子が上がる場合もある。
軽トラで同じ町内を何度も往復して、厚着した着衣は汗で水風船みたいな感じ、
栄養剤を服用、昼過ぎから始めて、終えたのが夜の11時ぐらいだった。
そして、次の日には風邪の菌も燻蒸され駆逐、筋肉痛ではあるものの至って快調。
よけいな腐敗物が排泄されたような気分の良さを得て、ホームページのリニューアルを慣行。
そして本日、まだ気分は高揚しているものの、すでに老廃物が蓄積したかの様なちょっと糞詰まりな、
サウナで汗を流した後、すぐにビールを飲み 、その一瞬だけの為に熱気を我慢した己を恥じる様な
なんとも、やりきれない感じがしてきている。
生身の身体は忘れっぽいものだ。持続する事の難しさを痛感する。
今は、新居にも新鮮さが漂うが、数日もすれば我慢のならない沈滞感に陥るんだ。
その繰り返し。んな事、分かってるから流浪してくんだよね。
徒労に終わらなければいいんだけれどね。

それにしても、あのダンボールの山だよ。全く邪魔ったらありゃしない。
自身の病歴、並びに履歴の数々が夥しく不快だ。
人とはこうやって物質を取り込んでいかねば、生きて行けないものなのでしょうか?
坂口安吾のように、茶碗と箸、最低限の下着と衣類という訳にはいかないものなのか。
精神の垢でさえ拭い去るのが大変だってのに、雁首揃えてこの役立たず共は、いったい…。
この辺りで、方向転換しておかないと、だんだんと薄々と気付いてきたのです。
自分は、本当は何も欲していないという事を。
欲しているような気分になっているだけで、実際はあのダンボールの山に加えられるだけ。
シンプルにいきたいと、切に思うのです。

両手がふさがっています。
新しいものを掴むのに、両手に持っているものを離さずに、それを掴む事は出来ません。
何かを捨てなければ、何かを得られない。
人に必要なものなんて、一つか二つだけじゃないでしょうか?
後に付随する、よけいものの行進の最後尾には、つまらないプライスが付いています。
あの、しみったれた味気ない大安売りの赤札がぶら下がってる。
最後まで生きてみて、連なる過去を手繰り寄せてみたら、その赤札ってのは、
ちょっと淋しいというか、情けなく人生を悔いるような気がしないでもないです。
そんなオチもいいかなっていう気もするけど…

あ〜あ、自信が無くなってきちゃった。
あっちへふらふら、こっちへふらふら、結局、堂々巡り。
通常の思考の経路なんて、こんなもんかなぁ。頭の中に無いものは湧いて来ない。
いや、そんな事はないぞ。
もしそうならば、発明、発見の類はどこから降って湧いてくるのだ。
確率的には低いけれど、可能性は無きにしもあらず、突然転んで頭ぶつけた拍子にって
いったい、この話はどこまで続くのやら、、、

答えは、生きてる限りっていうのじゃ、少し足りない。
でも、少し足りない方が、生きていくのに退屈しないのでは無いだろうか?
なんて、ちょっと逃げてしまいました。
もうすぐ、4月の中旬頃には、花見でもできそうですね。
春の奴は気紛れだから、すぐ冬の奴をひっぱり込んで、意地悪をしやがる。
冬は春が嫌いなんだけど、春は冬を好きなんだよ。
陽気が良くなったら、また会いましょう!




「LUCY」

1998/03/19.ICCH


不感症気味。蓄膿症の上に花粉症、耳に入ってくる音も退屈だ。
来週、92年から住んでいた、木造の部屋を出て行かなければならない。
建て壊しの為、立ち退きだ。6年か、長いような短いような?
古びた畳、BITCHの爪痕の残る柱、煙草のヤニで黄色く染まった壁、感傷的です。
まだまだ、使用可能な住居なのに、壊され捨てられるのですね。 理不尽な感じですが、
それを代弁する事は出来ないし、諦めて役目を終えて下さい。

今週の初めに、何年ぶりかの旅行をした。
ルーシーと、ZAPPAのアルバムに出てくるスージー・クリームチーズと
ドロシーってのはオズの魔法使いね、という設定にしておこう。
お手軽な内面旅行、部屋の中をかけずり回り、磁石も地図も持たない着の身着の儘、
仕事の事なんか忘れて、好きな音楽とビールを飲み、明るい最中から部屋で呆けます。
30分も寝っ転がってれば、見慣れた景色がやって来ます。ほら、天井の染みが意思表示してる。
いやぁ、ただいま、おかえんなさい、相変わらずですね、そんなことないですよ、
けれども、これって科学的に結論が出てるんだよね、と言っても科学的に説明は出来ないけれど。
ほら瞳孔が開きっぱなしで瞬きもしないで一点を見つめていれば、訳無いって。
バカ、瞳孔なんて簡単には開かないよ。どうころんだってね。てな 独り言で悦に入る。
そうこうして数時間も経つと、だんだん飽きてくる。
そして当然、原体験からはだいぶ遠い地点に居て、なんとかそれに 近づきたくて無理をする。
手当り次第、宗教的になってみたり、お香を焚こう、照明を暗くしてロウソクの炎だけにしよう、
クリスタルワークだ、逆立ちしてみよう、鏡に向かって「変な顔」と一言、
チョコレートを発見、これは美味、次々と口に運ぶ、冷蔵庫を解放、ウインナー発見、
フライパンで蒸し殺し、新たな缶ビールで迎え討つ、やっぱりビールにはウインナーが良く合う。
それにしても自身の身体の許容量に、些か驚く。何でも迎え入れやがる。
以前は食欲どころか、吐き気の方が強かったけれど、こりゃどうだろう、やたら喰ってばかりだ。貪欲だ。
貪欲と言えば、ニールヤングのビデオ「WELD」を観ていて、
彼の音楽に対する貪欲さにちょっと焚き付けられた所もあった。
あの観衆の尽きない要求の、さらに上を飛び、関心は音にだけ向けられている。
自身の放出するエネルギーが、アンプを通して拡張され、それをまた自身が食らって高みへと昇りつめていく。
太るか、痩せるか、そのどちらかだな、などと、したり顔で腕組み。
さて、それから、どうしたのかといえば、また相変わらずの景色が寄せては返し
中断出来ない事は分かっていつつも、うんざりして、是が非でも布団を被り寝てやった。
ちょっと手助けを借りてね。人間の意思に勝てるものはないのだ。
そうやって驕った次の日は、さすがに地球の重力が全身に脅威を与え、
ちゃんと罰を与え賜うのであった。なんか止めを刺された感じだ。同じ繰り返しは、もう止めだ。

今回は訳の分からない人には、ほんと訳が分からなかったでしょう。


「NO BODY」

1998/03/15.ICCH


昔、ロンドンに住んでいた時、友達の家に電話を掛けたら、知らない外人が出て
「Nobody」と一言、ぶっつり切られた事がある。今日の話とは関係無し。

関東地方は、天気は良いが、強風です。
マストに身体を括りつけろ!(こりゃメールマガジンと同じ前置きだ)

二日酔い、花粉症、不調です。
他者を巻き込むのは忍びないが、こうなったらご一緒してもらいましょうか?
嫌ですね。自殺の巻添えなんてね。
役所広司がテレビで、太宰治の役を演じて、カフェの女給の耳元で「死のっか?」と
東北弁で囁くシーンがあり、あれは笑えた。自意識過剰。
少し熱っぽく、まぶたは重く、鼻孔はがびがびで、胃はむかむかする。
まったく、くたびれた肉体。
店に来る若い客が、ミックジャガーを指差して「オッサンだからなぁ」と言ってた。
成程、オッサンだろう。
昨日、東京ドームで観たストーンズのミックは、とても55歳には見えなかったが毒気は皆無でした。
毒を抜かれた河豚だから、美味でした。チケット代分の内容はあった。
エンターティナーと呼んで差し支えないだろうと思うが、死んだ屍拾うもの無し。
ただ、もの申すならば、オッサンだからなんだって言い返すのもバカらしいが
その何の発展もしない無神経な言葉に、ただ閉口である。
その厚顔無知さは、どこから生まれるのでしょうか?その無自覚さが気味悪い。

"Communication breakdown"
そんな時期を、誰もが通るはずだ。いや、通らない奴は信用ならない。
土台が違う事を論議したって意味は無いのに、話し方が分からなくなる時がある。
骨組みの話をしているのに、聞いてる方はまったく論点がずれていて、
話す方も性急過ぎて、互いに不愉快になっていくのだ。
でもそれは、とても有意義な時期である。なにもかも肯定されたら何も生まれない。
その理解されない時期が、孤立が、疎外が、新たな土壌を生成するんだ。
理解されないその時期は、母親の体内と一緒だ。
受精できる可能性を含み、そのままその場所に居続ける可能性をも含む。

「NOBODY」という言葉は鍵である。勿論、自分にとっての。
ジョンレノン「NO BODY LOVES YOU」の呪縛。
映画「DEAD MAN」でウイリアムブレイクの旅案内をするインディアン"Nobody"。
Willie`s Apple「NOBODY」が、とどめをさす。

名前はNo body、何者でもない、
行き先はNo where、分かるわけもない、
何処にも帰らない、誰にも属さない、
何にも聞こえない、何にも望まない、
By By Everybady ! Goodby All So Long !
通り過ぎてく全てのものに!

この歌は、例えばじゃがたらの「でも・デモ・DEMO」
例えば、Doors「ヒヤシンスハウス」と同列の意味を持つ。



「結婚狂騒曲」

1998/03/09.ICCH


日曜日は、田中さんの結婚式でした。
田中さん、梅ちゃん、おめでとうございます!
もう、今頃はタイへの新婚旅行の為、機上の人。行ってらっしゃ〜い!

酒が入るとすぐ悪い癖で、何もかも放ったらかしにしてしまう。
昨日も正午から始まった結婚式で、着慣れない礼服で、互いの親類縁者に混じり
賛美歌なんぞを歌って、記念撮影にまで参加してしまって、肩は凝るし
もっともそこから遠い所に居た田中氏を知ってるだけに、吹出しそうになるしで、大変な騒動だった。
そして、その緊張の後の披露宴では、酒と料理が振る舞われ、緩和が待っていた。
緊張と緩和で、すっかり舞い上がってしまい、空腹に流し込んだシャンパンでほろ酔い
ビールでいつもの状態へと落ち着き、ワインですっかり出来上がってしまう。
フランス料理にかぶりつき、ワインボトルを抱え込み、いろんな方々のスピーチを肴に上機嫌。
ここに参加してる人に、悪意は皆無。みんな善意だけで集まっている。(表向きは…)
一緒に参加した黒木氏のその言葉で、本当に悪い人は居ないような気になり
昼下がりの日差しが漏れる幸せな空間で、もうぐでんぐでんになった。
店に戻らなければならなかったのだが、もういいやって事にしちゃって 臨時休業。
二次会までなだれ込んでしまいました。
分かっては居るのだけど、その幸せな時間なんて長続きしやしないって事は…
今までの、親類縁者の方々はいつの間にか姿を消し、友人知人の類が会場を埋めつくす。
こりゃライヴの後の打ち上げと変わらない景色。
何が嫌いって、あの打ち上げのだらだらした退屈な景色ほどクソつまらないものは無い。
司会者も、まとめようって気があるんだか無いんだか、つまらない紹介ばかりして、誰も聴いちゃあいない。
演奏してる人が居ようが居まいが、個々のテーブルで勝手に盛り上がって騒いでる。
別に文句を言ってる訳じゃなく、これでいいのかなって感じだ。
騒々しいだけの酒宴は敬遠したいので、姿を消しました。
いつも帰り道はこれだ。自転車を転がしながら、自分勝手と自己嫌悪を対決させて、実につまらない心持ちになる。
頭が割れるように痛い。神経消耗して、すぐに身体もそれに呼応する。
あーもう二日酔いかよ。くそっ。
何だか分からないけど、こんな形でしか反応できない自分に耐えられないのだけど
我慢してあの場に居たって、ろくでもない事しか起こらないような気もしたし
残念なのは、ろくに田中さんと話しも出来なかった事だが、それは仕方無い。
自分の集まりなのに、ホスト役に徹して他人にサービスしなければならない姿は、何か間違ってる。
じゃあ、そんな会やらなきゃいいんだけど、それも極めて日本人的な付き合いである。
やらないわけにいかなくなっちゃったんでしょう。
結婚狂騒曲が騒音と共に、大音量で耳元を掠めて、布団を被っても頭を揺らします。

色々な事に、無神経になりたいんです。
裸のサル…で、しかない自分自身の姿を反芻。
所詮、武装したり鼓舞されたりしても一介のサルでしかない。
自身を大きくも小さくも演出する事は可能ですが、仮想社会のトリックの域から逃れられる術無く、
裸のサルたるべく、震えている矮小な自分自身を発見するだけでしかない。
理屈っぽい。意味が分からない。
楽しくいきたいですね、というだけの事なのです。
人って、たくさんのエネルギーを持ってるけれど、それの使い方が難しい。
その力の使用方法を知ってる者が、サルで無く、人であり、何かを為し得るんだ。
なにごとも為さざるは罪をなしつつあるなり。
支離滅裂です。

また、つまらない事で、神経を高ぶらせる自分自身がやりきれない。
サルはサルらしく、無神経で、いりゃいいんだ。
服を着て、テーブルで食事して、布団で寝て、トイレで排泄して、
でもそれらは、裸の身体や思考を覆うオブラートみたいなもので、意味は無い。
もちろん自分にとって無意味なだけで、それに意味を見い出す人もいるでしょう。
何が言いたいかって、何も言いたくないって言っているんですが、
何かを言ってると勘違いする人がいるから、そら恐ろしい。
誰かが、自分の情報を持っていると考えるだけで、気味悪くうちのめされる。

DOORS「HYACINTH HOUSE」今度はそればかりが耳を掠めます。




「強風注意報」

1998/03/07.ICCH


風がとても強い日。お店のヴィニールカーテンもまくれ上がってます。
これは、春一番か!?
花粉も強風に煽られて、自分の鼻まで届かないようだ。

ここの店の真向いの服屋が移動して一ヶ月、もう新たな店が誕生しそうだ。
イタリア料理の店。
挨拶に来て、和菓子を持ってきたが、なぜにイタリア料理屋が和菓子なのかは不明だ?
理想と現実のギャップにうんざりします。
真向かいのイタ飯屋も、ほんとはそれに付随したものを配るべきなのに
現実的に日持ちの良い和菓子だとかに落ち着いちゃったんだろう。
資金的な問題か、または周囲の店など問題外か、けれどもその姿勢一つを取ってみても
つまらない店なんだと推測出来てしまう。と、言うのは言い過ぎか。
他店の事などどうでもいい。いったい、どうなってるんだ!
いろんな自信が、溶けだしてきてしまうじゃないか。
土曜日、たくさんの出入りがありますが、この見世物状態には少し軋轢を感じる。
そして、売り上げに結びつかないジレンマ、なんて言うんだろう?
フィットネスクラブによくあるようなサイクリングマシーン、
ペダルを漕いでも漕いでも前には進まず、メーターだけが距離を提示するだけ。
さらに、冷や汗だか、いやにベトベトした汗が滴って、目にしみる。
元来、自分は焦燥感に囚われる質の方なので、周りの大人から、あと5年辛抱したら
などと、言われると逃げ出したくなるのです。

本日、昼間にやった、DUB NARCOの追加公演には行けなかった。
昨日もWillie`s Appleで抜け出しているし、先程、西村氏が連中と現われて
大盛況の旨を聞いた。このツアー大成功ですね。レコードをたくさん買って戴いた。
自分の周囲は、明日の友達の結婚式の事で盛況だ。
電話で、何を着て行こうかってさ。これも一種の祭です。
その結婚式の二次会で、恒例のなんたらゲームの景品に、この店の商品券が抜擢された。
宣伝も兼ねて良いのだが、それを聞いたのがさっきだから 急いでその券を制作せねば。

風はますます強くなる。
思うに世間の方々にとって、音楽っていうのはただの二次的なものでしかないのですね。
嗜好品の極み。あれば聴くけれど、無ければどうってこともない。
カップルでウインドウショッピングとしゃれ込んで下さい。
近所のマニアックな玩具にプレミヤを付けて売る店では、入場料を取る。
気持ちは分かる。それも、ちょっと傲慢だけど、それだけ自信もあるのだろう。
結論、先送りで、閉じてしまおうっと。

明日は大阪のHIPPIのファニングスのライヴだ。大阪人はFANDANGOへ急げ!



「春よ来い!」

1998/03/02.ICCH


昨日は雪は積もるし、全く売れないし、世紀末的様相だよ。
え!売れないのは世紀末と関係無いって? ご名答!
本日月曜日、定休にも関わらず営業しております。
フライヤーやビラがたくさん集まってきて、その努力買いです。
自分もビラ配りとか経験あるし、嫌な思いとかさんざんしましたから、気持ち良く
受諾することにしています。けれど、最近のビラは贅沢ですね。 カラーコピーなんか当り前。
良質の紙を使用、効果があろうが無かろうがバラ撒く、少し驕ってる。
限りある資源、効果的に使いたいものです。今、期日の過ぎたビラを整理したら
山のようにゴミが出てしまい、 メモ用紙ぐらいにしか用途が思いつきません。
その辺のケアも怠らず、例えば回収、例えば違った目的にも使える仕様とかね。

銭湯へ行ってきました。ちょろっと小一時間程、店を閉めてね。
気分転換にはこれです。
昨日も高円寺中古盤屋「ヨーロピアンパパ」の新童氏と遅くまで飲んだ。
電車無く、雪の為自転車にも乗ってこなかったので、線路沿いに歩いて帰った。
この近所の「駅」って飲み屋はなかなか焼き鳥が美味しいのだ。
4,5年前、一番街の外れでレコードを洗浄するアルバイトをやっていた事がある。
一枚洗うといくらって計算で、出勤時間も休憩時間も不問で実に楽な仕事だった。
うんざりはしたけれど。その某中古レコード屋は今も下北沢にありますね。
その頃、好きだった娘がこの近所に住んでいてさ、今じゃ他人の奥さんだけど…
なんて事が、湯船に浸かっていると、止めどなく溢れてくるんです。
まさか、またこの辺りで、しかも自分で店を始めるとはね。

一端、溢れ出すと、ほんとダムの決壊って感じで想い出が流出する。
しばらく放置すると、さすがにたいした量の想い出なんて無いし、それにそんなもの奥の方は
腐敗して固まっちまってるし、勝手に流れも止まるんだ。
そんな事繰り返して、その想い出とかの捏造も完了する。
とかいうような根っこも無いような、抽象的な話も飽きましたねぇ。

年度末です。3月を乗り越えれば、春です、花粉症には辛いけれど…
鼻炎気味の鼻をむずむずさせてみても、まだ春の香りは感じません。
鈍感なんです。でも、それと意識しないでいるうちにいつの間にかってことになりそう。
家の近所の羽根木公園では梅祭り。週末はことごとく天候悪く、悲しい情景だったけれど…
私事ながら、引っ越しもあるし、友達の結婚式は今週末だし、ストーンズだってある。
何をするしないでも、時間は平等に各自に振り分けられています。
もたもたしてると、その配給にもありつけなくなっちまうかもよ。
と、他人を焦らせ、その横を悠然と涼しい顔で通り過ぎたいな。

春よ来い!