TRASH太陽(9)の月24日【KIN 246】白い水晶の世界の橋渡し
G暦2005.03.30
実際、ここでこうやって生きていることを実感すると、不思議な心持ちになる。 夢のように空を飛んだり、空から救世主が降りてきたりすることなど皆無だ。 太陽はただ見下ろし、平等に均等に陽を照らすだけ。雨は降り、風は吹くだけ、それから思い出したかのように災害をもたらす。ふっと境界線が見えなくなったりする。 此所が此所なのか判別できなくなったりする。眠ったり起きたりして、振り子のように狭間を行き来する。 朦朧とした感覚を打破するように頭を小突く。曖昧模糊で無味乾燥な日常に刺激を加える。 生きているのか死んでいるのか判らなくなったら血を流す。 心臓の鼓動を聞き、吐息を荒げ、脈動してる血管を感じ、涙を流したり、大笑いしたり、射精したり、気を震わせたりしてみる。 こうやって生きていることに意味を見い出す。役割りを演じてみたり、退いてみたりする。 必然も偶然も、全然、関係ない。此所でこうしていることだけが真実。感じられることだけが本物。
「Salt Of The Earth(地の塩)」が聴こえてくる。
Let's drink to the hard working people(懸命に働く人々のために乾杯しよう)
Let's drink to the lowly of birth(生まれの卑しい人々のために乾杯しよう)
Raise your glass to the good and the evil(善人と悪人のために乾杯しよう)
Let's drink to the salt of the earth.
顔のない群衆、灰色と黒と白の渦巻く群衆を眺めていると、なぜか存在感が感じられない、実際ひどく奇妙に見える。
歌は、そのタイミングで、向きを変える。丁度、風のように、流れていく向きをひるがえす。
逆巻く波は、風に煽られ、右往左往しながら波打つ。船の上の僕らも翻弄される。
あの時に聴いていた音楽と毛色を変える。違った風に聴こえてくる。
見ているものが違うのか、否、見ている僕自身が変わったんだ。
錨(いかり)を上げて、出航だ!
舳先を持ち上げろ! 根底から覆せ!! 太陽に乾杯!!! Bottoms Up!!!!
Bottoms Up Once Upon a Time 知らない顔のキミが行く そこでどんな気分になればいいのだろう Once Upon a Time 時々カネが全てだと思える そしてそこで何が言えるだろう もうしばらくいて欲しいんだと言いながら 気にする時計はポンコツで役立たず シオらしい態度で頭を下げ 恥を目一杯かく 気に留めもせずまたやり直したくなる Bottoms Up, Drink to the Sun つんのめったまま 約束もしないまま Bottoms Up, Drink to the Sun 昨日に押しつぶされそうに今日を行く まるめて捨てたゴミの中にある素敵なモノ 魔法にかかりっぱなしのうわの空はつかみきれなくて 過去を持たない未来を夢見た子供達は なかったコトに出来ないモノを今夜も燃やす Bottoms Up, Drink to the Sun つんのめったまま 約束もしないまま Bottoms Up, Drink to the Sun 昨日に押しつぶされそうに今日を行く (C) Billiy The Knuckle
太陽(9)の月20日【KIN 242】白い銀河の風
G暦2005.03.26
太陽(9)は、自己存在(4)と倍音(5)で成り立っている。 マヤの数の記述法は、ドット(・)と棒線(_)で表わされるから、9を解体するとそうなるのです。 成る程、「明」と「暗」を分けるところである。 太陽が光りを当てる時、その光りが当たるところと、その光りが当たらない陰ができる。 どちらに焦点を当てたとしても、それはその人次第でしかない。 好きな方を選択すればいい。何れにしろ、選び取った片方と同時に、反対の側面が立ち現れることは必至。 「はい」の背後には「いいえ」がどうしたって存在してしまうので、 選択にはその正反対の意味をも含んだ側面が強調されるだけなのであった。 曖昧にしておくか、平衡でもって、それを濁らせておく方が良いのだろうか。 それにしたって言葉の遊戯でしかなかった。言葉は言葉の範疇を離れることはない。 夢や希望や、愛や現実や、寒さや暖かさ、掴んだり離したり、仕事や労働、紙幣に徒労、同情や憤怒、 一切合切、ただの幻でもあり、現(うつつ)でもあり、あみだくじを続けて進んでいくんだ。
心情は、うららか。
間違いが見当たらないので、正解も不正解もそこには無い。問題すら存在しない。
つまり、答えさえも姿無く、僕はただ立っているのです。
午後の昼下がり、木々から溢れてくる陽光で目を細めながら、うつらうつらする。
ただ此所に在る、ということは、詰まり、ただ其処に在る、ということ。
うまくできてるもんだなぁ。此(こ)の世も、彼(あ)の世も、同じことでしかないのかも知れない。
夢や望みは、それを思い描いた瞬間に、物質化してしまう類いのものなのかも知れない。
どうしたって、すべては自身の思い次第。気のもちよう、であった。
対極さえ立ち現れ無ければ、ずっとその均衡の中、歩いていけるんだ。
季節はそうやって僕らに伴走してくれている。
気持ち好いと感じながら、気持ち悪いという感じも捨てきれないで…
太陽(9)の月02日【KIN 224】黄色い電気の種
G暦2005.03.08
I Shall Be Released They say everything can be replaced They say every distance is not near So I remember every face Of every man who put me here I see my light come shining From the west down to the east Any day now, any day now I shall be released すべてのものはおきかえられるというが すべての距離はあきらかでない そのように おれをここへこさせた やつの顔ひとつひとつおぼえている おれの光りがひかってくるのが見える 西から東へと もういつだって もういつだって われ解放さるべし They say every man needs protection They say that every man must fall Yet I swear I see my reflection Somewhere so high above this wall From the west down to the east Any day now, any day now I shall be released だれでも保護が必要だし だれでもたおれるものだという だが たしかに おれの反射が見える この壁のうえのほう はるか高くに おれの光りがひかってくるのが見える 西から東へと もういつだって もういつだって われ解放さるべし Now yonder stands a man in this lonely crowd A man who swears he's not to blame All day long I hear him shouting so loud Just crying out that he was framed From the west down to the east Any day now, any day now I shall be released この孤独の群衆のなかでおれのとなりに立っている 男はぜったい彼のせいではないと誓うやつだ 一日中 彼が大声で おれは陥れられたと叫んでるのがきこえた おれの光りがひかってくるのが見える 西から東へと もういつだって もういつだって われ解放さるべし (C)Bob Dylan / 晶文社「ボブ・ディラン全詩集/片桐ユズル 中山容 訳」より
Copyright(C)ICCH@ HERESCENES