TRASH
青い水晶の嵐の年(YEAR OF THE BLUE CRYSTAL STORM)
共振(7)の月(Resonant Moon)
「労い その2」
「労い」
「World is Yours」
「smells」
「労い その2」
共振(7)の月26日【KIN 192】黄色い惑星の人
G暦2005.02.04
死があるから生が光り輝くように、病気があるから健康が素晴らしいと言えるんだ。
そりゃ手痛く翻弄されてる真っ最中に、病気を有り難いものとなかなか見ることは出来ないけれど、嵐が過ぎ去った後ならよくわかるって手法だ。
いやはや猛威を奮っております。ちょっとした隙間から、スルリとスルーしちゃう風邪菌、
コロリとやられちゃう夜型生活虚弱体質の僕、まだまだ呪縛から逃れられない。
往々にして病ていうのは、そんなふうな様々な問題を解き放ってくれる。
毒出しである。身体は体力低下しているかと思えばそんなことはなく、こんな時だからこそ一致団結、ものスゲェ〜敏感になり、研ぎ澄まし、身体のどこかで何事か起これば、一目散に駆け付けてくる。
まんじりともせず布団にくるまっていると、それが思いの他よくわかる。有り難いことだ。
暴飲暴食、徹夜、煙草にアルコール、何でもかんでも拾い喰いしていた時分の姿が恥ずかしくもあり懐かしくもある。もうそろそろ、調節を覚えていかなければならない時なのだろう。
そろそろと散歩がてら、経堂駅辺りまで出掛けた。探していた本は見当たらなかったけれど、違う本を掴んでいた。駅周辺はいまだ大工事の真只中で、どこが歩道でなにが車道なんだか、そして何の工事なのかさえ、さっぱりわからなかった。昔のこの辺りの駅が好きだった。梅が丘も、豪徳寺も、経堂もすっかり均一化されて、のっぺらぼうで見ず知らずの顔をしている。世田谷代田駅だけが、その面影を残す。
淋しいもんだ。そりゃ、高架で踏切り待ちは無くなったけれど、あのチンチンという踏切りが好きだった。
夕焼けに、長く伸びた自身の影、開かずの踏切り、ワダチをベビーカーに乗せ、「ほーら電車だよ」とか柄にもなくやったりなんかしちゃってさ。淋しいもんです。
帰りしなにいつも満員で並ばなければならなかったラーメン屋で醤油ラーメン。
お客さんは僕ひとりで、しかも残してしまった。悪いなぁとは思いつつも、すごく脂っぽくてとても今の体調では無理でした。こうやってこの辺りに引っ越してきて、ゆっくりと散歩したことなんか無かったことに気付いた。病躯のお陰だ。のんびりとするのはいいもんだ。
雲ひとつない空を見上げて、ブルブルっと少し寒くなって、家へ帰る。
ああ、自分自身の足で立脚してることに感謝したい。
どこへだって歩いていけるし、走っていけるし、止まっていられる。有り難いものだなぁ。
「労い」
共振(7)の月25日【KIN 191】青い太陽の猿
G暦2005.02.03
共振の月、最後は風邪にやられて床に臥しておりました。
そんなに悪い話でもない。昨日の朝方、家へ戻ってきて、いつものように夕方まで寝て、熱い湯舟にでも浸かってから仕事を始めようと思っていた矢先、風呂から上がった途端にブルブル悪寒が走り、もう少しばかり布団を被っていようと横になったら起きれなくなってしまった。
質の悪い頭痛がリズミカルにくずぐり、目をつぶろうにもなかなか眠らせてくれず、どちらを向いても居心地が良くなくて、腰が痛んで床擦れを起こしてるような感じ。熱はそれほどでもないように思えたが何度も汗をかいて着替えをした。そうして仕事は臨時休業を決め込んだ。
今日の夕方まで、寝たのだか寝てないのだか、夢なのか現実なのか、時間の感覚も消えてしまった。
息子のワダチも今週は風邪にやられてる。でも楽になると、いい気になってブロックなんかで遊び始めたり、
ウルトラマンを見始めたりして、またスタート地点に戻ってしまう。
さっき、りんごジュースが飲みたくなり、近所のコンビニまで行ってきた。
まだ浮遊した感覚をそのままに、ビリッとした冷気が気持ち良く、なんだかずっとこうやって生きてきたような気がして、過去のことなど作り話のような感じがした。
こうやって歩いている自分だけが本物。そしてりんごジュースを飲んだ。
こうやってやってくるタイミングとはいったい何であろう。
もちろん病気になりたくて呼びにいくようなものでもないのだろうが。
思いがけずやってきて、何かしらを思い覚ます。24時間の絶食は、身体にとっても楽なようで、フワフワと軽く風になれる。それから、もう身体を苛めたくないような気になってくる。
病気は「禊」なのだ。身体中が叫び、毛穴は開放され、熱で燻し、大掃除をしているんだ。
もう少し労ってあげたい。今生の最後まで、僕にお供してくれる大切な身体なんだから。
「World is Yours」
共振(7)の月16日【KIN 182】白い宇宙の風
G暦2005.01.25
ぐにゅ〜うっと新しい人格が僕と分裂する。こうしてみたい、羨望、こうやらなければ、責任、そんな責務に
急かされて産まれ落ちる。まったく新しい僕は、つんつるてんで何の皺もなく、苦労しらずでぎこちない。
旧い僕から産み出されてみたものの、どう見ても場違い。どんな思惟からそいつが産まれてきたのだか、
親さえも首を傾げる。それから、確執が始まる。旧い僕も、新しい僕も、互いに一歩も譲らない。
譲歩ということを知らない。旧い僕は、新しい僕に嫉妬する。さあ、そこで、もう一人の僕が登場する。
彼等の仲介役としての僕。そして小狡い僕。どうにか二人の間に分け入り、どちらの僕とも握手を交わす。
それから少しずつ中間を見つけだし、三人目の僕は肥えていく。旧い僕も新しい僕も、どんどんと痩せ細っていく。そうやって、旧い僕は少しだけ(微妙に)新しさを備え、新しい僕は先進的過ぎていたために他の僕らの肥やしとなる。何も変わっちゃいなかった。旧い僕は、今までの経験を語り、その場を離れようとはせず、
新しい僕は、野心家で夢見がちで、性急過ぎた。守備と攻撃、内野と外野、敵と味方、競技者と観客、監督と審判、本当の僕はスタジアムの外で、のほほんとバッタもんの野球帽を売っている。勝敗も知らぬ、ましてや
競技のルールも知らぬ、日銭が入り次第、露店を畳んで、帰り支度である。
怒る。猫が机の上に乗ると、人が食事をするところだからと烈火の如く怒る。無論、猫にとっては何のことやら、である。理由を言って聞かせたところで、「寝耳に水」というよりは、「猫に小判」なのであり、
猫にとっちゃ知ったこっちゃない。その行為に嫌悪感だけが残る。怒ると、疲れる。
一瞬のうちにエネルギーを放出し、その力が相手に届かなかった場合は宙ぶらりんとなり、届いた場合は吸収されて持っていかれる。つまり何れの場合も、一方的に放出して終いである。
笑う、泣く、何れにしてもエネルギーの均衡が崩れた場合に発令される。
人間という機械は、反応を繰り返す。怒るという行為で、相手の反応を探り、またそこから学ぶ。
すべては自身のためだけなのかも知れない。鏡として、自身を投射するのだ。
猫がどこへ行こうとも、自由意志。ましてや、人のマイルールなどお構いなしだ。
人が「本」と呼ぶ紙の束をひっぺがし、「ゴミ袋」と呼ぶ美味しい匂いが沢山する場所を荒らして、「机」と
呼ぶ食事する場所でじゃれる。認めてやるしかない。君は君を肯定している、と。
世界は君のもの!World is Yours.
猫は言語を解せないが、人の子供は理解するので、さらに複雑系だ。
家では絶対、子供に手をあげない。徹底的に、なぜ良くないかを会話して了解させる。
僕は投げ出して知らん顔してしまうことが多い。妻は、何度も何度も、その起源まで遡って説明して
良くないことは止めさせる。僕はそれをいつも「偉いもんだなぁ〜」と感心して眺めてる。
でも君が、それを完全に理解し、肯定するのであるならば、好きなようにやるがよい。
何をしたって大丈夫だ。そんな僕も僕を肯定する。
「smells」
共振(7)の月04日【KIN 170】白い磁気の犬
G暦2005.01.13
冬には冬の匂いがある。正月の空気はピンと張りつめていて、膚に突き刺さる冷気、シャンと胸を張りたいが寒さで猫背になってしまう。煮込まれた鍋、温泉の湯煙、熱燗、雑煮、室内の隠った空気と外の痛い冷気、ストーブの焦げた匂い。乾燥して粉が俟っている。
「匂ひ」と書くと「香り」を思い出すが、「smell」というと「臭い(Stink)」を喚起してしまう。
「Smells Like Teen Spirit」の影響なのか。
匂いはただ単に鼻孔から侵入してくるものじゃない。感覚、質感、皮膚感覚に近いものがある。
季節を嗅いだり、刃に顕われたり、痛恨したり、探し物を見つけたりする。勘といった、第六感ともいえる部分とも繋がっているような気がした。
そんな冬の匂いを嗅ぐと、どうしても熱燗が呑みたくなってしまう。
いまだ正月気分抜けず。駄々っ子のようにその微少な香りを探して、街を徘徊してしまう。
とっくに鏡開きも終わり、成人式の連休も過ぎたというのに、紅潮して歩き回ってる。
A mulato(白黒血児) A albino(白子) A mosquito(蚊) My libito(性衝動)Yea, a denial(否定) Hello, Hello, Hello, How Low? 30代も半ばの臭気。
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