ワッシャー TRASH
青い水晶の嵐の年(YEAR OF THE BLUE CRYSTAL STORM)



電気の月(Electric Moon)
「途上にて」




「途上にて」

電気(03)の月08日【KIN 062】白い惑星の風
G暦2004.09.27


馴れてくるとそれを覆したくなったりする。安定や安心、安全などを欲しているはずなのに、一旦その場所で胡座なんかかいちゃうと、立ち上がりたくなってイライラする。ならさっさと立っちまえばいいものの、足が痺れただの、もう暫く居てみようだの妙な執着が生まれて、なかなか席を立とうとしない。 そうこうしてるうちにタイミングは後ずさりし、生臭くなっていく。もう時期は逸した。旬は過ぎ去った。 祭りの後。駄々っ子みたいにもっと欲しくなって放浪するが、時すでに遅し、もはや安住の場所はない。 秋の長雨、秋の空。やっぱり秋てのは、飽き易いのかも知れぬ。

電気の月、去年は自宅の引っ越しをし、一昨年は店鋪のリニューアルをしたりした。どうも新規な事に挑戦したくなる時期である。忙しくあっちこちぶつかってみて、掴んでは捨て、投げては打つように、当てずっぽう的に、動いてみなけりゃ始まらないような気になっている。対象が目紛しく移っていくので、どうも掴んだものはすべて偽物のような気もした。いずれにしろ、その瞬間に集中することしか出来やしなかった。あまり拡散し過ぎるな。ゆっくりと対象を絞っていけば、いずれ何か見えてくるだろう。

狡猾、というとなんか高等な詐欺師のようで、策略、背後にうごめき、最後にはするりと身をひるがえして、滑るように消え去って、あれ魔法じゃなかろうか、はたまた夢幻、騙されたことさえも忘却、呆気に取られてぼったくられる。「ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、責任逃れ、君の荷物さ、それは僕のじゃない、僕に背負わせないで、で、で、で、」ていうRCサクセションの唄。 それにしても貪るように聴いていたこの頃「初期の…」から「楽しい夕べに」「シングルマン」てのは、凄く耳にこびりついて離れない。で、後期のRCはどんどん狡猾になっていき、清志くんは言葉の魔術師と変貌を遂げていく。言葉に意味があろうとなかろうとどうでもいいん(韻)である。

やりたいことをやっている時が一番仕合わせである。人は、自分自身に最高の権限を与えていた。 「自由意志」を行使し選抜していく。自身を、信頼し、解き放ち、明け渡し、許してあげる。 自身が選び歩く道は、神へと通ずる途である。

最近の僕は、パワーブック脇に抱えて、渋谷にある「名曲喫茶ライオン」でクラシックに身を没し、浮遊した言霊を捕えては逃がしてやりたい、といった念いに眩惑されています。


Copyright(C)ICCH@ HERESCENES