ワッシャー TRASH
白いスペクトルの魔法使いの年(YEAR OF THE WHITE SPECTRAL WIZARD)



惑星の月(Planetary Moon)
「Moonlight Drive」
「SMILE」
「無用の様」
「Hyacinth House」
「Five To One」




「Moonlight Drive」

惑星(10)の月24日【KIN 169】赤い宇宙の月
G暦2004.04.27


去年の惑星の月、String Cheese Incident(SCI) を大阪から東京まで追い掛けた。 それは不思議な旅だった。そこから今へと繋がるラインが、ここでこうやって振り返ってみると見えてくる。 今は、すべてあの時と繋がっていた。あの時の旅を、今ここでこうして膨らませていっている。フラクタルだ。

今回は東京公演のみだった。しかも自分は初日にしか行かない予定だったが、当然そんなものは破棄され、最終日にも出掛けた。皆がそこにいる。波打ち際から海へ、調子良く泳いでいく。軽い波が泳いでる自身の顔に触れた。潜ってみよう。海の中は静かだ。ものすごい安心感、首を左右に振りながら、手を振りかざして、もっと奥底まで潜っていく。誰にも邪魔されない揺りかご。大きな歓声、それは大波にも似て、そこで我へと戻り、青い空を眺めたくなった。上へと戻ると、そこはミラーボールの幻想的な空が広がっていた。皆の笑顔がもっと僕を引き上げる。もっともっと先へ行ってみよう。戻らなければならない理由など見当たらなかった。先の先へ、奥の奥へと、どんどん引っぱられて、笑いながらドライヴした。月まで泳いでいこう、波をよじ登って、行けて行けるところまで。

何もかも大丈夫だ。飾らず、虚勢を張らず、緊張せず、操らずとも、自然にうまくいく。どこにだって行ける。伸びたいと思う方向へ手を翳せば、自然とそちらへ触手は伸びていく。植物と同じように。それに鳥と同じように飛んでいくことだって出来るし、魚のように海底まで潜っていけるし、雲のように流されていくことだって出来た。爬虫類にさえ、僕らはなれた。馬のように駆け、雨のように降り、星のように輝き、花のように開き、人のように笑えた。ここからの眺めは格別だ。心配が無くなったことを心配する必要もなかった。

僕は君と月明かりの中、泳ぎたくなった。

moonlight drive

Let's swim to the moon, uh huh
Let's climb through the tide
Penetrate the evenin' that the
City sleeps to hide

月まで泳いでいこう 波をよじ登り
夕暮れ時を つらぬいて
街は 眠りに 逃げ込んでいく

Let's swim out tonight, love
It's our turn to try
Parked beside the ocean
On our moonlight drive

今夜  泳ぎにいこう  僕達でやってみよう
海のすぐ傍に 車を止めて
月の光の中 ドライヴ

Let's swim to the moon, uh huh
Let's climb through the tide
Surrender to the waiting worlds
That lap against our side

月まで泳いでいこう 波をよじ登り
待ち受けている世界に 身をまかせ
身体に優しく寄せてくる世界に

Nothin' left open
And no time to decide
We've stepped into a river
On our moonlight drive

僕達にできることは 何もない
心を決める時間もない
河の中に 足を踏み入れようよ
月の光の中 ドライヴ

Let's swim to the moon
Let's climb through the tide
You reach your hand to hold me
But I can't be your guide

月まで泳いでいこう 波をよじ登り
君は 僕を掴もうとして 手を伸ばす
でも僕は君の案内役にはなれないよ

Easy, I love you
As I watch you glide
Falling through wet forests
On our moonlight drive, baby
Moonlight drive

君が滑らかに動いていくのを見ていると
愛していくことは 簡単だけど
濡れた森の中 落っこちていく
月の光の中 ドライヴ

Come on, baby, gonna take a little ride
Down, down by the ocean side
Gonna get real close
Get real tight
Baby gonna drown tonight
Goin' down, down, down

君 ちょっと出掛けよう
海辺まで行こう
本当に すぐ近くまでさ
本当に ぎりぎりまでさ
今夜は 溺れちまおうよ
どんどん どんどん 奥深く
(C)Song Writer: 1967 by Jim Morrison as The DOORS




「SMILE」

惑星(10)の月18日【KIN 163】青い共振の夜
G暦2004.04.21


Smile

I call you up on the phone
I call you up get you on the line
I call you up on the phone
But I can’t see you smile
I think of you when I’m gone
I think of you, honey, all the time
I think of you when I’m gone
But I can’t see you smile
How the story ends, baby, I don’t know
And what’s to come, I can’t say
And how the story ends, baby, I don’t know
Maybe I’ll stop travelling some day.
I count the days while we’re apart
I count the days and I count the miles
I count the days that we’re apart
Until I can see you smile
I know that you feel just the same
You wish that I wasn’t gone so long
I write this down from so far away
Now I’m coming home
I love you there’s no doubt
Your picture is hung above my bed
I look at it as we’re travelling around
But I wish I were holding you instead
Well it’s a long and windy road
Our love is strong and the future’s bright
It’s a long and windy road
Until we reach the light
I know things are going to be all right
Because you’re in my dreams when I sleep at night
You turn around and you look at me
And I can see you smile
I can see you smile 

【意訳】
僕は 君に電話を掛ける
僕は電話で話すことで 君を得るけれども 
君の笑顔を見ることができない
僕は 君が去ってしまったらと考える
それについて いつも考える
僕は 君が去ってしまったらと考える
それに君の笑顔を見ることができないとも
話はそこで終わるなんてこと 知らない
終わりがやって来るということ そんなことは言えない 
多分 僕はいつか旅行することを止める
二人が別々に居る間 どれくらいなのかを数える
後 どれだけの間なのかを数える
僕が 君の微笑むのを見るまでは
君と同じように感じられると思ってる
僕が 長く去って居なければ
これを書いて すぐに降りて 帰ってきます
君を愛していることは 間違いない
君の写真をベッドに掛けて
旅行に出掛けている時 それを見ています
君のかわりに それを抱いています
そう それは長く 風の強い路
僕らの愛は強い 将来は輝いていて
それは長く 風の強い路
僕らが 光に達するまで
すべてはうまくいくことを知っている
僕が眠る時 君は僕の夢の中に居て
回りながら 僕を見ている
そして 僕は君の微笑むのを見ている
君の微笑むのを見ている
(C)Song Writer: The String Cheese Incident
言葉は難しくはないよ。それにいつだって飛んでいける。そう 君が思ったら、すぐにでも。
Nothin' left to do but smile, smile, smile!!!!



「無用の様」

惑星(10)の月17日【KIN 162】白い律動の風
G暦2004.04.20


世間がどうあれ、僕にできることは限られている。血が流れるニュースを知らされても、イラクまで用向き、無益な争乱を止めようという気にならないし、その大きなものに巻き込まれて生活を脅かされている人達を救うこともできない。出来る、出来ないで言ってしまったら、出来なくもない。本気でそれをしようと考えるのであれば、まず動き、現地へ行ってしまえばいいのだから、それは出来うることだ。しかし、それをしようと僕は思わない。僕が介入すべき問題は、自分自身に内包されていると思うからだ。そこへ行き、現地で生き、同じようにその問題を血肉にしなければ、決してそれは解決しないだろう。そんな度胸も勇気も今は持っていない。だから軽々しくこの問題に触れられないし、不注意な言葉も使えない。そこに僕は居ないのだから。僕は僕を変革するだけだ。それが言い繕いのように聞こえたとしても、偽善的に見えたとしても、それはそれで構わないことだ。僕を変えることが、周囲を巻き込み、それが大きくならないとは誰にも断言できない。ミクロとマクロはフラクタルに繋がり、個人の気持ちが世界を転覆させられると信じることは、あながち的外れでもないような気もする。詭弁と思うのならば、君は君の方法でやってみればいい。僕は僕のことしか預かり知らぬ。

小学校の時、川原へ遠足に行き、付き添いの先生が口喧しく「川原の石は滑りやすいので気をつけなさい」と注意していたにも関わらず、必ずひっくり返って怪我をする輩が居る。調子にのって、ほいほいと石から石へと飛び移り、すってんころりと滑って頭をざっくりかち割ってしまう。石は鮮血に染まり、泣き叫ぶ周囲の友達、川のせせらぎが急に険しくなり、駆け付ける先生はその怪我をした本人よりも真っ青になっている。先ほどまでの喧噪は成りを潜め、静観する友達、手を貸そうとする友達、あまりの事態の急変さに我を忘れて唖然とする友達、、、そのうちどこからともなく救急車のサイレンが聞こえてくる。もうこれは台無しである。楽しい遠足のはずが、一変して重苦しい空気にとって変わる。怪我をした本人も級友も先生も、そこに居合わせたすべての人の気分が悪くなる。僕はそれを見て、それだけは避けたい事態だと心に強く思った。集団行動のバツの悪さ、怪我をした級友のあの間抜けた失態と悲しさに、自分の所為で退散せざる得ない楽しい遠足、こんな場面に付き合わされるくらいならばいっそそんな催しには参加しない方がマシだ、と思った瞬間。

僕が行っていた高校は特殊だった。山の頂上にあって、全寮制で一部屋は1〜3年生まで30人以上の大部屋で、始終先輩と顔を突き合せていなければならなかった。その部屋で何か問題が起こると、疑わしい人物への詮索が始まる。一度そんなのに巻き込まれた。僕は何もしていないのに自白を強いられ、それ以外の無実とされた皆は心行(しんぎょう:この学校では早朝、雑巾を持って床を磨くという行が課せられた。足を大股に開き、床に手を付き前後に揺さぶるという姿勢はかなり荒行で、これを数時間続けなければならなかった。)を強いられ、もう2時間以上に渡って床を磨き続けている。そんなのを黙って見ていなければならず、自分がその行へ混ざろうとすると、「おまえの替わりに皆がやるんだ」とどやしつけられる。いわゆる連帯責任というやつで、罪の意識を感じさせる陰険なやり方だった。しかもその間中「おまえは冷たいやつだ」「皆の気持ちが判らないのか」などと野次られ、仕舞いには「涙ぐらい流れないのか、冷血な奴め」と罵られ、死んでも泣くものかと思った。それで何がどうなるのか。何も変わりはしない。デカプリオ主演「ビーチ」の終演までいけばいいのか?連合赤軍みたいに自己総括しなけりゃならないのか?実際、そんな脅迫的な集団には辟易せざる得ない。そこでうまく立ち回ることがこの社会を形成していくことなのだとしたら、あまりにも退屈でそれでいて気色の悪い世界なのだと思った。

ここにこうやって居る自分が、今までの自分で選択してきた結果の姿だ。思い通りの、夢に描いた通りの自分自身がここに居る。愚痴っぽく、嫌味ったらしく、嫉妬したり、癇癪を起こしたりする自分がそこに居るのなら、おめでとう、その通りになっている。誰の所為でもなく、社会や環境も無関係に、自分が望んだ体裁がそこにある。遠足で怪我をするような真似はしたくない。自己総括を強制されたくもない。すべては自由意志の世界にあって、ほんの少しだけ尊敬できる関係があれば人間はうまくいく。徒党を組むのは苦手だ。
烏合の衆、烏合の衆、烏合の衆、シュシュー♪ by. RCサクセション



「Hyacinth House」

惑星(10)の月15日【KIN 160】黄色い自己存在の太陽
G暦2004.04.18


Hyacinth House

What are they doing in the Hyacinth House?
What are they doing in the Hyacinth House?
To please the lions in this day

ヒヤシンスの家の中で 彼らは何をやっているのだ?
ヒヤシンスの家の中で 彼らは何をやっているのだ?
ライオンを喜ばせるために 今日のところは

I need a brand new friend who doesn't bother me
I need a brand new friend who doesn't trouble me
I need someone and who doesn't need me

僕には 僕を悩まさない新しい友人が必要だ
僕には 僕を心配しない新しい友人が必要だ
僕には 僕を必要としない誰かが必要なんだ

I see the bathroom is clear
I think that somebody's near
I'm sure that someone is following me, oh yeah

バスルームには誰もいない
誰かが近くにいるような気がする
誰かが 僕を尾けてきているのは確かなんだ

Why did you throw the Jack of Hearts away?
Why did you throw the Jack of Hearts away?
It was the only card in the deck that I had left to play

どうして ハートのジャックを捨ててしまったんだ?
どうして ハートのジャックを捨ててしまったんだ?
それは 僕が使おうと残しておいた たった一つのカードだったのに

And I'll say it again, I need a brand new friend
And I'll say it again, I need a brand new friend
And I'll say it again, I need a brand new friend, the end

もう一度言おう 僕には新しい友達が必要
もう一度言おう 僕には新しい友達が必要
もう一度言おう 僕には新しい友達が必要 終わり
(C)Song Writer: 1971 by Jim Morrison as THE DOORS
後期ドアーズ、 ジム・モリスンの被害妄想的な詩。最初の一枚(1st)にすべての閃きが在った。 それからそれらの曲を細分化し、分離したり薄めたりして数々のアルバムを残したのであるが、この曲が入った「L.A.Woman」もまたバックの音に比べ、ジムの歌には精彩無く、歌詞も随分昔に書いたものばかりである。このアルバムの後、1971年7月3日、彼は浴槽で溺死してしまう。その丁度一年前にはブライアン・ジョーンズが同じ日にプールで溺死していた。ジム・モリスンは「ODE TO LA: While Thinking of Brian Jones, Deceased」という詩も残している。7月3日は、僕自身にとってキーの日付けだ。飼っていた猫のビッチが死んだ日。息子のワダチが生まれた日。大好きな二人が亡くなった日。 ジム・モリスン と僕は同じ12月8日生まれだ。ジョン・レノンはその日に射殺された。 それらの日付の符合に意味を見い出さなければ、ただそれはそれだけのことに過ぎない。 生と死は、最大のアクションだ。それで、死のことを生まれてからは考えざる得ない。それを喜劇(同時に悲劇)として道化た太宰治や、徹底して弄んだジム・モリスンは、僕の中では戦士だ。

「彼等の開けた扉は何にも換え難く、個人的な秘密の通路だ。彼等は、たくさんの扉を開けたが、それは万人に通用する出入口では無く、極めて私的な隠れ家への通り道である。卑猥な死が敷かれたカーペットに横たわって自慰に耽る処。真実は何時でも醜く隈雑に、そして滅茶苦茶に配列されている。 くそヤロウ共は、何でも水洗便所に流してお仕舞いだ。自身の血さえ見ようとしない!排泄物の検索さえしない!言うなれば彼等は、そんな弾き出された不純物の検索に躍起になっていたのかも知れない。顔を背けるような真実の検視官。彼のロックは死にかけていたのかも知れない。非常に悲しいことだが。 変革するのは世界では無く、自身のみである。それを気付かせる切掛けしか音楽は提供出来ない。そして彼は疲労していたのかも知れない。豊満な女性の裸体。美的鑑賞に耐えうる演奏。男根がそそり立っている。 死にかけちゃいない。それを証明するように、自暴自棄でないジムが居る。扇動し、自身を削り取り、それを提示し、ただれた傷口からどす黒い鮮血をしたたり落とす。彼には休息が必要だったのだ。 誰にも邪魔されない隠れ家が…。「THE END」へと辿り着く。この曲の長い長い間奏がリフレインが言葉が全てが、揺れる波のようによせ漂い、ほつれた神経の知恵の輪をいとも容易く外す。鍵が隠されているのだ。聖なる祭典、解きほぐした後にやってくる狂気!言葉じゃない。拍手はいらない。道化じゃない。見世物じゃない。恍惚感、正常と異常のピッチがずれてしまう。そこに美しさがある。もう、言う事は無い。言葉は失速し翼を失う。死について語りたい。一晩中、話をしていたい。誰もが皆、その薄暗い穴へ向かって刻々と近づいていっているのに申し合わせたように口を閉ざす。生まれて死ぬ。死んで生まれる。奴隷に成り下がる。夢を絞め殺す。全ての人の夢は窒息しかかっている事を、ジムは知っていた。」

上記は97年12月25日に発売された「The Doors "Box Set"」に寄せてその頃書いた文。その日は「HERE SCENES」のオープンと同じ日だった。自身が店を始めようと考えた時にこの詩のことが浮かんだ。新しい友達が必要だった。それから6年と少しが過ぎて、硬直したままのような軟化したような、居心地が良いのか悪いのか判然としないような日々を過ごしている。結局、なんなんだろうね。 畢竟、ていうのは、とどめを刺した時に得られるものなんだろう。だからまだ今のところ何の解答も得られずその結果から、手負い、蛇行、それでもまだ逃げ続けている感じだ。逃げているのやら、追っているのやら、それすらよくわからなくなるが、まぁ焦ることもないさ。テーゲーで良し。どっかへ辿り着くまで歩くしかない。それが何処へと続いているのかが判るまでは。今のところは。



「Five To One」

惑星(10)の月03日【KIN 148】黄色い倍音の星
G暦2004.04.06


Five To One

Five to one, baby
One in five
No one here gets out alive, now
You get yours, baby
I'll get mine
Gonna make it, baby
If we try

5 対 1
5人に1人
もはやここから生きて出れる者はない
君には 君の落とし前
自分には 自分の分
やっつけてしまおう やればやれる

The old get old
And the young get stronger
May take a week
And it may take longer
They got the guns
But we got the numbers
Gonna win, yeah
We're takin' over
Come on!

老いた者たちは 古くなっていく
若い者たちは 強くなっていく
一週間で済むかもしれないし
もっと長くかかるかもしれない
奴らには銃がある
だが僕らには数がある
勝てるさ ひっくり返そう
行こう!

Your ballroom days are over, baby
Night is drawing near
Shadows of the evening crawl across the years
Ya walk across the floor with a flower in your hand
Trying to tell me no one understands
Trade in your hours for a handful dimes
Gonna' make it, baby, in our prime

君たちのパーティーの日々は終わった
夜が近付いている
年月を横切って 夕闇が忍び寄ってくる
君は花を手にして 部屋を横切ってくる
誰もわかっちゃくれないと おれに告げようとする
自分の時間を 一掴みの金と引き換えにしながら
さあ やっつけてしまおう 最良の時のうちに

Come together one more time
Get together one more time
Get together one more time

もう一度 力を合わせよう
もう一度 力を合わせよう
(C)Song Writer: 1967 by THE DOORS
所用があって松蔭神社辺りに行った。神社脇の公園で弁当を食べた。むかしこの近くに友達が住んでいて、ベロベロに酔っ払いながら早朝ここに来て微睡んだことがあった。公園で遊ぶ子供の声に混じり、尺八の音がどこからともなく聴こえた。ベンチでひっくり返って目を閉じる。木漏れ日が瞼の上からも感じられ、そこは光りの国になった。なんかこうやって独りで歩くのも悪くない。何度目かの新しい一日がまた始まる。 「禊」に近い。陽は繰り返し昇っては沈み、再生する。昨日の満月の月光も美しかった。 ドアーズは僕だけの暗号だ。それは今日のように誰にも知られず公園で、木々の許、空を見上げ漏れてくる陽光を浴び、ただ惚けている姿に似ている。

「君のすべてを、君の最良の瞬間に、君の最上の思い出に従わせたまえ。時間に君臨するものと見なさなければならないのはまさしくこれだ。この最上の思い出だ。あらゆる習練が君を連れ戻すはずのこの状態だ。 これこそ、君に、おのれを侮蔑することを、また正当におのれを選びとることを許してくれるものだ。 すべてはこれとの関わりを通して存在する。君の発展の中に、尺度をそなえつけ、目盛りを刻むのはこれにほかならないのだ。もしこれが、君以外の誰かにもとづいていたとすれば、そのときは、これを否定し、これを知ってしまうことだ。弾性と侮蔑と、純粋さの中心。 わたしは、おのれのなりたいとねがうものに、心のなかで、おのれを犠牲に捧げる!」ポール・ヴァレリー

惑星(10/犬)の月が始まりました。太陽(9)の塔から登る、行為を変換する流れ。「わたしのすることをどのように仕上げるのか?」という問い。キーワードは「現れを仕上げ」「生み出す」こと。 今はそれに集中する時。


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