【夏休みの工作】

私が学生の頃はまだありましたよ。
女性ですが、木工製品で椅子を作った記憶があります。
背もたれの所に1という数字をくり抜いて、それが思ったより手間だったのを良く覚えています。
確か小学5〜6年生だったと思います。
(中学ではなかったハズ!)

数字をくり貫くのが、家ではちょっと危ないっていうんで、
学校で先生に手伝ってもらったんです。
「どうしても1をくり貫きたいんだ!」
と我侭を言ったんですねぇ。
その時の子供が作るのもですから、”椅子”といっても大した事はなくって、
今は亡き父親に「本箱?」と言われちょっと傷ついた、
今となっては良い、当時としてはちょっと切ない思い出です。


この夏、隼斗は貯金箱を作ってました。
そういえば、去年も、一昨年もその前の年も
貯金箱を作っていたような気がします。
何かが取り付いているのかもしれません。
貯金箱は残念ながら毎年形が違います。
一昨年は「カメ」
昨年は「得体の知れない生物」
今年は「(懐かしい形の)郵便ポスト」
どれも実用性に欠けます。
そしてどれも諸星大二郎の絵のように輪郭のはっきりとしない不安な形状です。

夏休みの工作は得意だったのですが、う〜ん、何を作ってたんでしょう(笑)。
覚えているのは、木製の糸巻きに割り箸と輪ゴムで簡単に作れる
「糸巻き戦車」です。
車輪になる部分をギザギザ(歯車状)にするとかっこいいので、
手を木屑だらけにしながら、ひたすらヤスリで削ってた覚えがあります。

夏休みの工作は今でもあるみたいですよ。
最近は、○○科学館みたいな施設が夏休みに子供を集めて
工作教室なるものを毎年開いてるところもあるようです。


私が子供の頃、夏休みといえば
夏休みの友、読書感想文、絵、自由研究、日記、そしてもちろん工作
どれも必ずしていくものだったと思います。
工作は、何を作っていったのか?
あの頃は牛乳パックもペットボトルもなかったし、
かといって男の子みたいにモーターのついた凝ったものは作れないし。
いただきもののお菓子の箱の蓋を大きく切り取ってセロファンを貼り
箱本体に、紙で作った魚やタコをぶら下げて水族館!
なんてのを作った気がします。
そういえば去年ムスメはペットボトルの中にビー玉と魚やタコを入れて
水族館、なんて言ってたなあ。
ま、思いつくことは親子でいっしょです。
今、ウチの子達は読書感想文か、自由研究か工作の
どれかをやっていけばいいようになっています。
親の昔のクセで、「どれかじゃなくて全部やれ」と言って
夏休みの最終日、子供たちを泣かせたのはワタシです。

 小学4年生の母親です。
  夏休みの工作ですが、今でもありますよ(^^)
  ただ「工作、絵、自由研究」などから2点くらいを選んでもっていく、という
 形なので家の子の様に今回は絵を選んで工作を作らない、というパターンも
 ありますが。
  こちらは東京より早くもう先週から学校が始まっていて、先生がおたよりで
 出されたものの一覧を書いてくれたので、いくつか書きます。
  「木で作ったヘラクレスオオカブト」
  「シャボン玉発生器」「ペーパークラフト」「写真立て」「飛行機」
  「縄文時代の火おこし」???

私も子供時代にやりましたが、工作より自由研究の方が多かったです。
  海草の標本とか、氷のでき方とか。

うちの娘は小学生一年生ですが、工作の宿題は一応ありました。
でも、昔と違って今は工作は必ず出さなくてもいいみたいです。
(昔もそうだったのかな?うろ覚え)

図書館まで行って工作の作り方という本を借りたのに
結局遊ぶのに夢中で作らずじまいでした。
31日にはかつてのいしかわ家じゃないですが我が家も修羅場でした
結局仕上がったのは9月1日の朝という体たらくでした・・・
たぶん、毎年同じことを繰り返すような気がします

私の子供の頃も、今も、
特に工作の宿題はなく、‘自由研究‘
が、夏休みのおきまりで、
工作もよし、植物や、昆虫の観察もよしと、
なんでもOKでした。
でも、自分のときも子供のときも、
この、なんでもよしは結構憂鬱、、。
すんごい研究してくる子いるんだもの、、。いつも、。
手芸でもよかったので、私は、
首のとれそうなよれよれの象のぬいぐるみを、
始業式にもっていったこともあり、
恥ずかしかったのを今でも覚えてます。
今は、夏休み前に、ホームセンターなどにいくと、
それ様(工作など何でも!)のキットが山盛りで、
なんでも、商売になるんだなあ、、
と感心してしまいます、、。
ちなみに、うちの子はこの夏、豆腐を作りました、、。
(買った方がおいしい、、といっていた)
とにかく、、夏の終わりは、
母大変です。

私が小学生の頃(30年程前ですが)、当然工作をしました。
「工作をしなさい」という明確な指示はなかったと思いますが
同級生同士で競うように何かしら作っていたように思います。
ゴム動力の車や船、くぎ箱(学校の班活動で使った)などを
作ったことを覚えています。
うちの子供の学校では、工作か習字か絵画を選択するように
なっているようです。
私は全部やったような気がしますが。
うちの子は、昨年までは毎年貯金箱を作っていました。
どうも、学校から郵便局のコンテストかなにかに応募する
ようで、周辺の子供も貯金箱を作っている子供が多いようです。

ところで、絵日記のことなのですが。
私が小学生だった頃は毎日絵日記をつけていたと思うのですが、
うちの子の学校では絵日記の用紙は2枚配られるだけです。
つまり夏休みの約40日間のうちの、
2日分だけ書きなさいということのようです。
全国的に今はこんなことになってるんでしょうか?
いしかわさんは毎日でしたか?
当時から絵が得意だったのでしょうか?

息子の通う小学校では、漢字の書き取り等の他に自由研究というものがある。
文字通り、夏休み中に自由に何かやりなさい、というもの。
ただ、調べものとか、工作ものとかいろいろ例示はある。

1年生は折り紙と針金を使った朝顔、2年生は木工の昆虫、
3年生は迷路と、工作ものにチャレンジした。
半分以上は親が手を加えた。
この3点はほこりをかぶりながらも大事に取ってある。
去年、今年は調べもので、大判の画用紙に成果をまとめるスタイル。
但し、本人に出来上がりのイメージが無いものだから、
途中親の厳しいチェックが加えられ、今年もベソをかいていました。

私の小学校時代は「絵」か「工作」を選ぶスタイルだったと記憶してます。
「図画工作(図工)」の宿題、という位置付けでしたね。
圧倒的に「絵」派が多かったのですが、私は(たぶん)「工作」派でした。
木切れを組んで「ロボット」とか「戦車」を作った記憶がかすかに・・・
女の子は「編物(というか手芸)」もありだったような気がします。

昭和41年入学、女です。

私の場合、
1年生 お手玉
2年生 プラスチックストローで作った家
3年生 かみのけで作った湿度計
4年生 孟宗竹の花瓶
5年生 竹かご
6年生 パッチワーク
でした。
学校の講堂で展覧会ありました。
校長賞とか、学年賞とかあったような。
でも、一番うれしかったのは、友達にへぇーーって
言ってもらうことだった気がします。

小学生の頃って何を作ったのか覚えてません。
確か、必ず何かを作るなり描くなりして
持ってかなきゃいけない時代だったような・・。
あれ、思い出せないー。
今は自由課題になっていて、絵でも、工作でも、観察日記でも
娘の通う小学校では、何でもOKのようです。
今年は、工作用の木片(?)のキットで
旅行の際に立ち寄ったカフェが印象深かったのか、
何とも他人さまにはわかりにくい山小屋(風)を作っていました。
夏休みが始まってすぐに終えてしまい感心していましたが、
一ヶ月も机の上に放置された山小屋(風)は、
ゴツンと何かがぶつかってどこかが取れたり、
妙な余裕があるものだからアラが見えたり。
(作ってしまって色まで塗ってあるので直しがきかなかったりする)
早くに作ってしまうのも考えものだということがよくわかりました。
それにしても私の記憶力って・・。

僕は高校生なんで、今はどうなってるのか知りませんが
僕が小学生の頃はありましたよ。
確か自由研究か工作のどちらかを選んでやってました。
たいていの奴らはホームセンターなどで売られている市販の木工製の貯金箱や、
本棚などを作る制作キットですませていたような気がします。
貯金箱を作るとどこかに出展されて何か粗品のような物を貰えました。(ボールペンなど)
中には明らかにほとんど親が作ってるような、気合いの入ってるベンチを持ってきたりするやつもいました。
持ってきた工作は、しばらく教室の後ろの棚に飾られていたので、可動式の物などは壊されたりする奴もいました。
あと、絵も描かされました。

さて夏休みの工作ですが、僕らの頃はもちろんありました。
そして(山形県だけかも知れませんが)各学校で優秀だとみなされた作品は、
各市町村で「創意くふう展」という展覧会に出展されます。
僕の工作は、一度だけ選ばれたことがあるのですが、もちろん親父が作ったもので、
なんだか恥ずかしかったのを覚えています。
その作品名は・・・
「足踏み式便器カバー」
縦長ではない昔の丸い小便器に取り付けるカバーで、ペダルを踏むとカバーが
上がるという、凝ってはいるが意味が分からないものでした。
いまでもそれを思い出すと赤面してしまいます。

状差しを作った覚えがありますー。
あとは電池ボックスからエナメル線を引っ張ってきて、
マブチモーターにつないでファンが回ったり、
豆電球が点いたりするのを作ったなあ。
スイッチの切り替えでどちらかが動作する……という仕掛けだったような。

昭和33年、東京生まれです。
中野区立小学校でもそれがあったよ。
でも「平等に」ということからか、優れたものを選ぶのではなく、
みんなの作ったものを教室の後ろに9月中、並べてた。

こちら愛知も小学生の夏休みの工作は、
ポスター、習字、工作の選択制です。

今の小学校は昔のような夏休み帳とか木工作品とかの宿題は出していません。
@計算や漢字の復習のプリントA図画工作や作文・読書感想文の募集が沢山来るので
その中から自分がやってみたい物に1人一点以上応募Bお家のお手伝い等です。
また高学年では自由研究を自主的にしてくる子もいます。
私は3年生の担任なのですが今回はAとBを宿題にしました。
保護者には「長い休みにしかできないことができるといいですね。」と話したりしています。
始業式の日は教室の中が貯金箱やポスター、絵、原稿用紙等でいっぱいになります。

 どなたかも書かれていましたが、私も何を作ったかまったく
記憶になく、実家の母に尋ねたところ、「貯金箱」を作ったと
の事。その貯金箱で「私のアイデア貯金箱」コンクールの「郵
便貯金振興会賞」というのをいただいたらしいのです。
 そう言えば、郵便局で賞をいただいた記憶はあるのですが、
その「貯金箱」にどんなアイデアを詰め込んだのかさっぱり覚
えていません。もう十二年前になります。

私の小学校の頃作ったもので、最高傑作は五年生の時「金賞」を
もらった、アポロ11号と月面着陸船の模型ですね。
前者は雑誌の写真を見ながら段ボールや、家が農家だったので
ビニールハウス用の塩ビシートの中芯や、懐中電灯の筒など、
そこらにあったがらくたを利用して全高50cmで作りました。
その横に学研の「科学」の記事で見つけた方眼紙で作る
全高20cmの月面着陸船を並べてレイアウトしました。
銀紙を貼って、それらしく見せるなど、子供ながらに
工夫を凝らして、我ながらなかなかの力作だと、
当時を振り返っても思います。
ところで、私の実家は広島の山奥で、小学校まで徒歩で
4kmあります。
新学期の初日、大汗かいて、模型を両手に抱えて登校する
ところを想像してください。
普段より倍近い距離に感じたのを昨日のように思い出します。
暑い夏だったなあ・・・

うちの小学校は工作と手芸のどっちでもOKでした。
アイデア工作は県大会みたいなのがあったり、
貯金箱もコンクール出品があったから必ず作る子がいた記憶が…
現役に調査したら、
科学館や森林研究所の企画で一発クリア派や、工作本派、空き容器でエコ工作派などありました。
知人の絵画教室の先生は、
毎年、夏休みの宿題に使える工作の企画で頭なやませつつ楽しんでますよ。
ハンズではなく田舎のホームセンターに行くとキット充実
やっぱり昔と同じく、親が苦労してやらせている定番の宿題みたいですね

うちの息子は、今年は万華鏡を作ったそうです。
おばあちゃんが雑誌で見つけて、メーカーから
手作りキットを取り寄せたとか。
紙を切ったりしなくてはいけなかったようですが、
今年は旅行ばっかり行ってて時間がなかったので手抜きしたそうです。
去年は、風船のまわりに紙粘土みたいなのをくっつけて、
それにさらに貝殻などをくっつけたオブジェを作ってました。

やっぱり今でも工作は夏休みいちばんの悩みのタネのようです。

愛知在住の35歳子持ちサラリーマンです。
刺身のパックで紙飛行機なんか作った覚えがあります。^^

私が中学校に通っていた頃は、男子生徒だけ技術の時間があり、
その時間、女子生徒は家庭科でした。
夏休みまでに材木で椅子を仕上げること。
全部仕上げろとはいわないが、半分以上はつくっておくこと。
技術室は開いているから、職員室で許可をもらって入って来て、
つくりなさいというのがありました。
夏休み、私はいそいそ職員室に行き、椅子をつくろうとしていたのですが、
技術の教師がそこにいて、7割方、私の椅子を教師が作ってしまいました。

夏休みが終わると、技術の初日の時間、男子生徒はみんな1割方もつくっていませんでした。
私は自分のまじめさ加減がいやになりました。
私は残り3割をやれば完成でしたが、その3割で失敗して、座れない椅子を作りました。

夏休みの工作ですが、昭和40年生まれ、大阪に住んでいた私の場合、
小学校の夏休みの「宿題」として工作が出る事はありませんでした。
ただし、「自由研究」みたいな、フリーテーマで「なにかしてこい」というものがあって、
それで工作をした覚えはあります。
同級生の金持ちの坊ちゃんとかは、家族でカナダ旅行に行って、
その時の写真を全部スライドにして、
ホームルーム(僕の学校では「学級会」と呼んでいましたが)の時間に紹介したりしていましたが、
そんなに恵まれていない私は、やはり工作をして提出していました。
ちなみに、私が作ったもので覚えているのは
・だるま(粘土で作った型に小さく切った和紙を何重にも貼り付けて、乾いたら
カッターで切断して、中の粘土を抜き、錘を仕込んで再びはり合わせる)
・本棚(上下2段で、1段目には扉付きの小物入れ付き)
といったところでしょうか。

なお、私が思うに、数年ごとに教育制度が改定されていき、
日曜大工的な工具を使った製作というのは小学校のカリキュラムから外れていったのではないでしょうか。
私の記憶では学校の斡旋で工具一式を購入することもできたはずですが、
今の小学校ではそういう事もないみたいです。


今日、娘の小学校の夏休み作品展を観てきました。
力作からやっつけ仕事まで、色々ありました。
娘は31日になって絵を描く、などと言い出しましたが、
結局、子守がわりの絵画教室で作った時計を出しました。
私が子どものときはもちろんやっつけ仕事で…何を作ったか忘れました。
でも昔よりも宿題の量は減りましたよ。
もっと出してくれよー

私はベタですが夏休みの工作は
牛乳パックやお歳暮などで貰った物の箱で作った貯金箱やロボットですね。
まったくもって普通であります。


夏休みの工作は、あんまりよく覚えてないのですが、
やはり始業式にみんな工作を抱えて登校してました。
空き箱でロボットを作ったりしたような記憶があります。

私の夏休みの工作の想い出は火おこし機です。
ひもと木で作った結構ちゃんとしたやつでした。
しかし、それは日曜大工が大好きな父に頼んで作った物で、
父が本気を出して作ってしまったばかりに、
うっかり神戸市の夏休みの工作の優秀作かなんかに選ばれてしまい、
血の気がひいたことがあります。
粗品を貰った後、火おこし機は神戸にある
デパートにしばらく飾られていました。
友達に「不器用なのにあんなのが作れるはずない!」
と言われたらどうしようとしばらく学校に行くのが憂鬱だったのを覚えています。
あんな思いをするなら父に作ってもらわなければよかったと
悔やんだ小学4年の夏でした。