TRASH太陽(9)の月28日【KIN 040】黄色い磁気の太陽
G暦2003.04.03
「アルケミスト」があり、「聖なる予言」へと繋がり、これも自分の中で流れを作り出していた。 形態形成場へ僕らの想いが運ばれていくとしたら、この戦争が止まらないのも、まだ一定数の定員に達していないからではないのか。人間は、まだ準備が出来ていないんだ。 今一度、間違いを繰り返してしまうのは、気付きを必要としている人々が多いからかも知れない。 色々なことを想定してしまうが、実際のところ、もうこの否定的な想念にはうんざりしてしまう。 息が詰まりそうだ。「聖なる予言」でコントロールドラマという旧態依然の人間の形態が紹介されている。 脅迫者、被害者、尋問者、傍観者、この4つのパターンに我々が囚われているという。 そして、共に、他者のエネルギーの奪い合いをしてるというのだ。これは最初、家族間から始まる。 親が脅迫者であった場合、その子供は被害者であるのだが、ある一定の量のエネルギーが奪われるとそれは逆転し、脅迫者にひっくり返る。それはあらゆるドラマで行なわれ、互いに入れ代わりながら演じられ続けていく。家族間、友達、恋人同士、国家レベルまで、人は他者のエネルギーを盗んで生きていく。 それをストップさせるためには、まず自分のパターンに気付き、他者への依存を止め、己の中にあるエネルギーと繋がらなければならない。その本には、そんな知恵が紹介されているのだが、成る程、と思いました。 実際、みんな同じことを言っているんですね。それで、この時期、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、 こういった知恵がどっと表層に表れてくるということは、形態形成場理論で考えてみれば、同じような想念が 同時に世界にたくさん現れ、またそれが新しい世界を構築していく時期に差しかかっているという事にも 気付く。もう駒は揃ったのだ。あらゆる知識は開示され、宗教も哲学も、科学も、工業も、政治も、医療も、 あらゆる技術は成熟し、統合されようとしている。 特別なものではなく、同じ一本の木から派生した知識。またこの多様性は、必然でもある。 僕らの個性と同じく、選択するに足る分だけの多様さを備えている。 それは生物だけに止まらず、鉱物、植物、、いやそんな分け隔ては必要無く、すべての存在は同じ種なのだ。 最初、まさに世界の最初、宇宙が生まれた瞬間、すべての起源はそこに在る。
まだこれらのことは始まったばかり。これからは誰も知らない物語。
うまく気持ちを解放していけば、その波に乗ることは可能だ。答はいつも自分自身が持っているのだから、
それを信じて、直感に従い、手繰り寄せていけばいいだけだ。入り口は、いつも、近くにある。
Inlak'ech
太陽(9)の月23日【KIN 035】青い太陽の鷲
G暦2003.03.29
連日、聞こえてくるイラク戦争の報。馴れ、が恐ろしい。警報も、毎日、鳴っていたら気にならなくなっていく。この不毛な連鎖に、乗っかってしまった国々、それに僕たち。憎しみあうように仕組まれた罠。 厭世感。何もしないより、何かした方がいいのは確かなのだが、手も足も出ない。無力感。 そう感じ入ってばかりで、身動きがとれない。がんじがらめ。 いろんな建て前があるが、この戦争の論理は非道過ぎる。合法的殺人なのだから。 沢山の人を殺した者が勲章を貰う。「悪」と限定された者達を、どんどん殺す。種を根絶やしにする。 土地を陵辱する。地球をレイプする。何十億年と立ち上がれないほどに、放射能で汚染し、DNAを破壊する。 遠くの国まで、この破壊の電波をまき散らし、殺し合いを放送し、悪意と後悔と劣敗意識を宣伝し、 徹底的に他人の意識を支配する。共犯。誰かに殺してもらうまで、自責の念に囚われる。 止められなかった戦争。始まってしまったら、共犯。人間はもう駄目なところまできているのかも知れない。
「ワールド・イズ・マイン」を思い出す。あの話の結末。地球という星が消滅する。 たった一人の人間が、罪悪感をまったく持ち合わせずに人を殺しまくる。 罪と罰の概念が無いのだから、そこには衝動しかない。やりたいようにやる主人公、それに翻弄されるのは 社会通念なる得体の知れないものに縋って生きている我々。彼は、神に限り無く近い。 そして、力を持っている。原初のエネルギー。強者が、弱者を滅ぼす事は自明の理。
僕らは、想像することを、創造できる。 悲しい哉、これ以上、この星を破壊する積もりならば、我々の、手を、足を、もいでしまった方が良い。 そして、目を潰し盲になり、嗅覚を奪い、耳を千切って、舌を抜き、美味しいものを味わう味覚を無くし、 暗闇に戻って貰うしかない。だるま、になれ。 本当は、草原の中、走り回ってずっこけて、すりむいたり、瘡蓋つくりながら、腹が減ったら飯焚いて、 眠たくなったらひっくり返って、好きな子と手を繋いで、そうして居られたらそれだけでいいのだけれど、 そんな電気信号、ああ舌先をビビッとやってくれたら、それで充分。 酸いも甘いも、所詮、電気の具合。君の事が好きだと感じるのも、それだけのコト。 この文章の順番ひとつで、全部が変革しちゃったりするぐらい、あやふや。 だから、僕は、人間だるま計画を発案するのです。世界を弄り過ぎるな。
こいつをやっていたら、お客さんが来て、そうして深夜の2時。酔っ払ってしまっています。 今は今だ。これもまたタイミング、今日、出逢えたのことは良かった。少しでも。 戦いは、心の中でしろ。殺すのは、自身の悪を討て。WAR IS OVER!
MIND GAMES
We're playing those mind games together
Pushing the barriers, planting seeds
Playing the mind guerrilla
Chanting the "NEW TIME PEACE" on earth
We all been playing those mind games forever
Some kinda druid dudes lifting the veil
Doing the mind guerrilla
Some call it magic, the seach for the grail
ぼくたちは共に、マインドゲームに参加してるんだ
"とおせんぼ"する物があれば押し退けたり、幸せの種子を植えたりしながら
ぼくたちは、マインドゲリラの同志だ
地球上の全ての平和のために、「新しい時間」を歌いながら
ぼくたちは永遠に、マインドゲームを続けていくんだ
厳粛ぶった宗教家の奴らも、神秘のベールを脱ぎ去り始めるよ
それは、マインドゲリラを実践し始めたから
まるで「魔法」だなんて言われたり、聖杯を探し求める姿だ、とも言われるけれど
Love is answer and you know that for sure
Love is a flower you got to let it, you got to let it grow
「愛」こそがゲームのルール、それが答え、君も手応えを感じてるだろう
「愛」こそが君を立ち上がらせる、美しい花なんだ
So keep on playing those mind games together
Faith in the future, outta the now
You just can't beat on those mind guerrillas
Absolute eleswhere in the stones of your mind
Yeah we're playing those mind games forever
Projecting our images space and in time
さあ、一緒に、マインドゲームを続けて行こう
今、この時から続いていく。明日という日を信じて
マインドゲリラを打ちのめすことなんて出来ない
石のように頑に、認めようとしなくってもね
ぼくたちは永遠に、マインドゲームを続けていくんだ
空間に、そして時間に、ぼくたちのイメージを刻みつけながら
Yes is the answer and you know that for sure
Yes is surrender, you got to let it, you got to let it go
「イエス(肯定)」の一言こそゲリラの武器、それが答えさ、君も手応えを感じてるだろう
「イエス(肯定)」の精神こそが君を支えてゆく、心の広さなんだ
So keep on playing those mind games together
Doing the ritual dance in the sun
Millions of mind guerrillas
Putting their soul power to the karmic wheel
Keep on playing those mind games forever
Raising the spirit of peace and love
(I want you to make love, NOT WAR, I know you've heard it before)
さあ、一緒に、マインドゲームを続けて行こう
陽の光りをいっぱいに浴びて、祭礼のダンスを踊りながら
ふくれあがったマインドゲリラの同志たち
皆の魂のパワーの行方は、運命の切り開き方にかかっているんだ
だから永遠に、マインドゲームを続けて行こう
平和と愛の精神を、高く掲げながら
(交わしたいのは「愛」だ、争う気持ちじゃない
こういう言葉、聞くのは初めてじゃないだろう…)
(C)John Lennon
(改編)"Mantra Peace" → "NEW TIME PEACE"
太陽(9)の月14日【KIN 026】白い宇宙の世界の橋渡し
G暦2003.03.20
今日、アメリカという国のイラク攻撃が始まった。湾岸戦争が91年に起こった時、自分は22歳だった。 それは、まるで自分とは無関係で、テレビの中で繰り広げられる絵空事でしかなかった。 当時、ジョン・レノンが好きだったけれど、彼の平和活動には辟易していた。 ピースが彼の中のブームなのだろう、ぐらいにしか理解していなかった。徒党を組むのは苦手だ。 それから、10数年経ち、僕は相変わらず僕のことに夢中で、他者をまともに直視出来ない。 ローリングサンダーの言葉、「世界の不調和は、自分自身の不調和の問題」であるとも思う。 実際、僕らは、僕とその周囲の人達の事にしか思いを巡らす事が出来ないというのも、確かだ。 一緒に生きている人、家族、友達、そういった数以上の人達に気持ちを遣るなんていう事は難しい。 このスピードの世の中が、それを可能にしてしまったんだ。情報が圧倒的な量で僕らを襲い、距離は飛躍し、 僕を実際には知らない人がその情報を持ち、コンピューターで蜘蛛の巣状に張り巡らされた包囲網、爆弾で吹っ飛ばされた人を瞬時に知り、僕の気持ちを直撃する。彼らを殺したのは、僕である。 爆撃をしているのも僕であり、殺されるのも僕であり、傍観者も僕であり、どんどんと悪循環にハマっていく。これ以上、何も出来ないのか?それも違う。この気持ちは、形態形成場へ運ばれていく。 みんなの気持ちは、次の段階で生かされる。現在、この不毛な戦乱に参加している者の居場所は無い。 その物語では、脇役ですらない。もうこの旧い筋書きには、飽き飽きなのだ。
「我々は夢を見る事を決して止めてはならない。夢は魂に栄養を与える。それは丁度、食事が身体に栄養を与えるのと同じだ。我々は人生で何度となく、自分の愛が打ち砕かれ、失望する時を体験する。
しかしそれでも我々は夢を見続けなければならない。」
「良き戦いとは、夢のために戦われる戦いのことだ。
我々が若く、夢が初めて内側からはじけだす時には、我々はこの上なく勇気に満ちている。しかしまだどう戦えばよいのか、その方法を学んでいない。努力に努力を重ねて、戦いの方法を学ぶが、その頃には、すでに
戦いに赴く勇気を失ってしまう。そこで我々は自らに背き、自分の心の中で戦い始める。
つまり、我々は自分自身の最悪の敵になるのだ。そして、自分の夢は子供じみていて、難しすぎて実現できない、人生を十分に知らないせいだと言い聞かせる。良き戦いを戦うのを恐れて、自分の夢を殺してしまうのだ。」
「自分の夢を殺すと、まず最初に時間が足りないという症状が現われる。最も忙しい人たちは、人生には常に
あらゆることをするに十分な時間があることを知っている。何もしない人たちはいつも疲れていて、やらなければならないほんの僅かな仕事にも注意を向けようともしない。
彼らは絶え間なく、一日は短すぎると文句を言っている。本当は彼らは良き戦いを戦うのを怖がっているのだ。」パウロ・コエーリョ/星の巡礼 抜粋
「自らを憐れむ者、自らを人生において不当に扱われている善人だとみなす者、そして自らに起こったことに対し、自分はそれに値しないと思っている者を憐れみ給え。このような人々は、良き戦いを戦うことは決して
できません。そして、自らに対して残酷な者、自らの行動に対し悪しか見ず、世界中の不正は自分の責任だと感じている者を憐れみ給え。なぜなら、そのどちらの種類の人々も『しかれども、あなたの頭髪の一本一本
さえも数えられている』という、あなたの法を知らないからです。」
「長時間にわたり仕事の指揮をとる者、長時間にわたり働かされる者、日曜日の休暇だけで自らを犠牲にし、
しかもその日曜日には何処か行くところもなく、すべてが閉ざされていることを発見する者を憐れみ給え。
しかしまた、自らの努力を正当化する者、借金を抱えこんだり、自らの兄弟によって訴追される者など、
自らの狂気の限界を踏み越えることができる者を憐れみ給え。なぜならばそのどちらの種類の人々も、
『ゆえに汝よ、蛇のごとく賢く、鳩のごとく無害であれ』というあなたの法を知らないからです。」
「世界を征服することもできるのに、自らの良き戦いに決して参加しようとしない者を憐れみ給え。
しかしまた、自己の内の良き戦いに勝利しても、世界を征服できなかったがゆえに、自らの人生の吹き溜まりに見い出す人々をも憐れみ給え。なぜならばそのどちらの種類の人々も、『私の言葉に注意を払う者は、
岩の上に自分の家を建てる賢い男のようなものである』というあなたの法を知らないからです。」
「誰かがすでに自分よりも優れた仕事をしたのではと恐れて、ペンや鉛筆、楽器、道具を手にとることを怖がっている者、そして自らの芸術の館に入る価値がないと感じている者を憐れみ給え。
しかし、ペンや鉛筆、楽器、道具を手にとって、霊感をつまらぬものに変えてしまったのに、まだ自らを他者よりも優れていると思っている者に、さらなる憐れみを与え給え。
どちらの種類の人々も、『おおわれているもので、いつか現われることのないものはない。
また隠されているもので、いつか知られることのないものはない。』というあなたの法を知らないからです。」
「飲み食いに堪能していながら、不幸で孤独な者を憐れみ給え。しかし、断食する者、咎め禁じる者、
そしてそれによって自らを聖者とみなし、あなたの御名を街頭で伝道する者に、さらなる憐れみを与え給え。
なぜならばそのどちらの種類の人々も、『もし私が私自身の証人となるならば、私の証言は本当ではない』
というあなたの法を知らないからです。」
「死を恐れ、自分たちがすでに通ってきた多くの王国も、自分たちがすでに経験した多くの死にも気付かずに
いつの日か、自分たちの世界は終わってしまうと考えて、不幸になっている者を憐れみ給え。
しかし、自分たちの多くの死をすでに知っており、今、自分たちは不死の身だと思っている者に、
さらなる憐れみを与え給え。どちらの種類の人々も、『人はもう一度生まれなければ、彼は神の王国を見ることはできない』というあなたの法を知らないからです。」
「自らを甘美な愛のきずなで縛り、自らを他の人々の主人だと思っている者、人を羨んで毒する者、そして、
愛も他のいかなるものも風のごとく変化するという事実を分からずに、自らを苦しめる者を憐れみ給え。
しかし、愛することを恐れて生きようとしない者、その何たるかも知らずして、より偉大なる愛の名において、愛を拒絶する者にさらなる憐れみを与え給え。どちらの種類の人々も、『私が与える水を飲む者は、
決して渇えないであろう』というあなたの法を知らないからです。」
「天空の楽の音を聞いたことがないために、宇宙を理論に、神を魔術に、人間を動物のレベルにまで矮小化する者を憐れみ給え。そして、タロットの秘密やピラミッドパワーに関する本に囲まれている者に、
さらなる憐れみを与え給え。どちらの種類の人々も、『神の国を幼子の如く受け入れない者は、決してそこに入ることはない』というあなたの法を知らないからです。」
「自分自身しか見ず、他人は車の中から見える遠くのぼやけた風景でしかなく、自分はエアコンの効いた豪華な部屋に居て、権力の孤独と沈黙の中に苦しんでいる者を憐れみ給え。
しかし、誰に対してもどんなことでも行ない、慈悲深く、愛によってのみ悪に打ち勝たんとする者に、
さらなる憐れみを与え給え。なぜならば、どちらの種類の人々も、『剣を持たぬ者に、その衣服を売り、
剣を買わせよ』というあなたの法を知らないからです。」
「神よ、あなたが約束なさった剣を探し求め、あえて手にしようとする我々を、
そして世界中に散在する気高く罪深い人々を憐れみ給え。なぜならば、我々は自分自身さえ知らず、時として
自分が衣類をまとっていると思っていても、我々は裸だからです。
そして実は、誰かの命を救った時に、自分は罪を犯したと信じるのです。また我々が、天使の手と悪魔の手で
剣を持っていること、そしてそのどちらも同じ手であることをお忘れにならないでください。
なぜならば、我々は世界であり、世界でありつづけ、そして、我々はあなたを必要としているからです。
『お金も、ナップザックも、サンダルもなしに、私があなたを送り出す時、あなたに欠けているものはない』
というあなたの法を、我々はずっと必要としているからです。」
「主よ、御心のままになりますように。なぜなら、あなたは、子らの心の中の弱さを御存知だからです。 そしてあなたは一人ひとりに、その人が背負えるだけの重荷をお与えになるからです。 わたしの愛をおわかりください。なぜなら、それは私が持っている唯一、本当に私のものだからです。 私が来世に持ってゆけるただ一つのものだからです。 どうぞ、私の愛が勇気を持ち、純粋でありますように。世間の誘惑に打ち勝ちますように。」 パウロ・コエーリョ/ピエドラ川のほとりで私は泣いた 抜粋
たくさんの言葉を引用してしまった。自分は、無宗教だから、宗教に於ける神がなんたるかをまるで知らない。そしてその習慣も無いし、言葉を血に肉にすることも出来ない。 けれども、今、分かることは、全ての宗教は、山の頂きへと向かう道であるということ。 限り無い道が、同じ頂上を目指し、放射状に広がり、それぞれの人々が、思い思いの気持ちを胸に登っていく。その道の是非は問えない。皆、自分が信じた道を登っていくのだ。 夢のために、自分自身の良き戦いをするのだ。
始まってしまったものを肯定するしかない。もはや過去へは戻れないのだから。
次にすべきことは、どうかたくさんの命が奪われないように、と祈ることぐらい。
そして、誰もが、自分の役割を全うしていることを認めること。ここに於いて、不必要な生は無い。
全ての個性が尊重されていること、を信じて。新しい世界は、きっと、もっとうまくいく。
まだ、次があるんだ。Inlak'ech
太陽(9)の月10日【KIN 022】白い太陽の風
G暦2003.03.16
今日は、そのボロン・イク(Bolon Ik)の日となります。先月のツォルキンの境目で、自分が受け取ったカード(マヤンオラクル)が、「9」と「Ik(風)」だったので、何か特別な気持ちになります。 そしてそれを前兆として捉えてみることは、またもうひとつの筋書きが用意されているような、並行して進む もうひとつの世界への入口のような、そんな楽しい気分をもたらしてくれます。
禁煙を始めて、1ヶ月ほどが過ぎました。何度かトライしている禁煙であるが、今回ほど、すんなりといった 試しはなく、別段、禁断症状に襲われることもなく、多少手持ち無沙汰な感はあるがそれだけの事だった。 物凄く絶妙のタイミングだったのかも知れない。映画「デッドマン」でノーバディというインディアンが、 執拗に煙草を強請るシーンがある。主役の、ジョニー・デップは煙草は吸わない。インディアンにとって、 「煙り」は神聖なものなのだ。迎え火、送り火でもあるし、儀式でもあるし、狼煙でもある。 ローリングサンダーは、有害な煙草の成分を浄化出来るそうだ。 僕の知り合いは、普通の煙草を、品評会級にキマる代物に変換出来る。錬金術師だ。 そんなように、僕にとっても煙草は神聖なものになりつつある。絶えず煙りを飲む必要なんてないのだ。 敏感に感覚を研ぎ澄まして、必要な時に必要な量だけ入れられたらそれでいい。 諸刃の剣である。少量ならば良薬にもなるし、度を越せば危険を伴う。そうしてこれもバランス。 都会の人間は、呼吸のように煙草を飲む。それは、この場所の空気が汚れている事を意味していないか? 大きく深呼吸するために、煙草の煙りを取り込んでいるんだ。そうやって意識しない限り、空気を取り入れる 時間さえ無いぐらいに、急かされて生きているのではないだろうか。
こうして考えてみると、不自然なものなどなにひとつないような気がする。 どれもこれもが、生み出されるべくして生み出されたものであり、この世界に調和し、馴染んでいる。 それが科学物質であろうと(いわゆるナチュラル、ケミカルでの括り)なかろうと、この世界に生まれたものには何らかの役割があって、それを全うしようとしているんだ。 それを一方的に排除することは歪みを生じさせるだけで、それこそ不調和ではないだろうか。 仏陀は「慈悲」を教え、キリストは「汝を愛するように隣人を愛せよ」と言い、マホメットはコーランの中で 「自分に挨拶する人には、それ以上の挨拶で応えなさい」と説く。 そのコーランがいう挨拶とは「平和」のこと。にもかかわらず、歴史上キリスト教徒はずっとイスラム教徒と戦ったりしている。基本的に、この世界、地球は、誰の所有物でもない。 インディアン(アメリカの先住民)に「土地を売れ」、と言って迫った白人は、彼等が言う「この土地は誰の物でもなく、ただ単にグレイトスピリットから依託されているに過ぎない」との返事に、彼等を殺して、土地を奪った。それと同じことを、また違う民族へ向けて行なおうとしている。 それがどんな歪みを生むのか、何も学んでいない。目先の利益(本当の意味での利益には無頓着に)や利潤、 そればかり追い掛け、そうしたグレゴリオの枠組の中、他を陵辱することばかりしか考えられない。 奪っちゃいけない。それから、相手の生命を奪うくらいなら、自分の生命を差し出すべきだ。 それが出来るのが人間なのだから。
今月(太陽の月)と同じ音を持つ日。それは、「亀の日」と呼ばれる。
今日が、フラクタルに今月を表現しているはずだ。今日、降って湧いた想いが、1ヶ月28日間を
表しているんだ。 同じように、あなたは、もうひとりの、わたし、でもあるんだ。Inlak'ech
太陽(9)の月07日【KIN 019】青い律動の嵐
G暦2003.03.13
「私は食べている時は、食べることしか考えません。もし私が行進していたら、行進することだけに集中します。もし私が戦わなければならなかったら、その日に死んでもそれはかまいません。 なぜなら、私は過去にも未来にも生きていないからです。私は今だけにしか興味を持っていません。 もし常に今に心を集中していれば、幸せになれます。砂漠には人生があり、空には星があり、部族の男たちは 人間だから戦う、ということがわかるでしょう。 人生は私たちにとってパーティーであり、お祭りでもあります。なぜなら、人生は、今私たちが生きている この瞬間だからです。」主役の少年サンチャゴに、キャラバンのらくだ使いの男が、そう言います。 サンチャゴは、スペインの羊飼いであったが、啓示を受けて、ピラミッドまで旅立つことを決意します。 最初に出逢うセイラムの王様、メッカへ行けないクリスタル屋の店主、キャラバンで出逢うイギリス人、オアシスで運命のファティマとの出逢いをし、そしてピラミッドまでの最後の行程を共にする錬金術師。 恐ろしい程の、前兆に溢れた物語。 マクタブ(maktab)という言葉が随所にでてくるが、それはネイティヴ・アメリカンのいう「グレイトスピリット(精霊)」や、大いなる全て、仏教でいえば「ブラフマン」や「カルマ(業)」、つまり世界はすでに 大いなるものによって筋書きは仕上がっているという考え方だ。 ただその筋書き如何によっては変更出来る趣類のものもあり、錬金術師によって、例えば「銅」を「金」に 変えてしまうという、いわゆるそういった術も(物質の進化と呼んでいる)可能なわけである。 それはバシャールのいう、物体移動や変換などと同じような気もする。 そういった知識や科学が、直感や風、予感や夢、それらに姿を変え、前兆として主人公の身の回りに起こる。 それもすべて、サンチャゴが信じている事に起因していて、宇宙から必要なエネルギーが降ってくるのだ。 この作者が、どうやってこれらの物語を生み出したのかについても興味深い。 この物語りは、凄い地点と繋がっていて、不変的法則や観念、隠された記憶、それさえも含んでいるのだ。 サンチャゴが続ける冒険は、掴み、放し、学び、捨て、戻り、進み、悩み、苦しみ、話し、知る、 つまり真理である。
凄い本に出逢ってしまった。読んでいない方には、是非、お薦めいたします。
同じ物語を読んでも、その時々によって姿を変える(それはまさにアルケミスト=錬金術のごとく)そんな本
であることは間違いないように思われます。
そして、前兆を予感できるのは人間だけ。それはいろんな姿で現れます。
カードを引いてもいいかも知れないし、雲の形ひとつでもいい、自分が使っているカレンダー(13の月の暦)である場合もあるし、胸騒ぎ、夢枕、友達の何気ない言葉、突然の来訪、鉱物、、、とにかくそれらを
見逃さないように感覚を研ぎ澄ましておくことだ。
それは、シンクロニシティ(共時性)と呼ばれるものにも近い。
自分の進むべき道を信じて疑わなければ、様々な姿で味方は現われるんだ。
導かれるのか、惹きつけるのだろうか? まだまだ知らないことばかりで、世界は溢れている。
それは何かを教えてくれているんだ。
太陽(9)の月03日【KIN 015】青い月の鷲
G暦2003.03.09
停止中に夢を見た。皆でゲームをしている夢だ。人工物の中でのオリエンテーリングという感じだった。 7、8人で隊列を組み、狭い一本道を進み、梯子を登ったり降りたり、バランスの悪い高く連なった道を歩く。道が道と交差し、高速道路のように連鎖したりもしているのだけど、人ひとりがやっと通れるぐらいの幅 しかない道なので、なかなか難渋する。その一団にはリーダーらしき者はいなくて、皆でどのルートを決めるのかを話し合ったりする。このゲームの目的は、早くここから抜け出すこと、それがゴールだ。 ゲーム(遊戯)と了解しているので、それほど恐怖とかはなく、むしろ、皆楽しんでルートを探す。 しかし景色はあまり明るいものじゃなく、覆い茂った蔓植物や、鬱蒼とした苔類、その間に道は工事現場の 鉄板だったり、パイプを組んだだけのグラグラした不釣り合いなものだったりした。 いくらか進むと、今度は、人がたくさん集まったホールに出る。知っている顔も何人か見える。 そして其処で、このゲームについての説明を簡単に聞かされて、次は個々に別れ進む。 真ん中に穴が空いている円形状の乗り物、グルグルと回転しているので遊園地のコーヒーカップの大きい仕様 といった感じだ。少しづつ、螺旋階段のように下方に降りていくので、それに乗っていればいつかは下に到着するはずであるが(今度のゴールは一番下だと了解している)、真ん中に空いている穴に飛び込めば、もっと 早く行き着けるような気がして、その穴にハマり込んでみる。腰までは入るのだが、全く進まない。 そうだ、何も考えない状態、無の領域に精神を持っていかない限りダメなのだ、と思い、無心になろうとする。惚けた、昼下がりの微睡んだ感じ、その時、急に下方に沈み込んで、違った場所へ持っていかれる。 ああダメだ、また元に戻ってしまった、そんな気分のまま最初の方に見た場所へと戻されていた。
ちと休憩して、店の前のソバ屋でカツカレーを喰って、それから銭湯へ行ってきました。 銭湯で頭を洗ってみたら、瘤は小さくなっていて、痛みもそんなに無かった。 実は、転倒したことがかなり応えていた。なんでもない場面で、クラッときてそのままダルマのようにころりといってしまったのだ。それで、少し低い段差に居た人を、なんとかかわして落ちたので、無理なひねりが身体にかかり、とても不可解な動きだったようだ。 この身体を乗りこなすのに随分掛かって、やっとこれから意のままに運転してやろうと思ったら、すっかり 錆びついて、ぎしぎし唸ってやがる。こうして、ピタリと身体と心の照準が合ったのは、ほんの数年間だけ、 後はだましだまし、おそるおそる乗っていて、いつの間にか下車してることにも気付かずにいる。 老巧のうちに、身体から心はゆっくりと剥がれていく。そんなことを考えた。
今月は、太陽の月です。これからの4ヶ月は「行為を変換する」流れとなります。
「どうしたら私の目的に達するのか?」そうした問いが、微かに感じられる月。
磁気(1)の月、倍音(5)の月と同じく4次元パルサー、今までの月を踏まえて、新たな自分自身を構築して
いける月です。あなたはもうひとりのわたし。Inlak'ech
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