吉岡まちかど博物館
平成16年10月24日(日)、明治24年(1891)に造られた吉岡家の土蔵が修復され、「吉岡まちかど博物館」として市民に一般公開されました。この事業は木下まち育て塾と東京電機大学(滋賀教授)を中心に多くの市民の方々との協働によるものです。ここでは準備から開館に至るまでを画像を中心にして「吉岡まちかど博物館」を紹介します。
なお、この事業に関わった私の「吉岡まちかど博物館開館私記」(Web版「いんざい新報」)を併せてお読み下さい。
| 年月 | 段階 | 内容 | 1 | 2 | ||||
| 平成14年 11月 |
構想 |
吉岡家庭内の一部を一般解放していただき、市民ウオークのコースに組み込む。 |
![]() 貝化石灯篭 |
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| 平成15年3月 | 企画 | 木下まち育て塾設立総会で「木下の原点である吉岡家土蔵を何とかしたい」の声が出る。 | ![]() 土蔵西側の状況 |
![]() 入口扉付近の状況 |
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| 平成16年 4月 |
決断 | 吉岡家に「土蔵を修復し、秋に<まちかど博物館>として市民に一般開放したい旨、申込み、承諾を戴く。 | ![]() 絵図を前にする塾生達 |
![]() 入口上部、庇の状況 |
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| 平成16年4月 | 修復 準備 |
土蔵内の整理。危険な庇の瓦、木材等を全て撤去し、準備を終える。 中国からの電大客員研究員の王さんも参加。後日、「夢が始まるのは、落ちた屋根瓦をまず整理することから」(原文は英文)を寄稿。 |
![]() 瓦等を撤去する |
![]() 修復準備を終える |
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| 平成16年8月 | 修復 開始 |
電大生約20名及び塾生が修復作業に本格着手。地元の棟梁、左官屋さんも学生に技術指導。市長も激励に来る。 一階基礎部分の傷みが予想以上に傷んでおり、時間を要した。 |
![]() セメント搬入 |
![]() 庇を修復する電大生 |
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| 平成16年9月〜10月 | 修復 仕上げ |
修復作業を継続。新聞報道され、注目を集める。TBSラジオで生放送、またNHKでも放映される。 | ![]() 最後の床板を嵌め、一同歓喜 |
![]() TBSラッキー池田と記念撮影 |
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| 平成16年10月24日 | 開館式 |
吉岡家ご当主、山崎市長をはじめ木下まち育て塾、東京電機大学関係者による、テープカットで開館式を挙行。 | ![]() 蔵前でテープカット |
![]() 開館式参加者 |
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| 博物館 内部 |
普段は市役所に保管されている吉岡家ゆかりの「本物」をここに里帰りさせた。江戸期は河岸問屋史料を、、明治期では銚港丸等蒸気船関係を、二階は民俗関係を展示。 | ![]() 一階内部 |
![]() 二階内部 |
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| 棟札 | 土蔵二階には棟札があった。この棟札裏面には何と当時の家族の名前、年齢が書かれており、この家が当時7人家族であったことが判明した。 「土蔵棟札にみる吉岡家の家族たち」参照 |
![]() 棟札表面 |
![]() 棟札裏面 |
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| 訪れた市民の皆さん |
多くの市民に見てもらい、好評であった。 | ![]() 蔵の前で受付をする市民 |
![]() 二階をみる市民 |
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参考文献
1 拙稿(平成17年2月1日)「吉岡まちかど博物館開館式私記」『Web版いんざい新報』
2 拙稿(平成16年10月24日)「棟札にみる吉岡家の家族達」『吉岡まちかど博物館開館記念』、木下まち育て塾編