TRASH宇宙(13)の月25日【KIN 254】白い共振の魔法使い
G暦2004.07.21
「色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ、有為の奥山今日越えて、浅き夢みじ酔ひもせず (いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす)」いろは歌
また「無常」とは、「常の世」のことだとも言われている。即ち、黄泉の国(Underworld)、不老不死の国(Heaven)、時間を超えた世界のことである。
今日は僕の誕生KIN、ツォルキン(260日暦)で一度巡ってくる1日。いろんな事象が立ち上がっては消えていく。水泡のようだ。流れ流れて、それはどこへ繋がる途なのだろうか。「水到りて渠成る」という心持ちで過ごした一年だった。良い一年だった。そして来年は、青い水晶の嵐の年。自己発生の一年が始まる。
In Lakechi
宇宙(13)の月20日【KIN 249】赤い月の月
G暦2004.07.16
そうやって、ひとつひとつ数えていく。終わりの終わりの季節。汗ばむ額を拭きつ、漫然と陽を眺め、
終わりの言葉をたくさん並べ飾る。グッドバイ、アディオス、フェアウェル、お仕舞い、左様ならば、さようなら、さよなら、バイバイ、、、。終われば始まり、始まれば終わる。儚い逆説、メビウスの輪。どうにもこうにも熱風が包囲していて、やいやいやい僕は白痴か?
一切合財、放置したまま、また小銭を握りしめては暖簾をくぐる。後悔したりないんだ、とか宣って散財してやろうか。月並みではございますが、とか云ってみたものの、波打ち際。波枕てのはいいね。
そんな子守唄、夢の果てまで連れていってくれそうだね。Bon Voyage!
扇風機の回る音、雷鳴、蚊が皮膚に針を突き立てる時、やはり僕はそれを感じ入り、此所に居て大丈夫なことを識る。間違いが何処にも見当たらない。視て、感じて、触れて、聴き、嗅いで、凪ぎ、紡ぐ、有形無形あらゆる事象が、僕を僕たらしめていくようだ。僕も、例えば、外で雷鳴轟かせ騒いでいる雨を表現するために存在しているように、きっと雨が雨たるためには僕が必要なのであろう。窓に叩きつける雨脚と、僕だけにしかわからない時間が絶ゆることなく流れていく。この一瞬を迎えるためだけに、今まで生きてきたと云ってしまっても過言ではないように思われる様だ。流れてしまえ、暑さを冷却していく雲は駆け足で通ってく。走者一掃、生者必滅、会者定離。
筆者困憊、、。もはや、まごうことなく、夏、ですな。
Worry Beads 行こう 帰ろうよ 月の砂漠へ 胸に植えろよ 月の種子を 百と八つの悩みの種 ひとつ ふたつ 数えるだけ ほら 身体が軽くて どこでも行ける 思えば今すぐ Count-a Worry Beads 月光浴びて 種を数え 息を呑めば ほら 胸に 月の砂漠が拡がっていく そしたら 今すぐ Om Nama Chanbraya Shanti Shanti Chanbraya ひとつ目はね あのこのため ふたつ目はね このこのため ほら 皆 解きほぐされ どこでも行ける 思えば今すぐ 百と八つの悩みの種 ひとつ ふたつ 数えるだけ Count-a Worry Beads Om Nama Chanbraya Shanti Shanti Chanbraya (C)Song Writer: HARRY HOSONO "PARAISO"
宇宙(13)の月10日【KIN 239】青い倍音の嵐
G暦2004.07.06
白いスペクトルの魔法使いの年も、今月宇宙(13)の月が最後の月となる。存在を持ちこたえ、来年へと磁気的に回帰する。これまでの12ヶ月を通過し、その下地を踏まえて新たな色を上塗りする。油絵に似ている。 その下の色があるからこそ、新たに生きてくる色合いがそこにあるんだ。そうやってまた重ね塗りをする。 皆で表現したもの、自身が望んだ景色、それを念頭に措きながら僕は新しい色を慎重にパレットの上で配合した。池に石を一投するような緊張した心持ちで、ゆっくりと筆でカンバスを撫でる。それに没入する。
どうやらここにきて、多勢に無勢ということもなくはない。ジョンは「ISOLATION」を歌った。
ISOLATION People say we got it made don't they know we're so afriad we're afraid to be alone, everbody got to have a home Isolation 人は僕達が自らそうしたと言うが 皆は僕達がこんなにも怖れていることを知らないのだろうか 僕達は独りぽっちになるのが怖いんだ 皆それぞれ家を持たなくちゃいけない 孤独 Just a boy and a little girl trying to change the whole wide world Isolation 少年と少女だけが この広い世界を変えようとしている 孤独 All the world is a little town everybody trying to put us down Isolation 世界は小さな町 皆が僕達を倒そうとしてる 孤独 I don't expect you to understand after you caused so much pain But the again you're not to blame your just a human, a victim of the insane 君にわかって欲しいとは思わない 君はあんなに僕を苦しめたけれど でもこんども君のせいじゃないんだ 君はただの人間で 狂気の犠牲者 We're afrain of everyone, afraid of the sun Isolation 僕達は皆が怖いんだ 太陽が怖いんだ 孤独 The Sun will never disappear but the world my not have many years Isolation 太陽は決して消えやしないだろうけど この世の終わりは遠くない 孤独 (C)Song Writer: John Lennon僕はこんな歌を歌うジョンが好きだ。 「Nobody Loves You (When You`re Down and Out)」を書ける彼が好きだ。それだからこそ「LOVE」や「IMAGINE」のような美しい曲が生まれる。 すべては極と極、苦しみが見えなければ喜びはわからない。感情かどうかも知らないでどうして感情を持てよう。リリー博士の発明したアイソレーションタンクに身を没し、プライマルスクリーム療法によって自己の奥深くまで分け入る。まわってまわって皆 子供に帰ってく。最初の出発点にすでに宝物はあったというのに、遠回りしてゴールを探るように、端から端まで何かを探してほっつきまわる。それは見つかっただろうか? どうだろう??
己を知れ、そして乗り越えよう。見つけたら手放し、明け渡そう。後生大事に持っている必要はない。
手放さなければエネルギーは循環しないのだから。と鏡に向かって話し掛ける。暗いんだよね。明暗を分けるのはそこだ。底の底まで漆黒の闇を堕ちていき、其処に一縷の光を見る。フムフム、それはごもっとも。
この領域での役目はそろそろ潮時だ。沈澱するのか、浮上するのか、そうした区別は誤謬を生む。
いまや僕はどの場所にも存在していない。陰と陽が入れ替わり入れ替わりして、螺旋状に弧を描くだけ。
白は黒で、黒は白だ。どちらでもなく、どちらでもある。つまり「色即是空、空即是色」である。
さて、そこに何を見て、何を見ないんだろうか?自由意志。
宇宙(13)の月06日【KIN 235】青い磁気の鷲
G暦2004.07.02
約20日間ほど東京を離れ地方へ行っていた。名目は、運転免許所得であった。運転においては、以前に免許を持っていたので何の感動もなく、相変わらずの表層だけを取り繕ったような授業などに辟易しながらも、別の角度からその人間を観察したりしながら楽しんで遣り過ごしたのだった。 すべてはお体裁であった。誰も制限速度など守っちゃいないのに教習中だけは教官も渋々従っていた。免許が欲しいんだ。実地免除の紙切れをさっさと渡しやがれ。そのために暗黙の了解が、ただただ横たわっている。 そんなことでは駄目なのかも知れなかった。教えるべき主眼点を間違えてる。言わずもがな、宇宙の基本法さえ知っていれば他に何もいらない。
お酒を身体から追い出すのに一週間使った。旅館で朝食を採って、その午前は片頭痛が続いた。ことばを使う必要があまり無いのでとても楽な心持ちだった。教習所を済ませればあとは自由なので、何処へなりとも気の向くままふらついた。何処に居たって何の変わりもない。けれども此所は四方八方を山々に囲まれ、広大な田んぼ、空を隠すものは雲だけだった。自転車を借りて散策する。時々、田んぼの傍にかたまった森を見つけてはその中へ分け入る。鎮守の森は深みどり、苔むす鳥居に出迎えられ、少しシャンとして境内まで歩を進ませると、僕の姿はかき消える。産土(うぶすな)の神々を詣る。
彼岸が、"There" だとしたら、此岸は、"Here" であろう。其処と此所、底と個々。流れ出すままに、こころを放っておくと止めどもなく、尋ねてやると応え、知らん顔すると噛みつく。そうしたことを繰り返しているうちに、急にこころは凪ぐ。周囲を見渡すと、すべての景色がピタリと納まっている。雲の配置、石の配置、足元を節操なく歩き回る蟻、飛んでくる蜂、揺れる木々の葉はそれぞれの言語で語り、山々は遥か遠くからこちらの様子を窺い、鳥のさえずり、それから絶妙のタイミングで突風が吹き抜けた。ことばを捨てて、ことばを取り戻す瞬間。この世界は僕だけを記述するために存在しているような気になる。この瞬間を構成するためだけに、この「今」を紡ぐためだけに、プログラムは組まれている。空を構成するものたち、土を構成するものたち、君の吐息でさえ、あの飛んでいく蜻蛉でさえ、この時を創造するために関連しあい繋がっていた。 「今」の前に「前」が在り、「先」のために「今」が在る。それだけで仕合わせになった。
それでやっぱり、僕は僕のためだけに生きている。それはこうゆうことだ。
「はじめ山は山であり、谷は谷である。それから山は山でなくなり、谷は谷でなくなる。 そして最後に再び山は山になり、谷は谷になる」
老人をたくさん積載したバスが通り過ぎていった。その中に、ひとりだけ天使が乗っていた。その天使と、歩いてきた僕とが目線を交えた。ただそれだけのことである。
同じ景色は二度とやってきやしない。書き換えは不可能だ。見えているものもそうならば、こころの持っている気も同じことだ。雲が同じ絵を描かないように、風も同じように吹くことはない。その「時」だけしかない。機を逃したら、それっきり。ひとりになると、それがよくわかった。すべてのこと、あらゆるものに、前兆が宿っていて、僕にサインを送っている。是非はそこにはない。すべてはひとつだからだ。なぜ濃霧の中、頼りない灯りひとつで、震えながら、不安と恐怖でおののきながら、歩いていかなければならないのか。 それを選んだからだ。真振いでいればいい。こうすることもでき、ああすることもでき、常に、 常世である。
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