ワッシャー TRASH
白いスペクトルの魔法使いの年(YEAR OF THE WHITE SPECTRAL WIZARD)



共振の月(Resonant Moon)
「feeling」
「バイト道・其ノ弐」
「sometimes」
「memorandum」
「effect」




「feeling」

共振(07)の月27日【KIN 088】黄色い惑星の星
G暦2004.02.05


人間は死なない。ということを知ったのは、「ラムサ -真・聖なる予言」という本だった。 しかも、今使われていない脳の他の領域をも使うことが出来る、とも云う。 それらの知識は、僕を驚かせた。「バシャール」は、分断や区別してきたものを統合しなさい、 と教えてくれた。「アミ」や「アルケミスト」は、心にわくわくすることをやりなさい、と云った。 そして「ラムサ」は、何であろうと、考える対象となることを許されたものは、すべて存在し、自分に考える ことを許したものは、あなたは必ず体験する、と教える。 なぜなら、神は自分自身のこころに在るからだと云う。誰もが創造主であり、崇高であり、神である。 だから、自分が許したことはすべて実現可能であり、死という概念を破棄してしまえば、 人の肉体は老いる事もなく永遠に生き続ける力を持ち、脳のすべての領域を使うことも出来るのだという。 それを信じた時に、それは真実の力を持つ。ただ共同幻想として、これまで刷り込まれてきた既成概念を 払拭するということは難しい。難しいと云ってしまったことで、それが難しくなるということも、これまた 事実である。子供と大人という境界線、年齢という積み重ね、1日が24時間という概念、どれもこれも 信じることを止めた時、簡単にそれは消えて無くなってしまう。こころで思うだけで、立ち消える。 敵が味方になり、暴力が抱擁に変わり、夢が現実となれる。自身が、決めてしまえば、そうなれる。 なんだって可能だ。何かをそうと決めつけてしまっているのは、自身のこころだけだからだ。 物事がうまく好転しない、と気に病むのなら、それはそうしたいと自分で作り上げた世界だ。 気持ちのおもむくまま、自分が楽しいと感じることだけに、その瞬間を生きていこう。 I 've Got A Feeling!




「バイト道・其ノ弐」

共振(07)の月17日【KIN 078】白い宇宙の鏡
G暦2004.01.26


こないだ六本木ヒルズへ行った。テレ朝通りの先には、昔、自分が中学の時分よく行った 日赤病院の廃虚があった。その廃虚に忍び込んで、なにやら得体の知れぬ医療機具などを漁ったりした。 六本木は霊地である、らしい。はっぴいえんどの曲「暗闇坂むささび変化」の、暗闇坂がある。 友達が住んでいた公団アパートは、とっくに無くなっていた。あの駄菓子屋は残っているだろうか。 青山墓地脇の、三聯隊と呼んでいたヘリコプター発着場のあった大きな山でもよく遊んだ。 しかし六本木は、実際に行ってみると、あまりにも大きく変わってしまっていて迷ってしまう場所でもある。

15歳の終わり頃、高校中退後、初めてのアルバイトが、元麻布にある 「西町インターナショナルスクール(NIS)」で、そこでの清掃業務が仕事だった。 バイト雑誌で見つけてきて面接に行き、半年位通った。その頃は、青山に住んでいたので自転車で通う。 お金を稼ぐというよりも、そこで外人と友達になってなんて考えていたけど、掃除てのは そんな学生が帰宅した後に行われるものであって、まったくもぬけの殻な広大な校舎を掃除機で駆け回る。 しかし校舎は古い洋風の屋敷で、高い天井に大きな硝子窓、屋根裏部屋や地下室などあり、 外人の先生の書斎や生活様式などを観察しては、日本人との違いに溜息ついたりしたものだった。 外国映画の中の世界だった。そこで知り合った数人のバイト仲間も気のいい人ばかりで、主任と呼ばれる そこの責任者の目を盗んでは、仕事中にお菓子を買い込んだり、当然ながらサボって校庭でバスケなんか したりした。 日常業務は、掃除機がけと雑巾がけとゴミ捨てぐらいだけど、月に一回ワックスかけなんてのもあり、 ポリッシャー(床磨き機)やカッパキ(水捌けモップ)などの取り扱いも覚え、その清掃会社で請け負った 様々な場所へも駆り出された。晴海にある国際貿易センター近くの新築マンションや、 三軒茶屋のスーパーマーケットなどよく覚えている。 やっぱりその頃は子供だったのだろう、飲み会の積み立て金などに腹立てたり(だけど未成年だったし)、 そこの社長のセコさ加減や、主任の悪口など、よくある愚痴に憤懣遣る瀬なくなったりした。 社長と主任は兄弟で、弟の主任は社長にいいように使われていて、それも何か汚いような感じがして、 バイト仲間で一斉にサボったり、他の皆は次々と辞めていった。 主任は悪くないおやじだったが、口下手で風貌も薄汚れていて、NISの地下に住んでいて、ネズミのような 暮しを目の当たりにすると、まだそんなに絶望していない、いやむしろ希望に溢れた若者にとっては、 とても長続きできる環境ではなかった。ハロウィンパーティーで貰ったケーキを、意地汚く何個も頬張って、 40度の高熱、吐き気と下痢、一週間で5kg以上も痩せて食中毒。 その頃、父親から、千葉浦安へ引っ越す話が出て、そうしてそのバイトとも離れた。 清掃業務は寡黙な人間にとっては、気が楽な仕事だ。この後も、何度かそんなのをやったが、ゴミと一言で 片付けられる物と隣り合わせでいると、気持ちが麻痺してくる。 掃除の不毛さは嫌いだが、ゴミは好きだ。特に、他者がゴミと呼び、それをゴミとして取り扱い、 その人に不必要な様相を帯びてくると、途端にそのゴミと呼ばれた物が神々しく見えてくる。勝利だ。 東京ドームの清掃をやった時、野球観戦後のあの巨大なドームに残った様々なゴミと対峙するとわかる。 日々人は、必要な物を紙幣で手に入れ、不必要となった物をゴミとして破棄し、そこに附随する商売が盛り、 資本社会はそれを繰り返し循環させ、余剰のエネルギーを生む。

ネガティヴ・フィードバック・ループ=消費中毒。個人ではなく金銭に奉仕するシステム社会。 労働者は、可能な限り低い賃金で、可能な限り早く壊れる製品を生産し、現金を流通させる以外なんの意味も持たないサービスに従事したりする。 クレジットとGNPの社会に、もう充分はあり得ない。動機は「売ること」 -クリス・カールソン (プロセスト・ワールド誌編集長)

そして最後のバイトが、ここ六本木の駐車場管理だった。20代後半、バブルの忘れ形見、空き地を利用して そこに居座る事が仕事、駐車場はその傍らで行われていたらしいが、場所柄、やはり儲かる。 2年近く従事、掘建て小屋の中、ギター弾きつつテレビ眺めつつ、時間を喰い潰し、やってくる車を誘導し 発券、精算を繰り返した。同時に池袋のバー「シルバラード」や、高円寺のレコード屋「ヨーロピアンパパ」でもバイトをしながら、ここで自営業の機会をうかがって過ごした。 天気の佳い早朝には、車で通って洗車したりした。けれども、100円しか手元に無くって、空腹で、 なんとかレジをチョロまかせないかと思案したりした。そんな時、お客さんがチップをくれたり、 レジ締に来る社員の人にお小遣いなんか貰って、吉野屋やマックへと走った。 高級車、芸能人、外国人、早朝のゴミ袋を漁るカラス、片輪の野良猫、すべては同列だ。 レッカー移動された車の保管場所でもあったので、レッカー車が牽引してきては、それを憤懣遣る瀬なしと いったふうの持ち主が、怒鳴り込んでは車を受け取っていく。 24時間3体制、たまに24時間連続勤務をすると社会から隔絶されたような気になる。 オウム真理教の東京総本部刺殺事件をテレビで観て、見物に行く。 週末は、場外馬券場で馬券を買ってから出勤して、ラジオを聞きながら一喜一憂する。 97年末に「HERE SCENES」を始めるまで、ここで怠惰に過ごしたのでした。

それから、やっぱり六本木には用はない。此所に、僕自身の文化が無いからだ。 渋谷や原宿にもない。新宿や神保町なんかは今でも好きだけど、 もうそれらの都市は他所者な顔をするばかりで、一瞥もくれない。 まあそれはそれで、互いに干渉しあわないドライな関係であって都会っぽいのかもしれず、 用事のある人が出掛けていけばいいだけの事なので、当分また行く用事は無さそう。 けれども、ヒルズの展望台から観た富士山へと沈み行く斜陽は、かなり綺麗だった。 どこから眺めても、陽は陽のままに在るだけである。人の営みとは関係無しに。



「sometimes」

共振(07)の月13日【KIN 074】白い太陽の魔法使い
G暦2004.01.22


時々、迷う事がある。現実に対してか、ひとりで迷う事がある。路が暗くて歩けない事も。 泥濘に足を取られる事も。と、頭脳警察のパンタは歌っていた。 それは、時々だ。ふと、この現実という虚構で不安を感じ、夢というもうひとつの現実で救われる。 時々、吠える事もある。追い詰められると、負け犬の如く、噛みつくしかなくなる。 犬の遠吠えは、寂しい。すべてが、自分自身で限定したことだ。真実として認識している物語。 君の顔は可愛い、が、他の人から見れば醜いのかも知れない。 そのどれもが正しい。100人居れば、100人居ただけの解釈があり、真実も100通りある。 自身が信じた物語の通りに、歩いていくことが、自身の物語を創造することになる。 他の誰も歩けない路。時々、交差しながらも、僕は僕だけの路を歩いていく。答は、風が知っている。

何に対しても、句点を打たないことだ。僕らは絶えず、続き、読点を繰り返して、生きていく。 「気」は変わる。絶対の真理が「愛」だとするならば、そこへ辿り着くまでにたくさんの路があって、 横道にそれる事も、回り道や、舗装されていない道、抜け道だと勘違いして行き止りだったり、或いは 道らしい道がついていない事だって。形態形成場に記憶されている道、これからまた作られる道、 新しい道を作ったら教えてあげればいい。それから、向こうで落ち逢おう。 相手の通っている道を批難したり、邪魔をしたり、順路を変えた事を叱咤したりする事は止めよう。 「気」は変わるのだから。風が向きを変えるように、気だって向きを変える。 選択が出来るのは、その人だけなのだから。

最近、映画や本、それに会話が楽しい。たくさんの、その人の見方、解釈があって、視点がある。 そこに、その人の通ってきた路がある。同じように歩く事は出来ないかも知れないけれど、 思いを馳せる事は出来るし、「気」が向いたりもする。 「縁」がそこにはある。出会わなければ、繋がれないし、歩かなければ、出会えない。 時々、それを思い出して欲しい。



「memorandum」

共振(07)の月07日【KIN 068】黄色い電気の星
G暦2004.01.16


13の月・28日予言のゲーム「テレクトノン(TELEKTONON)」では、"地上歩行"を終え、 昨日の"自由意志の日"で選択したテーマに沿って、22日まで続く "戦士の立方体の旅" が始まった。

エンリケ・バリオス著「小さな宇宙人アミ」を読んだ。宇宙の唯一の法は「愛」だけだ。 「アルケミスト」や「聖なる予言」、それに「バシャール」の本や「ローリング・サンダー」などを、 もっとも分かり易くシンプルにしたら、こんな素敵な本が出来上がるんだろう。 なにしろ問題は至って単純だ。「愛」に生きて、それに近付いていけばいいだけなのだから。 未来(さき)にある事を思い煩ったり、心配したりすることよりも、現在(いま)ある美しいもの、 楽しいこと、瞬間(いま)に生きていくことが、僕らの存在理由だからだ。 ロケットを飛ばして宇宙へ出る前に、僕らはひとつの集合体にならなければいけない。 未開世界から、真の文明世界へと進化して、「愛」に生きていかなければ、決してこの星から出ることは 出来ないし、エゴイズムでは地球の中でさえ生きていけやしないだろう。 知能や知識ではない、こころ(心、此所炉、個々炉)で感じなければ、何も見えていないのと一緒。

好きな人と一緒に居るのが一番楽しい。心がわくわくするようなことをしていると、尚、楽しい。 言葉は、だんだんと必要なくなってくる。迂回せずとも、道を知らなくとも、目的地へ着く。 難しくはない。分断や分裂、区別を考えなければ、それでいい。

「人は人に影響を与えることもできず、また、人から影響を受けることもできない」太宰治/もの思ふ葦
薬味である。彼は、憎まれ口をたたく。極端な台詞には、絶対にそれと分断して、もう一つの側面がある。 正反対の極がそれにはあるのだ。憎しみを知らなければ、愛もわからない。

子供を通って大人になった。或いは、子供の中に大人は生きている。しかし、そのどちらも明瞭な境界線は、 存在しない。あるのは、子供と大人という言葉(概念)だけだ。 年齢は蓄積を意味し、その差異に優劣もない。子供と大人というのは、カレンダーと同じく座標の単位だ。 共に同じくこの世界で生きていく者に、学び、愛し、遊び行く者に、分断は必要じゃない。 Yocciが云ったこの話では、僕にも、僕の息子にも、平等に流れていく時間だけがあった。 互いに、教え、学ぶ関係があるだけである。 インディゴ・チルドレン達は、僕の知らないことをたくさん持っている。 僕は僕で、子供という時期を通過して大人になったような気になっているが、ずっと子供のままで、それに もっともっと知りたいことが山程あった。すべては、同じように降り注ぐエネルギー。

「Brakedown Palace」 が聴こえてくる。Grateful Dead は、形態形成場の雛形だ。

冬には、たくさんの思惟が降ってくる。暖を求めて歩く。誰かからの気持ちを受信する。 ゆっくりと腰を据えて、活字を追う。同時進行で、場面は変わる。 やりたいことが、まだまだたくさん残っている。


「effect」

共振(07)の月03日【KIN 064】黄色い水晶の種
G暦2004.01.12


共に振るうと書いて"共振の月"が始まりました。キーワードは "調律を通し" "呼び起こす" こと。 「思い」と「行動」を一致させる月です。だがそれは、前月までの積み重ねが無ければ、ただの独り善がりな 思い込みになってしまい、合奏は出来ない。愛情は、所有や独占ではないはずだ。 かといって、放任でもない。放任は、無関心となんら変わらない。捨てる数だけ入ってくるわけでもない。 況してや、消去法では断じてない。どこまで許し合えるのだろうか。そこまでいっても、答はない。 独奏ではなく合奏の中でしか閃かない問い。この暦を使ってる人達で、よくやる遊びがある。 何人かで居る時、その何人かが合わさると、どんな力が生まれるのかを探る遊びだ。

例えば、僕のKIN「白い共振の魔法使い」コード番号は「14」音程は「7」
ジョン・レノンのKIN「白い惑星の魔法使い」コード番号は「14」音程は「10」
それを足し算すると、コード番号は「28」、コードは「20」までなので「28」から「20」を引き算し「8」 というコード「黄色い星」という紋章となる。 音程は「7」+「10」=「17」、音程は「13」までなので、「17」-「13」で「4」自己存在の音となる。 つまり、僕とジョンが一緒に何かをする場合「黄色い自己存在の星」という力が作用することになる。 「美しくするために定義し、芸術を測りながら、形の自己存在の音で、気品の保存を封印する。」 となる。

ビートルズ、4人の場合
リンゴ・スター/ KIN020:黄色い共振の太陽(コード:20/音程:7)
ジョン・レノン/ KIN114:白い惑星の魔法使い(コード:14/音程:10)
ポール・マッカートニー/ KIN211:青い電気の猿(コード:11/音程:3)
ジョージ・ハリスン/KIN203:青い銀河の夜(コード:3/音程:8)
この4人のコードを合計すると「20+14+11+3」=「48」、「48-(20+20)」=「8(黄色い星)」 音程は「7+10+3+8」=「28」、「28-(13+13)」=「2(月)」 で、「黄色い月の星」となる。
ビートルズは、「美しくするために分極化し、芸術を安定させながら、挑戦の月の音で、 気品の保存を封印する。 」と読み取れるわけです。

これは遊びの延長戦でもいいし、占いみたいにしてもいいと思う。友達との関係、相性、仕事の仲間、 何にでも使える。互いのKINが合体すると、新たな力が生み出されるという話だ。 各々が持っている役割を共振させれば、思ってもいなかった目的が見えてくる。 それが一日という流れと合わさり、今日のKIN「黄色い水晶の種(コード:4/音程:12)」と 僕のKIN「白い共振の魔法使い(コード:14/音程:7)」=「白い律動の鏡(コード:18/音程:6)」 でもいいわけだ。時間の個性、それぞれの個性、そこに責任と役割が加味される。 また「魔法使い」の僕にとっては、今日の紋章「黄色い種」は反対KINでもあり、今日の運命KINに チャレンジする日でもある。そうやって、僕と、僕の持っている時間は遊ぶ。 そして、君と、僕が出会う。何かが生み出されないなどという理由などあるはずもない。 これも、数ある中の選択旨に加えてみてはくれないだろうか?ゲームのルールは、君が選択できるのだから。

今月もどうぞよろしく。Inlak'ech


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