「ザ・リング2」製作ノートvol.4
昨年のちょうど今頃、オレゴン州ロケからロサンジェルスに戻ってきて、ユニバーサル撮影所・他での長〜い、(8月頭で撮影終了のはずが、3週間延びて、月末までやっていました)ステージ撮影を行った。私は、撮影所育ちのせいか、ステージの中での、光や音がコントロールされた撮影のほうが、ロケの、時として天候に逆らいながら、雑音に顔をしかめながらの撮影より性に合っている。しかし、逆にロケでは、ごくまれに、スタッフの誰もが息を呑むような、美しくかつその場面の気分にぴたりと合った画を手にすることもできる。偶然ともいえるし、われわれが根気強く待ち続けた結果とも言える。「ザ・リング2」でもそういう瞬間が何度か訪れた。映画は演出と記録とがいつも背中合わせになっているメディアだ。
現場プロデューサーたちと私。右端から、ニール、ミシー、ミシェルの三人。
撮影現場の訪問をしてくれた、プロデューサー、一瀬隆重さんと。
この映画のプロモーションをアメリカ、ベルギー、イギリス、日本で行ったが、インタビュアーの皆さんの共通する質問は、「日本とアメリカでの映画製作のあり方の違いは?」というものだ。撮影監督ギャビーの次の言葉がすべてを要約している。彼はメキシコでドキュメンタリーのキャメラマンとして出発し、イギリスを経て、ハリウッドの売れっ子になった人で、「アメリカ(ハリウッド)以外の国には映画文化があり、ハリウッドには映画産業がある」もちろん、本当はこの裏返しを皮肉として言いたいのである。私自身は「日本には映画文化はあるけれど、映画産業はない」とは言いたくない。しかし、ハリウッドのような「産業」に日本映画界がなるというような夢も見ない。ただし、これは「日本映画が50年代のような黄金期をもう一度迎えるか」という幻想とはまた違ったものだ。産業=商品作り=最大公約数を狙うことを、ほぼ唯一最高の使命とするハリウッド的映画作りは、日本でやる必要はないのでは、と思う。 資本主義のミニチュアともいえる映画作りは、「当たらなければいけない」が「当たれば、何でも良いというわけではない」という最低線の気概が必要だと思う。
共通する質問に戻ろう。監督の立場から具体的に言えば、「日本では、撮影前の脚本を練り直す時点で、推敲を重ね、無駄をできるだけ省いた上で撮影に入り、撮影中は監督の頭の中にある画(のみ)を効率よく撮る。よって(特に私の場合は)撮影時に、どういう編集になるか、ほぼ固まっている。逆に編集変えをどうしてもしなければなくなったときに、余分な画を撮っていないので困ることになる」対「ハリウッドでも、シナリオの推敲はするが、選択肢がたくさんあることは絶対的にいいことだ、という欲張り文化(抑制を効かせられない)の中で、撮影は編集材料撮りである。
LAロケにて。画面の外からの声の、きっかけ出しをしているところ。
これは日本流の「目視で俳優の演技を見つめる図」です。手で矩形のフレームを切るのが私のいつものやり方です。とにかくたくさんの角度から、いろいろとキャメラを動かしながら、芝居を最初から最後まで繰り返し撮ろう。監督の撮影コンテに従うのは、限られた場面だけで良い。映画作りの重心は編集を中心とした、仕上げ作業にある。編集をいろいろと変えて、観客を呼んでテスト試写を行い、アンケートを取って、その意見を集約して、最大公約数をめざし、編集を変えていく。ちょうどテスト走行を重ね、ユーザーの意見を取り入れて、最終のマシンにしていく車作りに似ている」
こう書くと、ハリウッドの映画作りがいかにも殺伐としているように思われるかも知れないが、一概にそうは言えない。スタッフやキャストの「いい演技をしたい。監督の思い描く、あるいはそれ以上の画や音を提供したい」という熱意はまったく同じである。しかし、産業として巨大=一本の映画の製作費が最低でも数十億になる=最大公約数を狙うのが使命というなかでは、監督(車の設計者)に最終決定権を与えるわけにはいかない、ということなのだと思う。よって、政治的パワーを持ったハリウッドの監督たちは、製作を兼ねて、自分達のビジョンを守るのだと思う。
ごく最近、撮影監督ジャック・グリーンさん(「許されざる者」など)とこのことをめぐって話し合ったが、ハリウッド生活40年近い彼は、1970年ごろから、ユニバーサルを皮切りに、各ハリウッド撮影所が、別の産業の巨大企業に買収されていき、その親会社の利益追求のために、映画作りの知識・経験のない「重役」たちを送り込み、彼らが口を差し始めた、これが現ハリウッドの「コーポレート的(会社組織的と訳せばいいだろうか)映画作りへの転換点だった」ということだった。ハリウッドではこの「担当重役」たち(日本で言えば、映画会社の企画担当プロデューサー)がごまんと居て、有能な人も多いと思うが、あまりにも人数が多くて、こんなにたくさん必要なのかなと、正直思ってしまう。産業として巨大=人を大勢雇える(無駄な人材も雇う余力がある)ということなのだが、果たしてこれっていいことなのか?意思決定に時間がかかるだけと思うこともままあるのだが。
どうも今回は悲観的なニュアンスになったが、私の課題は、「ハリウッドでも自分の持ち味を生かした映画作りをする」ということに尽きるので、慣れ親しんだ「日本のフットワークの良い」映画作りを徐徐に取り入れて、「観客を満足させ、自分自身を驚かす映画作り」を目指したいと思っています。悲観も楽観もしません。また、日本でもどんどんやっていくつもりです。
いよいよ、6月18日から「ザ・リング2」の日本公開です。どうぞご覧ください。
「ザ・リング2」公式サイトはこちら
2005年6月18日(土)有楽座ほか全国東宝洋画系にてロードショー!自分でもちょっと恐い写真。映画の中に、似た場面が出てきます。当ててください。