ワッシャー TRASH
青い水晶の嵐の年(YEAR OF THE BLUE CRYSTAL STORM)



銀河(8)の月(Galactic Moon)
「テスト氏」
「自棄の腹」




「テスト氏」

銀河(8)の月24日【KIN 218】白い惑星の鏡
G暦2005.03.02


試練、と言ってしまうと、なにやら大袈裟だ。だけど隙さえあれば、絶えず試されている。 あのテスト氏がせせら笑ってる。その鉾先を、こちらに向けるのは止してくれ。 関係の無い場所で涼しい顔をしていたいのだけど、彼はやっぱり尾行を続け、糸を垂れる。 その餌に喰らいついてしまったら、引き揚げられるのを待つばかり。 いやそうせずにはいられないように、精巧に、機敏に、まるで台本通りに、決まっている。 お釈迦様の手。井の中の蛙。

「君のすべてを、君の最良の瞬間に、君の最上の思い出に従わせたまえ。時間に君臨するものと見なさなければならないのはまさしくこれだ。この最上の思い出だ。あらゆる習練が君を連れ戻すはずのこの状態だ。 これこそ、君に、おのれを侮蔑することを、また正当におのれを選びとることを許してくれるものだ。 すべてはこれとの関わりを通して存在する。君の発展の中に、尺度をそなえつけ、目盛りを刻むのはこれにほかならないのだ。もしこれが、君以外の誰かにもとづいていたとすれば、そのときは、これを否定し、 これを知ってしまうことだ。弾性と侮蔑と、純粋さの中心。 わたしは、おのれのなりたいとねがうものに、心のなかで、おのれを犠牲に捧げる!」

選び取ることができる自由意志。こうしてもいいし、ああしてもいいし、この幻想で戯れてもいいし、悪夢を再現してみたっていい。どのみち、どこでつまみ食いをしたって、道草をしたって、辿り着く場所に自然と連なっていく。テスト氏もその道案内の一人に過ぎない。 拒絶すれば、また姿を変え、趣向を変えて、現れる。マインドゲームは終わらない。 大いに虚勢を張り給え。突け離して、蹴飛ばしてしまえ。抱き締めろ。笑い飛ばしてしまえ。逃げろ。 見て見ぬふり。握手して、それから唾を吐け。責任に潰されろ。放棄しちゃえ。言葉なんて信用するな。 真実なんてものはない。たくさんの囁き声と誘惑、それに諦めと慰め。何処へ行ったらいい? そいつを見つけだすゲームだ。答は無数に存在し、質問や欺瞞や罠はちりばめられ、魔法や法則や迷信は僕らを苦しめる。なるようになれ。

「観念、原理、ひらめき、最初の状態の最初の瞬間、飛躍、あとの者をふり捨てた跳躍… 準備や実行は他人にまかせておけばいい。 ここに網を投げたまえ。海の中で、魚が見つかるのはそこだ。じゃあさよなら。」

うしろ姿。それから、影。



「自棄の腹」

銀河(8)の月17日【KIN 211】青い電気の猿
G暦2005.02.23


色んなところと繋がってる。世界は巨大生命体だ。目と耳がそれぞれ違った役割を持っていても、僕という一固体がそれを統括して操っている。肝臓と右足が違った方向を向いていたとしても、同じ仲間じゃないか。 たとえ、舌と臍(へそ)の意見の対立が表面化したとしても、同じ場所から逃れる術はない。 一緒に旅を続けていくしかないのだ。だからせめて、それぞれの微妙な立場を理解してあげて、ちょっとだけ敬愛してあげると(なにも殊更持ち上げることはない)なんとなくうまくいくのかも知れない。

ある時には、鉄面皮となる。またある時は、高慢ちきで他人を見下したりもする。 のんびりだったり、せっかちだったりする。感激屋で涙もろくて、楽天家で現実主義者でもあったりする。 様々なロケーションやシチュエーションで、くるりと身をひるがえして、違った顔をみせる。 それらを包括してあまりあるそのものの実体は何処にあるのか。掴まえられやしない。 その反応は不確かであり、公式化できる種類のものなんかじゃない。風があちら側からこちら側へと吹くように、こちら側からあちら側へと気は向いていくだけのこと。 ならば無理に掴まえようとするな。風そのものになってしまえば、同じように吹いて流されていくだけ。 考えるよりも、流されてしまえ。これもまた道理。

僕の趣味てなんだろう?音楽、映画、マンガ、どれもそれはもう至福の時。 でも最近考えるように、どうやら、お店がそれを全部総括しているらしい。 「HERESCENES」という屋号が、僕の趣味。あれやこれや思考を張り巡らして、その遊戯に没頭する。 正解はどこにもない。たくさんお金が儲かったとしても、それが正解なのかどうかはわからない。 けれども資本が無くなれば、事実上ゲームは続けられなくなるという現実。 危ういところで、ギリギリなんとかまだひっかかっている。手を変え品を変えして、カードをきる。 切り札が無かったとしたら、降りてしまえ。否、いっそのこと ゲーム事体を変更してしまえ。 こうして僕の趣味は思惟の中、夕刻からはお店の中、そして来てくれるお客さんの中、飛び火しては鎮火したり燃え盛ったり、消火されたり焼け尽くしたりしてしまう。焼け野原、自棄の腹。

で、結局はさ、何れかの場所に辿り着くしかないのです。見ようが見まいが、ゴールは何れやってくる。 この現(うつつ)で、肉体を持って生きていく限り。今やってることが、サイコ〜じゃなくてどうするっちゅう話なわけで、しくじって後悔したり、手首を傷付けたり、誰かを騙したりする前にまだまだ打つ手はあるってことで。答はあの世で聞くしかないのです。バイバイババイバイ。


Copyright(C)ICCH@ HERESCENES