TRASH
白いスペクトルの魔法使いの年(YEAR OF THE WHITE SPECTRAL WIZARD)
月の月(Lunar Moon)
「火宅」
「重力」
「消失点」
「火宅」
月(02)の月26日【KIN 207】青い水晶の手
G暦2003.09.17
暫く電脳世界から切り離される。今年2度目の自宅の引越。身体は絶不調。10日以上に渡る微熱が、さすがに
身体にも堪えたようで、歯ぐきを溶かしてしまう。歯から相次ぐ出血で、食欲も減退。
歯科、内科と病院へ通い、「栄養を採りなさい」と叱られてしまう。
引越に伴い、労金から金策を練ったが、案の定、仮審査で素っ気無く追い払われる。いたしかたない。
元々、そういったところには縁が無いのだ。国民金融公庫だの、ああいった場所に慰安は無い。
もっと人を憂鬱にさせるだけでしかない。軽く微笑しながら、民営の金貸へ行った。
すぐに解決する。このスピードさには参った。弱音を吐くな、と何処からか声がする。
また歩調は乱れ、錯綜が始まる。すぐに掃除の不毛さを思い出す。
秋の枯葉、掃いては掬い、掃いては掬い、木々は負けじと身震いし、また黄色い葉をまき散らし。
洗濯の悲しさ、散髪、爪切り、耳あか、磨けど磨けども薄汚れやがる。それら生活の下垂に追われてくうちに
老いていく。無論、それほど病むこともなく、肯定的に考えられないこともない。
ポジティヴに、「聖なる予言」でいうように、一見して失敗に思えるものは大きな意味では次なる準備の
一形態を取っている。 成功、失敗、勝ち、負け、それは全てに個人レベルの価値ではあるが。
信じる力は強い。しかしそれを維持していくのは容易くない。
生きていけばいく程、疑問が芽生え、猜疑心の野郎がうすら笑いをしてる。
うすら笑いは止めろ、と胸ぐら掴んだと同時に奴は、しめた、といって顔を歪める。
ふん放っておけ、好きにするさ。また、逆戻り、かも知れない。
頭痛、寝汗、そろそろ飽きてきた。このぶり返す暑さにも。
「重力」
月(02)の月14日【KIN 195】青い宇宙の鷲
G暦2003.09.05
悲しいかな僕らは重力に囚われてる。いつか押し潰されて朽ちていく運命だ。
宇宙(そら)で生まれたニュータイプならば、また違った生き方ができるのかも知れないけれど、これはもう
人間として生まれたさだめなので仕方ない。
いつかコロニーで生まれた者が、ガンダムを動かして連邦軍を勝利へ導くとしても、それは遠い先の物語だ。
地に足をつけて、土を耕し、空を見上げて、遠い星に目をやり、ため息をつく。
この地球がなければ生きていかれない。微熱が続き、少し頭が重い。
ため息をつき、空気を肺から外へ出してやると、もっと身体が重く、地球の重力に囲われる。
飛べない。夢の中じゃ、飛び回っていたはずなのに。妖精の粉をつけたとしても、それは信じる者にしか
効果はない。背中が丸まっていく。年老いて、重力に押し潰されていく。
アメリカの映画、マイケル・ムーア監督「ボーリング・フォー・コロンバイン」を観て感動した。
アカデミー賞の席上でブッシュ批難をしたムーア監督の事は知っていたが、こんな人を生み出すアメリカの
土壌に恐れ入る。コロンバイン銃乱射事件を中心に、アメリカの銃社会の本質をえぐる。
銃規制は確かに必要なのかも知れないが、それ以上に歪んだ米の姿が見えてくるような仕掛けだ。
カナダにも銃規制は無い、しかし銃による事件の数は段違いに少ない。
そこにアメリカの過去がオーバーラップして、この20世紀だけでも数知れない軍事介入や戦争、悲劇を
たくさん生み、いまだコンビニで鉄砲を購入することが出来、ミサイルを量産し続けている。
9.11テロはこれを観れば、起こるべくして起こった悲劇であるのかも知れない。
あそこにでてくる数々の惨たらしい映像、事件、また被害者、加害者、全米ライフル協会のチャールトン・
ヘストン(この人の映画はもう見たくないです)会長、この凄惨な歴史に何の詭弁もいらない。
随分前に観た「ウッドストック99」の映画の時に感じた、それと同じ景色をこの監督も見ていた。
『買え』これがアメリカの信条。そのためにはどんな脅しだって辞さない。
怖れを煽って、それを金に変える国なのだ。インディアンが襲ってくる、黒人が襲ってくる、日本人が襲ってくる、ソ連が襲ってくる、イランが襲ってくる、イラクが襲ってくる、ヒスパニック系が襲ってくる、
隣人が襲ってくる、鍵を閉め、銃で武装しろ、自分の命は自分で守れ、殺られる前に殺れ。
悪意の連鎖。資本主義の歪み。ジョン・レノンが射殺されたって、銃を離さなかった。
この映画はそれを簡潔に語ってくれる。アメリカという国の病理を。
いろんなことがやってくる。
望む望まずに関わり無くやってくる。そいつの種は、いったい何処からやってくるんだろうか?
風に運ばれて? 僕は土を耕して、生きていきたい。
空を見上げて、ため息つこうとも、そうやった生きていきたい。
足は地から離れない。
「消失点」
月(02)の月06日【KIN 187】青い倍音の手
G暦2003.08.28
新月なのであります。落ち着いてMacに向かう暇なく、そうこうしているうちにG4初めての爆弾。
次々と起動しなくなるソフトに困惑し、初期化の英断を下す。
またまた何年ぶりの作業であるか、黙々とインストールし直し、再起動を繰り返す。
いつものようにプロバイダーへのパスワードやらなんやらを失念し、ネットに繋げるのにも一苦労だ。
ようやくと再構築を終え、店内を見渡せば誰も居やしない。懐かしい友達が一杯飲んでいっただけだ。
最近、また禁煙解除した煙草で咽が痛む。明らかにリバウンドであった。
ここでこうやっているのも僕の大切な時間だ。誰のものでもない、こうして待ちわびる。
何かを待つだけで、滔々と過ぎていく時間。その渦の中で、錨も下ろせずに、ただ流されてしまう。
唯一、煙草を吸う事で、時間に釘を打つ。咽は、どんどん痛くなっていく。困りもんだ。
過去の話をしてると、もっと今を見失う。どうしたって帳消しにはならない轍の跡だ。
文章さえ、着地点を見失う。暦の上では、今日6日は「自由意志」を発揮する一日。
月の月は、「挑戦を分極化し」「安定させる」という月。
人はすがりつくものが何もないと、落ち着かない。
こうしてる間に、お客さんが来て、また一杯。「バニシングポイント」という映画を観た。
暴走する車、病めるアメリカ、衝撃の終幕。70年代初頭の映画で、すでにアメリカは疲れきっている。
バニシングポイント(消失点)とはよく言ったものだ。
それでも人は、そこへ向かって突っ走る。行き先などわからない。焦燥感。からからに乾いた空気。
行き着く前に一服。
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