【サンタはいつまで……】【02へ】
多分小学校の高学年まではサンタを信じていましたから、
そこを境に信じなくなったのではないでしょうか?
枕元にそっとプレゼントを置いてもらった記憶は全く無いので、
そのお陰で(?)かえって意外に長く信じていたのでしょう。
「公衆電話でお金も入れずに適当に電話をかけたら、サンタさんに繋がったらしいでぇ。」
と言う友人の話を信じ、小学校高学年にもなってそれを実践していましたから。
今にして思えば、なんて純真な子供だったのでしょう。
(バカだとは思っても言わないで下さいね(ノ_;))
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私は物心ついた時からサンタの存在はいないもんだとなんとなく教えられた?ようでした。
両親がクリスマスなんてしない人だったもんで。
プレゼントは幼稚園の頃にロボットの玩具を貰いましたけど起こされて貰ったし。
ちなみにそれ以降は小学1年生みたいな本になって
小4に赤黒のボールペンを貰ってプレゼントは終わりました。
毎年ケーキは食べてたんですけどね。
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我が家では、クリスマスそのものが無かった。
「サンタ」は子供向けの雑誌で読む架 空の存在。
と言う意味では「始めから知っていた」っかな〜?
一寸違うかも(-"-;)
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12月にはいるとワクワクの息子達。
小4の上の子は、だいぶ疑いだしたので去年告 白!
でも彼の希望でプレゼントは、今まで通り夜中、枕元においてます。
下の小1の子の方は、まだ信じてる。
せっせとあれほしいこれほしいとお手紙書いて冷蔵庫に張ってます。(そんな、望みとおりいかないよーん)
私もそうだったけど、3年生くらいでだいたいサンタさんのお話にも 限界くるようですね。
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小学校の低学年頃だったと思います。
25日の朝、学校へ行く途中(スクールバスでした)でプレゼントの自慢大会が始まりました。
すると「それはとーちゃんかかーちゃんが置いてくれたプレゼントだ。サンタはいない。
おまえら子供だな。」という輩の出現。
先輩じゃなかったと思う。
おそらく同級生だと思う。
最後の「おまえら子供だな。」の部分が、夢見る我々を一気に冷めさせました。
35年くらい前のことをちゃんと覚えています。
スクールバスがどの当たりを走っていたときにその言葉を聞いたのかもだいたい覚えています。
この年齢で、(この年齢にしては)悟っちゃったので、それ以降のクリスマスプレゼントは、
「さっきサンタさんに出会ったのでお母さん(お父さん)がサンタさんからのプレゼントを直接受け取ってきた。」
という両親の怠慢な態度にも、疑問を抱くのではなく、
そのような両親の与太話が、まだ夢見る弟にサンタの存在を疑われやしないかと却って気を使って、
サンタを信じているフリをしばらく続けていました。
※※弟の子供に「おじちゃんからのクリスマスプレゼント」を渡すために
「サンタの存在と第三者からのクリスマスプレゼント」というテーマで
妻と話し合った経験のある男42才・子無し※※
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我が家が昔住んでいた借家は、風呂場に煙突がついていました。
だからクリスマスイブの夜には、いつもほんのり温かい風呂のフタの上にプレゼントが置かれていました。
私はサンタが置きに来るのを見ようと、クリスマスイブの夜はいつも風呂を覗いていましたが、
母に「サンタさんは見てると恥ずかしがって来ないよ」などと遠ざけられました。
しばらくすると「もう来てるかもしれないね」と言われて、飛んで行くと置いてある、というのが恒例でした。
小学校3年のクリスマス、私はサンタさんに自転車をお願いしました。
親と兄が話し合った結果、「風呂場に自転車を持ち込むのは無理だろう」ということになり、
その年に私に「サンタはいない」ということを話すことになったようです。
今思えば何も風呂場にこだわらなくても・・・と思いますが、
まあ小学校3年くらいが限界かな、とも思いますので、ちょうどいいということだったのでしょう。
それを知った時の悲しみよりも、片親しかいなくてプレゼントをもらったことのなかった友達に、しばらく前に
「サンタさんにお願いすると風呂場のフタの上にプレゼントを置いてもらえるよ
(私はみな風呂場に置いてもらえると思ってました)」と教えたのを、
「サンタさんはいないんだって」と訂正しなければならなかった時の悲しみの方が大きかったです。
妙に申し訳ない気持ちになりました。
サンタさん暴露話と同時に、今までの苦労話(私からどうやって欲しいものを聞きだすかや、
欲しがってるものを探し歩く苦労など)を聞かされ、悲しいという気持ちよりも、
そこまでして信じさせてくれていたのが嬉しかった覚えがあります。
協力させられていた兄に、「長男は損だなあ」というような気持ちになったのも覚えています。
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私の知り合いの家では、
「いつまでも、サンタなんか信じているようでは世の中渡っていけない」という理由で、
10歳のクリスマスをもって、サンタがいないことを子供に宣言することにしているらしいです。
長女のとき、あまりにも愕然とするその姿を見て、弟くんの時には、
どんなリアクションをするのか、わくわくしながらその日を待っていたと言ってました。
(その弟くんも既に12歳。もう、成長の儀式は終ってますね)
うちの子のクラスでは、毎年のように
「サンタいてる派」と「サンタいない派」に分かれて論争が繰り広げられてきました。
昨年までは五分の戦いのようでしたが、さて今年はどうでしょう?
ちなみに、彼は11歳。
「知ってて知らないふり」をしています。
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うーむ、僕のコドモの頃はどうだったかなぁ。
気付いた頃には「サンタ=おかあさん」と思ってて、
自分にはそういう境目は無かったと思います。
むしろ、プレゼント目当てで、サンタを信じてるふりして
「○○ほしーよー!サンタさん持ってきてくれないかなぁ!かなぁ!」
とか親の前でわざと叫ぶようなイヤな子供でしたw
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忘れもしません。
小学校1年生の冬。
頼んだものと違うものが届いた時です。
お願いしたのはリカちゃんの「スーパーマーケット」。
ところが枕元にはキャンディキャンディのミシンがありました。
頼んだものと違う、と両親に抗議しましたが、その言い訳が変なので「おかしい・・・。」と子供心に思いました。
その日からサンタを信じてません。
でも小学校6年生まで儀式は続き、欲しいものや欲しくないものやらを頂きました。
(クリスマス前にはオモチャ屋に連れて行かれた事も。)
一番思い出に残っている嬉しいプレゼントは小6でもらった「悪魔の花嫁」1〜6巻です。
サンタはいないと分かっていても朝起きてプレゼントがあるのは嬉しいものです。
これからは両親に逆サンタをしてあげようかと考えてるくらいです。
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ずばり小学校6年ですね。><
ただ一気に100%→0%でもないですね。
年々減っていって、確信をもつ出来事が意外にあっけなくきてしまいました。
幼いころから「サンタは6年までしか来ないよ」と言われ続けてたので6年で終わったのですが。
そこで冗談半分サンタのことをいないように言ったんだったかな?
そしたら「でも、純粋な気持ちは忘れないでね。」と言われました。。
忘れてないよー!ってか純粋に育てすぎなんじゃないの!
今の今まで確信が持てなかったよ!><
複雑な思いでしたね。。
でもちょと賢い友達は小学校1,2年くらいから「サンタは親やろ」と言ってましたね。
飴玉がいくつか枕もとに置いてあるだけという友達もいました。tt
友達と学校にいくまでの道のりでそういう謎解きみたく話して歩いてたのが楽しかったなぁ。
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サンタですか、私は信じていた覚えがないですね。
うちはクリスマスだからといって、サンタまではやらなかったです。
ツリーがあって、ケーキがあって、子供達が父に直接リクエストした
プレゼントを渡されて、という感じでした。
怪獣を怖がる子供だった私でも、サンタは無理がありました。
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サンタが親だと気づいたのは、小五のときでした。
その年のプレゼントは、大和和紀の『NY小町』全巻。
(マンガがクリスマスプレゼントっていったい…。)
当時、『あさきゆめみし』が小学校で流行っていたので(昭和50年生まれ)、
それを見ていた母は、この漫画家のマンガなら気に入ると思ったようです。
プレゼントが押入の中に隠してあったのを、見てしまいました……。
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幼稚園くらいの時に朝起きたら、長靴型のおもちゃにお菓子が
入ってたのを見て、サンタが来たと喜んだ覚えはありますが、
後は・・・いるとかいないとか考えず、あれはああいう決まりごと
として楽しんでた気がします。
ましてウチはド田舎だからあんな西洋風行事に違和感もあるし。
日本だからサンタはいないと思ってたかも。
でも子どもたちのためにサンタの存在を信じさせようと思う気持ち
こそが「サンタクロース」じゃないんでしょうか。なんちゃってえ〜
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うちの場合は毎年親が選んだものを枕もとに置いてくれていたのですが、
確か小学校3年か4年くらいの時、どうしても欲しいものができてしまって、
クリスマスまで我慢できないと僕がダダをこねました。
親は最初、「サンタさんが来るまで待ちなさい」としかってくれていたのですが、
僕があまりに騒いだので「じゃあこれが今年のクリスマスプレゼントだよ」と言って
僕にその、ブロックで作る海賊船を買い与えました。
それがたぶん僕の夢の終わりだったと思います(笑)
ですが、当時の僕はもう、いい子にプレゼントを待つクリスマスよりも、
自ら宝物を探し求める海賊の大航海のほうに魅力を感じていたようで、
まあまあ、サンタクロースとはいい別れ方をしたんじゃないでしょうか。
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悲しいことに小学校に入る頃には気づいてた気がします。
というのもすごく寝つきの悪い子だったわたしは、
お布団に入って目を閉じてからもなかなか眠りに入れなかったのです。
そして、眠ったと思った両親がもそもそ小声で話しながら枕もとにやってきて
プレゼントを置いていくのを、起きてることがばれないようにじっとやりすごしていたのです。
あるときふたつ上の兄が
「サンタクロースなんかいないんだ。あれはお父さんとお母さんが置いてくんだ。」
とわたしに勝ち誇ったように云ったとき、どんな顔したらいいのか非常に複雑でした。
大人になってからのほうが信じたい気持ちになる。
不思議です。
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保育所のとき、クリスマス会でサンタさんがお菓子をくばってくれましたが、
そのときすでに「あのサンタは町長さんが化けている」ということをなぜか知っていました。
現実的で、かわいくない子どもだったんだなあ・・・
うちの小学3年生のに、「クリスマスプレゼントは誰からもらうの?」ときいたら、
「サンタさん」と答えました。
ほんとに信じてるのかなあ・・・打ち明けたほうがいいのだろうか。
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我が家の娘たちは小学校の高学年の頃には薄々いないと感じていたようです。
小さかった頃煙突もないのにどうやってくるのかと言う質問があって
ベランダから来るんだよと言うと
それ以来クリスマスイブにはベランダの窓を少しあけて寝るのが習慣になりました。
寒いんだけどね。
妹は小学校4年だったか5年だったかの頃友人一同にサンタはいない言われて
泣きながら帰ってきたことがありました。
お姉さんの方は早くに気付いていたらしく「ふふん」と言う感じでサンタはいないのだと
妹に話して聞かせていました。
それに私自身も中学生になったらサンタの変わりにお母さんが
サンタの役をしなさいって言われてるのと言いましたし。
姉の方はお爺ちゃんが夜中にプレゼントをおいているのを見たらしくて
子供心にこの事実は言ってはいけないと思ったそうです。
ただお爺ちゃんが死んでも枕元にプレゼントがあるので不思議に思ったそうで
家の中をイブの前にプレゼントがないか探し回ったそうですが見つからず
妖しいなあとは思いながらもサンタは信じていなけど不思議とは思っていたようです。
親子でサンタは何時まで信じていたかの話になったときお爺ちゃんの話を聞き
今までの私の努力はなんだったのとは思いましたが・・・。
友人一同に聞かされた妹は可哀想でしたねえ。
クラスで誰も信じてなかったそうですから。
自分は何時までだったのか・・・昔過ぎて覚えて無いなあ・・。
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サンタはいるのかいないのか、私には判りません。
我が家にはどうやら毎年来てくれているようです。
毎年12月の下旬が近づくと、私と女房には一時意識が無くなる時間帯が有るのです。
何か不思議な力に導かれ、気が付くとデパートやおもちゃやさんや、
ゲームショップから出てくる自分達に気が付くのです。
様々なラッピングに包まれた荷物を両手に抱えて。
私たちはただただ感謝して、子ども部屋の隅っこにそれらをそっと置くだけです。
何故かその不思議な出来事の前後には、財布の中味や銀行口座の計算が合わなくなる、
という現象も見られるようですが、
子どもたちの驚き喜ぶ顔が、そんな瑣末な事を忘れさせてくれます。
あの不思議な力の正体は、もしかしたらサンタさんなのでしょうか。
今年は来てくれるのかな、とっても心配。
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サンタを信じきっている5歳の娘との会話です。
「サンタさんはどうして私の欲しいものが分かるの?」
「お父さんが教えているの」
「どうやって?」
「それは内緒」
「あっ、ホームページにメールするんだね!」
「……」
でも、サンタクロースのHP、どこかにありそうな気がします。
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あれは小学校4年生頃だったと思います。
4つ上の兄と二人で留守番をしているときでした。
当時、金欠に喘いでいた兄が目ざとく母親のバッグを見つけたのです。
高いタンスの上にそれはありました。
おそらく僕では見つけるどころか見つけても中を見ようなどとは思わなかったでしょ
う。やんちゃな兄と違い、おとなしかった僕は人のバッグの中を物色するとは考えた
こともなかったのです。
兄の目当ての財布は出てきませんでした。しかし代わりに出てきたのは綺麗な紙とリ
ボンに包まれた箱。12月の初め頃、既に雪がちらついていました。
兄はそれを僕に渡すと
「たぶんおまえのだ。」
と言いました。正直イヤな予感はしてました。サンタの存在に疑いを持つ歳になって
いたからです。おそるおそる、シールを紙が破れないようにはがし、開けてみると、
果たしてありました。ガンダムのゲームが、確かにサンタさんにお願いしていたプレ
ゼントです。
愕然とする一方で、兄にサンタを信じていたと馬鹿にされるのが怖くて、平静を装い、
包装紙を元通りに包み直すと、「知ってたよ。」と言いました。
クリスマスの朝、枕元に置いてあったプレゼントはやはりそれで、わかっているのに
どこかでまだ期待していたわずかな望みも完全に消えました。母親の前でわざと嬉し
そうに笑う自分がいました。
大人になるにはいろんな障害があるものなのですね。
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もの心ついたころから(確か幼稚園の年長の時には)
クリスマスプレゼントは親から貰うものと思っておりました。
サンタの存在を信じていなかったわけではないですが、
クリスマスプレゼントはイヴの日に父親が買って帰ってくるものと思っていました。
全く夢のない話ではありますが。
ですから、「サンタを信じていた」との話を聞くとうらやましい限りです。
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自分の所にプレゼントを届けてくれる のは「親」であって
サンタクロースでは無いってことは何となく子供の頃からわかっていた。
でもウチの親はこのプレゼントはサンタクロースからもらってきたのだ。。。
と言うような言い方をしていたような気がする。
気持ち的にはサンタクロースってのはいるのか、いないのかと言うような二元的な議論ではなくて
ウチの親のようにその存在を ぼやかしてしまうと言うのは良いやり方だったのではないかと思う。
●●
えー、いろいろ思い出してみましたが、かなり小さな頃からクリスマスになると、
「今年はあれ買ってー」と親にねだっていた気がします。
ですから、サンタの存在を信じていた時期がなかった気がしますね。
こう書くと、「まぁ、なんてかわいそうに」なんて言われそうな気がしますが、
別に不幸ではなかったですし、堂々と好きな物をねだるのも結構楽しかったですけどね。
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子どもの頃、私の家にサンタが来たことはなかったので
サンタクロースが実在するなんて考えたこともありませんでした。
外国の昔話だと思っていたんじゃないでしょうか。
クリスマスプレゼントの習慣はなかったと思いますが、
ツリーを飾ってバタークリームのケーキを食べるだけでクリスマスは充分嬉しい日でした。
保育園にサンタの扮装をした市長さんが来たような記憶がありますが、
保育園はお寺だったので、考えてみるとちょっと無理がありますね。
●●
うちは告知はありませんでした。
大人っぽい幼馴染みと話しているとき、
会話に「サンタなんかいるわけないじゃん。子供じゃあるまいし」って
紛れ込んでいて、心の中で「そうなんだ〜」って。
彼女からは親より先に平仮名も習った気が…。
で、そんな気配を親も察知して、ある年から「おもちゃ屋に下見に行こう」って
父親とクリスマス前に出かけるようになりました。
多分、小三位かな…。
クリスマスはおもちゃ解禁日になったのは。
あたしと同時に解禁になった弟の方が早く夢が潰れてかわいそうだったかも
●●
サンタの件ですが
僕自身は物心ついた時から「ウチにはサンタはこない」と言われ続け
実際に一度もこなかったので
ちらりとも実在を信じたことはありませんでした。
子供に「サンタクロースっているよね」と聞かれた時は
「僕にはわからないが、キミがいると思っているんならいるんだろう」と答えています。
今の僕にはサンタがいないことは証明できないので
これ意外に答えようがないかな、と思ってます。
ところでサンタって本当にいないんでしょうか?
●●
私の場合は、幼稚園の頃にテレビアニメか、マンガ本で、
ある家族の父親が子供のためにサンタクロースに扮装して、
こっそりプレゼントを枕元に置いているシーンを見て、
「なんだ、そんなことか!」と愕然としました。
その当時のことを思えば、「もう少し信じ続ければかわいげがあったのになぁ」と微妙に悲しい。
そして何よりも私の希望したプレゼントを渡す役目は決まって母親だったため、
サンタクロースの存在を問いつめても何とも曖昧な答えしかかえってこなかったので、
「やっぱりいないんだな」と諦めは早かったような気がします。
・・・かわいくないなぁ( ̄¬ ̄)
●●
小学校1年のときにはすでに母親と一緒にプレゼントを買いに行っていたので、
サンタが本当にいると思ったことはありませんでした。
3人目だったので親も面倒くさくなったのかな。
●●
70年生まれ、女性です。
私が二歳半の頃には、サンタさんが実在しないと悟っていました。
悲観的な子供でした。
お喋りや思考力に赤ちゃんぽさがなくなって、
毎日の会話に参加したり観察したりするようになると、
親のものの見方や考え方を吸収してしまうにちがいありません。
「いないのよね」と念のため、言ってみた記憶があります。
「良い子のところには来る」とか言ってほしかったような、あざとい記憶があります。
「いませんよ」と簡単に言われ、
しかも父母の会話が「子供には居ると言わなきゃあ」と笑いかぶっておりました。
理不尽な感情を覚えました。
三歳になってから聞いていたら、叱られていたにちがいありません。
●●
かなり小サンタを親がやってるのがばれないように苦心するとかいう子供向けの本を
読んで知っていたような気がします。
幼稚園に通うころには小学校3,4年向けの本を読んでいたのでサンタの存在を知る
前に、親が苦労してサンタをするという知識を持っていたみたいな・・。
実際のクリスマスは両親ががんばってやってくれてたので、既に知ってるながら楽し
みに暮らしてたような記憶があります。
両親から特にサンタは親だという話をされたこともなく、初めから知ってるのが普通
だと思っていました。
学校で「知らなかった」と衝撃を受けてる子を見て、ぜったいかまととだと冷たい目
で見てたような気がします。
●●
小学校低学年の頃、サンタの存在に漠然と疑いを持った。
「サンタを見るまで起きてる」と言い張り、微笑む母を横目に布団に入り、
かなり長い時間待っていたつもりなのだが、今思えばすぐ寝てしまったのだと思う。
翌朝あわてて起きてきた私に母は言った。
「サンタさん来たよ。ママも眠くてよく見えなかったけれど、帰っていくサンタさんの赤い服がちょっとみえたの。
階段を下りていく音も聞こえたもの」。
以後この話は自分のお気に入りとなり、高学年になって学校で
「サンタはやっぱりいない」と知った後も、あの日の母の芝居をありがたく思った。
5才下の妹が私と同じ頃に「パパサンタ」の存在を自覚するまで、
「ママがサンタを見た」事実は我が家で通っていた。
今のようにコンビ二もビデオカメラも溢れる情報もなーんにもない時代だった。
●●
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