2001年1月19日
19日は、私の予想を遥かに上回る人数の方々に来ていただき、本当にありがとうございました。自分でもぎりをやると言いながら、技術が足りず(7,8枚モギったのですが、1枚斜めにちぎれてしまいました)入り口でおじぎ人をさせていただきました。

 ドキドキしながら開場を待っていると、劇場の方の「待機の列は7階の方まで延びています!」と拡声器での大きな声。胸を撫で下ろすと同時に、ご挨拶しながら入場してくる皆さんを拝見すると、若い方々が多く、しかも女性の割合がとても高いのに驚きました。でもそれこそが、われわれの願望でもありました。  誕生から30年を経たロマンポルノを、ノスタルジーとしてではなく、新たな発見として自分たちより若い世代にも是非見てもらいたいと思っているからです。これは、同時代的にロマンポルノを見ていた方々にも分かっていただける感覚だと思います。時代や世代を超えた力強さが日活ロマンポルノという「邦画の秘宝館」にはあるのだというわれわれの信念が、今回のオールナイトや27日からの「S&M 匂ひ立つ官能、新世紀エクスタシー」の小沼特集の原動力となっています。 「実録阿部定」上映後に、劇場内に拍手が巻き起こり、山本晋也さんがロビーで感想を尋ねた若い女性が「女がカッコイイー!」と仰ったそうで、これも感動モノでした。山本さんも、「俺たちはそう思いながらロマンポルノを撮っていたわけではないのだが…」と率直な感想を述べられていましたが、われらが宣伝スタッフの女性も彼女自身の「ロマンポルノってカッコイイじゃん!」という「目から鱗」な体験を共有してもらいたいのだと言っていて、まさにスィートスポットなご感想でした。

 トーク第二部の監督、脚本家シリーズは、あれだけの面子ですからいろいろと話が出てくるだろうとは思っていたのですが、特に日活演出部(相米監督もロマンポルノの助監督を多数務められていたのですね。その体験がなければ、今日ここにはいなかったと、仰ってましたね)の濃密な人間関係には改めて目を見張りました。中原俊さんが、「責める!」の雪原ロケで裸のままの宮下順子を木に吊るしてこい,と田中登さんに命じられて、彼女が本当に死ぬ んじゃないかと脅えたとか、当の宮下さんは撮影が終わって「監督を殺してやるー!」と叫んだとかのお話(田中登さんがアクションつきであれだけノリノリに話をされるとは!)も貴重でした(彼女に比べれば私が小 沼さんに抱いた殺意など小さなものです)し、金子修介さんが「できない女優に、自ら泣きながら演出した」という話には笑わせていただきました。いやはや皆さんエンターテイナー揃いで、あっという間の1時間でした。  

 私はその後近くの居酒屋でこの先輩諸氏と4時ごろまで飲んでいたいたのですが、特に相米監督とは初対面 だったにもかかわらず、膝を詰めてお話ができ、「ロマンポルノを、小沼勝を懐古趣味でなく、現在形で語ろうとする」姿勢を評価していただきました。相米さんの大きくて優 しい人柄に接することができた時間でした。パンテオンに戻って私自身も未見だった「ラスト・キャバレー」を見て、最後に皆さんを見送って、私の新世紀初イベントを終えました。我ながら言うのも何ですが、本当に充実した一夜でした。

 しかし、この「成功」に酔うことなく、今週末のユーロスペースでの小沼特集に向けラストスパートをかけています。パンテオンにお越しいただいた皆さんも、27日からはと期待していただいている方々も、どうぞユーロの方にご来場下さい。予備知識が少し欲しいという方は、キネマ旬報最新号の128ページからの企画特集、またプレミア日本 版の最新号、映画秘宝最新号をお読みいただければと思います。また27日当日にキネマ旬報社から発売になる、「小沼勝の華麗なる映像世界―KONUMA MANDALA」も充実 した内容だそうで、ユーロスペースにお越しいただければその場で入手できます。今回の小沼特集上映をヒットさせる事ができれば、これからも様々な作品を皆さんに紹介し、「目から鱗」な発見をしていただけると信じています。どうぞ皆さん、宜しくお 願いします。
2001年1月27日
カーテンを開けると大雪!「リング」、「リング2」は同じ時期の公開だったが、さすがに雪の日に初日を迎えるのは初めてだ。慌てて支度をして、朝一番の「サディスティック&マゾヒスティック」の映写 テスト(プリントの画と音のボリュームの確認)に駆けつける。撮影の井上、録音の小松両氏(日活撮影所の若き技術スタッフです)が入念なチェックをしてくれる。 13時からの「昼下りの情事 古都曼陀羅」で、この特集上映がスタートした。吹きすさぶ雪の中、ユーロスペースにお越しくださった観客の皆さんに感謝!17時からの舞台挨拶までの待機時間に、キネマ旬報の「KONUMA MANDALA 小沼勝の華麗なる 映像世界」を読む。小沼監督の映画エッセイが味わい深い。 舞台挨拶はある程度慣れてきたかと思っていたが、今回は相当緊張した。やはり、日活の大先輩監督の小沼さんと、学生時代の憧れの女優、風祭ゆきさんと、同じ舞台に上がるからだろう。私の作品の上映が終わると、学生時代の映画仲間がニコニコしながら出てきた。 久しぶりの再会だったが、彼とは明大前正栄館の閉館日に、「午前中、学生割引」の看板など、お宝グッズを一緒に貰いに行った仲だ。中学時代からロマンポルノを見まくっていた彼から「面 白かった」と言われ、たいへん嬉しかった。 最終回「さすらいの恋人 眩暈」(中島みゆきの挿入歌「わかれ歌」が抜群です!)の観客の皆さんの入場を見送って、雪の中の初日を終えた。この大雪のおかげで、忘れられない日となった。
2001年1月28日
青山スパイラル地下のCAYでのクラブイベントにトークショー・ゲストとして参加。場内はJ-POPファンの若者で超満員。ロマンポルノの面 白さを彼らに再発見してもらうべく、対談相手の小柳帝さんと、懸命に喋りまくる。渋谷パンテオンに取材に来てくれたトゥナイト2(今度は月曜日)が、この日は、今回の公開に合わせてVAPから発売されたCD「ロマンポルノ・サウンドコラージュ」の紹介に合わせて、耳から聴く官能という切り口で取材してくれる。(1月29日に放映されました)タワーレコードの新宿、渋谷両店にもさどまぞ・コーナーが出現しており、このCDの音楽+あえぎ声を聴いた若いカップルが「切ないナァ!」との感想。そうそう!ロマンポルノは男女の恋愛感情のぶつかり合いが基本モチーフになっているのだから、いつの時代でも「恋するおんなとおとこ」に訴えかける力は持っている。特に小沼さんの映画は時代の風俗に寄りかかったものが少ないので、いまの若い方々にも面 白くみてもらえるはず。実際ユーロスペースに行くと、若い女性やカップルの方々も来てくれていて嬉しい。 さて、今週土曜日(2月3日)は谷ナオミさんと小沼監督とユーロスペースでトークショーがある。谷さんとは撮影の時以来の再会で、もう今から緊張気味であります。
2001年1月30日
日々、さどまぞ・のことで頭の中が充満しているので、リフレッシュを兼ねて「ブルース・リー in G.O.D」を観に行く。彼は私が空手家を目指したころの大ヒーローだ。「死亡遊戯」のラッシュ・プリントに残された彼の表情は、微笑顔、苦悶顔、気張り顔、どれも非常に(ストレートな男から見ても)セクシーだ。ここでふと、ロマンポルノのセクシー男優は一体誰だろうと妄想が広がっていく。  一番真っ先に思い浮かぶのは、「生贄夫人」の坂本長利だ。あの抑制の極みのような演技の質は、小沼作品中、いやロマンポルノ全体の中でも出色だ。あの男の存在自体の哀しみが生々しく伝わってくる。(やっていることは真逆だが)あの台詞のトーンの抑揚のなさにしびれる。これには、助監督だった黒沢直輔さんの「ガラスのような存在」というアドバイスがあったそうだし、坂本さんは森雅之を意識したらしい。なるほど、森雅之は戦後日本映画で最もセクシーな男優だと思う。次に思いつくのは、「花芯の刺青 熟れた壺」や「天使のはらわた 赤い教室」の蟹江敬三だろうか。ロマンポルノで女優に目が行くのは宿命だが、女性たちが見ると男優にそそられることもあるだろう。今回の特集上映では、若い女性の皆さんもかなり来ていただいているので、ぜひ彼女たちに「私のロマンポルノ・ベスト男優」を発見してもらいたいと思う。
2001年2月2日
この日の最終回、私の「サディスティック&マゾヒスティック」を舞台挨拶に次ぐ大勢の皆さんが見てくれたことを知って素直に喜ぶ。私としては小沼ロマンポルノのすばらしさ、すごさをみなさんに発見していただきたくて、製作したものだが、同時に私自身の最新作でもあるので、観客の皆さんの反応は気になるところだ。一度ユーロスペースで観客の皆さんに混じって見なければと思う。しかし、インタビュアーでありまがら、自分も出演しちゃってるしなあ、かなり恥ずかしいなあなどと逡巡してしまう。

2001年2月3日
と思っていたら、熊本から寝ずに上京して下さった谷ナオミさんから、「あら、お客さんと一緒に見なければダメよ。それに、監督が思っているほど誰も注目しないから大丈夫」とアドバイスされ、自分の自意識過剰さに苦笑する。撮影のときもそうだったが、谷さんの「ロマンポルノのスタア女優として頂点を極めた過去があるからこそ、現在の実業家としての自分がある」という谷さんのポジティブな姿勢には敬服する。でありながら、「トークショーも型どおりに一方的に話をするのでは面 白くないから観客の方々に質問していただきましょう」「私は登場のときに仁義を切ろうかしら」とどんどんアイディアを提示してくれる。今も一流のエンターテイナーだ。映画女優のほかに劇団を主宰したり、日劇の舞台にも立たれていたのだから当然かもしれないが、引退して20年のギャップが全くないのに改めて驚かされる。トークショーに来られた皆さんはお得でしたね、谷さんを生で間近で見られただけでなく、あんな正統派の仁義で、現実の谷さんの半生の紹介をされたわけですから。私も劇場入り口のドアの下から必死に覗き込んでいました。トーク自体も谷さんの発案どおり、観客の皆さんとインタラクティブにできて、とてもアット・ホームな30分だったと、私自身は思ったのですが、いかがだったでしょう?ご来場いただけなかった皆さんも、谷さんの出演作 はまだまだ上映されますし、トークショーも毎週土曜日に行われます。また、2月25日*には新たにトークショー・ゲストとして、「箱の中の女」のヒロイン、木築紗絵子さんをお招きすることになりました。(17時の回)。この日トークショーの回が満員御礼となり、谷さんや宣伝スタッフの皆さんと豊かな気持ちで祝杯を上げました。この日のことはまだまだ書き足らないので、また追って記します。(*訂正があります。上に記した、木築さんと私のトークショーが行われるのは、 2月25日(日曜日)の17時からです。前回お知らせした3月ではありません。失礼しました)
宣伝スタッフによれば、谷さんは「若い女性に観に来てもらえると嬉しいわね」と仰っていたらしい。それは、パンテオンのイベントの後に私が記したとおり、我々の願いでもある。当時は、ほぼ100%、男性に向かって作られたロマンポルノを現代の女性に見てもらい、彼女たち独自の視点で、新たな発見と評価をしてもらいたい。その願いが「目から鱗。」というキャッチフレーズになった。むろん、それは女性層にのみ向けられるのではなく、ロマンポルノをまったく観たことがないという男性も今の20代以下の方々は多いはず。20代のカップルがドキドキしながら、ロマンポルノを観る姿は、想像するだに、こちらも何だか嬉しく(羨ましく?)なってしまう。そんな、まったく新しいロマンポルノの楽しみ方を見つけていってほしい。もちろん、ロマンポルノを同時代的にご覧いただいた皆さんも、今回の特集上映でも駆けつけてくださり、心強い味方です。ただ、こうして若い世代に発見してもらうことで、衰退の一途と括られかねない、日本現代映画史の「どっこい生きてる」精神の具現であった日活ロマンポルノの再生(リバイバル)もあるのだと思っています。 ですから、この日のトークショーで谷さんが「花と蛇」を観たという若い女性に「どうでしたか?」と声をかえられ、「とってもきれいだったです」という返答を得て、きっと谷さんも嬉しく思われたでしょうし、私にとっても新鮮に響く感想でした。

2001年2月4日
この日はヨコハマ映画祭に「S&M 匂ひ立つ官能、新世紀エクスタシー」の予告編を掛けてもらいPRさせていただく。今回の映画祭で小沼監督が、特別 大賞を受賞されたおかげである。授賞式の前の予告編集の後に私の出番はやってきた。大人数の前の舞台挨拶も「リング」以降、相当慣れてしまった感があったのだが、今回はなぜだかえらく緊張してしまう。何を話すかアンチョコまで作り出す始末。宣伝担当のK女史に励まされつつ壇上へ。ところが、司会の襟川クロさんたちも、ちゃんと私のドキュメンタリーをご覧いただいていて、会話はうまく流れて、何とかアピールできたと思う。ヨコハマ映画祭に参加された皆さん、どうぞユーロスペースにお越し下さいね。その後、小沼監督の受賞の時には花束贈呈という役目を与えられる。舞台袖で小沼監督の挨拶を聴く。恥ずかしげにスピーチする監督の最後の言葉が、「NAGISA」を横浜でも上映してもらいたいということだった。ヨコハマの有志の皆さん、ご検討のほどを!実は名古屋では、3月後半に、名古屋シネマテークで小沼特集をやり、「NAGISA」もやや時期はずれるもののキノシタホールで上映されるとのことです。同様の「連動」上映が各都市で組まれることを切に願っています。
2001年2月8日
日本映画学校にて、日活ロマンポルノとは何ぞや、小沼勝とは誰ぞや?というテ ーマで「講義」をし、同時にユーロスペースの特集上映のPRをさせていただ く。日活という旧メジャー映画会社の変遷の歴史や、ロマンポルノ発足当時の6 つの取り決め(製作費を圧縮するための規約)、ロマンポルノが輩出した現在の 日本映画界を支える人材についての説明をしていくと、与えられた一時間があっ という間に過ぎさっていく。有志の学生さんたち50人が、熱心に私の話に耳を 傾けてくれているのが非常に嬉しい。この後、懇親会一次会、二次会を学生さん たちと楽しく過ごしました。皆さんどうぞユーロスペースに来てね !

2001年2月9日
名古屋でのキャンペーン。3月後半に、名古屋シネマテークで、「サディスティ ック&マゾヒステイック」と小沼ロマンポルノを中心に、神代、田中、曾根、相 米、滝田作品が一挙に上映されるためのPRだ。情報誌や、新聞、ラジオの担当 者の方々が熱心に質問をしてくれる。「リラックスされてますね」と言われる。 確かに、「リング」以降のすべての作品で名古屋を訪れているけれど、大体は俳 優さんたちと一緒で、肩に力が入った受け答えをしていたのかな、と内心苦笑。 名古屋シネマテークは、私の自主製作ドキュメンタリー(ジョセフ・ロージー: 四つノ名を持つ男)の準備段階からお世話になった劇場で、20代の助監督のこ ろ、友人が名古屋在住ということもあり、仕事の合間によく通った。現在のプロ グラムを拝見したが、相も変わらぬ番組編成の充実ぶりににんまりしてしまう。 名古屋の映画ファンの皆さん、どうぞ宜しくね!

2001年2月10日
風祭ゆきさんと轟夕起夫さんのトークショーに合わせてユーロスペースへ。お二 人の話を熱心に聴いているファンの皆さんに混じって場内にいる時間が何とも言 えず心地よい。これからもまだまだ通うつもり。ドキュメンタリーをご覧いただ いた皆さん、(私自身結構特徴のある顔だと思うので)良ければどうぞ気楽に声 を掛けて下さい。
2001年2月12日
アクターズ・クリニック・スタジオという俳優養成学校にティーチ・インをやら せていただく。俳優、女優を目指す若者たちの真摯な瞳が眩しいばかりだ。 かなりの人たちがすでに私のドキュメンタリーと小沼作品を見てくれていたのに 感謝。女性の方が多いのだが、中には「いやあ、小沼ワールドにはまっちゃっ て!」と、全部見る勢いの女の子もいて、こちらとしては頼もしい限りである。 懇親会では、「小沼作品って、いわばパゾリーニですね」と「箱の中の女」を見 た女の子が発言したり、「箱の中の女」の取り調べ室で、木築さんの「局部ピア ス」から延びたチェーンを引っ張る場面では、興奮して仕方がなかったと告白す る男性もいたりと、こちらとしても興味津々の話で盛り上がる。確かに、小沼作 品は、ポルノ度、「劣情そそられ度」の指数はすごく高いので、一人で行くと、 やや悶々として劇場を後にすることになるのかも。しかし、それも小沼映画がい かにエンターテイメントしているかの証拠とも言えますね。カップルで見るのも 一興かと思われますので、皆さんお誘い合わせの上、ご来場下さい。

2001年2月14日
日活芸術学院とENBUゼミナールにて日活ロマンポルノと小沼映画についてのアピ ール。映画作りを志す若者たちがこれだけいることを率直に喜ぶ。

2001年2月17日
四方田犬彦さんとの対談。彼は16年前、私が日活に入ったときに祝賀会を催し てくれた先輩である。また、「シネマグラ」という雑誌で、24年前に小沼勝イ ンタビューを敢行している、「世界一の小沼勝通」の映画評論家だ。私は、一昨 年に三百人劇場での成瀬=マキノ特集の時に偶然お会いして以来だが、拙作「ガ ラスの脳」にコメントを寄せて下さったりと、常々応援していただいている。 四方田さんから、「ロージーと小沼と、作るにあたっての思いは違ったのか」と 聞かれ、「ほとんど違わない」と答えたのだが、その理由がご来場の皆さんにき っちりと伝わったかどうか、やや不安なので記すと、「作品も生き方も、自分が 熱烈に好きな監督のドキュメンタリー映画作りは、私にとっては人生の糧だ」と いうことです。私は劇映画では、ホラーだ、純愛ファンタジーだと、およそこの 世ではあり得ない題材を撮っている映画監督ですが、実は記録映画が大好きで、 日活に入る前には、本気で記録映画会社に入りたいと思っておりました。ただ、 劇映画の世界に16年も身を置いている以上、その中で自分が「残しておきた い」と心底思うテーマこそやりたい。それがジョセフ・ロージーと小沼勝だった というわけです。もちろん、大きな違いとしては、小沼監督は現役の映画監督と いう点です。ですから、監督へのインタビューは合計十数時間に及びました。こ のように、映画作りについて、あるいはある映画監督についての映画を作ると、 否応なく自分の映画作りや人生について考えることになります。その場合、「ま だ自分が納得できるものなど一本も撮っていない」「一度たりとも結婚できてい ない」と、やや暗い気持ちになるのが常なのです。慌てても仕方ないですが、で も急がねば!(映画の方ですよ)

2001年2月18日
小沼監督がベルリン映画祭、キンダー・フィルム・フェスト(児童映画部門) の国際審査員大賞(最優秀作品賞)を受賞したというニュースをキャッチ!明後 日の凱旋帰国に駆けつけねば!と宣伝スタッフたちと相談中である。帰国インタ ビューの模様をユーロ・ロビーにて、展示(上映)する計画も進行中である。ど うぞ皆さん、見に来てね!!
2001年2月20日
5時50分起床。まるで、劇映画の撮影中のような感じだ。というのも、上述し たとおり、小沼監督の「NAGISA」がベルリン映画祭のキンダー・フィルム・フェ ストで最優秀作品賞にあたる、国際審査員大賞を受賞したのを受け、それゆけと ばかりに、成田空港で出迎えて帰国後の第一声インタビューを撮ろうと、日活宣 伝チームと共に、9時20分到着予定の監督たちに会うためだ。空港に着いてか ら、スタッフのひとりが花束を買いに行くうちに到着時間となり、独りで慌てて キャメラを回し始める。何だかワイドショーのレポーターになったような気分。 ようやく、スタッフが揃い、胸を撫でつつ「そういえば、誰かを成田空港に出迎 えるというような、ちょっとロマンティックな体験はこれが初めてだな」と悟る。その相手が小沼勝であるとは!今や遅しと待ちかまえていると、監督、片桐 夕子さんたちが到着。監督に、即刻インタビューをし、授賞式の様子や、ベルリンの関係者たちの選評などを聞く。監督は何せ海外の映画祭に行くのいが初めてで、今回の受賞である。受賞後、今までの作品=ロマンポルノ群についての質問を受け、四苦八苦しながら返答したそうである。このインタビューの模様は、現 在ユーロスペースのロビーに設置したモニターにて上映中!是非ご覧下さい。ユーロでこれを見るのは無料ですが、せっかく足を運ぶのなら、併せてもう一本小 沼作品を見てね!!!
2001年2月24日
5週目に入り、この日が(2月28日現在)観客動員最高となる。「少女地獄」 には100人のお客さんが詰めかけてくれた。感謝感激。権威づけするわけでは ないが、「少女地獄」は国立フィルムセンターが所蔵するロマンポルノの一本。 まだ見ていない人は必見の作品だっせ!
2001年2月25日
「箱の中の女」トークを木築沙絵子さんと。水責めの場面のテストを私自身が実験台になったとか、当時最新型のバイブレーター「E.T.」を私が中野ブロードウ ェイの中のスーパーの裏口から出ての階段を上った一角にあった通販の専門店で 入手したことなどを披露。木築さんは、何とプロデューサーからそれを実際に挿入して欲しいと頼まれたらしい。(この作品はロマンポルノの中で、例外的に前バリなしで撮られた作品だった。ま、無論この「本番」も回避されたのだけれども。木築さんはこのほかにも、私のドキュメンタリーにあるように、本物の下水道でウジ虫に囲まれたり、利尿剤を飲んで本物の放尿にトライしたり(これも実 際にはやっていませんが)とたいへんな思いをされました。本当にご苦労様でし た。宣伝担当のK女史によれば、木築さんは女性から見てものすごく魅力的だそうです。女性の皆さん、「箱の中の女」も要チェックですぞ!
2001年2月26日
宿タワーレコードで2度目のさどまぞトーク。今回のユーロスペースでの特集 上映の合わせて、バップから「ロマンポルノ・サウンドコラージュ」が発売され たが、その仕掛け人のT氏(過去の邦画やテレビドラマの音楽についての蘊蓄が 彼ほどある方を私は知りません)との話はひたすらディープになっていく。さら にこの日は、谷ナオミさんの台詞つきの昭和枯れすすきとか、片桐夕子さんの唱 う**とか、これぞマニア垂涎のという、通販専門のCD集も持ち込まれ、さすが の私も降参ぎみであった。Tさん、どうもありがとうございました。今後もどう ぞよろしくお願いします!!!
2001年2月27日
「NAGISA」の数々の受賞を祝って、パーティが開かれる。直接の関係者で ないにもかかわらず、招待されて喜んで参加させていただく。トゥナイト2も取 材に来てくれて、大盛況のパーティだった。これを契機に東京で、「NAGISA」の 凱旋ロードショーが行われますように。ちなみに4月に池袋新文芸座で行われる、日本プロフェッショナル映画大賞にて上映されるとのこと。この小沼最新作 を見逃す手はありませんぞ!!!
2001年3月1日〜3日
さどまぞ特集の大阪キャンペーンを行う。ちなみに、大阪では4月7日から20 日まで東京と同じ番組(ただし、こちらでは毎日6回上映)で、九条のシネ・ヌ ーヴォでの上映。(名古屋はその前、3月17日から30日で、こちらは神代、 田中、曾根、相米さんらのロマンポルノ作品も上映します)各新聞社の記者の 方々も高い関心を示して下さり、ホッとする。大阪に2泊3日でキャンペーンに 来たのは初めてで、二夜ともに楽しく過ごせました。(久方ぶりに、学生時代か らの畏友のNHKディレクター、T 氏にも会えました。彼とは大体において互いの 作品を貶し合うのが通例になっているが、「サディスティック&マゾヒスティッ ク」は誉めてくれた。いささかこそばゆい。)今回のキャンペーンで印象に残っ たのは、3日の朝に行われた、FMCOCOLOのサニーさんとのトーク。彼は「ここが 変だよ、日本人」の常連でもあるそうだが、非常に達者な大阪弁で、今回の特集 上映のこちらの狙い(ロマンポルノを知らない若い世代、女性たちに見に来て欲 しい)をよく理解してくれ、30分の生放送まるまるさどまぞトークとなる。番組中にシネ・ヌーヴォにもレディース・シートを設けることが決定。阪神地区の 女性の皆さん、4月はこの大イベントを見逃さないで下さいね。3日は、「ガラ スの脳」の上映会でのお話を宝塚にて行う。小原くんファンの女性たちで一杯 だ。畳の部屋で、16ミリにて上映という懐かしいスタイルだったが、それがとてもアット・ホームな雰囲気を作ってくれたように思う。この「女性の園」での話 を名残惜しくもわずか45分で終え、新幹線で東京へ。この日、ユーロスペース で、小沼勝監督、山根貞男さん、中島丈博さんのトークがあり、その後の飲み会 に駆けつけるためだ。会場に到着するとこの3巨頭は、大爆笑のトークを終えた あとで、非常に快活であった。この日、最終週の初日にして動員最高記録をマー クする。1月27日の初日や2日目のほぼ倍にあたる動員で、日活やビターズ・ エンド、ユーロ・スペースの方々の表情も柔和である。快哉!!
2001年3月5日
日活芸術学院にて講義。今回の特集上映に関しての映画、俳優学校巡りの総仕上 げである。計5校をまわり、若い学生さんたちの興味を喚起することができ、達 成感はあった。
2001年3月6日、7日
両日ともユーロスペースへ。「ベッド・イン」と「OL官能日記・・・」を観る。 特に後者はほぼ満員のお客さん、しかも4割は若い女性たち(しかも美しい0 方々が多い!)という状況に、「ああ、小沼さんのドキュメンタリーを撮って、 みんなに協力をしてもらって、この特集上映をやって本当に良かった」と素直に 感動できた。(変な意味でなく)本物のOLたちに囲まれて、「OL官能日記」を観 る至福感と言ったら・・・!(私の前の二人組は昼間のお仕事の疲れが溜まって いたのでしょう、かなりの間失神されていたようでしたが・・・それも映画館の 闇に身を沈める快楽の一つでもありますよね)この作品は、今の働く女性たちが 見ても普遍的な主題を持っていると再確認。またキャメラマン、水野尾さんの素晴らしいキャメラに酔う。もちろん、最後の「私は風」に乗ってのモンタージュ も絶品である。上映後、見に来てくれていた映画製作会社のH 氏と、作品のもつパワーに興奮しながら酒を飲みかわす。
2001年3月9日
最後の3日間で、再び動員が尻上がりに伸び、スタッフとほくそ笑みあう。宣伝 のKさんと、ユーロのロビーに設置してもらっていた、「NAGISA受賞記念、小沼 監督インタビューat成田空港」を流していたテレビセットをビターズエンドに持 ち帰りながら、やってよかったという思いを再度噛みしめる。後は皆さんと飲み 会、朝までのカラオケ(一年余ぶり)で唱い狂う。名古屋、大阪地区の皆さんど うぞ宜しく!!!