TRASHスペクトル(11)の月24日【KIN 042】白い電気の風
G暦2005.05.25
スペクトルの月は「解き放ち」 そして「なすがまま」にさせる。 自身の足で立ち、これまでの月で築いたものを踏み台にして、さらに高みを臨む。 ひとつのアーケードを抜けると、また新たなアーケードが連なっていく。 終わりはない。歩みを止めることはない。
そろそろ動きだそう。新しい列拱(きょう)回廊を。
自分はまだまだ矮小だ。
スペクトル(11)の月01日【KIN 019】青い律動の嵐
G暦2005.05.02
記述の文章は、どうにも尻尾が掴めない。 どうにだって姿を変えられるし、のらりくらりと翻っては逃げ出すことができる様に準備されている。 端から、尻尾なんて生えちゃいないんだ。 不親切にも真っ赤なべろを最初から見せ、すでに舌は切り落とされているという寸法。 小さい箱を選ぼうと大きい箱を選ぼうと、中身は一緒であった。からっぽ。 けれども何かを発していたいというささやかな声。逃げ場を失って吐き出された声。苦渋と微笑。 それが面白いんだからたまらない。そんなお遊びのひとつ。 道具はこんなにたくさんあるというのに、これしかやる方法が見つからないという体たらく。 見たいものだけが見えてくる。見たくないもの、見ようとさえしないもの、見る気もおきないもの、それを知らないから素通りしてしまうもの数あれど、今見えているものだけを直視するだけ。
さてどうしたものか、と思案するふりをする、お茶をすする朝方。
展開は転回してばかりだった。何も思い煩うことなんかない。
近所の公園でぽつねんとしていると、風が頬と触ったりしてくすぐる。
木漏れ日が眩しく、木々の許から空を見上げ千切れる雲を眺める。
みんなえらく立派だ。木は微動にせず、枝は盲滅法伸ばしているようだけどそこには規則性があって、
葉は陽光を取入れようと目一杯開いていた。桜の季節もあっという間に過ぎ去り、桃色だったやつもすっかり
新緑鮮やかに着飾っている。そこから漏れる空の青さ、陽の力強さ、雲の一瞬の妙味。
どこに居たってやっぱり変わらない。去年のあの合宿免許で触れた匂いを嗅ぐ。
退行催眠の時の何れかの時代の僕を感じる。
ここで心地よく目を細めて、間違っていないことを知る。
いつだって自然で真振いである。そうしていけば、カチリとその景色の一部に融合していけた。
僕が僕を記述しているのではなく、景色が、自然が、摂理が、世界が、皆が、宇宙が、僕を成立させていた。
だから、ONENESSでもあるが、単一に立脚してもいた。
複雑ではなくとも単純に成れることができた。そういしていれば、とてもシンプルに世界は見渡せた。
僕がここにいるから世界もここにあり、世界がここにあるから僕もここにいる、のだろう。
「在る」から「居る」のだ。
そういったことの解答などもない。問題や質問なども、端から存在してやしないので、当然、答はない。
制限、分離、二律背反は起こらない。至って、シンプルな世界が在る。
舌きり雀の、ささやかな声。お土産は、特に、ない。最初からあったものだけがここにあった。
Copyright(C)ICCH@ HERESCENES