ワッシャー TRASH
Up Data 11/24
「TRAVERSES THE KANSAI」
Up Data 11/08
「独りごち」
Up Data 11/06
「はらっぱ」






「TRAVERSES THE KANSAI」

1998/11/24.ICCH


様々に決断を迫られる瞬間が、長く生きていると訪れる。お茶を出して、お茶を濁していると、すぐにそれは足音も立てずに行方を晦ます。だから、捕えたら離さない事だ。後悔も感動も喜怒哀楽は過去へと走り出したく、疼いていた。苛立っていた。あるのは、様々なコースを持ったレールだけである。各駅、急行、特急、なんだっていい、乗り込んでしまえ!そしたら、勝手に次の駅に着いちまう。電車も入ってきていないのに、背中を押す事だけは勘弁して欲しい。もう少しの猶予を!

計画はこうだ。名古屋に二日滞在、京都に二日滞在、大阪に三日滞在。 その内、京都と大阪でWillie`sAppleのLIVE、大阪のRock BAR"ハッシュ"のリニューアルパーティでの演奏、後は行き当たり場当たりで良い按配になってくれる事を願うのみ。15日に深夜バスで名古屋へ向かうはずが、いきなり出鼻をくじかれた。満員で乗れなかったのだ。新宿からトボトボと帰宅したが、途中で友達と飲んで無念を晴らす。次の日、昼に東京駅からバスで6時間揺られて、名古屋に到着。新幹線の半額の料金で、交通費が浮く。 名古屋は小学校までを過ごした、言わば馴染みの土地だ。母と妹と弟が暮らす家で厄介になる。その二日間で、MDウォークマンを購入し、墓参りをして、なかなかの的中率を誇る(いやマジで)母の馴染みの占い処で予て貰う。ここでハメられた因果率に因って、こっから先の道のりも予見される。 17日の深夜の流星群に心奪われたが、名古屋は雲が多かった。天気予報はアテにならない。一つも流れ星を発見出来ず、寝不足だけを残し、新幹線で京都へ発つ。

ネットで知り合ったトリちゃん二羽(失礼ですがこのネームでいきます)にとっても親切にもてなしてもらった。銀閣寺の裏山に居を構える館に厄介になった。勿体ないぐらいの場所だ。トリの旦那はバイクに乗って迎えに来てくれた。山に囲まれた京の街は、その古風な住居の所為か、左右対称的な風景の所為か、実に理論整然としていて独特の雰囲気を醸し出している。 ここは、やっぱり沖縄と一緒で何かを塞き止めている。大事なものを残しつつ、時代に溶けようとする生活の空間がある。着いてすぐに、裏山に登山に行こうと言う。そこは大文字送り火を催す「大」の火を焚く山であった。 「大」の字に沿って窯があり、そこの炭などを持ち帰ると御利益があるという話だ。勿論、無神論者の強みを発揮して持ち帰る事にした。中途の頂にて、京都を一望出来た。ここに来てやっと実感が湧いてくる。上から見下ろすとなんと恵まれた地形なのだ。こんな街で住める事が羨ましい。 そして、また自分は通過するだけの観光者だった。その夜はミューズでWillie`sAppleのライヴ。時間まで立ち飲み屋で安い日本酒を飲んだ。 急に寒くなってきた自衛策だ。ミューズでのWillie`sは良かったけれど、小屋のブッキングがなんとも冴えず、ベースの音が出なくなるだのトラブルもあった。彼等と挨拶を交わし、トリちゃん達と京の街を徘徊する。 繁華街はやはりどこも似た景色であった。そうして、また、許容量を越えて飲んでしまったらしい。御迷惑をお掛けしてしまいました。

トリの旦那が、昨日の日本酒の所為だと言い張っている。確かに妙な二日酔いだった。京大付近にある喫茶店はすごく良い雰囲気を持っていた。 たくさんのコース案を練ってくれていてその中から、鞍馬山を選んだ。 宇宙エネルギーなる怪しさ、そして温泉である。テングと牛若丸が修行をした山でも有名な鞍馬へのアクセスは、出町柳駅から叡山電車で30分程で行ける。紅葉を分け入って進む、電車からの眺めは壮観である。ちょっと得した気分になれる。仁王門から山へとコースを辿る。パンフレットからの抜粋に因ると「宇宙の大霊であり大光明、大活動体<尊天>は、宇宙生命、宇宙エネルギーであって、そのはたらきは愛と光と力となって現われ、愛を千手観世音菩薩、光を毘沙門天王、力を護法魔王尊のお姿で表わし、この三身を一体として<尊天>と称する」と書いてあるように、かなり怪しい感じとなっている。650万年前、金星から人類救済のため魔王尊が天下った地とされる 奥の院まで揃い、与謝野晶子の歌碑なども、ちょっとした薬味を添えている。我々は魔王殿、そして貴船神社までの11キロコースを歩いてしまっていた。木の根道と呼ばれる山道は、正にテングでも現われそうな景観で、グロテスクに地上でトグロを巻く根は、他の木にまで及び、ここらで記念撮影をしました。温泉からは随分と離れてしまい、もう一度貴船駅から電車で鞍馬まで戻る。足は痛いが温泉は入りたし、時間を気にしつつも、とにかく温泉だ。最終電車は6時40分、それまで露天風呂を満喫し、ビールを飲みおでんを食べた。目が随分と、この山の緑、黄、赤の紅葉に馴染んで心地よいし、風呂上がりのビールは凄まじく美味しかった。街へと無事戻り、串カツっていうのも良かった。うん、京都は素晴しい。たくさん、トリ旦那ともお話をして、タコ焼買って、最後の京都の夜、本当に色々とお世話になりました。 トリちゃん、次回は是非SGAPを連れて行きます。

大阪は京都からこんなにも近かったんだ。今回は梅田が中心となった。 ヒッピが迎えに来てくれた。またしても荷物が多く、今回は前回の反省をしてすぐにコインロッカーへ突っ込んだ。身軽になると、気軽になった。 昼御飯を食べてから、通天閣だ!念願のビリケン様に会いに行った。 なかなかビリケンさん、人気者で近付けない。展望は良し。今回は高いとこに登る事が多いな、ビリケンさんの足をなでなでしている瞬間を激写してもらい御満悦。近くの天王寺公園を散歩。一番驚いたのが、屋台カラオケというやつ。こりゃスゲェ、浪速は逞しいぞ。だんだんとテンションも上昇してくる。十三ファンダンゴへWillie`sを観に行く。その前にお好み焼とビールだい。7、8年前にここへ来た事を思い出す。この同じお好み焼屋でビールを飲んだんだ。そうすると当然様々な共鳴が聞こえてきて、今走っているレールが不思議なものに思えてくる。たくさんの駅で何回も乗り換えをした。 そうしてWillie`sの音で今居る場所を確認する。ヒッピ、ニョロ、やーすん、ああ去年に会った顔があり、Willie`sがバーボンと一緒くたになって身体に入ってくる。「イエーイ!」だった。打ち上げ、薄れる記憶、今度はもっと違う場所へ行く。そう、どこでだって行く事の出来るお馴染みの場所、ロンドンに居たってイタリアに居たって池袋に居たって下北に居たって行ける。タクシーで運ばれ、ポンチさんと平さんの実家に泊めて戴いた。 ああ、ここでもまたやってしまった。ご迷惑をお掛けしました。

午前中のゆっくりと流れる時間。テレビの吉本新喜劇が素晴しい。ポンチさんと梅田まで荷物を取りに行き、横谷くんと待ち合わせて、今日は千里丘の例の店「ハッシュ」にて演奏。前回のカウンターバーから一転、随分とカッコイイ明るい店にリニューアルしていた。やーすんが歌い、平さんがギターを弾き、横谷くんがソロをとり、ポンチさんがハープとパーカッション、そして自分がベース、これで「悪い・ちびる」だ。黒木さんが来れば完成形なのだが…、残念でした。パッパカさんも、ひろしさんも歌った。 飲み放題だ、たくさん演って、たくさん楽しみ、なんか明るいという印象がたくさん残った。決して前回が暗かったという訳ではないが、ライトにビールを飲み、みんなと話が出来たからそう感じたのだろう。 この日は、パッパカさんの家にポンチさんと横谷くんと一緒に泊めてもらった。パッパカさん、ありがとうございました。 こうして珍道中は終焉を迎えようとしている。次の日、ポンチさんはすぐに電車に乗って帰った、横谷くんと自分は残って梅田を徘徊した。 ヒッピとニョロさんに付き合ってもらった。アメリカ村でタコ焼食べた。 レコード屋さんも巡った。そうして、お酒が入り始めるとまたあそこの景色が見えてきた。たくさん話をした。二件飲み歩き、二人と別れ、我々はカプセルホテルに居を構え、さらに繁華街に繰り出した。これが大阪最後の夜だった。

ようやく長いトリップから目覚める。やはり通り過ぎただけの観光者だった。ご迷惑をお掛けしたり、お世話になったり、トリちゃん夫妻、ありがとうございました。ヒッピ、ニョロさん、案内してくれて、ありがとう。 平さんの御両親、パッパカさん、泊めてくれてありがとう。 京都、大阪、またね。

暖かい瑚琲が喉元を通り、素面に戻ると全ては過去へとゆっくり埋没していく。掴えられなかったものも、それらと一緒に埋っていく。ほんの表面を撫でただけの回想である。けれど前へ進んでいける。 まだ同じ電車に乗っているが、途中下車だって出来るだろうし、もっと遠くにだって行ける。みんな、どこかの空の下で生きている。



「独りごち」

1998/11/08.ICCH


寒くなってくると、思考は遮断されるか、それとも流出するか、開閉の度合が高まるようだ。やたらと本を開き活字を追ってみた。急に微睡んでみた。 この躁と鬱のような、収縮と誇張のような運動を繰り返して身体を調節しようとしているのだろうか。マンガも小説も映画も食事の献立も音楽も、いまや同一線上に並び、自分は刺激に飢えている。極端から極端へ、静か動か、 中間は居心地が悪い。

小学校の時、虫歯になり、それを削って埋め立てた所が何時の間にやら剥きだしになっていて、神経が露となってしまった。 右上の奥歯で食事を取ると、神経を直接触っているような痛みが一瞬走る。 ああ、億劫だ。医者などに行きたくない。とは言え、舌先でそこを確かめると歯が半分、ざっくりと割れてしまっているようで、崖のような角度を持っていて、とても危ない。そんな事を考えながら、その問題をまた一時保管場所へ運び、番号札を受け取った。さしあたって、様々な問題の預け札は何枚あるのだろうか?紛失してしまったものも、かなりあった。

一つの人格が身体を全て独占しているという事は、正常な事なのだろうか? こないだ読んだ本は、多重人格者を題材にした本だった。題名は伏せよう。 途中まで読み進めないと、そのからくりに気付かないという仕掛けだからだ。それにしても、一つの身体を何人もの心が共同(交代)で操るというのは、船の舵取りのようで、沈没しないように操縦する手腕は、普通の人達のそれより長けているように思われる。パーソナリティがはっきりと確立されているように見えるからだろうか。役割分担が統合された人よりも整頓されていて、機能が分かりやすい。統合された人は渾然一体となり過ぎて、どの気持ちにアクセスしているのだか分かりにくく、状況判断で断定してしまう浅墓さがある。自身の経験値ではなく、どこかしらで仕入れた一般的な常識やら、ドラマで観た場面なんかを引用したりする事が軽率だと思う。 それはともかくとして、人間の頭の中は至って単純だったり、複雑だったり、思いも拠らない行動を取ったりするから、可笑しいのです。

暗転。

明けて日曜日。今日はさほど寒くなく、店頭でフリーマーケットを開催した。前日は朝まで飲んでいたので、酒は抜けていなくて妙にテンションが高くなった。人通りは多かったので売り上げはともかくとして、店のアピールにはなったのではないだろうか。真向かいのイタリアンBAR "Cocotti"さんも、ROCK BAR "RED G MONSTER"さんも、是非、店の前で何かやらかして欲しいもんである。三つで同時に開催すれば、地味な一番街通り六区も盛り上がるんじゃないだろうか。一週間後の大阪行きに備えて、明日からもフル営業だ。旅行資金を稼ぎ出さなければならない。こんな時にジョンレノンのCD BOX4枚組なんて買うんじゃなかった、が、やっぱり御満悦なのである。 鳥肌もんの音源の数々、これを聴いて、後悔なんて微塵も出る余地があろうはずないってもんだ。夜を迎え、外の通りは、明日からに備えた一般ピープルの足早に帰途を急ぐ姿が、まだらに窺えるのみである。 「カイチュウ」の事は次回だな。独り言をぶって、幕を引く。



「はらっぱ」

1998/11/06.ICCH


11月6日は松田優作さんの命日です。ジェリーガルシアもそうだったし、江戸アケミもそうだった。偶然とも必然とも判別しかねる因縁のようなものにも感じる。虫の知らせ、めいた通信が何かの媒体を通して伝達されるのだ。 好きな人の死は痛い。それも、突然、何の前触れもなく背後から殴打される。一瞬、何が起こったのかが分からなくなり、振り向いた時にはそれを現実と受け止められるぐらいに平常でいられるようになっている。そうやって通り過ぎていく。優作さんが亡くなった時も、下北の居酒屋で飲んだくれていた。見知らぬ人からそれを聞き、あっという間に店内中に知れ渡り、全員で黙祷をした。あの時、あの場所で同じ空気を吸い、彼の事を想い、感嘆の声を上げた事を忘れない。89年11月6日、優作さん、お疲れ様でした。

次のステップへ移行する為に必要な事は、それぞれに持っていると思われる。自分の場合は、文章という形式の檻に閉じ込めてしまうと、それは過去に成り下がる。とりあえず事実であったかの様に捏造してしまう作業だ。 1日から3日間を、武蔵小金井公園にある、くじら山「はらっぱ祭り」で過ごした。レッドGのマスターとテントを担いで、会場へ着くとそこはもう様々な人が賑わう、さながら難民キャンプの如く露店が並び、ステージ上では演奏が行われ、草むらに寝転がり、空は雲がゆっくり流れていく。 露店はインド料理から韓国料理まで、陶器や服を売る店などもあった。 やはり野外は良い。我々は第2ステージ(アコギの方)が寝転がり観られる場所にテントを張り、ねぐらとした。それからは、何も焦る必要の無い、ただただ飲んでは横になったり、公園をフラついたり、くっちゃべったり笑ったり、ライヴをぽけぇ〜と観たり、喰ったり、なんて過ぎていった。 集まっている方々を見るのも楽しかった。いや、色々な人間が生息しております。ほら楽しむのにはたくさんの方法があるから、傍から見て退屈そうにしていても頭ん中は分かりません。意思表示をしなくていいという気持ち良さだってあり、誰かに何かを伝達しなければならないという面倒な事から解放されるのも良い。そんな気分でした。緩和しすぎて、綻びっぱなし。 またネット界のたくさんの方にも出会ったのですが、そんな状態だったので ヘラヘラするのみとなってしまいました。しかし、とっても良い催しで、来年も絶対参加しようと思い、そうしてまた外で呆ける積もりだ。 何も目的も無く、考える事はメシと酒と寝る事だけで、3日後は相当疲れて口も聞けなくなったけど、やっぱりいいのだ。来年は一緒に行こう!