詩作品目次

第一詩集「動きはじめた小さな窓から」より
         「五月」「動きはじめた小さな窓から」「枯木のある風景」「断片牛の首の話」
         「そこに舞ったような一本の髪の毛があった」「冬の陽につつまれて」「枯芝」
   第二詩集「外野席」より
         「空の向こうに」「夜空に入る」「バナナワニ」「歩いて手紙をだしに行く」
      第三詩集「今、ぼくが死んだら」より
         「石を。」「ヘミングウェイ全集第一巻」「コップの縁のギリギリのところまで」「黄金の砂」
         「釣りに行こう」「ぼくらは一日中おいかけっこをした」「今、ぼくが死んだら」
         「今日、ぼくは詩を書いたか」
三詩集より、数編掲載しております。





詩集 「動きはじめた小さな窓から」抄




五月




いつも空を指さしていた

空には形のよい雲が浮かび

誰かがその雲は幸福の雲だと呼び

「触れるとシアワセになれる」という噂だった

五月になるとみな野球帽をかぶった

帽子のひさしには太陽がひっかかり

頭の上では時がとまり

いつもぼくらは永遠に遊んでいることができた

我を忘れて遊ぶこと

つまりそれは走り続けること

体と速度と脈拍は次第にあがっていった

雲はいつまでも成長する彼方にあり

我らの五月はみにくく積みかさなり

いつしか矢をひく弓のように重くなっていった








  動きはじめた小さな窓から 




だれもいない駅で

だれかに声をかけられた

ふりかえると

発車の笛がなり

扉が閉まろうとしていた

プラットホームと車輛のあいだには

境界線のような黒い隙間があり

それをまたいで列車に乗った

動きはじめた小さな窓から

ちぢんでいた手を不意に突き出し

おおーい!と言って

そのままおもいっきり手を振った

やはり駅にはだれもいなかった

四人掛けの席に一人で腰かけたとき

窓で四角く区切られていた空の青が

少しずつはっきりとしてくるのを感じていた

さきほどわたしはあの駅で

わたしの大事な人と話をしたのを思いだしていた





枯木のある風景

────小出楢重の絵をみて

 

ふっふっふっと笑う

あれは小出楢重だ

黒い帽子をまぶかにかぶり

たしかにニタリとしゃれこんでいる

画面は上と下とにわかれていて

下半分には

茶色い草がのびていて

くすんだ電柱なども立っていて

手足をとられた枯木が

何も言わずに転がっている

上半分には

雲と夕

鉄塔に電線が真横にはしり

なにかがそこにとまっている

まっ黒くて小さいが

あれは鴉じゃない

電線工夫などでもない

ふっふっふっと笑う

あれは小出楢重だ

黒い帽子もかぶっているし

なにより

憎らしげにこちらを向いて笑っているじゃないか

楢重さんよ

ほら、ぼくには見えるのだ

おまえさんだってそこから見えるだろう?

死人のように横たわった

「枯木のある風景」が




  《断片》牛の首の話 

   1

 いつごろからでしょうか、わたしは草原に来るようになっていました。その時刻は、朝の早いとき、と決まっておりました。わたしは母と連れだって山道を歩き、ここまでたどりつくのです。

わたしたちの他にも、数多くの仲間たちがいっしょでした。わたしたちは、その草原で、一日の大半を過ごすのです。

わたしたちは草原で、空を見ておりました。首を左右にグラリと振りながら、走ったりもしました。そして、ときどき、かがんでは草を食むのでした。

遠くで農夫が草を刈っておりました。農夫は二人いて、一人は年寄りで一人は若者でありました。強いひざしの中で、若者の筋肉だけがやたらと眼につきました。ふたりとも白い汗を全身にあびて、濡れておりました。

わたしの乳房は朝と夕の二回、必ず、“張り”を覚えます。わたしは毎日、若い農夫に乳房をつかまれるのです。わたしは、そのたびに首を振り、おし殺そうとした声がもれてしまうのです。そう、若い農夫は、激しく、荒々しかったのでございます。

   2

わたしは朝から乳房をふく。牛は執拗に首を振る。声を数回はりあげる。わたしは手早く搾乳を終えると、おじいさんの指示にしたがって、牛を草原へと送りだす。夏の長期アルバイト。本物の農夫らしくなってきたと、牛の首が語ってる。

昼飯前までには、乾燥とよばれる、牧草作業を終わらせないといけない。おじいさんとわたしは汗を流す。牛は草原で、仕事をみている。じっと大きな瞳をうるませながら。

トラックに積まれた干し草を、倉庫に移す。夕陽が牛の背中を突っつくまで、それはおこなわれる。わたしは欲望を止められた動物になる。

わたしは夕刻、牛の乳房をふきに牛舎へもどる。草原が、長いまつげを地面におろすと、牛の首は深く大地にたれさがる。わたしの一日の作業は、牛の首を見とどけることで完了する。

   3

ベッドの上には草原の匂いがただよっている。わたしは女の乳房をつかんだまま、はなさない。この乳房はおれのものだ、と思っている。

女の体には黒い痣がついている。わたしは指先でその痣に触れてみる。女の体には匂いがある。わたしは舌先でその匂いに触れてみる。

女は乾燥された草叢を一束もっていて、わたしは、ただ、何も考えずに、ゆっくりとその草を食むのだ。数回、口の中でもてあそんだあとは、腹に入れ、また出し、また奥深くまで入れ、また出し、わたしは噛み砕く。

外では、世界中、粘っこい雨が降っている。女は声をもらす。十年以上も前の、暑い夏の北海道から。密室の中でわたしは、少女の顔を思い出している。

わたしは乳房をつかむ。すべてをしぼりだすように。ふと、女の顔を見上げると、涙をためた瞳の中から、わたしをじっと見つめていた。牛の首だった。







  そこに、舞ったような一本の髪の毛があった 



かわいた路上に砂が走って

ぼくは自転車から転げ落ちた

(ねえカナイクン、樋口可南子のヘアもう見た?)

電車の中で彼女は座っていて、ぼくの心がレールの振動を反復しながら、どうしてなんだろう、どうしてなんだろう、とボソッとつぶやいてみて、少し暑くて、彼女の頬は上気していて、紅色がかっていて、少し茶色がかった髪の毛が一本ほつれていたのがぼくには見え、何か風のようなものがスッと流れ込んできて、ああ、これは風なんだなぁ、と思うまでに数秒かかったような気がしたし、その風のおかげで、彼女の細い髪の毛がふわっと舞って、彼女はゆっくりとその髪の毛を指で束ねたときに、(彼女の髪の毛はぼくが思っていたより長かった)この人こんな顔していたんだなぁとぼくははじめて思ってしまっていて、それは一体どうしてなんだろう、どうしてなんだろう、とぼくの頭の中はくりかえし、くりかえし問いただしながら、彼女とぼくの乗った電車の中には、これまでの時間の流れが急におしよせ、下車駅を望まなくなったぼくは、彼女の手の中の、どこを探しても嘘がみつからなくなってしまったみたいなのだ。

 (彼女のことをぼくはどんなにか詩に書きたいと思ったことだろう)

  (書けないことはわかっているのに、ぼくは彼女の詩が書きたくて)

   (彼女の髪の毛にぼくは触れてみたいと思うのだ)

雨の路上にぽつりと立ち

曲がった自転車のハンドルを今日もなおしている




  冬の陽につつまれて 



茶色い芝生の上に腰を下ろし

額を冬の陽に向ける

まぶたをそっと閉じると

どこかで音のでないピアノが鳴っている

あのひと宛の書きかけの手紙

すすめられて読んでいる分厚い小説

プレイヤーの上で回っている借り物のレコード

そんなものをすべてほうりだして

ぼくをつつんでくれるこの場所にいる

群衆の中でさえも見つけられない

透明人間のような

そうだ!

ぼくはここで誰にもしれず

冬の陽にでもなってしまおう




 

 

  枯 芝 




立ち上がって

ズボンについた枯芝をはたいた

陽はもうじき沈むだろう

ぼくはきっと帰らねばならないのだ

人ごみの中に偶然あのひとの姿を見つけた

もちろんむこうはぼくに気がつくはずはなかった

ぼくはぼくで話しかけることもできなかった

立ち止まって何度か枯芝をはたいた

まとわりついていた枯芝は

斜めになった冬の陽の中を

 ユラリと風に流され

 あのひとの髪にひっかかった







詩集「外野席」抄






空の向こうに



最後のしあげは翼に霧を吹く

和紙が乾きだすと冬の朝陽のようにピシッとする

外に出てひとさし指をペロッとなめ

風の向きをたしかめるのだ

ゴムに瘤が二つぐらいできるまでゆっくりまわし

青空の彼方に向かって位置をきめる

二枚のプロペラがまわり

翼が風をつかんだら手をはなすんだ

淡い原型はまっすぐ小さくなるだろう








  夜空に入る 




酔いざめの頭の痛さをこらえながら、公園の近くにさし

かかる。とその時、キイヨー、ギイヨー、とブランコの

きしむ音が聞こえてきた。真夜中の空からは、師走の霧

雨が、あたりいちめんに振りまかれているようだった。

いまごろ、公園に人などいるはずがない。わたしは酔っ

た頭をひっこめるようにして、おもわず身震いした。街

灯はグニャリと黄色い光を放っている。




しかし、たしかに誰かが公園にいて、ブランコをこいで

いる。少し酔ってはいるが、わたしの耳はおかしくない。

アベックだろうか、それとも酔っぱらいだろうか、まさ

か小さな子供ではあるまい。公園は冬枯れの樹で囲まれ

ていて、その枝は節くれだった指のように見える。霧雨

を含んだ指は、時間をきしませ、公園を包みこんでいる

ようだ。わたしは誰がブランコをこいでいるのか、むし

ょうに知りたくなり、小走りになる。キイヨー、ギイヨ

ー、ブランコの音は、胸の中で肥大する。




いつも走りながら、公園の低い門を通過した。目指すも

のはブランコだった。誰にもなにも言わず、必ず一人で

なければならなかった。たぶん、その頃のわたしは、自

分だけが空と同化できるのだと、それだけを信じていた。

わたしは自分が少年であるということさえ信じていなか

ったのかもしれない。ブランコに乗り、おもいっきり近

づいてくる空の中に、わたしは何度も何度も一人で突入

していった。




公園の中は、街灯の黄色い光でグニャリとしていた。砂

場の砂山は、湿り気をおびながら崩れはじめていた。誰

かが捨てた空き缶から、腐ったジュースがユラリと流れ

出ていた。ステンレスのすべり台は、くもりガラスのよ

うに濡れていた。夜空は何層にも重なりあい、溶けかか

っていた。少年は、ブランコに一人で乗っていて、必死

にこいでいる。キイヨー、ギイヨー、キイヨー、ギイヨ

ー、と音をきしませながら。







バナナワニ




ワニのなかに

バナナワニという種類がいる

と本気で思っていた

伊豆熱川のバナナワニ園で

ぼくは探しに探した

けれど

どこにもいない

むかしぼくは黄色い絵の具を一本

どこかでなくした

(いや、なくしたのではなく盗まれたのかもしれないけど)

たぶんそれはこの狭い教室の中に

あるはずなのだが

カバン

上履きの中まで

だけど、ない

黄色がなくなってしまったので

どうしても

きみの顔を明るく描くことが

できなかった

ぼくはなんとかして

見つけないと

きみがぼくから

逃げてしまうのではないかと思ったから

でも、あらわれなかったんだ

バナナワニなんて

いるわけないでしょう!

バナナの木陰で

きみとワニが明るく笑っている









歩いて手紙をだしに行く





ポストまで歩いて手紙をだしに行く

家をでて左に曲がり

十字路を右に曲がり

二つめの信号を左に曲がるのだ

書かれねばならなかった

文字の束を

手に持って

決して短い道のりではないが

ぼくは歩いて手紙をだしに行く

犬がむじゃきに片足をあげている

太ったおばさんが一生懸命に自転車を漕いでいる

若葉が風にふれて何かしきりに訴えている

死を考えるのは

あたたかい陽をあびながら

生きているものを見たときだ

あと倍ぐらい歩くと

ぼくは確実にポストにつくだろう








詩集 「今、ぼくが死んだら」抄








石を。




谷を下って

胸の奥から

せせらぎがあふれだしてきたら

靴の紐をていねいにほどき

ズボンの裾をまくり

靴下をぬぎ

素足になろう

早春の路草の

寒さがちぎれた

水に浸ろう

そしてぼくはぼくのいとしい人の

手の大きさを

頭のなかで

彫刻し

その人が両手で

ハイッ、と包んで持ち上げることができるほどの

石をさがすのだ

石はなるべく

まんまるなのが

いい。







 

ヘミングウェイ全集第一巻




一冊の書物をどうしても読みきれないときがある。むか

しは苦もなくさらさらと読むことができたのに、今は一

行一行が妙にのどにつまってくるのだ。

かといってすべてが読めなくなったわけでもない。雑誌

や新聞の類ならいつまでも文字を追っていることはでき

るし、疲れることもないのだ。

明け方の冷たい空気が気持ちよい部屋。まだ妻や息子は

眠っている時間。一冊の本が開かれたままになっている。

ヘミングウェイ全集第一巻。

ずっとずっとむかしから、何度となく読み返してきた作

家。とくに短編小説は簡潔で読みやすく、だれにでもわ

かる言葉で書かれてある。

冒頭は「インディアン部落」という作品。少年ニックは

安堵した女の顔と、血に濡れた男の顔とを同時に見るこ

とになる。ぼくはそれを最後まで読むことができない。







 

コップの縁のギリギリのところまで




まず最初に部屋の中をかたづけた。窓をみがき、床をしっかりとふ

いた。空はよく晴れた夜空で、梅雨はどこかへいってしまったかの

ようだった。ぼくにはそれが少し悲しかった。なぜって夜の雨を見

ていたい気分でもあったから。床をふいたあとは、さて、何をすれ

ばいいのかを思った。うっすらと埃のたまったブラインドの羽を、

一枚一枚ていねいにふいた。テレビはつけなかった。もちろん、ラ

ジオもステレオも。熱帯夜だったかもしれないが、そんなに暑さは

感じなかった。鍋にもコーヒーカップにも、水は一滴もついていな

かった。洗濯物は乾燥しきって、箪笥のなかにおさまってしまった。

七月九日、夜。そうやってぼくは新しい家族の一員を迎えるべく準

備をし、コップの縁のギリギリのところまで冷たいビールを注いだ。







黄金の砂




二本の足で

自分の体をささえる

右足を前におくりだす

左足を前にあずける

そうしてほんの少し移動する

右手が宙に浮く

左手が空をきる

バランスをとっている

頭がおもい

数メートルで尻をつく

見あげる

ぼくの顔を見ている

眼があう

その眼がほそくなり

前歯二本がまぶしい

座りこんだまま

ふいに

手を砂にうずめる

指がなくなる

手の甲もみえなくなる

やがて小さな握りこぶしがあらわれる

ふたたび

二本の足で

ようやく自分の体をささえる

右足を前におくりだす

左足を前にあずける

手が握られているので

よろけそうになる

握っていた手をさしだす

ぼくは彼の眼を見ながら

ありがとう

と言って黄金の砂をもらう









釣りに行こう




釣りに行こう

年若いぼくを誘うのは誰か

流れの向こうから

ゴム長をはいて

浮かびでてくる人は誰か

竿の先

見えない糸によって

たぐりよせるものは何か

淡い景色

水の匂い

あまり乗り気ではないが

釣りに行こう

と誘う言葉が水にとけて

針の先にはウジ虫をつけたか

はてはブドウ虫であったか

幼いぼくの手の先に

ブルッブルッと感じた手ごたえは

相模川に住む

マッコウクジラか

緑色の腹をみせて

糸を食いちぎっていく

釣りに行こう

はるか遠くの声の影には

ぼくのじいちゃんがいて

ぼくのおやじがいて

ぼくのぼくがいて

ぼくのむすこがいる

誰かがぼくに叫んでいる

釣りに行こう







ぼくらは一日中おいかけっこをした





 

ぼくらは一日中おいかけっこをした

空にのびている松の樹の幹に

両肘をつきながら眼をかくし

数をかぞえる

すばやく十まで読みあげると

遠くへ逃げていく影があるのだ

いつまでたっても

つかまえることができないので

そのまま地面に

バタリとあお向けにねてしまった

するとワサワサと高鳴る心音といっしょに

遠くの空で

松の枝もワサワサと揺れているのだ










今、ぼくが死んだら






今、ぼくが死んだら

と思いながら起きあがった

ブラインドの羽根を人差し指で押し下げて外をみる

斜めになった陽射しが入る

午後なのに子どもたちの歓声がない

救急車のサイレンが遠くで鳴っている

時計の秒針が動く

スヌーピーのぬいぐるみがカタッと動く

お腹を押すと笑いだす玩具を遠ざける

タオルケットをかけなおしてから移動する

別の部屋に入る

ドアは閉めない

ほっとする

音楽はやめておく

大好きな詩集を手にとる

外は木枯しだが、中は暖かい、そんな詩集だ

髪の毛を梳かしていないことに気づく

顎の先にうっすらと髭が伸びているのがわかる

詩集を一冊読む

いいなぁ、と思う

どのくらいの時間がたったのだろう

外で子どもたちの声がひびきはじめた

詩集をもとの場所にもどす

先ほどの部屋へ様子を見に行く











今日、ぼくは詩を書いたか






台所がある

テーブルがある

テーブルの下で猫が笑っている

狭い部屋

息子が寝ている

すべてが

横倒しにされて

かたまってしまった椅子の

かたち

見つめていると

一個の死体を思い描いた

もう笑うことのない

やさしさのぬけ落ちた

ひとつの物体

一直線に

死に向うぼくたちがいる

江ノ電が藤沢を出

街の中を通りすぎ

いきなり湘南の海がみえると

ぼくは海の色がそこにあると

思うんだなあ

ぼくがぼくの脱け殻になっても

青の群れは

この部屋の中に残るのかなあ

テーブルがある

テーブルの下に猫はいない

今日、ぼくは詩を書いたか

と問いながら

コップ一杯の海を

死体の中へ注ぎ込む




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